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第25話 蠢く影

またまた長くなってしまいました。申し訳ございません。

「……それはホンマなん?ウチが操られてたって……」

「少なくとも俺はそう判断したがな」

 一旦服を着てもらって、少女を相手に事情を説明した。こういう時は素直に弁明するに限る。あ、そうだ。他の四人には既に概要を話して帰ってもらったぞ。

「……信じる材料は足りんけど、疑うにも微妙やね。ええわ、信じたる!」

「それはありがたいな」何とか信じてもらえたようだ。

「あ、せや。ここで会ったんも何かの縁やし、互いに自己紹介しよか」

 偉く唐突だな。まぁ別にいいけど。

「じゃあウチからな、ウチはティタルニア・フィエル・ガイエルや。長ったらしい名前やしティトでええよ」

「俺は藍野亜陰だ。よろしく」

 その後もしばらくとりとめのない話を続けつつ、色々と情報を知る事が出来た。気が付くと夕陽も沈み、黒・青・赤が美しいグラデーションを空に描いている。

「さて、もう帰らなあかんね。ほな、いずれまたと言う事で」

「お、おい。結局俺を許してくれるのか許さないのか教えてくれ」

「その質問はちょっと情けないなぁ。あ、でも……」

 ティトは俺の耳元まで寄ってから、耳打ちする。

「顔もタイプやし意外と男らしくてカッコよかったから、チャラにしとくわ。恩人なのは間違いないし」

「はい?」

「後は出会いがもうちょいマシやったらなぁ、完璧一目惚れやったかもやけどなぁ」そこまで言って、彼女は改めて俺の顔をじっと見た。こいつ、何言ってやがる?

「せや、もし持っとるなら番号交換しとこーや。にひひ、これでいつでも話が出来るって訳やね」

「えと、あの……」

「ほら、ブレス出して。ってもう既に誰か登録しとるやん。『ロジャーズ・クラフト』……何か聞いたことあるな、まぁええわ」

「………………」

「これをこうしてちょいちょいちょいっと。よし、これでウチとあんたはまた一歩友好関係がレベルアップしたって感じやね。ささ、次はあんたの番号を教えて……」

「ま、待てっ!あんな真似をしたってのに、お前は気にしないのか!?」

 俺の質問に、ティトは『こいつ何言ってるんだ』と言わんばかりの顔で返事した。

「まぁ、説明は腑に落ちたし。それに……」

「それに?」



「ちょっとばかし、気になったから……かな?」



 若干顔を赤らめ、はにかみながらティトがささやく。

「………………」

「だ、だからといっていきなりえっちぃのはいかんよ?まずは順序立ててって感じで……」

「……20020202」

「へ?」

「俺の番号だ。知りたかったんだろ?」

 照れ隠しも兼ねて笑いかけると、ティトは一瞬呆気に取られていた。が、直ぐに元の状態に戻り、

「い、いやぁ。そんなんで急に点数稼ぎした所でウチは落ちんよ、もう……」

「……やっぱやんない」

「それはやめて。っていうかもう登録したし」

「……ふっ、ふふふ……面白いな、お前」

「もう、からかうんはやめてや……」

 それはこっちのセリフだ、と言いたくなったがここは堪えて。代わりに別の言葉が出て来た。

「それじゃ、また今度な。凄く楽しかったよ」

 それは相手の拒絶ではなく許容の挨拶。だから彼女も、同じように答えたのだろうか。

「うん、また今度で!」

 見る者全てを魅了するような満面の笑顔で、一時の別れを告げていた。



「………………」

 校門でユアを待つ間、俺は何とも言えない気分で空を見上げた。

「連日の居残り、結果はこれか……」

 今回はたまたま上手くいったけど、結構ギリギリだった。俺自身のスキルアップは進んでいると思っていたのだが、これから先は一人じゃどうしようもない事態が訪れないとも限らない。

「でも、どいつを頼るか……」

 全面的に信用するにはまだ早かったり、出来るだけ巻き込ませたくなかったり、とにかく怪しかったり。誰も彼も単純な評価で推し量れるほどシンプルな連中じゃないな。

 まぁ、それは置いといて。

(それにしても……一体俺の与り知らぬ場所で何が起こっているんだ?)

 『教祖様』と呼ばれる人物。洗礼。シフさんを襲った人物。ヴァンという名の謎多き少年。そして……。

「ティト……あいつは一体……」

「……阿陰?」

「わっ!?」

 いかん、完全に上の空だったか。おかげでユアの接近に対して注意が遅れた。

「ユ、ユアか。悪い悪い、ちょっと考え事を……」

「そうですか。ところで……ティトって誰ですか?」

「ん、あぁ。最近知り合ったんだよ、またいずれ会わせてやろうか」

「いえ、結構です」

 きっぱりと断るな、何でだ?俺が疑問に思っていると、ユアはじとっとした目で俺を睨んできた。

「さっきまでの阿陰は口元が緩んでいました。つまり、ティトなる女性に対して邪な感情を抱いている可能性がありますね」

「邪って、その言い方はねぇだろ……」

「……ちょっと妬けちゃいますね。私と一緒に居る時はいつも何か思い詰めてる表情なのに……これじゃ駄目、もっと攻めないと……」

「?おーい、ユアさん……?」彼女の目の前で手を振ってみるが、気づいているのかどうかも怪しいな。

 というか、そろそろ馬車が来るぞ。そう言おうとした時、俺の顔は前を向けなかった。いや、突然首から下に向いた。

「え、えい!」ぽふっ。布地の感触が顔を包む。しかし、恐らくはそれだけではない。衣服の奥にある、生暖かく柔らかい物体……。

(な、なにをするんだいきなり!)いつもなら振り払えたであろうはずなのに、疲労からかそれも出来なかった。せめて抜け出せないかと思って顔を揺する。

「ふぁ、あふ、んんっ……そ、そんな乱暴に動いちゃ……」

「んあほほひっはっへひはははひはひあろ!|(んなこと言ったって、仕方ないだろ!)」幸せなのか苦しいのか分からなくなりそうだ。何とか呼吸は出来そうな隙間が出来たが、女子特有の甘やかな香りが鼻をつく。

「……阿陰」

「ん?」

「私じゃ、駄目ですか?」

「………………!」

 それは、俺が予想だにもしなかった、いや違う。

 考える事を後回しにしていた命題だった。



 恐怖の胸部攻撃から解放された俺は、新鮮な空気を思いきり吸い込んだ後話を聞いた。

「どうして急に、そんな話が出たんだよ」

「だって……私の知らない場所で、阿陰が色んな人と仲良くなってるのが不安で……」

「そんなの、お前だってそうだろ。人間同士の付き合いなんて、必ずしも何もかも大っぴらにしていいもんじゃないだろうよ」

「そ、それはそうですけど……。で、でも!阿陰が私をどう思ってるのか知りたくなって……」

 それは、どういう意味なのだろうか。俺が彼女に対して数え切れぬほどの恩義を感じているのは確かだ。しかし、それ以上の感情を抱いているのかといえば、まだ分からない。

「……大切な人だよ。今はそれでいいだろ」

「それじゃ、駄目なんです」

「だから、何が駄目なんだよ。今すぐに答えが欲しいのかよ」

 いかん、自分でもヒートアップしているのが分かってしまった。何とかして言葉を選ぼうとしても、はやる気持ちから乱暴な対応を取ってしまう。俺ですらこんなに戸惑っているのだから、ユアもきっと焦っているに違いない。

「そ、そんな言い方ないじゃないですか!確かに私も性急すぎたかもしれません、けど……そんな邪険に扱わなくたって!」

「そんなつもりはない!急にどうしたんだよ、ユア!?」

「……はぁ。もういいです、ちょっと幻滅しました」

「……何だと?」

「最近の阿陰は、何か隠し事をしてるように思います。どうして私に話してくれないんですか?」

 やっと俺も気付いた、彼女は俺の事を心配してくれていたんだ。確かに隠し事をしていたのは悪いと思っているし、そのうちの一つは先程終わった。しかし……。

「……ごめん、まだ話せない」

 シフさんを襲撃した犯人も、エディが語った『教祖様』も未だに正体が分からないが、その危険性は明らかだ。これ以上ユアに危害を加えさせるわけにはいかないし、彼女に関わらせるわけにもいかない。

 だが、その返答が気に入らなかったのか、

「……そうですか。じゃあ、いつになったら話せるんですか?いつになったら、あなたの悩みをはなしてくれるんですか?」ユアは暗い顔で怒っていた。

「いい加減にしてくれよ、これ以上詮索しないでくれ」話が長くなってきて、俺も苛々してきた。

「それはこっちが言いたいですね、何か裏でこそこそやってるのは知ってるんです」

 彼女のこの言葉で、我慢の限界に達した。

「……いくらなんでも酷い言い種だな、それ。お前には関係ないだろうが!ほっといてくれよ!」

「……!」

「あ……」

 今のは自分でも分かった。俺は、恐らく最低の対応をとっていた。

「……もういいです。私はもう少し学校に残りますから、一人で帰ってください」

「……待てよ」

「一人にさせてください、しばらく顔も見たくありませんから!その方が阿陰にとっても好都合なんでしょう!?」

 自分が取り返しのつかない事をしてしまっているような気がして、焦燥する。どうにか挽回しようと思索を巡らせても、結局泥沼になる気がして何も出来なかった。

「……さよなら、阿陰」

「………………」

 マヌケでクズな俺は、ユアの後姿が建物の陰に隠れて見えなくなるまで立ち尽くすしかなかった。



(はぁ……。どうしようか)

 絶賛落ち込み中の俺は、今すぐ馬車に乗る気にもなれずとぼとぼと街路を歩いていた。ははは、見てごらん。満月が惨めな俺を嘲笑っているじゃないか。

 つくづく、俺の落ち度に他ならなかった。せめて普段からもう少し話せていれば何とかなったのかもしれないが、後悔先に立たずである。

「クソ、泣きたくなってくる」無論、自らの浅ましさに対してである。虚ろな目で隣を見れば、店のウインドウ越しにカップルと思しき男女の学生が楽しそうに談話しながら何かを食べていた。その二人が俺の視線に気づき、一気に気まずくなったように見えた。大変申し訳ないと思いつつ、そそくさと彼らの視界から立ち退く。

 帰りたくなくなってきた。どの面下げてあの家に居続けられようか。かといってどうやって仲直りできるのかも分からない以上、逃げたくなってしまうのも無理はないだろう。それが根本的な解決からほど遠い事は分かっていてもだ。

「おい、君は……」

 細い路地の前を横切った時、何者かの声が聞こえた。

「あ?今は気分が悪いんで後にしてもらえますかぁ?」荒んだ態度で返事するが、直後にとんでもない発言を聞くことになった。

「ふん、呑気なものだ。痴話喧嘩とは」その姿は仮面をつけた少年であった。声はまるで電子的加工を受けたかのように歪んでおり、地声を推測する事も難しい。

「……!?それをどこで知った?」俺の危機察知能力が、少ない情報処理量で最大級のアラートを鳴らしている。間違いない、こいつは……!

「心が曇っても、判断能力は残っているか。なら話は早い。今すぐ彼女を救うんだ」

「何を言ってやがる……!?」

「もう一度言おう。ユア・リヴィエラ・エルシアを守るんだ」

「……お前が誰かどうかは気になるが、それよりも聞きたいことがある。何が理由でそうする必要があるんだ?」

 こいつ、一体何を知ってやがる!?

「君が追っている男が、彼女の命を狙っている。それでいいか?」

「……不十分だが、それで十分だ!」

 こいつを信用しきる気にはなれないが、不安の種は取り除くしかない。ユアがまだ学園の構内に居るとして、ここから一番近い出入り口までは全力で飛ばして二十分。更に内部を捜索する手間を考えると時間はいくつあっても厳しい。くそっ、間に合うか!?

「……ならば、早く行け!」

「言われなくたって!!」足に『増強』をかけ走り出す。あれを使うにはある程度開けた空間じゃないと周りに危険が及ぶ。出来るだけ人通りが少なく幅の広い路地に出なければ……!

「よし、ここだ!」第6番市道に到着する。近くには障害物も殆どなく、一気にかっ飛ばすにはもってこいの場所だ。俺はブレスレット型通話機の『ロジャーズ・クラフト』の番号を入力し、ある人物を呼び出す。

「メグ、聞こえるか!?『無明の骸装』は使えるか!?」

『問題ないです。修理ついでにリクエスト通りの機能強化もしてますよ!」

「じゃあ、使わせてもらうぜ!『装呼(コ―リング・アームズ)』!!」

 全身に魔法金属製の鎧である『無明の骸装』を纏い、『無限機関』を発動する。

「ぶっつけ本番で行かせてもらう!!」

 ここ数日の特訓で編み出した技の一つ、早速使う機会があるとはな。俺は両掌を斜め後方に向け、一気に炎を噴出させる。その反動で空中に飛び上がりながら一気に加速した。体感速度だと時速300㎞超、このまま真っすぐ飛べれば学園まで一分ほどで到着する。

(まぁ、課題は山積みなんだけどな)

 まず、先程述べたように二次被害を避けるためには使用できる状況が限られる。次に着陸時はかなり工夫しないと狙ったところに降りられない。おまけに魔力・体力共に消費が大きく、長時間の使用は出来ないときている。それになにより、一番の問題は……。

(現状は『無明の骸装』抜きじゃ満足に使えないってことか)

 一度この技を生身で使ったことがあるが、摩擦熱の考慮をしていなかったのがまずかった。服はボロボロになり、体のあちこちも火傷だらけになってしまった。かなり出力を抑えてやってもこれなので、今回みたいな更なるスピードが求められるケースを想定して『無明の骸装』の併用を考えていた。メグに頼んでいた改修案の一つがそれである。

(いい出来だ、感謝するぜ)後、口を開くと大量の空気が口内に入ってくるので喋れないのも欠点と言えば欠点か。今度はマスクパーツの追加も依頼してみようか。

 そんな事を考えていると、目的地が見えて来た。一度噴射を止めると、慣性の法則と重力で斜めに落下していく。ここで先程述べた着地の工夫の出番である。俺は空中でキックの体勢をとり、足の裏に魔力を集中させた。すると、靴底の発振器からバリアが発生した。

 もう一つの目玉機能がこちら、魔力障壁である。俺の魔力コントロールの成長によって実用レベルにまでなった。さて、この高度から落ちても大丈夫かね。自身の質量と重力加速度が空気を押しのけるほどの速度を生み、それが空気との摩擦を生む。

 そして、俺は学園の中庭に足から突き刺さった。



 ―さかのぼる事10分前。ユア・リヴィエラ・エルシアはランプによって照らされた廊下を歩いていた。

(どうしよう……)

 消沈した面持ちで考えるのは、先刻の出来事だ。我ながら酷い言葉を吐いてしまった。もしあの時に戻る事が出来たなら、今すぐにでも謝りたい気分に駆られた。

(阿陰、絶対怒ってるはずだよね……)

 彼の言う通り、自分はこれ以上詮索するのはやめた方が良かったのではないか。夕方には、遠く離れた場所で爆発音が聞こえたような気がするし、もしかしたらあの少年が人知れず騒動に巻き込まれていたのかもしれない。そうであったならば、彼が自分を遠ざけようとしていたのは当然だろう。

 一体幾つの時が流れたのだろうか。ついたため息の数も忘れかけた頃、彼女の元に何者かの影が現れた。

「………………」

 黒いマントに歪な紋様の仮面。まるで瞬間移動してきたかのように現れたその人物に、ユアは面食らった。

「あ、あの……?」おずおずと話しかけてみる。

「……目標確認、攻撃開始」

「え……?」

 黒マントが大量のナイフを投げて来た。それらはユアの頭部の僅か横を通り過ぎた。決して外れてくれたのではない、外してきたのだという事をユアは自覚した。途端に底知れぬ恐怖が湧き上がる。

「……やるしかない、か……」

 周囲を見渡しても他に誰もいない。見回り担当の教師も、居残りの学生もだ。つくづく運のなさに泣きたくなってしまう。

「でも、もう誰かに頼ってばっかりじゃダメだから……!」

 何も独力で勝つ必要はない。時間を稼ぎながら逃げ回り、他者と協力してこれを撃退すればいいのだから。ユアは両手杖を掲げ、呪文を唱えた。

「お願い、『風砲』!」

 不可視の砲弾が黒マント目がけて飛んでいく。しかし、簡単にかわされた。

「今のうちに……!」ユアも相手が直撃を貰ってくれるとは思っていなかった。相手が回避行動をとっている内に、廊下の角を利用して視界から外れつつ逃亡する。

「目標逃亡、追跡開始」

 現在は西館の三階、まずは地上を目指す。職員室のある本館へは一階へ降りなければたどり着けない。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 息が上がる。こんなときに自分の運動能力の低さが恨めしい。とはいえこの渡り廊下を通れば本館に……。

「迂回終了、回り込み成功。これ以上の抵抗は無駄」

「……!?」

 いつの間に黒マントが自分の目前に移動したのだろうか。考えられるのは一つ、途中の階段を使ったのだ。西館は四ヶ所の階段が存在するが、ユアが黒マントと出会ったのは最も南側の階段近く。そこから北寄りの階段を目指して走っていたが、黒マントは自分が途中で通過した階段を使って先回りしたのだ。

「……でも、それも読んでたっ!『暴風壁』!」

 父のそれには流石に負けるが、自分の魔力を最大まで込めたこの魔法なら……!

「……ググッ!」風の壁が狭い廊下をゆっくりと前進し、黒マントを石壁へと圧迫する。みしみしと肉体が悲鳴を上げ、黒マントが苦痛に喘ぐ。

(いける、これなら……)ユアの脳内に淡い期待が浮かぶ。しかし、それは一瞬で砕かれた。

「……対魔力減退装置、作動」

「あっ!?」

 『暴風壁』がかき消され、再び黒マントが自由を取り戻した。一方、魔力を使い果たしたユアは絶望的状況に足がすくんで動けなかった。切り札まで簡単に無効化されるとは、自分はどこまで非力なのだろうか。

「……目標の戦意喪失を確認。これより暗殺を執行する」

 黒マントの右腕が変化し、巨大なナイフの形をとる。逃げなきゃならないというのに、足が動かない。

「………………あぁ」

 階段を上ってくる黒マント。自分のいる場所まで後1メートルほどに迫ったところで、何故か立ち止まる。いや、理由は分かっている。

「……あなたは、殺そうとすれば直ぐに私を殺せる。だから、あえて今は殺さない……!」

「その推論に対する返答は持ち合わせていない」

 ダメだ、もう万策尽きてしまった。偉そうな口を叩いておいてこれだ、所詮自分には荷が重かったのだ。

あぁ、せめて最後に今まで世話になった人に挨拶を……。

 ツェギンに襲われた時以上の恐怖が自分の身体を駆け巡る。辞世の句を詠むこともままならないまま、ナイフが自分の胸元に突き立てられ……。



 その時、凄まじい音が鳴った。まるで何かが空から落ちて来たような音だ。

「………………!?」

 廊下の窓からのぞく中庭、土煙がその全てを覆い隠す。

「来たか!」黒マントが窓を割り、土煙の中に飛び込む。

 金属がぶつかり合う音、やがて視界が晴れると……。

 そこには、見知った顔の少年が黒マントの首を絞めていた。

「ふぅ、何とか間に合ったか」

「あ、阿陰!」



(あれ、こんな事以前にもあったよなぁ?)

 俺はこの世界があまりにも出来過ぎているように感じた。まるで俺が間に合うかのように敵の行動が操作されているかのようだ。

「ま、それはともかく。今日は厄日だぜ、全くよぉ。俺にとっても、ユアにとっても……」

 真っ黒な服装の男の首を絞めていた右手を更に吊上げ、そのまま顔面を左手で殴り飛ばす。

「てめぇにとってもだ」

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