第18話 暗雲
午後6時。校内に夕日が差し込み、白と灰色でその8割を占めていた廊下も今は朱に染まる。
「………………」
3号館の正面玄関前で、ユアを待つ。俺の後ろには、ジョニーと亜理素がやや不安そうな顔で同じく状況の進展を待っていた。
「2人とも、そんな辛気臭い顔やめてくれよ。こっちも緊張するだろ」
もうそろそろ来るはずなんだが。
「あ、来たよ。5人くらい」亜理素が気付いたようだ。
下足室の奥からローブを着た少女たちがやって来た。その中心にいるのが、目的の人物である。
「ん、お疲れ様」
「はい。……ところで、後ろの方々は?」
なんだなんだと後ろで会話する他の女子を尻目に、俺はユアと会話をする。
「あー……ちょっとこっち来てくれ」
「え」ぐいっと、ユアの手を引っ張ってこちら側へ引き寄せる。出来るだけ部外者にこの話を聞いてもらっても困るからな。そう思って彼女の手を引いたんだが、どうも周囲の人間には別の思いを抱かれていたようで、何やらキャーキャー言われてしまった。まあいいや。
「簡潔に言う。こいつを雇ってくれるよう、シフさんとマイさんを説得してくれないか」
亜理素を右手で指差しつつ、小声で相談する。
「そ、その前に、この二人は一体誰なんですか?」あ、そうだったな。先に紹介せねば。
「二人とも、自己紹介とこれまでのいきさつを頼む」
『あぁ、分かった』
その後、彼らの説明がありまして。
「……という訳なんだ。分かったか?」
「事情は分かりました。つまり、桜川亜理素さんをうちで雇えないか、という話ですね」
「頼む。せめてこれからの彼女の人生に、少しでも力になれたらと思ってるんだ」
「……阿陰。私も同感です。一緒に説得しましょう!」
「ユア……恩に着るぞ」
これで、取り敢えず第一関門は突破だ。
「それじゃ、オレは帰るぞ。いずれ、必要な時が来たら連絡するからな」
「有難う、ジョニー」
彼の後姿を見えなくなるまで、三人で見送る。
「さ、俺達も帰るぞ……ってアレ?」振り返ると、ユアの姿が無い。
「彼女なら、一緒に出て来た子たちに向こうへ連れてかれたよ」亜理素が答える。
「マジかよ……」
仕方ない。もっかい探してくるか。
「いや、だからあの人は……」
「彼氏だよね?ユアの彼氏だよね!?」
「なんか背も高いし、結構カッコいい人だったな~」
「くそっ、先を越されたとは!」
「……強そうだった」
「もーっ、違いますからっ!アインは、単に色々あってうちに住んでるだけの……」
『しかも同棲!?』
お、なんかわやくちゃやってんな。亜理素にその場で待ってもらいつつ、ユアを迎えに行く事にした。
「そうじゃなくて、何というか、その……」
「俺がどうしたって?」弁明に追われるユアの背後から声を掛ける。
「そう、アインが……ふぇえっ!?」
む、対応をマズったか。ビックリして硬直中のユアもそうだが、周囲にいる少女たちが一斉に質問攻めしてきた。
「ねぇねぇ、ユアの彼氏さんですか!?いつから付き合ってるんですか!?」別にそういうのじゃないんだけどな……。何というか、単なる住み込みバイトだよ。
「こら、失礼じゃない。すみません……で、馴れ初めは?」何といっていいものか……ちょっと迷っていたところを彼女に助けてもらった時だろうか。あまり聞かないでくれると嬉しい。
「何処まで行った?やることやったのか?」ストレート過ぎるな!まだそちらが期待してるようなことは何もないよ!?
「……特になし」無いんかい!
「よし、もう帰ろう!ユア、挨拶済ませて……」これ以上ここにいると、何故か精神力を消耗するような気がする。そう思って彼女を連れて……あ、まだ硬直解けてないな。
「おーい」顔を近づける。おお、ようやく気づいたぞ。
「……え?な、なななな何でそんなに顔が近いんですかぁ!?」
「そんなんどうでもいいだろ。ほら、帰るぞー」
「うぅ……はぐらかされた気分です」
「あ、皆さん。こいつの事よろしく頼んますわ。それじゃ」ユアの若干恨めしそうな視線を受け流しつつ、女学生たちに挨拶をする。
「皆、また明日ね」ユアも一旦は俺への追及を中止したようだ。
そうして、俺達は亜理素と合流して家路についた。
-その時、ある教室では。
「へぇ……少しは楽しめそうかな」壁際にもたれかかる少女が不敵に笑い、
「ふん、軟派な男だ。所詮今朝の決闘もまぐれ勝ちに過ぎぬわ」廊下側の窓を背に立つ大男が鼻を鳴らし、
「そうか?俺としちゃ、実力で勝ったと思うけどな。ま、完全な制御は出来てなさそうだったが……」机に座る少年が持論を述べようとし、
「いずれにせよ、彼は我々の計画にとって必要不可欠なピース。まずはじっくりと観察しましょう」和服の幼女が冷静に指示を下す。
「そうですよね?『女王(クィーン』」
幼女に同意を求められ、教卓に立つ女が口を開いた。
「えぇ、不用意な接触は無用よ。しばらくは様子を見つつ、必要なデータが揃うまで彼に手出しはしない事。いいわね?」
『仰せのままに』
彼自身のあずかり知らぬ所で、藍野阿陰は大きな陰謀に巻き込まれようとしていた……。




