第24話 脅迫
今回はかなりキワモノな話になってしまいました。それでもいいならどうぞ。
学校に着いた俺は、始業前までにスマホを倉庫に仕掛ける事にした。無論、エディ・バルガンを陥れるためだ。
「………………」
予め用意していた針金で倉庫のカギを開ける。付け焼刃の技術だがどうにかなったようで、あっさりと進入に成功した。内部には、昨日見かけた女子生徒達がいた。へぇ、まだ解放されてないのか。彼女たちは口元に轡をされ、口が聞けなかった。
「………………!」
「すいません、今すぐに助ける訳には行かないんです。もしそうすれば、ヤツがどんな強硬策に出るか分からない。安心してください。なるべく早くケリを付けますんで」
彼女たちに謝りつつ、部屋の隅のなるべく見つからない所にスマホとポータブル充電器をセットする。録音モードにしておき、一度倉庫を出る。ピッキングの応用でカギをかけ直し、急いでホームルームに戻る。
この世界において俺の所属する2年B組は、かなり騒がしい連中の集いである。とはいえ授業中は比較的静かにしており、流石は名門校の生徒といえる。おかげでこちらも作戦を継続できるというものだ。
「まだ動きは無いか」
実は先程仕掛けたスマホの裏に、もう一つの仕掛けを用意していた。それは半径10m内の盗聴・傍受を行える魔道具『デビルイヤー』だ。この直球なアイテムは亜理素から譲り受けたものだ。曰く、「しばらくは必要ないから」とのこと。ただ、これ一個では倉庫から教室までは届かない。つまり、長距離の傍受には向かないのだ。
ただ、それを解決する方法がある。中継地点を用意する事だ。まず、倉庫に一つ。そこから10m離れた花壇脇の植木鉢の中に一つ。更に10m離れた水飲み場の下に一つ……。このように、10m間隔で『デビルイヤー』を仕掛けていく。そうやって音声を繋いで行き、最後に俺の制服の襟元にまで届くようにした。なお、このようにして拾った音声は、中継を繰り返す事で音質や音量が劣化するのだが、今回はあくまで倉庫に誰か入ってきたことさえ分かればそれでいいので、あまり気にしない。ともかく、、
こうして、午前の授業中は特に大きな動きが無く終わる。
(今のところは異常なし、か)
そう簡単にばれるような設置はしていないから問題はないはずだが、長期戦も覚悟しなければならないな。そう思いつつ、弁当を掻き込む。
「……ごちそうさま!」
「今日はやけに早いな、アイン。何か急用か?」傍でサンドイッチを頬張っていた孝が聞いてくる。
「そうか?自分では取り立てて早いとは思わないけどな」
「いや、何か焦ってるって感じがしてな」
「気のせいだろ。さて、俺は次の授業まで昼寝するよ」適当に答えつつ、寝たふりをして音を聞く。すると……。
『……さて、……逃げなかったなぁ?いい子だ……』立てた襟元に取り付けた『デビルイヤー』から、かすれた音声が流れた。
(……来たか!)
思わずガタッと立ち上がる。周囲の人間が驚いて俺に視線を向けた。
「い、いきなり何だよ!ビックリしたじゃねぇか!」
「え、え?どうしたんですか?寝てたはずじゃ……」
「いや、これはまさしく寝耳に水!きっとスクープに違いないね!」
孝・文乃・リーゼロッテの反応を確認し、俺は三人に理由を述べた。
「悪い、急にトイレ行きたくなった」
「そ、そうか」
「じゃ」
孝の返事を待つより早く、俺は教室から飛び出した。
庭園の用具入れを兼ねた倉庫、そこを視界に収めつつ建物の陰に隠れる。
「よしよし、気づかれることなくここまで来られた」
ここに来るまでの途中、誰かがドアを開けたような音がした。恐らく、エディが退出したのだろう。ここに来るまでに鉢合わせしなくて助かったと言うべきか。周囲に誰もいない事を確認し、朝と同じように倉庫のカギを開ける。
「………………」それにしても、理解不能な行動だ。目前の少女たちは下着姿のまま手足を縛られているというのに、なんら乱暴を受けた痕はない。と、解放する前にまずは誤解を解かねば。
「皆さん、救出する前に聞いてもらいたい話がある。まず、俺はあんたらをどうこうするってつもりは毛頭ない。だから……」そこまで言って、室内の死角に隠していたスマホその他を回収する。「これもあんたらを救うためだけに使う。それだけは信じて欲しい」
俺の頼みに、彼女たちは首を縦に振った。それを受けて、手足の縄を切る。
「動かないでくれよ……よしっ!」指先から小さな炎を出し、一人づつ縄を焼き切った。後は脱出させるだけと思い、直ぐに失念する。しまった、制服はどうしようか。一人だけなら俺のブレザーを貸し出せるが、必要があるのは五人。明らかに足りない。と思ったら、解放した内の一人が倉庫の隅から段ボール箱を取り出した。彼女の話では、服を脱がされた後この箱の中にまとめて収めるよう指示されたとの事。ま、ますます訳が分からん。
「まぁ、ともあれ。今更だけど俺は後ろ向いて出ていくから、終わったら自分のタイミングで出ていってくれ」
入口の脇に立って数分後、最初の一人が着替えを終えたようだ。俺に会釈をして、駆け足で校舎内へと移動する。その後も次々と、少女たちは倉庫を後にした。
「あんたで最後だな。カギはこっちで何とかするから、さっさと逃げな」
「あ、ありがとう……」
最後の一人を見送って、姿が見えなくなるまで俺はそこに居た。さて、彼女たちの戦いは終わった。こっから先は俺の戦いだ。
夕日に染め上げられた本館の屋上、穏やかな風が心地よく頬を撫でる。
「……来たか」
二か所ある校舎内への出入り口、その一方の扉が開く音がした。
「ちゃんと来てくれたんですね、先生」
「何のつもりだ、貴様!倉庫に落書きをするだけでなく、学生の分際で教師を侮辱するなどと……!」
「侮辱だなんて、そんなつもりはありませんよ」
「嘘を言うなッ!『エディ・バルガンは女子生徒を監禁し、自らの性欲を満たす捌け口にしている』などと書いたのは貴様だろうが!!」
あの後、近くに落ちていた古いペンキで倉庫の扉にエディの発言と同様の落書きをしたのは事実だ。だが、あえてしらを通してみる。
「あんなものは俺じゃなくたって出来る。まさか筆跡鑑定でもしてみますか?」
「お、おのれ……!!」
「まぁ、アレを誰が書いたかなんて些細なことですよ。どちらにせよ、あんたの末路は同じだ」
俺はスマホを取り出し、エディの前に突き出す。
「なぁ、先生?」
俺が手に持つそれを理解できなかったのか、エディは更に気を悪くした。
「なんだそれは!分かったぞ、所詮はハッタリだな!」
「……はっ。馬鹿に合わせて説明してやるのは時間と誌面の無駄だけどな、一応見せてやるよ」
スマホを操作し、ある音声ファイルを開く。より聞こえるように、スピーカーもオンにした。
『……やはりだ……目を付けていた通り、お前たちは……フフフフフ……』
ノイズ混じりながら、この端末から流れるのは確かにエディの声だった。
「や……やめろッ!こんなのは貴様の工作だ、陰謀だ!」
「安心してくれよ、今すぐこれをチクるつもりはない。それに、俺の落書きはあんたが必死になって消してくれたおかげで、他に事実を知る人間は被害者の子たちだけだ」
表面上は優しくも、その実壮絶な笑みを浮かべて淡々と俺は述べる。
「さぁ、選べ。ここで俺を実力で排除して証拠を消すか、それとも諦めて自分から辞めるか。後者を選ぶなら黙っておいてやるよ」
「ぐっ……お、おのれぇぇぇぇ!!『筋力強化』!!」
エディは俺目掛けて一気に突っ込んでいき、スマホの奪取を仕掛けようとする。
「ははは、どうだ!身体強化は元の人間によってその能力を最大限まで引き出す!!」
「だから、いくら優れた魔法使いでも素の身体能力が低けりゃ大したことは無いんだろ?」
「!?」
最小限の動きで躱す。
「ただ避けるだけなら魔法すら要らねぇ。ましてや、今のあんたみたいにバカみたく突っ込んでくるなら尚更だぜ!」
「ふん、そんなナメ腐った発言をしていられるのも今のうちだ!『手槌』!」
大層な名前だが、実際はモーションの大きすぎる振り下ろしパンチだ。後頭部が無防備になったところを最低倍率の『増強』によって強化された右の握りこぶしを叩きこむ。ドカンと鈍い音がして、エディが顔面からコンクリートに激突する。
「うわ、痛そー。大丈夫ですかぁ、先生?」煽るように見下しながら頭を足蹴にする。ぐりぐりと踏み躙り、最後はデコを引っ掛けるようにしてつま先で掬い上げるように蹴り上げる。その勢いのまま、エディの体は数メートル先まで吹っ飛んだ。
「さて、トドメはどうするか。選ばせてやるよ……っ!?」そこまで余裕の態度を崩さなかった俺だが、ここに来て予想外の事態が発生する。
「み、右手が……」突然、謎の激痛が走る。見やると、先程のインパクト面から出血していた。
「……ぐぐぐ……ふふ、はーっはっはっはっ!!かかったな、アイノ!これが大人の戦い方というものだ!」
「てめぇ……まさか、頭に細工を!?」
「その通りィ!俺様の頭はとっくの昔にィイイイイ、兵器だァアアアア!!」
殴られた瞬間に頭から棘を出し、反撃したのか。
「そこまでするのか、あんたは!」
「と、とと、当然だぁ!!俺様を拾ってくれた、『教祖様』のためなら!!」
「『教祖様』!?そいつは誰なんだ!?」
「そこまで言う義理は、なぁあい!!」最早正気でなくなったエディは、自らの服を引き裂いた。その内部には……。
「な……何の冗談だよ、それは……」デジタル時計のような、何か。本来なら大して動揺しないはずなのに、焦った人間が咄嗟に見せて来たというシチュエーションが時計とは別の何かを想起させる。
音もなく、6桁の数字が一つずつ減っていく。100分の1秒単位で目まぐるしく減少していくタイムリミット。俺の頭に、最悪の可能性が思い浮かんだ。
「じ、自爆する気か!?」
「随分と理解が早いな!!正解だよ、アイノォ!!因みに言っておけば、この学園を丸ごとフッ飛ばす程度の威力はあるぞォ」
「くそったれ、狂ってやがる!一体アンタは何が目的で潜り込んでいたんだ!?」
「冥土の土産に教えてやろう!見込みのある生徒に対して、洗礼を施していたのだぁ!!」
「洗礼だと!?」
左腕でエディの胸を何度も殴る。が、攻撃が効いている様子はない。
「無駄だ無駄だ!!この体は術式の組み換えによって鋼鉄のように組成が変化した!生半可な攻撃じゃびくともしないぞぉ!!」
「くっ……」
一度距離を取って、自分の中で解決法を考える。思いついては消え、また思い浮かんでは消える。その内、たった一つの解法のみが残った。
「さぁ、アイノ!果たしてどうする、この状況をどう打破する!?」
「……打破する気はねぇよ」
『無限機関』を発動する。まずは右腕の損傷の回復からだ。
「何?それではこの程度の障害で諦めると言うのか!?」
「誰がそんなこと言ったんだテメェの頭は粗悪品か」
よし、出血が止まった。細胞再生もある程度は進んだし、これなら何とかなるか。俺は再びエディに接近し、全力で……。
「どおおおおおりゃあああああ!!」
斜め方向に吹き飛ぶように右腕でぶん殴った。
一瞬でエディが空の彼方まで吹き飛び、やがて見えなくなる。数秒後、はるか遠くで爆発音が鳴った。
「……痛いなこれ……」正直、涙が出た。
俺がやったのは、一瞬だけ最大倍率でパンチを喰らわせただけだ。ただし、治療と同時に化学エネルギーの操作の応用で肉体に一時的ドーピングを行って素の筋力を上昇させている。どちらにせよ、相手がそれほど重くなくて助かった。
「ふぅ、ちょっと休んでから帰ろうっと」
そう言えば、エディは何か気になる事を言っていた気がする。確か、見込みがある生徒に洗礼がどうのとか……洗礼?見込み?
ガチャリ。やや古びたアルミの扉が開き、また別の人物が現れる。
「ん、あんたか。安心してくれ、事情は話せないが脅威は去った」
「………………」被害者の一人であった少女だ。確か制服の入った段ボール箱を見せてくれた子で、よく見ると結構かわいい顔をしているな。しかし、その瞳には生気がない。
「ど、どうしたんだ?」不躾とは思いつつも顔を覗き込む。すると……。
「……排除する」
腹に強い衝撃が走る。どうやら蹴りを入れられたようだ。激痛を抑えつつ、大きく飛び退いて距離を取る。
「……どうやら、素直な感謝って訳じゃないみてぇだな」困った、女が相手じゃ全力は出せない。とはいえ相手が一人ならどうにかなるはずだ。
そう、相手が一人ならば。
少女が現れた扉の入口、そこから敵増援のお出ましだ。それも揃いも揃って先程見た顔。エディの監禁事件の被害者だ。
「やっぱり、ただの変質者じゃなかったって事かよ……とんでもない置き土産だぜ!」
さて、どうしたもんかね。一斉に飛び掛かってくる気配はないが、その代わりじりじりと追い詰められていく。
「クソッタレ、俺は女に襲われる趣味は持ち合わせていないんだよっ」
『………………』
ゆっくりと後ずさりしていると、背中に硬い感触のものが当たった。とうとうどんづまりのようだ、背後は壁で横はフェンス。つまるところ、角に追いやられたって訳。
「こうなったら強行突破で……」いや、逃げてどうする?俺がこの場から逃亡した所で彼女たちが元に戻るとは限らないじゃねぇか。それ以前に、首を突っ込んだ以上は責任をもって丸く収めなきゃならねぇ。
「ええい、こうなりゃやけっぱちだ!」
最初に話しかけて来た少女を、俺はまっすぐに見つめる。
「………………?」
「なぁ、あんた。今の自分がどんな状況か理解できてるのかよ」
「……その必要はない。今の私は、目的を果たすだけ」
「その目的は、俺を倒す事か?馬鹿馬鹿しい」
「発言の意味が不明」
「心配すんな、言葉は要らねぇ。ある意味決死のインファイトだ」視線を逸らさず、一歩づつ近づく。相手は動かず、焦点の合っていない目でこちらを補足する。どうやら積極的に攻める気はないようだ。
1m10cm。足の長さからして、ここが攻撃のギリギリ届かない場所だ。その地点に立った俺は、最後にこう言い放った。
「今すぐ元に戻してやるぜ!ちょっと手荒だが、我慢してくれ!」静止した状態から、一気に加速して少女に急接近する。向こうもそれを察知したのか咄嗟に左足で迎撃してくるが、それも予想済みだ。
「よっと」右腕で受け止め、更に距離を詰める。今は片足で立っている状況なので右足は使えないし、後はこうやって……。
「な?両腕を掴んでしまえば身動きは取れない」
「……私をどうする気だ」
「別に、どうもしないよ。ただ危ないからこうしたまでだ」そう発言しつつ、俺は彼女を至近距離で観察した。ふーん、少なくとも目に見える部分には異常がないみたいだ。他の四人は救出時に粗方確認したから分かるが、こいつだけはロクに見る事もなく逃がしちゃったからな。
「……仕方ない。誰かが来ない事を祈りつつ、最終手段に出ますか。と、その前に確認したいことが一つ」
「………………」
「五人の中で、直接エディによる洗礼を受けたのは只一人。お前だけだな?」
「……それを答える必要はない」
「あ、そ。それじゃあ、身体に聞いてみるか!」
俺は少女に抱き付き、制服を脱がす。まずはネクタイ、次いで上着。カッターシャツのボタンを外す段階になっても、相手の反応はない。
「……そう無表情なのも困るな。そうだ、俺が何故こんな真似をしたのか話してやる」
「………………」
「まず一つ目。救出時にお前が制服を探していたのは、自分の身体に書かれた魔法陣を隠すためだ」
たまたま自分の部屋で似たような魔法に関する記述のあった文献を読んでいて助かった。この手の人格支配・洗脳系統の魔法ってのは、対象に直接魔法陣を書くのが一番効力があるらしい。恐らく、エディは二段階の魔法をもって彼女を支配下に置いたのだろう。最初に催眠術などで一時的にコントロールを奪い、更に人格支配魔法で完全に制御する。その際に、あらかじめ特定の行動に対して反応をプログラミングしておけば、例え直接指示しなくても勝手に動いてくれるという訳だ。
「二つ目、最後に部屋を出たのは自分自身に向けられる疑いの目を少しでも逸らすためだ」
他の四人を先に解放させ、最後に自分が出る事でエディはあくまで物理的支配のみを行ったと勘違いさせることを狙ったのだろう。
「以上より、お前を介してこの魔法が形成されたと推理した。んで、今俺がやってるのはその解除方法だ」
「………………」
「俺も最近知ったんだがな、いくら高度な洗脳技術であっても人の本能の奥深い領域は完全に制御しきれないんだよ。だから、こんな風に……」
シャツのボタンを全て外し、下着が露わになった少女。俺はなるべく感情の起伏を抑えつつ、ある部分に触れる。
「………………!?」
「原始的な快楽に訴えかければ……ぐはっ!?」
封じ込めていたはずの右手が俺の顔に直撃した。く、首が折れるかと思ったぞ!
「な、な、なにしくさるかワレェ!!」俺の不埒な真似にとうとう耐えられなくなったのか、少女が激怒の雄たけびを上げた。
「……作戦成功」
「何が作戦成功や、ドアホ!ええかげんにせえや、サツ呼ぶぞコラァ!」彼女は手を振り上げ、今にも俺をボコボコにしそうな勢いだ。
「引き続き俺を殴る前に頼みたいことがある。右の脇腹にある落書きをこれで消せ」予め用意していた水筒と石鹸を渡す。
「はぁ?そんなんあるわけ……あったわ。しゃーない、続きは後回しにしたる」意外にも律儀なようで、彼女は石鹸で魔法陣を消し始めた。それと同時に、他の少女たちも勝機を取り戻したようだ。いやぁ、よかったよかった。これにて一件落着だな。
「良くないわ。何いい話に纏めようとしとんねん」首根っこを掴まれた。ですよねー。
「待て、まずは俺の話を聞け。その上で殴りたければ殴れ、半殺しまでなら別に構わないから」
その後、五人の少女を相手に大して面白くもない話をする羽目になった。




