第3話 血塗られた手・後編
少年刑務所に入れられた俺は、自分のやった事への責任とその償いをしなければならないと思い、そのための方策を探すことにした。それからの獄中生活においては、もっぱら自分の能力を磨くことで新生面を切り開こうとした。その中で同年代の友人も出来たし、彼らとの会話で幾分か救われた所もあったのかもしれない。
気が付けばあっという間に月日が流れ、何人かの友達が出所するのを見送った。彼らは再び一般市民の跋扈する社会へ飛び込むのだろう。そう思っている内に、俺もかつての知り合いに会いたくなった。面接で施設の職員や元担任などが顔を見せることはあったが、刑期が終わった時に改めてみんなと会いたかった。
やがて3年間の刑務所生活が終わり、俺は外に出ることが出来た。門の前で数分ほど待っていると、青塗りのスポーツカーがやってきた。車が止まり、その中から出てきたのは俺と姉ちゃんを保護してくれた施設の責任者であり、母の後輩でもあったという女性だ。
「先日迎えに来ると連絡を入れた汐見です。この度はご迷惑をおかけしてすみませんでした」彼女は相変わらず綺麗な声のままだった。
「いえ、こちらこそ。さぁ、君も帰りなさい」と守衛に言われ、俺はスポーツカーの助手席に座り込んだ。
「ごめん、千佳さん。迷惑かけちゃって」
「謝るのは、私じゃないでしょ?」笑顔だが、その表情は真剣みを帯びていた。
汐見千佳。今年36歳になる彼女は、かつてアイドルグループ・Rincsに所属するバリバリのシンガーだった。業界に入ったのは中学3年の時で、彼女の両親がオーディションを積極的に受けさせた結果、某大手プロダクションに気に入られたとのことだ。それから一年後、高校生活を続けながら活動していた彼女に、当時の事務所社長から新グループ結成の話を持ち掛けられた。それが千佳さんにとって非常にうれしい事だったらしく、人の笑顔を見るのが大好きな自分にピッタリな仕事だと思っていたようだ。だが、結成当初こそグループ内の雰囲気も良かったものの、その後はアイドル活動に対するスタンスで他のメンバーと対立し、一時期はマスコミのゴシップも相当なものだったようだ。結局グループは活動2年ほどであっさり空中分解、決定的な原因は事務所社長とグループリーダーとの不倫発覚で、千佳さんはその煽りを受けて芸能活動をやめることとなった。
そんな彼女を救ったのが俺の母親であった。OBとして何度か彼女と会っていた母は、人を幸せにできる仕事として小さな児童保育施設を開くことを勧めた。勿論そのためには資格取得などの準備が必要だったので、その勉強を熱心に行った。母も彼女に対してはそして2年後、自宅を改装して施設を始めたのだ。その名はSKIN。「無理に飾ることなく過ごせる家」という願いが込められている。
しかし、彼女に大きな転機が訪れた。それは施設を始めて間もないころの深夜であった。就寝の準備をしていた彼女に、一本の電話が鳴った。発信者は俺達の母だった。
「先輩、いったいどうしたんですか?」
「預かって……」
「え……」
「……今、そっちに私の子どもたちを送ったから。これからはあなたがあの子たちを守って……」
「先輩!?どうしてそんな……」
「理由は言えない。でも、信じてるわ……」電話が切れた。
程なくしてインターホンが鳴る。玄関ドアの小窓から外を見ると、
そこには乳母車に乗った赤ん坊と、その横で下を向く少女がいた。
俺達はこうして、新たな「母親」の下での生活を送ることになった。
-舞台を、今に戻そうか。
それから数十分後、俺はかつての家に戻ってきた。玄関をくぐり、「ただいま」と言ってみる。すると、
「わぁぁぁぁ、お兄ちゃんだ!」
「久しぶり、アインお兄ちゃん」
沢山の子どもたちがやってきた。流石に3年もたつと顔や体格が幾分か変わってはいるが、すっかり忘れるほどの変化ではなかった
「千佳さん、ホントのことは言ったんですよね」
「ええ。隠し事をしてもよくないからね、皆にも、あなたにも」
「じゃあ、なんで……」
「心配だったのよ。あなたのことが」
この子供たちは、俺や姉ちゃんが面倒を見ていた奴らだ。彼らには親がいるが、仕事などで忙しくて一緒に遊べないということが多々あった。この家ではそんな子どもたちを一時的に預かり、同年代や年長・年少の子たちと一緒に遊ばせることで寂しさを紛らわせるようになっている。かつての俺も千佳さんの手伝いをしていて、「アインお兄ちゃん」と呼ばれていた。姉ちゃんの死で完全にふさぎ込んでいた時も、皆辛かっただろうに励まそうとしてくれたのだ。
「おう、お前ら。親御さんは反対しなかったのか?」
『大丈夫だよ、みんなで迎えてあげようって言ってた!』一斉に声をそろえて言う。
「そうか、ありがとうな」思わず笑みがこぼれる。
「やったー、お兄ちゃん笑った笑った!」調子よく叫ぶのは、ここのガキ大将的ポジションである扇町洋太だ。彼の家は両親共働きで、夜遅くまで帰ってこないことも多々あるという。3年経って小学5年生となった今でも、学校が終わればここに来て時間を過ごすらしい。
「洋太君は阿陰君がいない間、ここの手伝いを頑張ってくれたのよ」と千佳さんが教えてくれた。
「そうか……偉いな、お前は」何時の間にか背が伸びた洋太の頭を撫でつつ、聞きたい事を思い出した。
「ところで、学校のダチはどうしてる?やっぱ殆ど近所の高校に行ったのか?」
「ええ、そうよ。何人かは市外の私立高に通っているけどね」
「それじゃあ」俺はわずかな期待をもって、こう質問した。
「実希もまだ、この町にいるんだな?」
返ってきたのは、それから僅かな遅れの後。
「実希ちゃんは……家族の都合で引っ越したのよ」辛そうな表情で、千佳さんは俺に語り掛けた。「その時、こんなものも渡してくれたわ」
俺は彼女からそれを受け取った。少女雑誌の付録についてきそうな封筒。表には「阿陰君へ」と書いてある。
「……そっか。まぁ、図々しいよな、こんなことしといてあいつに顔を合わせるのもさ……」
「阿陰君……」千佳さんや子どもたちに心配させてしまった罪悪感と、自分の整理できない複雑な感情が混ざり合って、俺はこの場に居辛くなった。
「部屋に上がるよ。晩飯の時にはちゃんと降りるから」
そういって俺は、二階への階段を上がった。
二階には三つの部屋があるが、一つは物置で、他二つが俺達の部屋となっていた。姉ちゃんが死んでからも、姉ちゃんの部屋は片づけられず定期的に掃除されているだけで、生前とほぼ変わりがなかった。
そして俺の部屋も、逮捕前と変わらないままだった。
「……実希……」荷物を床において、後ろ手で部屋のカギを閉めた俺は、ベッドの上で手紙を読み始めた。