第34話 選択
明日までには更にもう一話分書きます。
何が「夜は長くなりそうだ」だよ馬鹿野郎。
眼前の少女を待たせてまで、俺は深く真剣に悩んでいた。
(性急すぎる。他意はないとしても、もう少し慎重に答えるべきじゃないか?)
手の感触も満足に味わった事もないのに、コトをおっぱじめるのは非常に怖かった。第一、ユアはさっきまで寝ていたんだ。とすれば、冷静な判断の末に出した答えとは言い難い。
(だが、据え膳食わぬは何とやらだ。これはともすれば好機だろ)
何をもって好機とするのかは不明だが、確かにそういう考え方もある。考えてもみろ、学園中に隠れファンが沢山いるような巨乳お嬢様美少女といきなり関係を持つことが出来るんだ。しかもユアの性格上、一度そういう関係になってしまえばひたすらこちらを思ってくれる可能性は極めて大きいだろう。
(ふざけるな、そんな軽い気持ちで彼女を傷つけていいものかよ)
最悪これがお互いに大した意識もなくて、その場だけ・一晩だけの関係ならともかくだ。ユアが俺をどう思っているかははっきりとは分かっていないが、少なくとも俺は彼女を大切に思っているし、今を捨ててまで一瞬の快楽に溺れるような恋だけはしたくない。
「……お前の気持ちは分かった。だけどこれは違うんだ、まずは事情を聞いてくれるか」
だから、俺は今回のお誘いは断る事にした。彼女の気持ちが本当であったとしても、まずは手順を踏んでからだと思うからだ。こんな互いに訳の分からねぇ状況でヤった所で、絶対後悔するだろうからな。
戦いには不誠実でも、恋愛には誠実でありたい。それが俺の考え方だ。
「………………は、はい……」
うーん、ちょっと返答をマズったかなぁ。まぁ、俺も冷静さを欠いていた状況での返事だし、大切なのはこの後の弁明だからそこまで気に病む必要性はないかもしれない。
「よし、じゃあ説明するぞ」俺はいい加減どかなければならないと思い、当初考えていたようにベッドから降りた。
「一言で解決する」
「?」
「お前は寝ぼけて俺のベッドに入り込んだ」
「え……」俺の発言を受けて、部屋を見渡すユア。そして……。
「ふぇええええっ!?むぐっ……」
「馬鹿、大きな声を出すな!」すかさず彼女の口を手でふさぐ。何だろう、さっきまでシリアス一辺倒だったくせに急に脱力してきた。
「……頼むから大声は出さないでくれ。さっきよりはマシだが、今の状況も十分マズい」
「そ、そうですね……」
「分かってくれるなら有難いな。つまりはさっき述べた通り、お前が突然来たから俺は一度脱出を試みたんだ。ほら、起こすにしても変に勘違いされたら困るだろ?」
「勘違いって……」しまった、不躾だったか。
「ま、まぁ俺としても本心は別のところにあったからな。で、それが失敗して先程の事故が起きたという訳だ」
「そ、それは分かりました……私って馬鹿ですよね、阿陰には似合わないのに一人で勝手に妄想しちゃって」
「妄想?」
「あ、いえ何でもないんです」どうも本人も無意識のうちに言ってしまったようで、紅潮した顔をそっぽ向けた。
「言っておくが、俺は何もお前をフったとかそういうつもりはねぇ」かなり自意識過剰な発言だと思いながらも、この辺は訂正しておかなければならないと思った。
「えっ?」
「少なくとも、お前には常々感謝してるからな。もしユアと出会わなければ、こうやって生きてたかどうかも怪しいし……」
「流石にそれは、大丈夫だと思いますけど……」
そんな事はない。この世界に来てから、俺は何度彼女に救われたか分かったものじゃない。それは俺が彼女を助けたような分かり易いものじゃなく、もっと精神的な支えになってくれたとでも言うべき状態か。
「いや、謙遜するなよ。いつも心配かけてすまねぇな、ユア」
「はぅぅぅ……」おいおい、その奇声は何だ。それにしても、変な意味抜きにして可愛い奴だ。恋愛感情というより、庇護欲というべきか。そう、どこか純粋で、だから誰かが守ってやらなきゃいけないような。
「……頑張らなきゃな」
「?急にどうしたんですか?」
「ははは、さてどうしたんだろうな。それより自分の部屋で早く寝ろよ、俺も寝るから」
「す、凄く気になりますけど……お休みなさい」
「あぁ、お休み」
ユアはベッドから降りて、部屋を出ていった。
「……本気だったのに」
小声でそんな声を残して。
(……眠れん)
偉そうな事を言っておいて、自分は未だ休職中の睡魔を必死に呼び付けていた。精神が張り詰めた状況の後なので、ぐっすり寝られると思いきや……。
(くっ、残り香か……)
ベッドに付いたユアの匂いと暖かさが、俺の脳内物質生産工場をフル稼働させていた。待て、これじゃ俺が変態みたいじゃないか。
(まぁ、あのまま本人が寝続けているよりはマシか……よし、何とか寝るぞ!)
そんな風に切り替え、掛け布団を被る事にした。
新しい朝が来た、寝坊しかけの朝だっ!
「うぅ……脳が痛ェよ~」
料理をじっくりと味わえる余裕もないほど寝不足である。結局睡魔はやってこなかった。まぁそれはいいんだが。
「まだ疲れがとれてないんですか?それじゃあ、また私が食べさせてあげます!」ねぇ、何でお前はそんなに張り切ってるの?俺と違ってあの後休養がとれたのか、ユアは妙にキラキラした瞳を向けて俺の世話をし始めた。
「爺さんの介護じゃあるめぇし、一人で喰えるって」
「そう言って、明らかに目の焦点があってないじゃないですか。はい、あーん」
「………………」
一体深夜の選択が彼女をどう変化させたんだろうか、考えれば考えるほど謎が深まるばかりであった。とはいえ、無差別にフラグと地雷を踏み抜いて生きてきた俺の事だからそれについての熟考は大した意味がないのだろう。
そんな訳で、現在の俺はユアの言うがままにされる哀れな少年であった。いや、別に変な銃と関わって命を落としたり破滅へと導かれたりするコンバット感はないけども。ていうかシフさんもマイさんも、実の娘が居候の男にべったり尽くそうとしている様を何ニコニコしながら見てるんですか。少しは止めて下さいよ。
(くそぅ、亜理素。助けてくれ……)左隣の席に座る少女にアイコンタクトで会話をしようと試みるも、
(拒否する。面白そうだし)と切り捨てられた。なんと薄情者か、拾った恩義を忘れやがって……!
「あ、食べ終わりましたね。それじゃ、特訓頑張ってください!」
「おー。阿陰、行きまーす!」
もう投げやりで返事して、ダイニングを後にした。これ以上ユアにくっつかれては集中できんからな。
昨日の雨が止み、草に残った露が陽の光を受けて輝いている。予想通り、通り雨だったようだ。
「それじゃ、久しぶりに特訓を始めようか」
「宜しくお願いします!」
シフさんは退院したばっかりなので、今日は庭先の椅子に座っている。
「僕の入院中に、自主トレーニングはやっていたんだよね?」
「成果はともかく、欠かさず行ってました」
「だったら、どんな事が出来たのか見せてくれ」
俺は、彼が居ないうちに身につけた能力を披露する。単純な身体能力の強化ではなく、俺自身の身体を媒体に行う平行世界に存在するエネルギーの取り出しと変換、それこそが『無限機関』の本質である。熱エネルギーは炎の形をとり、または身体が高熱化する。電気エネルギーは自分に帯電させたり、指向性を持たせて対象に浴びせられる。波のエネルギーは音波・振動波・電波を増幅できる。化学エネルギーは体内での化学反応の促進を行い、擦り傷程度であれば自分を治癒できる。そして光エネルギーは自分自身を光粒子と変換し、瞬間移動できる。
「……どうですか?」
「うん、ありがとう。なるほど、これほどまでに強力とはね」
余談だが、シフさんには『無限機関』の詳細を伝えていない。だから、俺はこれらの力の行使を「いくつもの魔法を操れる体質である」としか説明していなかった。その理由は二つ。一つは出来るだけ彼を自分の事情に巻き込みたくなかったという事。そしてもう一つは、シフさんと言えども『無限機関』の情報を共有するに足る信頼は出来なかった事だ。三郎やティトの発言が真実だとすれば、この力はおいそれと話せる人間が限られるだろうな。
「それにしても、君の入学を推薦して良かったよ。君ほどの才能を持った生徒がいるなら、今度の学園対抗戦も安心だろうね」
「学園対抗戦?」
「今学期が終わって長期休暇に入って直ぐにある、帝国中の教育機関に所属する学生達が一堂に会してそれぞれの魔法を披露する一大イベントだよ」
そう言えば、そんなものを聞いた気がする。
「それは楽しみですね。ユアも出るんですか?」
「あぁ、もう決まっているようなものだとか」
曰く、彼女は回復魔法の部門で出場するらしい。そりゃそうか。
「一校あたり何人が出場できるんですか?」
「10人だね。場合によってはバックアップとして更に2人まで入れてもいいみたいだけど」
「10人か……」
ユア以外の9人はどうなるのだろうか。普通に考えれば実力のある生徒を上から呼べばいい訳だが、その中で知ってるのは楓とヴァンだけか。来週、リーゼロッテに頼んで見せてもらおうか。いや、あいつの事だからその内新聞で張り出しそうな気がする。
「ただ、3年生も本気を出すだろうからね。現状だけで決まる訳じゃない」
「何でですか?」
「例年通りなら、対抗戦の時期には帝国の各種機関・企業が視察に来る。そこで有望な生徒を確認し、卒業までに自分達の組織へ招き入れるのが風習になってるんだ」
まるで高校野球みたいだな。県大会から注目選手に張り付いて、その良し悪しを見極めるスカウトが居るのは知ってるけど、その文化がこっちにもあるとはな。
「つまり、狭き門であることに変わりはないんですね?」
「その通りだ。ユアだって、まだまだ弱点はある。それに代表として出るだけじゃなく、結果を残そうとするから勝負はより熾烈だ」
逆に言えば、実力さえ勝っていれば2年生や1年生も出場できる訳だ。
「ちょっと興味があります。自分がどこまでやれるのか、試してみたくなりました」
「ふふ、そのためには研鑽が必要不可欠さ。さぁ、新しいメニューを用意してきた。まずはこれをこなしてもらおうかな」
「はい!」
青春は短い。ならば、許されるところまで楽しむのが道理という奴だ!
ここ最近は時間が出来たので更新ペースが上がっていってるように思います。
後はクオリティが上がれば文句なしなんですがね。




