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第29話 序列

「世話になったな」

「ありがとうございました」

 朝食も終え、生徒会室を後にする。

「また来なよ、二人とも!」

「いやいや、ユアはともかく俺はほぼ毎日来なきゃいけないんだろうに。まぁ、泊りがけは出来ればもう勘弁したいけどな」ミルラに対して軽く突っ込む。こいつ、自分が何をしでかしたのか分かっているのだろうか?

「あ、そっか。そいじゃ放課後で!」

「じゃあ、放課後でな」

 俺達はそれぞれの教室へ行く事にした。ただ現地解散というのも味気ないので、まずはユアの教室へついて行こうと思った。それを話してみると……。

「あー……でも、あまり見所はないと思いますよ?」

「いや、これは俺の自己満足も兼ねてるんでな」

 それに、実はこちら側の校舎はあまりよく知らなかったから好都合だ。

「魔術師科……どんな奴が居るんだろうか」



「おはよう、みんな」

『おお、おはよう……あれ?後ろの人は?』

 当の教室、2年4組に着いた俺達を待っていたのは、興味津々なる生徒達の視線だった。

「ええと、私の知り合いで名前は……」

「彼氏!?」やたら派手な格好の少女が、喰いついたように質問してきた。

「ふぇっ!?ち、違うよ!そんなんじゃなくて……」それを慌てたように否定するユア。

「でもアンタが男を連れてくるなんて、よっぽどの事じゃなきゃ起きないじゃない。しかもその制服、騎士科でしょ?尚更関係性が気になるわね……!」

「だからそんな関係じゃないってば!」

 少女の発言につられてか、他の生徒も俺に対して「そういう目」を向けてくる。いや、女子生徒はその表現で正しいが、男子は……。

「くそお、エルシアも彼氏持ちだったのかよ!」「狙ってたのに!」「待てよ、あんだけ否定してるって事はもしかしたら……!」さ、騒がしいな。しかしこれほど嫉妬を集めてしまうとは、つくづく申し訳ない限りだ。

「あー、すまなかった。誤解を招いてしまったようだな、そこの女子」

「……!?」俺が喋ったことに驚く少女。おいこら、その驚き様は何だ。俺は心霊マネキン人形か何かか。

「俺は藍野阿陰。有体に言えばこいつの店のバイトで……」ユアの肩に手を回して、軽く引き寄せる。「居候をやっている」

 直後、教室内は混沌に包まれた。

「や、やっぱりそういう関係なんだ!」「嘘でしょ、ユアちゃんに男が出来たなんて……!」「バカ、そうじゃないでしょ!ただ同じ家に暮らしてるだけって……あ、それもマズいか」とかいう女子の歓声と、

「んだとコラアアアア!!俺達のエルシアさんと一つ屋根の下で暮らしてるだとオオオオ!!」「総員、このタラシ野郎を撃て!!我々の女神を取り返せ!!」「鬱だ……最悪の日だ……」なんて男子の怨嗟で耳が狂う。目前の少女に至っては「あ、あわわわわ……」と特大のショックを受けたらしい。何故だ、何故皆そうなる。

 ふと、俺は肩に寄せたユアの体がぷるぷる震えているのに気が付いた。あ、流石にまずかったかな?

「……ちょ、ちょっと待っててね」

 引き戸を閉め、一度教室と廊下を仕切り直してから、彼女は俺にしか聞こえないように耳元まで近づいて怒ってきた。

「な、何言ってるんですか!?おかげで皆大パニックですよ!?」

「いや、事実を述べたまでだが。それを連中がどう受け取ろうと知った事じゃねぇ」

「多少は考慮してください!」

「……まぁ、こうなる事を読んでいなかったというと嘘になるな」

「じゃあ何でそんな事言ったんですか……」

「理由は3つ。1つずつ聞きたいか?」ニヤリと笑う俺に、少し怯えるユア。

「……言ってみてください」

「よし、まず1つ目。俺の訓練相手を探すためだ」

「人のクラスまで乗り込んできてそんな物騒な目的果たそうとしないでください!」

「まぁよく聞け。先ほどの反応を見る限り、なかなか好戦的な奴が多そうじゃないか。で、騎士科にもそれなりに俺の悪名が広がってきているからな、毎日が訓練だぜ」

「でも阿陰って、生徒会に入るんでしたよね?喧嘩したらダメなんじゃ……」

「向こうから襲ってきた分だけ返り討ちにするから多分セーフだろ。よく知らねぇけど」

 実際、どれだけのレベルなのかを身をもって知るのは極めて重要だ。そして戦闘技術の向上を図るなら、実戦を想定した特訓に勝るものはない。実技授業では今一つ殺意が足りないし、思う存分殴りに来てもらおう。

「で、次が2つ目。まだ聞くか?」

「……はぁ。続けて下さい」

「よっしゃ、それじゃリクエスト通りに。2つ目の理由は簡単、自慢だ」

「急にちっちゃくなりましたね……」

「何を言うか。こういう所でしておかないと俺の悪名が霞んじゃうだろうが。そうなると面白くない」

「……阿陰には、平穏な学生生活を送りたいっていう考えはないんですか」

「もう手遅れだ。さて、これで2つ終了だ」

 というよりも、俺に平穏は金輪際訪れないような気がしてならない。

「最後のもどうせ大したことない理由な気がしますけど……」

「いや、最後の最後だけは本気だ。じゃ、言うぞ?」

 ユアは最早呆れ返って何も言わなかった。それを放っておいて、俺は最後の理由を口にする。



「……半分くらい、そういう願望が無い訳じゃないんだよ」

「……え?」

 俺は呆気に取られたユアの手を取り、少しだけ真剣な目をして続けた。

「情けない話だがな。もし俺がずっとここで暮らせるのなら、いつかお前とそういう未来を進めるなら。その可能性を望んでいる自分が居るんだ」

「阿陰……」

「ま、まぁ今のは半分冗談として。とりあえず、そういう事で」何だかいたたまれなくなったので、軽くダッシュで校舎を駆ける。ユアの返事を聞くことなく、俺はその場から脱出した。

 言い逃げって、こういう事を言うんだろうな。



 本来の所属へと辿り着いた俺を待ち受けていたのは、まだ数日しか経ってないのに妙に親切なクラスメイトであった。

「おはよーアイン君、今日はいつもより早いね?」

「いつもよりって、数日前に来たばっかりの新入りに言う事か?」

「細かい事は気にしなさんなって」

 リーゼロッテが締まらぬにやけ顔で話しかけて来た。ううむ、改めて見ると確かに姉とそっくりだな。見た目もさることながら、特に性格がなぁ。

「孝達はどうしたんだ?まだ姿が見えないけど……」

「あの二人は毎日家の用事を済ませてから来るから、もうちょっと遅れるよ」

「ふーん……」

 そんなとりとめのない会話をしていると、教室の奥から一人の男子生徒がやって来た。

「おい、アイノ」今まで話した事のない奴だ。キンキラキンの短髪に軽薄そうな表情を浮かべた、どこか遊び慣れた風の男である。

「何だ?」

「お前、悪目立ちしてるみてぇだな。あまり敵を増やすと酷い目に遭うぜ」

「酷い目ねぇ」

 こいつとは特に絡みがないが、単純に忠告してくれてるのだろうか?と思ったが、そうじゃないようだ。

「俺はともかく、あの人は多分お前みたいな奴が嫌いだろうからな。今のうちに悪評は振り払っておくのが良いぜ」

「じゃあお前は一体何なんだよ……」

「フッ、聞かれたのなら答えざるを得ねぇな。俺は2年G組所属、アルバート・ライザー!人呼んで『一番槍のアルバート』だ!」

 その素っ頓狂な自己紹介を聞かされて、俺とリーゼロッテは同時にして言葉を失った。

「……なぁ、もしかしてこいつは……」

「アイン君が思ってる通りの人物だよ、アルバートって」

「ちょ、そのリアクションはないだろ!?」

 気が付くと他のクラスメイトが「ああ、また始まったか」みたいな目でアルバートを見ている。その光景を見て俺は、あぁ、なるほどと察してしまった。

「お前、そういうタイプだったのか。それはすまなかった、直ぐに察してやれなくて」

「そ、そんな残念な奴を見るような眼をするなよ!俺は実力も人気も学園トップクラスの……」

「……リーゼロッテ。本当にこいつ、強くて人気なのか?」隣で苦笑する彼女に話を振った。

「ちょっと待ってね……あ、これだこれだ」彼女はカバンの中を漁り、一冊のノートを取り出した。表紙には『門外不出・学園データファイルNo.63』と書かれている。

「えーと、アルバートは学園内だとそこそこ強いってレベルだね。中の上くらい」

「中の上か。で、人気は?」

「去年の秋に実施されたミスター・ミスレイファコンテストの男子部門だと121位。1年次だからあまり有名じゃなかったってのを差し引いても、トップクラスとは言い難いね」

「ぐはぁっ」

 リーゼロッテの容赦ないデータ攻撃で、アルバートは目に見えないダメージを負っていた。

「ほ、本当に強いんだからな!」ちょっとー、こいつ涙目だよ?誰が追い詰めたんだまったくもう。

「そうだ、あいつはどれくらいだ?」

「あいつって?」

「ヴァン・フォーエンハイムだ」

「あぁ、アイン君を倒した子か。彼なら確か……」

「フォーエンハイムだと!?」涙目だったはずのアルバートが急に食いついてきた。何だ何だ、どうした急に。というかお前もあの時授業に参加してたろ、俺は記憶にないけど。

「バルガンの授業なんか面白みもクソもねぇからサボってたよ。あんな真似しなくても俺は一流だからな。そんなことより、奴の話をしてくれよ」

「はいはい。それじゃあ、言うよ?」こいつの切り替えの早さと図々しさに呆れたような表情のリーゼロッテが再び口を開いた。「現状の所、彼は学園全体で第3位の実力ね。因みに1位が生徒会長の飛田楓さんだよ」

 あいつが第3位か。当面の目標はヴァンに打ち勝つ事としているので、大体の目安にはなるかもしれない。それにしても、楓ってそんなに強いんだな。

「会長さんもヴァン君も英才教育を受けて来た本物の天才だからねー、そういう意味で言うなら魔術師科のエルシアさんも同じかな。彼女は攻撃魔法が不得手だからそこの評価は若干低いけど、回復・補助魔法の才能は学内はおろか帝国屈指らしいね」

 うーん、こういう所は現実と同じか。やはり優れた人材を生み出すには幼少期からの積み重ね、ひいてはそれを可能とする充実した土壌が必要という訳だ。

「ふ、ふ、ふ。目標は高い方が燃えるって奴だ、俺は超えてみせるぜ!」

「急にやる気が出たな、アルバート。そんなにヴァンに対抗心むき出しなのか」俺の質問に対し、彼は「まぁな」と返答した。

「ここだけの話だが、俺は今一つ奴が気に喰わねぇ。あいつ、俺との勝負で明らかに手を抜きやがったからな」

 苦々しげに語るアルバート。確かにそれは彼がヴァンに向ける感情の理由にはなりうるが、果たしてそれだけなのだろうか?

 アルバートとヴァンの関係性について少し興味が出て来たところで、

「よーす」

「お、おはようこざいます……」

対照的な挨拶をしながら北野田兄妹が教室に入ってきた。それを見てか、アルバートが「じゃあな」と軽く会釈をして、また教室の後ろへと戻っていった。

「何だアイツ。まだ始業には時間があるのに……」

「色々と事情があるんじゃない?アルバートにも」

「そういうもんかね……」

 その後、HRホームルームが始まるまでの間、俺は孝達と談話した。



 我がG組の担任であるイリス先生は、困った表情で教室に入ってきた。

「おはようございます、皆さん。早速ですが、朝のHRを始めます」

 日直の二人が前に出て、挨拶の号令を行う。それを受けて俺を含めた他の生徒が一様に頭を下げた。

「さて、今日は皆に話しておきたい事があるの。真剣に聞いてね」何だろうかと教室中が騒めく中、俺は先程まで失念していた事実を思い出した。

(マズい、すっかり忘れてた)

「皆の実技授業を受け持っていたバルガン先生と、今朝からずっと連絡が取れないの。ううん、正確には昨日の夕方から」

 それを聞いて、教室内の騒めきは一層強まった。リーゼロッテなんか「これは事件の香りだ!」って表情でメモを取り始めている。不謹慎だからやめなさい。

「だから、しばらくは私が実技授業の担当もしますから、宜しくね」優しく笑う先生だが、彼女は事の真相を知る由もないだろう。この失踪事件の真犯人が、今向き合っている生徒達の中に潜んでいることを。

(どうしようか、これは……)

 窓から注ぐ暖かい日差しの下、俺は自身の撒いた種で苦しむ羽目になった事を思い知るのであった。

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