第26話 夜の激戦
「………………損傷軽微、拘束状態を脱出する」
黒マントの男はそう言って、宙ぶらりんの足で俺を蹴りつけた。
「……はっ、そう簡単には終わらねぇか」
正直、威力はさほど足りない。だがこのまま一方的にいたぶるのも趣味が悪いしな、少しばかりの情けは必要だ。
「お望み通り解放してやる。おらよっ!!」俺は右腕を前方に突き出しつつ掌を広げ、黒マントを押し飛ばす。おぉ、見事に着地したか。
ここで俺はユアの方を向き、人を呼ぶよう指示した。
「今のうちに人数を集めてくれ!後、互いに色々あるだろうけどまずはこいつを倒してからだ!」
「は、はい!」
彼女は廊下を離れた。よし、取り敢えずこれで危機は去ったか。
「……で、律儀にも待っててくれたのか」
「アイノ・アイン……調査対象。無暗な戦闘は指示されていない」
「指示か。ってことは、てめぇの上に何か居るんだな?」
俺の質問にヤツは答えず、右手のナイフで斬りかかってきた。
「返事してくれねぇか、まぁ予想通りだな。だったら、ボコって吐かせる!『無限機関(インフィニティドライブ』、起動!!」俺は右腕から電撃を放ち、ナイフに向けて飛ばす。
「………………」
「げっ、効かねぇのか」考えられるのは電気対策か、それとも……。
「それ、絶縁体で出来てるんだな?」
ゴムやガラスなどに代表される絶縁体は通電性が極めて低い。恐らく肉体の一部を何らかの方法で変化させているのか、もしくは人体改造の類か。
「どっちでもいいや、深く考えたって仕方ねぇし」
電気が効かなきゃ次の手段だと切り替え、俺は『増強』した右腕で地面を殴りつけた。砂と土が巻き上がり、周囲を包む。
「……目くらましか」
「その通り!さて、俺はどこに居るでしょうか!?」
「抜かすな。そこだ」
黒マントが僅かな逡巡の後、斬りつけたのは……」
「……!?ぬ、抜けん!」
創立100周年だかの記念碑だ。初めて来た時に紹介されたが、まさか役に立つ時が来るとは。
「いやぁ、残念だったな?あの状況で俺の姿を見つけたのは立派だったが……」
「何故だ?確実に捉えたはず……まさか、幻影か」
「ご名答、と言葉を送ってやるよ」
砂嵐の間に左手の人差し指に填めた『ミラージュリング』の効果で適当な石を俺に化けさせたんだが、こうも上手く行くとはな。
「てめぇは焦りすぎなんだよ。ちなみに俺はここだぜ!」
背後に回り、背中から貫手で黒マントの身体をぶち抜く。
「………………!」
「……ちっ、やっぱり読み通りだったか。てめぇ、真人間じゃねぇな?」
突き刺した手を引き抜くが、忌々しき血なまぐささはおろか何らかの液体が付着した痕跡すらも見当たらない。
「恐らくは、魔力で動く操り人形って所か。んでもって指示だか何だかの話って、操り主だな?」
「………………答える理由は……!」
「やめとけ、少なくとも今日の俺には勝てねぇよ」
「戯言を……!」黒マントは右腕を分離させ、残った左腕を新たにナイフへと変える。
「もう一度だけ言うぜ、てめぇじゃ俺には勝てない……何故なら!」俺は再び右手で黒マントの腹を目がけて突き刺す。
「………………損傷拡大!破損率80%以上!」
「今日の俺は気分が最悪なんでなぁ!!」刺した右手はそのままに左手も別の箇所に突き刺した。その状態で両腕から電気を放出する。
「……無駄だ……!電気は、通らぬ……!」
「けっ、バカだなてめぇは」
「な、何を……」
「知ってるか?完全な絶縁体って存在しないんだよ。例えば、ゴムだって許容量以上の電気が流れれば僅かだが電気を通す。そして、それは絶縁破壊って言う現象を起こして……電気抵抗が大幅に低下する!」
「………………回路大破、通信能力ダウン、言語ノ……異常……!」
「更に一つ。こっちに至ってはガキでも分かる理論だぜ。電源と電熱線を導線でつなげば、電熱線が加熱される。今の俺を電源、両腕を導線とすれば、てめぇはさしずめ電熱線……つまりは抵抗器だ。電気抵抗によっててめぇの身体は加熱され、やがて発火する!」
俺の目論見通り、黒マントは熱による変形で少しづつ原型をとどめなくなっていった。
「ぎyふtrxtfなおっぃjをえうぎうおいあhhぐぉいふヴぃづいあいうおfwぼqひvdぼxqh」
「どうやらもうまともに話せないようだな。それじゃ、一人であの世へ逝け……!」俺は両手を引き抜き、後ろを振り返ってその場を離れる。もはや俺を止めるために動かしたはずの腕も溶け出し、黒マントはゆっくりと人の形を崩していく。
「……!!!!!!」
俺が校舎に入ろうとした瞬間、黒マントの男は熱に耐えきれず爆発した。
「………………」
黒焦げの中庭を見て、俺はとてつもない後悔に襲われた。
(やっちまったあああああああああああ!?)
ただでさえ校庭を割った問題児として噂されているらしいのに、これ以上悪評が広まるのか……!どうしようか、これ。ま、まずは鎧を外すか。
「『解除』っと」
『無明の骸装』を『ロジャーズ・クラフト』に送り、俺はつぶやいた。
「……逃げるか」
今なら謎の爆発事件って事で処理されるかもしれないし、善は急げという奴である。そう言い聞かせ、俺は凄絶な現場から離脱しようとするのだが。
「……こっちです!早く……」
「……あ、しまった」
そうだった、念のためにユアに頼み込んで学内の人間を集めてもらってたんだった。これじゃあ逃げらんない。もし逃げたら真っ先に怪しまれる。
「はぁ、はぁ。アイン、職員室と生徒会に行って集められるだけ呼んできました……あれ?」
『な、なんだ!?』
連れられて来た皆様方、よせばいいのに中庭の惨状をご覧になっております。そして、右手に見えますは明らかに何者かによって傷の入った記念碑でございます。
「お、おい君!ここで一体何があったんだ!?」教頭らしき男性教師が焦ったように問い詰めてくる。俺は遠い目をしながらどうごまかそうか悩むしかなかった。
「あー、えっと……」
「待てよ!?お前は確か、一昨日だかに校庭を割った生徒じゃないか!?」別の教師が俺の正体に気付いた様子。おお、鋭いな。
「それは否定しないけど、これは俺の所為じゃありません」
「しかし、それならば誰がやったというのだ!」
「……俺にもよく分からないんですよ、どこの誰がこんな笑えない真似をしでかしたのか」口でそんな事を言いつつ、我ながら白々しいと思った。
「他人事のように……とにかく話を聞こう!来い!」その教師に手を掴まれる。ここで振りほどくのも疑いを深める結果になると考え、素直に従おうとした。しかし、そうはならなかった。
「お待ちください」
聞き覚えのある声だ。人混みの後ろから取り巻きを連れて現れたそいつは、俺を連行しようとした教師に対して意見を述べた。
「私にとっては、彼がこの事件の犯人とは思えないのです。どうかこの場はお収めください」
「……それは生徒会長として、一生徒を庇いだてしているのでは?」
「まさか。私がそんな真似をするとお思いですか?」
「いいだろう、ここは君の顔に免じて彼を尋問するのはやめておこう」教師は俺の方を向いて、何故か恨めしそうに嘯いた。
「命拾いしたな。まぁいい、女に庇われるみっともなさを自覚するがいいさ」
「なっ……!」何だコイツは!手が出そうになるのをぐっとこらえつつ、せめてもの皮肉を投げかけてやる。
「はは、ごもっともです。彼女がいなけりゃ転入早々追い出されていたかもしれませんね……冤罪によってね」
「ふん……」教師は不満たらたらと言った表情でこの場を後にした。
「他の先生方は中庭の被害修復及びに不審者・不審物の捜索をお願いします。アイノ君とエルシアさんは私達生徒会で詳しく事情をを聞きますので……生徒同士の方が話しやすいかもしれませんし」
彼女の一言で、その場は解散となった。改めて礼を言わなければならないな。
「助かったぜ、楓……じゃなかった、飛田さん」途中で再びユアの胡乱な視線を喰らい、慌てて訂正する。
「どういたしまして。それじゃあ、ちゃんと話を聞かせてもらおうかしら」
「仕方ないな。ユアもそれでいいか?」
「はい。よろしくお願いしますね、会長さん」
そうして、俺達は生徒会室へ連れていかれる事になった。
「だからぁ、本当にやってないっつーの!」
「いい加減に白状しなさい!あんたがやったんでしょうが!」
尋問だ。もうかれこれ1時間近く拘束されている。
「第一、俺がそんな真似をやる必要性はないだろうが。それに俺は巻き込まれただけだ」
「それはもう聞いたわ。重要なのは、あそこで一体何が起きたのかよ!」
「……事実を述べても怒らないか?」一応確認しておく。
「怒らないわ、多分」多分かよ!ちっ、まぁいいや。
「お前には弱みを握られてるからな、もうそろそろ素直にゲロっておくよ。端的に言うと、確かに俺はあの現場に居合わせた。でも、決して積極的に破壊活動に加担したわけじゃない」
「ふぅん」
「ユアも言ってたはずだろ?校内に不審者が居て、そいつが襲って来たんだ。俺はたまたま中庭で出会って、そこで応戦したまでだ」
「じゃあその不審者との戦闘でどうしてあんな被害が出るのかしら?」
「……自爆したんだよ、俺の目の前でな」多分あれは黒マントの体内の爆弾の仕業だと思う。それが俺の技で引火して暴発したのだろう。ただ、それだと俺が悪いみたいな雰囲気になるのであくまで自爆と言う事にしておこう、うん。
楓もこの発言には少し考えるそぶりを見せていた。そうだ、そのまま俺が無実という結論に辿り着け!
「……情報が少ないけど、否定材料も乏しいのは否めないわね。いいわ、先生方には何らかの理由をでっち上げておくわね」
「そんなことしていいのかよ。生徒会長なんだろ?」
「あまり一般生徒たちに関わってほしくないもの、それなら嘘でもいいからしょうもない理由をぶち上げてしまった方が興味本位で危険に陥るリスクも少ないと判断したまでよ」
「なるほど、嘘も方便って訳か」完全に俺の嫌疑が晴れたわけじゃないが、とにかく彼女に感謝しなきゃな。
「サンキューな、楓。お返しに何か奢ろうか」
「いいわよ、そんな即物的な……。そ、それより!」そんな事を言って、彼女は身を乗り出してきた。
「ん、何だ?」今日はもう疲れたんだ、早く帰って寝たいぞ。
「も、もし良かったら……生徒会に入らない?」
む、それは予想外だ。一体どういう風の吹き回しだと言うのか。
「実は風の噂で、あんたがどのクラブに入るのか悩んでいると聞いてね。それならうちはどうかしら、と考えて」
「そんな軽い気持ちで……ところで、役職はどうなんだ?」
「庶務よ。ちょうど欠員が出たばかりなの」
お前がやったんだろうが、それは!しかし、特段悪い条件とも思えないな。何より、悪評が広まりつつある俺の身分からして、役員という立場は評価を改善するには魅力的な肩書だ。
「ちなみに、断ったらどうなるんだ」
「どうもこうもしないわ、また別の人を探すだけよ」
「……じゃ、俺がやるよ。こんな会長に振り回される人間をこれ以上増やしてしまったら大問題だからな」
「……一言余計よ。まぁ、そういう事なら」
楓は右手を差し出してきた。俺もそれに応え、握手する。
「これからよろしく頼むわね、阿陰君」
「ご期待に沿えるよう頑張ってみるよ」
生徒会室を出ると、もう外はとっぷりと暗くなっていた。
「あ、終わりました?」別室で取り調べを受けていたユアがやって来た。
「あっさり吐いてくれたわ、問題はそれを信じる人がどれだけいるかだけどね」
「?」
「そんな事は知らん、俺は素直に喋ったぞ」
「はいはい。それじゃ、私達も帰りましょうか」
楓の意見に女子生徒達が返答する。ユアの方を担当していたのは他の生徒会の役員たちだ。ふむ、確かに美少女ぞろいではあるが……。
「アイン?視線が泳いでますよ」ユアに注意され、慌てて正す。いかんいかん、こういう優柔不断な奴は俺が一番目指したくないパターンだ。
「俺達は馬車に乗って帰るから、一緒についてこんでも良いのに」
「あら?貴方達の乗る馬車はもう出ないわよ」
「は?嘘だろ」
「嘘だと思うならエルシアさんにでも聞いたらどうかしら」
俺は早速聞いてみる事にする。
「もう無いのか?」
「……言いにくいですけど、もう無いです。既に8時過ぎちゃいましたから」
「もっと言うと、最終便は10分前に出たわ。貴方がごねなきゃ間に合ったわね」楓が追い打ちを掛けた。くそう。
「じゃあ、徒歩で帰ろうか?でも俺はともかく、ユアは厳しいよな……」
「そうですね……すみません」
二人して落ち込む俺達に対し、役員の一人である少女がとんでもない提案をしてきよった。
「だったら、泊まっちゃえば?生徒会室に一応布団があったはずだし!」
『はい?』俺とユアは首をかしげる。
「だから、泊まるって……」
「ちょ、ちょっと!」突然楓が突っかかってきた。「流石にそれはまずいでしょ!何考えてるのよ!」
「もぉ、鈍いな楓ちんはぁ。ちょっと耳貸しなって」生徒会メンバーが集まり、何やら内緒話をしている。一分後、楓は何とも微妙な表情で俺達の宿泊にOKサインを出した。
「許可するわ。一応役員なら校内で寝泊まりする事も認められているし……二人は違うけど私達が居るなら大丈夫でしょう」
おぉ、何かそういう方面に話が進んでいる。しかし俺にはまだ不安材料がある。
「でも、マイさんにどう話を付けるか……」
俺の通信機には彼女の番号は登録していない。ユアはそもそも持っていない。
ところが、その懸念はあっさりと解決した。
「あ、それなら多分大丈夫だと思いますよ。今日はお父さんのお見舞いとして、アリスちゃんと一緒に病院で泊まるって聞きましたし……」
あー、そんな話があったような。よく聞いてなかったな。
「それなら問題ないね!ささ、二人とも泊まりましょう!」
話がそういう方向に進んできている以上、俺一人が反対しても仕方ない。それに、夜の学校ってだけで電ションが上がると言うのも否定できなくはないのだ。
「じゃあ、今晩はお世話になります」
ま、こういう経験も悪くはないだろ。




