第23話 仕掛け
諸事情で投稿ペースが遅れてしまいました。申し訳ございません。
何とか誰にも見られずに現場を脱出した俺であったが、方策を思いつかなければならない。
「とりあえず、今は帰るしかないか」
下手な考え休みに似たり、だ。頼れる人間と相談すべきだな。と言う訳で、帰路につくことにした。正門前まで歩いていると、誰かがやって来た。
「あ……」
ユアだ。どうやら部活が終わったらしい。
(あー……。どうしたものかね)
とはいえ、避ける理由もない。俺は一緒に帰る事にした。
「今日は、特に何も起きなかったな」
嘘をついているのを悟られないように、話を振る。確かに他人を頼る事は悪いわけではないが、場合によって巻き込んでもいい人物と悪い人物が居る。今のユアは間違いなく後者だ。精神が不安定な状態で今回のような醜悪な事件に関わらせるわけにはいかない。
「そうなんですか?それは良かった。何事もなく、平和に暮らせるのが一番ですから……」
そうだ、俺の選択は間違っていないはずだ。
「全くだ。それにしても、今日のご飯は何だろうな」
そうして、帰り道はとりとめのない話題に終始した。これでいい、これでいいんだ。
帰宅、そして夕食を済ませ。
「さてと、夜のトレーニングを始めますか」
昨日のヴァンとの勝負で、更に技術を磨く必要を認識した俺は早速新たな必殺技の開発に勤しんだ。
「にしてもエネルギー操作って、考えようによっちゃかなりチートだよな……」
エネルギーってのは、万物に宿る力の事だ。俺の魔法は、別世界からそれを際限なく引き出し、自由に変換・利用するというものだが、当然そこには制約がある。
まず一つ、制限時間だ。元から力学的エネルギーを利用した肉体強化の制限は分かっていたが、他のエネルギーについても同様のリミットが存在するようだ。例えば、熱エネルギーなら300℃で5分、電気エネルギーなら5000Vで3分間使用できる。制限時間を超えると魔法がキャンセルされ、その後しばらく『無限機関』の使用が出来なくなる。所謂クールタイムって奴だ。一応の対処法としてこまめに発動・解除を切り替える、または体の一部分だけに使用することで何とか引き延ばしているが、根本的解決には至っていない。
そしてもう一つ。物理法則までは無視できないということだ。肉体強化でもセーフティー以上の『増強』で相手を攻撃すれば自分も反動で相応のダメージを受けるし、石を思いっきり投げつけてもその飛距離・威力が伸びるだけでやがては重力に引っ張られて落ちる事に変わりはない。考えてみれば当然だが、その「当然」すら疑うべきなのがこの異世界である。
「特に空気抵抗を無視できないのは痛いな。スピード面で不利だ」
速く走ろうとすれば空気との摩擦が発生し、自分はその摩擦熱で全身を焼かれる。これを熱エネルギー操作で解決したとしても、周囲は衝撃波で甚大な被害をこうむる。例えば、瞬間移動や生体時間の加速を行う相手が出て来た場合、そいつらに対抗するためにもスピードは重要である。そのような時に、都合よく周囲が開けた環境で、かつ誰もいないとは限らない。
「横だけじゃない、縦にも自在に動けるべきか」
試しに『増強』で両足を強化し、軽く跳んでみる。高さは5mといったところか。そこで、一度飛んだあと空中でもう一回、今度は片足で跳んでみる。イメージは、空気の塊を蹴りつける感じで。
「……うわあっ!?」
しかし、これが難しい。固く締まった地面と違い、空気は不定形かつ流動的であるため、真っすぐ飛ぶことが出来ない。
「……待てよ?真っすぐ飛ばなくていいんじゃないか?」
ここで発想を変える。そもそも空中戦を課題として挙げたのは、高度を稼ぐためじゃない。本来の目的は、攻撃のバリエーションを増やすためだ。ならば……。
「色々と、やってみるか」
背中や足から一瞬だけ炎を出し、その反動で空中移動する。肉体強化で空気を押し出し、後方に飛び退く。地面から助走をつけ、低空飛び蹴りの姿勢で飛距離を伸ばす。そのどれもが一定の成果を残した。
「はぁ、はぁ……。上手く行ったか……」すっかり疲れ果て、俺は寝転んだ。いつもならユアや亜理素が飲み物を用意してくれる頃合いだが、今日は要らないと予め言ってある。それも、ある訓練のためである。
ツェギンとの決闘時、瀕死の状態から一時的に回復した技。あれを再現したいと思ったからだ。例え応急処置レベルの治癒であっても、その有用性は高い。必ずしも激戦中にヒーラーが近くにいるとは限らず、回復用の薬品も手元にない場合が有り得るからだ。それに、今回はユアを巻き込みたくない以上、自前で回復手段を用意しておく必要がある。毎度毎度短期決戦に持ち込めるほどそう世の中は甘くないのでな。
「俺の推測が正しければ、あれも『無限機関』の応用だろうな……」
つまりは、エネルギーの利用だ。身体の傷や疲労を回復する……いわば化学反応だ。だったら、該当するのはあれしかない。化学エネルギーだ。
「………………」呼吸を整え、目を閉じる。『無限機関』で、全身にエネルギーを送り込む。それを、疲労の除去に用いるため、化学エネルギーに変換……。
「……少し、楽になったか?」
気休め程度でしかないかもしれないが、取り敢えずある程度の疲れは取れた、ように思う。まぁ、これも毎日特訓だな。
腕時計を見る。そろそろ切り上げてもいい頃だな。俺は起き上がり、風呂に入る事にした。
さっぱり気分で寝床に入ろうとしたが、やるべきことを忘れかけていたので、慌ててその要件を済ます。
「おーい、寝てるかー」
ドアノックで目的の人物を呼ぶ。
「そんなに早く寝ないよ……」
ガチャリと扉を開けて来たのは、亜理素だった。悪いな、こんな時間に起こしちまって。
「気にしないでよ、それに君も気になる事があったんだろう?」
「違わないな。それと、出来ればユアには内緒にしておきたい話題なんだ。しばらくそっちの部屋に居ていいか?」
何なら俺の部屋でもいいが、何らやましい理由などないとはいえ女子を部屋に連れ込むのは若干気後れするんでな。それよりは、彼女の部屋で相談した方が良いと判断したまでだ。
「何を一人で予防線張ってるんだ。ほら、さっさと入った」亜理素に急かされ、俺はドアの内側へと進入した。
亜理素の部屋は、6畳ほどのスペースに机・ベッド・本棚などがキッチリと収まったこぎれいな空間だった。といっても、これらは元々この部屋にあったもので、更に亜理素自身は殆ど物を持ち込んできていないのでかなり殺風景に見える。
「さて、どちらから話す?」
「そうだな、先にお前からで」
「了解」亜理素はそう言って、調べてきたことを話し始めた。
「まず、君が調べて欲しいといった人物。確か、ヴァンとか言ったっけ?彼について、新たな情報が入ったよ」
「本当か?」今回の事件には直接関係ないかもしれないが、気になってはいた。
「あぁ。それは、こんなものだ。『ヴァン・フォーエンハイムはかつて、アレイア帝国少年騎士団に所属していた。その時、ユアさんと出会っていた』ってね」
うーん、その辺は本人から直接聞いたな。思い返せば、知り合って一日も経ってない人間に対して話す内容じゃないような気がする。
「そう?でも、この続きは彼も話してないんじゃないかな。『当時、もう一人驚異的な才能を持った団員が居た。彼はヴァンやユアさんよりも遥かに優れた能力を持ちながら、入団から僅か5ヶ月で行方不明となった』」
「行方不明、だと?」一体何故?
「原因・理由は残念ながら不明だ。ただ、少年騎士団もしくは帝国が不都合の為に隠しているといった可能性は否定しきれないね。何せ、少なくともボク達の世界じゃそれは騎士団側の不祥事だろ?」
そりゃ、信じて送り出した子供が5ヶ月で失踪しましたなんて事態になったら、まず疑うべくはその近辺の大人たちだろうな。で、それとヴァンとの関係は?
「さて、ここからが重要だ。『その事件を起こした犯人は、ヴァン・フォーエンハイムだ』」
「………………」
「後、この話の出どころはザバスの元兵士だ。彼も昔少年騎士団に息子を送り出していたから、内部事情にはある程度詳しいとみるべきだろうね」ダメ押しとばかりに亜理素が語る。俺は少し黙って考える。
情報の少なさから、俺がその噂話を信じる事は出来ない。亜理素自体は嘘をつくはずがないとは思うが、彼女が仕入れた情報が必ずしも正しいとは限らないからだ。極論、質の低い与太話・陰謀論だと切って捨てればそれで済む話だが、今の俺にそうする余裕がなかったのも事実だ。
「……それについては、こっちでも改めて調べてみる。ありがとな、亜理素」
とりあえず、こいつには礼を言っておかなければならない。そして、こちらからも話すべき事柄がある以上、長々とこの話題を続けるわけにはいかない。
「よし、次は俺の番だ」
それから、俺は彼女に本日起こった出来事について詳しく話した。一通り終わった後、亜理素は口を開いた。
「酷い話だね。でも、何で君は直ぐにそれを止めようとしなかったんだい?」
「教師と生徒の力関係、だな。温いやり方じゃ握りつぶされるのがオチだし、暴力的解決じゃ俺自身の首が危うい。いや、それだけじゃない。下手をすればシフさんやユアの立場まで脅かしかねない」
「ふーん、意外だね。君って割と直情径行な性格だと思ってたから」
「後先考えず暴れた結果、一度痛い目に遭ったからな。ある程度の慎重さは持ち合わせてるつもりだ」
だが、解法が思いつかないのも事実だ。どうすれば俺の見た事実を、確実に伝えられる?
「……これか!」ポケットに入っていた『それ』を取り出す。ある程度の充電を終えていた『それ』は、この場合の最適解に違いなかった。
「何か閃いたようだね」亜理素が笑いかける。俺もニヤリと笑い返した。
待っていろ、今すぐ地獄に叩き落としてやるぞ。
翌日、通学の準備を終え朝食を済ませ、さて家を発とうとしたところ、後ろから誰か追いかけてきた。
「おはよう、アイン。今日は早いですね」
「ん、あぁ。たまたまだよ」
そちらさえ都合が良ければ、一緒に行くか。俺はそう言ってスニーカーを履いた。彼女も特に異論はないようで、下駄箱からローファーを取り出す。しかし、出来るだけ明るく振る舞おうとするもやはり間がもたない。こういう時に自分の口下手さが憎らしく思うね。
「……アインは、大丈夫ですか?」
「大丈夫って何だ。こっちはピンピンだぜ」
「そうじゃなくて……昨日のホームルームで説明があったはずですよ。最近、学校関係者を狙う不審者が居るみたいって」
あー、多分そんな話があったような気がしないでもない。
「問題ねぇよ、もし出て来たら俺が叩きのめしてやるだけだ」
「そ、そうですか」何故に顔が引きつっているのか。また悪人面が出ちゃったのかと思い脇の鏡を見るも、いつも通りの顔がミラーワールドから俺を覗き返している。と、ここでようやくユアの心配の種に気が付いた。
「……もしかして、そいつがシフさんを襲った犯人だと思ってないか」
「……!」
「確証がないうちは自警団も動けないし、ましてやトーシローの俺らが勝手にどうこう出来る相手じゃない。が、気にする気持ちも分からんわけじゃない」
それでも、出来る限りユアを巻き込みたくないと思う自分が居た。いや、もう手遅れかもしれないが。
「それよりも、早く出ないと遅刻しちまうぞ」
「は、はい!」
何とかして俺達の日常を取り戻さないとな。




