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幕間1

「ふぃー。終わった終わった」

試験終了後、結果を待つ俺は学園の空き教室で独り言ちた。時刻は午後13時。

「ホントこの数日間、色々あったよなぁ。でも、何とか生き延びることが出来た」

 世界は誰かにとって都合よく出来てるのではないか。そう思わずにはいられないほど、自分は幸運に恵まれていたと感じざるを得ない。

「と、ここまでを整理しよう。まず、良く知らねぇオッサンにこの世界へと転生させられた。次に、何やかんやあってユアと知り合った。そして、自分自身の魔法を知った」

 そこまで思い出して、ふと考える。

「それにしても、この魔法は一体何なんだ?」

 先の転入試験ではある程度安全性のある肉体強化のみを使用したが、効果がそれだけではない事は身をもって知っている。

『あぁ、それか。さっきも言ったろ、並行世界からエネルギーを取り出しているって』

 こう語るのは『俺』。どうでもいいけどいい加減この呼び方面倒くさいな。

「だから、その詳細を教えろ」

『簡単だろうが。まずエネルギーは大別して熱エネルギー・光エネルギー・電気エネルギー・力学的エネルギー・化学エネルギー・波のエネルギー等に分類される』

「そんなもんは正真正銘、小学校の授業で習うレベルの話だな」

『そして、テメェの魔法は別世界で発生したエネルギーを自分の身体を通じて奪い取っている』

 そこが分からない。なぜ自分にそんな芸当が出来るのか。

『ンなもん俺に聞くんじゃねェ。とにかく、テメェが取り出したエネルギーを少なくともテメェ自身は自由に扱えるようだな。例えば身体能力を強化したり、炎を生み出したり、直接エネルギーそのものを放出できるように』

「ふーん。って、待てよ?だったら……」

 俺はポケットのスマホを取り出し、左手の上に乗せる。その充電端子に右手の人差し指を当て、魔法で電気を発生させようとしてみる。

(こういうのはイメージが重要だったよな……発電量自体は多くなくてもいい、100Vを目安に……)

 すると、右手から電気が流れる。電流が人差し指を伝って充電端子に達したためか、スマホの電源が入った。

「やった!これで充電器要らずだな」

『俗物だな、テメェも』

 お前が言うな、と抗議したいが、今はとりあえず保留しておく。せめて80%までは回復しておこうか……と思いつつ、別の事も考えていた。

「ところで、そろそろお前の名前を教えてくれよ。丁度区切りも付いたしいい頃合いだろ」

『普通の名前だ。笑うんじゃねぇぞ』

「元より名前を笑うという感性は理解できねぇよ」

『……三田三郎さんださぶろうだ』

「………………」本当に普通っぽい名前だった!

『テメェ今何を考えてた?』と『俺』、じゃなかった三郎が凄んでくる。

「イヤイヤ、素晴らしい名前じゃんとか思ってただけだよ」嘘です。こんな荒々しい性格の奴がここまでマイルドなネーミングとはギャップが凄まじいとか思ってました。

『無駄だ、テメェの内面は読み取れる。どうせ性格アレの癖にまともな名前だなとか思ってたんだろうが』

「何の事やらさっぱり」

『それにだ。テメェ自身も俺をとやかく言えた立場じゃねェだろ』

「……バレてたか」

 ちょっと頑張ったんだけどな、やっぱり本来のキャラとはかけ離れていたな。だからこそ、そろそろやめにしようと思ってたのに。

 観念して、俺は白状した。



「あぁそうだ、この世界に来てからの俺の言動は演技だ」



 まず、これまで述べた点と明らかに異なる部分をいくつか。まず一つ目、俺は暴力を振るう事自体は全く否定していない。朝の決闘も話を聞いた時点から割り切るどころか寧ろ積極的に考えていたし、それ以外の戦闘も基本的には最初から乗り気だった。二つ目、中学の頃の殺人に関してはある程度考え方は改まっている。勿論自分が全面的に正しいとは決して思っていないが、だからといって罪の全部を背負おうとはしていない。そして三つ目、元の世界の俺はここまで真っ当な性格じゃねぇ。あの決闘だって本当は前日に落とし穴を掘って落っこちた所をボコボコにしたり、ツェギンの食事に下剤でも仕込んでまともに戦えなくしたりとかやってただろう。

「勝つためには手段を選ばないのが俺だからな」ニヤリと笑う。

『うわ、ここに来て急に悪役だな』何でちょっと引いた感じになってんだお前は。

 一方で、実希に対する感情自体は紛れもなく本物だった。だから、こうやってそれなりに忙しい状況に置かれても元の世界に帰れる方法があるのなら、実践してみたいと思う。

「定住する気はさらさらない」

『ふん。その癖お人好しが過ぎるんだ、テメェはよ』

「あ?悪いか、お人好しで」

 シャバ復帰後はそれまで以上にイジメや犯罪を毛嫌いするようになっていた俺は、恐怖という手段でそれらを未然に防ごうと考えた。つまり、喧嘩は俺の名を学校や地域に轟かせ、同時に畏怖の対象として認知させる手段だった。幸いにしてムショ時代の体力訓練で力だけはあった俺は、ひょろい同学年共より強かったのだろう、あっという間に番長にのし上がってしまった。

「自分が無力なら、代わりに誰かに殴ってもらえばいい。煮詰まって昔の俺みたいな真似を起こされるより、俺一人が嫌われた方が良いと考えたわけだ」

 ま、何故か人気が出てしまったのは誤算だったけど。

『だが、何で演技してでも自分を隠そうとした?』

「……隠し通せるとは思ってねぇけど、それでもやってみたかったんだ。ありえたかもしれない、もう一つの俺をな」

 誰かのために自分の命を懸けて戦う事の出来る人間ってのが、本来主人公に向いているはずだ。その一方で俺は自分の感情に則って力を振るうし、気に入らない事があれば噛み付いて荒らしまわる。これでは正義の味方と言い切ることはできないだろう。

『何感傷的になってんだよ。それにテメェは自分自身の為だけに戦ってんじゃねェだろ』

「……そうかもしれねぇな」

 そう、普遍的正義の為に生きるだけが人間じゃない。例えば、自分自身を含めて100人が乗った船が沈没しようとしている。100人のうち、1人は自分にとって親しい人物--親族・友人・交際相手など--で、他の人間は見ず知らずの赤の他人だ。さて、君ならどうする?

 100人全員が助かるなら問題はないだろう。しかし、脱出用カッターの数が少なくて、50人しか助かることが出来ない状況だとしたら?さらに言えば、ほんの数人しか助からないとしたらどうだろうか?

 ある人は自分達よりも他の人物を優先するだろうし、別の人はまず親しい人物を優先させ、それから他者を脱出させようとするかもしれない。こういう連中は自分を後回しにしてでも周りの人間を救おうとする、清く正しき心を持った奴らだ。俺は違う。まずは自分と親しい人物だけを優先し、そのまま脱出する。後の連中は好きに争ってりゃいいと考えている。

「良く知らん98人が死のうと、自分と自分にとって大切な人が生きていればそれでいい。こう考えることは絶対悪か?」

 ただし、自分の決断に責任をもつことは忘れてはならないし、生命以外のものを優先させてはいけない。例えば船に積んであった財貨や運航会社の名誉など、生命に比べれば圧倒的に軽いものだ。生き延びるための犠牲は仕方ないが、保身のための犠牲は許されざるものだと考える。

『何だよ、もう結論は出てるじゃねェか』

 三郎が知ったような口ぶりをする。少々悔しいがその通りだ。

「俺は、俺自身の為に生きるんじゃねぇ。誰かが信じてくれた俺自身の為に生きるんだ」

 今一つ確信が持てなかった答えに、ようやくたどり着いた気がする。

『そうか。じゃあ、もう俺の口出しは要らないみてェだな』

「あっ、オイ待てよ」

 まだ教えてもらっていない事が一杯あるんだ、全部聞くまで逃がさんぞ。

『この続きはテメェの目で確かめろ!』

「急にどうした!?いや、せめて一つだけ……」

『心配すんな、いずれまた会える』三郎の声は、いつしか遠くなっていた。

「俺は、一体何者なんだ!?この魔法は……」

『……一つ教えてやる。テメェの魔法、その正式名称は……『無限機関インフィニティ・ドライヴ』だ』

「……っ!」

 こうして、三田三郎は俺の脳内から消えた。



「……充電が終わったな」

 一人漫才の間、意識の一部をこちらに傾けていた甲斐はあったようだ。でも、電波が来ないから目覚まし以外意味が無いんだよなー。

「結局何だったんだ、アイツは」

 三郎が最後に言い残した、俺の魔法の正式名称。

「『無限機関インフィニティ・ドライブ』か……偉く大層な名前だな」

 何もかも知らなさすぎる。この力、何故俺は持っているのか。何故三郎は知っていたのか。

「やっぱり、調べていかないと駄目だな」

 決意したその時、校内放送が鳴った。む、いよいよか。

『アイノ・アイン様。試験結果を発表しますので、教室の黒板をご覧ください』

 言われたとおりに黒板を見る。すると、上からスクリーンが下りてきた。限界まで下がり切った後、何かが表示される。

「金の使い方を微妙に間違えてやがる……」

 ボヤキつつスクリーンを注視すると、突然デフォルメされた動物たちが横から次々と現れて来る。何ものフレンズなんだ、これは?よく見ると、先頭の鼠と最後尾の猪が横断幕の端を持っているな。

 そして、現れた単語は。



 合格



「回りくどいわッ!」

 いかん、毎回シリアスをぶっ壊されている気がする。というか何でこの方法をとったのか気になる。

『というわけで、アイノ・アイン様、合格です。本館1階職員室へお越しください』

「お前自身も言うんかい!」

 すっかり脱力した俺は、職員室へ向かった。多分、いや絶対あの人の仕業だな……。



「すいませーん。合格って聞いて……うわっ」

「合格おめでとう、アイノ・アイン君!」

 ぱーん。職員室の扉を開けた途端、クラッカー音と紙吹雪が俺に襲い掛かった。そして、この声の主は……。

「……今日出会ったばっかりなのに偉く上機嫌ですね、ヨハン先生」

「いやー、君ほどの才能溢れる生徒が我が校に入ったとは。先生も驚きました!」

 ヨハン・マルティネス。先刻の俺の転入試験で、実技科目の相手役として対峙した教師である。185はありそうな長身痩躯に、天パ気味の茶髪。10人中10人がイケメン認定しそうな顔は、柔和な笑みがニュートラルな表情である。座学においては魔法歴史学担当らしい。しかしてこの人物、その見た目と性格からは想像できないほどの恐るべき戦闘能力を持っていたのだ。

「その割に準備周到ですね」まるで最初から俺が合格すると分かってたように。

「当然。たった今魔法で生み出したからねー」ヨハン先生は事も無げに言うが、出会ってすぐの俺も彼の発言には嫌味が一つもない事はすぐに分かった。本当に何でも作れるからな、紙さえあれば。

 ヨハン・マルティネスの得意魔法は紙を使ったバリバリの戦闘魔法。試験前に楓から聞いた話によると、学園に就職する前は傭兵として活躍していたらしい。その実力は本物で、刀の形に切り抜かれた段ボールが本物の刀のような切れ味を発揮したり、巨大な張り子を次々と作り出しては射出して弾幕を形成したりとレベルの高さを見せつけられた。一番恐ろしかったのは『張り子のペーパー・タイガー』なる魔法で、元ネタと違って本物の虎のように動くし、普通に噛んでくる。これを一度に30体も作り出すのだから、並大抵の人間では太刀打ちできないだろう。

「という訳で、はい。学生証と各種書類ですよー。家に帰って読んでくださいね。制服の注文用書類もその中にあるので、また採寸が終わったら出すように」

 ヨハン先生から渡された紙袋には、山盛りのプリント・冊子類が詰め込まれている。曰く、新入生に渡されるものはもうちょっと軽いらしい。

「それにしても、君もちょっと酷いですねー。トビタさんに聞きましたよ?単なる肉体強化だけじゃなくて、炎まで出せるんでしょう?それなのに先生との対決では一切使わなかったなんて……」

「あ、それは……まだ制御が出来ないんで……」

「まぁ、それはいいです。しかし、16歳にして既に2属性の魔法を使えるとは実に素晴らしい!」

「あ、はは……」

 最初は一切の魔法が使えないと言われていたのに、今や天才児扱いとは我ながら分からないものである。

「これからの活躍を期待していますよ」

「ありがとうございます。ご期待に応えられるよう精進していきたいと思っております」

 そう言って、俺は職員室を後にした。と、廊下の壁際に1人の女子生徒が立っていた。

「合格おめでとう……とでも言っておくわ」楓だ。わざわざ来てくれたのか。

「おかげさまで」俺は淡白な返答をしておく。

「そ、それだけ?もっとあたしに言う事は?」楓が何故か食い下がる。

「……間に合ったのはお前のおかげだな。ありがとうよ」

「--っ!わ、分かればいいのよ!」楓は満足そうな表情を見せた。俺はお前のメンタルがよく分からん。そうだ、暇だしちょっとからかってみるか。

 ドン、と右手を楓の頭部左側の壁面に当てる。所謂『壁ドン』ってやつだな。

「な、なによ。突然……」おお、やっぱり効果覿面だ。顔が赤くなっている。

「知りたいことがあるんだが……どこか二人きりになれる場所はないか?」あくまで俺は真顔かつ平静に、彼女の目を見て話す。

「え、えぇっ!?それは、その、あるにはあるけど、まだ早くない?って何言わせてるのよ!」ありゃ、ノリツッコミできるほど余裕はあるのか。んじゃ、もうひと押し。

 俺は更に顔を近づけ、なるべく低音量でこう告げる。

「お前の全てが知りたい。いいだろ?」

 嘘は言ってない。こいつは俺以外の転生者という、非常に貴重な情報源なのだ。話を聞いといて損はないだろう。……こんな頼み方をするのは反応を楽しむという別の目的からだが。言っておくけど、俺だって恥ずかしいんだからね!

 俺の攻勢に、楓は目がグルグル状態でしかも涙目だ。そして、彼女は口を開いた。

「……分かった。優しくしなさいよね」

 おお、見事に勘違いしている。そしてもし今日が平日で他の生徒にこの光景を見られたら大事だろうな。今日は日曜日だがら、一部の学生と教師以外はここにいないのだった。

 今すぐネタ晴らしをしてやろうと思ったが、思ったより反応が良いのでもう少し後回しにしておこう。



 前言撤回。すぐネタ晴らしすべきだった。

「さぁ、早く寝なさい!い、今から気持ちよくさ、ささ、させて……やるわ!」

「いや、だからあれはホンの冗談で……」

「今更何を言ってるのよ!そんなにエ、エッチしたいならあたしをだ、抱けば済む話じゃない!」

「落ち着け。頼むから話を聞いてくれ……」

 教材室というべきか。普通の教室の半分くらいのスペースで、予備の机やら副教材やらが置かれた部屋に案内された俺は、そこで自分の行いを激しく後悔した。

「……騎士に二言は無いわ。あたしを好きにしなさい!」

 どうも楓は完全に本気と受け取ってしまったようで、到着するや否やカギを閉め、制服を脱ぎ始めた。誰か助けて!いや、自業自得だけど。

 こうなれば、伝家の宝刀・謝罪を使うしかないね!

「申し訳ございませんでしたぁーっ!!」直角に上半身を曲げる勢い抜群の謝罪ポーズ&大音量。流石に楓もびっくりしたのか、一瞬動きが止まった。

「……つまりだな、さっきのアレはちょっとからかってやろうとしただけで、何も性的要求をするつもりなんて無ぇ」

「……へ?」既にブレザーを脱いでカッターシャツのボタンを外し、ブラと素肌チラ見せ状態の楓がポカーンと口を開ける。

「ただ、話があるというのは本当だったし、あまり他の人間に聞かれたくはない内容だからな。ここに連れてこられたのは感謝するぜ」

 こういう時自分のフォローセンスのなさにドン引きする。三郎がまだ残っていたらどんな反応を示すだろうか。

 案の定、俺の決死の作戦は大失敗に終わったようで、この後楓による制裁を受けることになったのは言うまでもないだろう。



 気が緩んでいた。そう言われれば反論は不可能だ。ようやく学校へ通えるようになって、自分の中で背負っていたものを一旦降ろせるようになったからだ。だから、この時は気付いていなかった。

 


 新たな脅威が、自分たちの下に迫っていた事に。

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