第36話 考えたくない真実
「貴方はもう元の世界に帰る事は出来ません」
「……は?」
いきなり何を言い出しますかこいつは。いや待て、文句を言うのは詳細を聞いてからだ。
「……それは冗談ではなさそうだな……。だが、なぜそれが断言できる?」
「私も神の端くれですから、貴方が背負う運命だって見えます。そこから導き出した結論であり、真実です」
「俺はオカルティズムを鵜呑みにするほど子供じみちゃいねぇんだよ。勿体ぶらずその真実とやらを話してくれ」
一方的に出来ないと言われて、はいそうですかと引き下がると思ったら大間違いだ。それに今出来ないからって、この先もそうだとは限らない。例えば、単純に技術力の問題であればその進歩によって解決されうる可能性を残している。
「仕方ありませんね。これは貴方にだけ話しますが……」
「貴方の住んでいた世界は、滅亡しました」
「………………」
滅亡。それは、考え得る限り最悪の答えだった。
「……その原因は?」
「そこまでは分かりません。ただ、人類とその文明の悉くが滅んだ事は明らかです」
「………………」出会って間もないが、この土地神が嘘をついているとは思えなかった。それでも、いっそ嘘だと言ってくれればよかったのに。
「それじゃあ、俺の知り合いは皆……」
「恐らくは……それに巻き込まれたかと」自分のせいじゃないのに、悲しそうに語るリヴィエラ。申し訳ないと思いつつ、俺は思索した。
皆。俺の人生で出会った人々全員が、死んだ。
小中学校の同級生や、高校での友人も。千佳さんや、施設のガキどもも。ムショ時代の知り合いも。
そして、実希さえも。
「……はははははは!」狂ったように笑う、笑う、笑うしかなかった。何という事だ。俺は一人逃げ延び、多くの人間が絶望の中で死に絶えた!実に不条理で、不平等じゃねぇか!
「……勘違いをしているかもしれませんが、貴方は滅亡から逃げた訳ではありません」
「結果は同じだろうが!数千、数万……いや、地球上の全ての人間が死んだんだ!いや、人間だけじゃない!それ以外の命だって息絶えたろう!その一方で俺はこうやって生きているし、息をしてる!これを逃避と言わずして何というか!?」
「自分を責めた所で何も変わる訳じゃないのは、貴方が一番知っているでしょう?それに、彼らの生き様を否定するつもりですか」
「何もそんな事は思っちゃいない……!俺が否定すべきは、俺自身だろうからな!」
「……どうしてこうも、ユアちゃんに近付く男性は極端なんでしょうか……」
「極端?誰もがそう思うんじゃないのか!?親しき物が皆死んだ、それを他人事のように感じられる人間が居るのか!?」
「残念ですが、そういった方も何人か居ました。ですが、それもまた極論です。全てにおいて無責任に生きろとは言いませんが、逆に全ての責任や悪意を背負い込んで生きるのも、その魂を不必要に傷つけてしまいますから……」
不必要、か。俺に相応しい称号だと思ったが、ここでツェギンと戦った時を思い出した。
「……そう言えば、あの時は自分で割り切っていたな」
結果として奴を殺してしまったが、俺なりに情けはかけようとしたし、その返答が芳しくなかった上に反省しないまま生き残らせていてはユアがまた危険にさらされると判断した。そういう割り切りが、人生では大きな意味をもつ……のだろう、多分。
「……すまねぇな、リヴィエラさんよ。とりあえず、何とか事態は飲み込めた。みっともない姿を見せちまったことは謝るよ」
「私は気にしていませんが、くれぐれも人前で思い詰めすぎる事の無いようにしてくださいね。それは、巡り巡って貴方のためになりますから」
「善処しよう。で、だ。単に滅亡したってだけなら、俺が戻れない理由としては不十分だろ。経路と目的地が生き残っているなら、そこに辿り着けるんじゃないのか?」
「そう単純な話じゃないようです。貴方が元々暮らしていた世界は、完全に遮断されました」
「遮断……って事は、経路が駄目になったって事か」
「いえ、その逆です。転移魔法による座標指定及び観測は可能ですが、その世界線に入る事が出来なくなっています。
ええと、ややこしいがイメージすれば関所が閉じているがためにその先に進めないという訳だな。
「現状はほぼその解釈で合っています」
「そりゃ良かった……最後に一つだけ、滅亡が発生したのはいつだ?分からないなら、滅亡が判明した日付でも構わねぇ」
「後者でよければお答えしましょう。常暦982年5月19日午前17時35分です」
「度々すまない、感謝するよ」
とにかく、調べるべき事が増えたな。無論、心境の整理など手付かずであるが、それでも自分なりに解決策を見つけ出していかなきゃなるまい。
「それでは、私はこの辺で帰りますね。ユアちゃんには内緒にしておいてください」
「……了解」もとより、こんなトリップは誰と共有すべきか分からんからな。
リヴィエラの体から白い光が発せられる。それが視界を覆うように広がって―
目覚めると、朝の陽射しに置き換わっていた。
「……今日の夢が一番不可解かもしれんな」
そろそろ独り言も板についてきたようであった。いらんものまでついてきよってからに……。
『人間は考える葦だ』とはパスカルの言葉だが、今の俺は『考えられない葦』の方が幸せなのかもしれないと思っている。いや、葦じゃなくたって、『考えない人間』と置き換えたっていい。ヒトの大脳の発達は恩恵と共に弊害をもたらしたのであって、その点で言えば人間は非常に不出来な生物であるとも言える。何故なら、『考えなければ』動けないという退化を伴ってしまったからだ。原初の人間達に知恵の実を喰わせた蛇は実に罪深き存在だろう。
「何ぶつくさ言ってるんだ、ほら手を動かして」
亜理素に軽く背中を叩かれ、食器を落としそうになった。おっと、そういや今日は俺も皿洗いをやってるんだっけな。
「何をするかお前。危ないでしょうが」
「ぼーっと考え事してる方が悪いとボクは思うけど?」
「大人の男には、考えなきゃならない事が沢山あるんだよ」
「どうせエッチな妄想でしょ」
「……何なら、お前でシてやろうか?」
改めて亜理素を見やる。初めて出会った時とは比べ物にならないほど見違えたように思える。何というか、中性的で貧乏くさい雰囲気だったのに今やまるで良家のお嬢様だ。ほっそりした体が纏うのは、パステルイエローのワンピース。少し伸びてきた髪の毛のおかげもあって、少なくとも俺は彼女を可愛いと思う。
「や、やめてよ。セクハラしないで……」
「………………」な、なんだその態度は。恥ずかしがっているのか、亜理素はあらぬ場所へそっぽを向いてしまった。もし俺が理性のかけらもないケダモノで、かつ家に他の誰もいなければ後先考えず彼女を襲っていたかもしれないが、幸いにしてそうはならずに済んだ。
「……バーカ。しねぇよ、そんな事」
「むぅ」
それにしても、亜理素を連れてきて良かった。シフさんやマイさんはもう一人の娘のように可愛がってるし、ユアも妹が出来たかのようでとても嬉しそうだ。俺は……まぁ、花は多い方がいいしね。
俺がツェギンを倒した事で彼女が心から笑えるようになった事は非常に好ましく、故に俺自身も目下の問題から一時避難出来ていた。
それらの山積みの問題が全く手つかずのまま、俺達のささやかな日常すら飲み込んでいくとも知らずに。
今日中に更にもう一話投稿します。




