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第16話 覚醒、そして圧倒

 決闘の日、午前4時。充電が残り少なくなったスマホの目覚ましで目が覚める。どこに行っても圏外だし、必要な時以外は基本的に電源を切っているのだ。

「ヤツめ、寝不足でも狙ってたんじゃないだろうな」

 こんな早朝から体を動かすのは久しぶりだ。昨晩は早めに就寝し、十分な休養をとったので寝不足というのはない。

「……いよいよか」

 結局あの後、防具を作ってもらう事にした。こちらが折れた形だが、予算の半額で作ってくれるということなのでまあ良しとする。

「……出来上がりました。これが私達の自信作でございます」ロジャーさん、会心の笑みである。

「自分で言うんですね……」一方の俺は辟易気味に返事するほかない。

 しかも、その日のうちに出来上がったというのだから驚きである。俺が協力したのは採寸とちょっとしたアンケートだけであり、後は2時間ほど待っているだけで完成した。

「リクエスト通り、要所の保護と格闘戦時の威力強化に重点を置きました。材質は青銅を中心に、一部に魔法石・魔法金属を使用しております。これにより、全身へのスムーズな魔力供給や簡易障壁の展開などを可能にしました」

「単純な強度も、魔法耐性も並の防具とは一味違うって感じです!他にも色々な機能がありますので、出来ればもう少しお時間をいただければ……!」

「分かった分かった。それじゃ、頼みます」

 その後の話も含めて要約すると、出来上がった防具は頭部・両手・両足に装着する。それぞれの部位には魔法石が埋め込まれており、俺の魔力制御の補助を担う。例えば、ただ腕全体に『増強』を掛けて殴るよりも、魔力の流れをコントロールして殴りつける方が威力は高くなる。ただ、俺はこの魔力コントロールがあまり上手でないので、攻撃力にムラがでる。そこで、魔力供給を潤滑に行うため魔法金属で魔力を伝達させ、その先の魔法石に魔力を一時的に蓄える。そして攻撃時に蓄えた魔力を利用し、強化された一撃を放つのである。

また、防御を行う際に余剰魔力を引き出して小型のバリアを張ることもできたりするらしい。

「これなら、ヤツに勝てるかもしれない……!」

 思わず笑みがこぼれる。残念だったな、ツェギン・ホフマン。ここまでしてもらった以上は全力で行かせてもらうぞ。

 そんな俺を見てロジャーさんとメグは、

「お客様、なかなかに挑発的な笑顔をなされるのですね。いやはや、なんと心強い」

「でも一つ間違ってますよ?『勝てるかもしれない』じゃなくて、『絶対勝つ』んです!」

と見事な持ち上げぶりを見せてくれる。

「はは、当然頑張ります」

 俺はそう、力強く返事した。

 それは、一昨日の事。



「おはよう」

「あ……おはようございます」

 取り敢えずは、同じ階のユアに朝の挨拶である。うーん、あの後も結局謝りまくって何とか普通の会話が出来るようになったものの、どうもこっちに来てから土下座が板についてきてるような気がする。

「今日は……決闘だから。もう準備しなきゃな、って思って」

「はい。……えっと……応援、してますから」

「……!ありがとう、ユア」

 何となく、元気をもらえた気がする。心の中でどこか不安になっていた自分を、短い言葉ながらも強く励ましてくれてるのか。

『そんな固い返事ばっかりで何が元気がもらえた、だよ。もっと若い男女なんだから騒ぎ倒せ!』

(……誰のせいだと思ってるんだ?)

『グッ……そ、それは仕方ねぇことだぜ。俺だって男なんだからよ』

(開き直るなッ!!)

 恒例の脳内漫才も、今日ばかりは俺のワンマンショーで行かせてもらおう。それでいいよな?

『へいへい』

(はい、は一回)

『小学校の教師か!』

 という訳で『俺』にも黙ってもらった事だし、早速戦場へ赴くことにする。

「じゃ、先に行ってくるわ」

「ま、待って!……ください」不安げな表情で、ユアが引き留める。

「ん、どうした?」

「私も……一緒に行って観戦してもいいですよね?」

「………………」

 しばしの逡巡の後、俺は答えた。

「いいよ」

「……ありがとうございます!」ユアは、ほんの少しだけだが笑顔になった。

 うんうん、やっぱり彼女は笑っていた方がいい。



 朝食は、サンドイッチを二つと果物のジュースをコップ一杯分。多く食べ過ぎると戦闘時に腹痛を起こして全力で戦えなくなったりするし、時間もあまりないのでこれでいい。

「アイン君、緊張してはいないかい?こんな朝早くからなんて……」

「私たちは用事あって見に行けないけど、気を付けてね?」

 シフさんもマイさんも、俺を気に掛けているようだ。用事というのは、月に一回あるこの街の定例会議-いわば都道府県議会のようなものだ-のことであり、今月の回はちょうど今日の午前8時からとのこと。場所は中心部に存在する中央役所の議事堂で、決闘の舞台とは大きく離れている。

「いつだってどこだって問題ありません。自分の全て、出し切ります!」俺は二人の不安を断ち切るように力強く宣言した。

 朝食を終え、歯磨きも終えた。着替えは既に済んでいる。防具は便利な事に、自由なタイミングで転送・装着する機能も備わっているとのことなので、ここは勝負服を着ていくことにした。

「やっぱコレ、だよな。異世界代表って感じで」

 学生服。血塗れだったのが、クリーニングで元通りになった。場合によってはまた血みどろになるだろうが、勝負をかけるならやはりある程度着慣れたこいつにしたかった。

「それじゃ、行ってきます!ほら、ユアも来るんだろ?」

「わわ、ちょっと早いですよ!」

「時間ないしな。何ならおぶってやろうか?」

「それは恥ずかしいです!」

 こんなアホなノリで決闘に向かうなんてどうかしてると思うだろう?だが、何となく今日の俺は今までとは違う、そんな確信があった。その一方で、僅かに燻る恐怖や自己嫌悪を振り切ろうとするためでもあった。

 そして、試練の時はもうすぐだ。



「遅かったね。待ちくたびれたよ」

「すいません、小学校の頃から5分前行動を心がけておりまして」

 笑顔の内に皮肉を込めたツェギンに対して、俺は上辺だけの謝罪。っていうか10分早く来たのにそれより先とは、どれだけ早く来ていたのか気にならんこともないな。いや、ないか。

 明るくなったとはいえ、まだ遠くの方に青き闇を抱えた空。その一方で地平は緑に覆われ、周囲にはいくつかの岩と木が存在するだけ。本来は静かなこの地も、今日は数百人のギャラリーによる喧騒の中にあった。

(半分近くはツェギンの兵か。残りは市民……だったら)

 俺はすぐ後ろにいるユアに、出来る限り市民の群れの近くで見ていてくれと伝えた。

「何が起こるか分からねぇし、気を付けてな」

「はい……」

 いざ戦闘となったら間違いなく視線は逸れるし、ヤツの事だ、きっと卑怯な手段でユアを奪いに来るに違いない。

「おや?これはこれは、ユア・リヴィエラ・エルシア様。相変わらず麗しい……しかし、なぜそこの男と一緒に居るのです?」

「そ、それは……」

 む、やっぱり見つかったか。まあそれはそれでいい。あのまま家に一人で留守番させるより、衆人環視の下においた方が安全と判断した以上、ツェギンに見られることは計算の内だ。

「ああ、すみません。俺はあまりここの地理に詳しくないので、彼女に案内してもらっていたんですよ」

 ちなみに、この芝居だけはユアにも事情を説明してある。あくまでこれは演技だと言っておかないと、後々面倒くさいからな。

「なるほど、君か。チッ……まあいいさ。この勝負に勝った暁には、貴女は私の妻となるのだから……フフフ」

「そんな……でも……私、まだ結婚なんて……」

 そして、芝居に協力してもらってもいる。だけど今の返答は素が出たなー、とはいえかえってリアリティが増したとも言えるな。

「あのー、申し訳ございません。そろそろ始めませんか」俺は横入りし、話を進めようとする。

「何だ、せっかちだな君は。いいだろう、では前もって知らせていたルールを改めて伝える」

「お願いします」

「まず初めに、この決闘は一対一で行われる。第二に、………………」

 ツェギンが復唱している最中、俺はヤツの格好から弱点を探していた。ふむふむ、ここがこうで、恐らくこれはこうなってるな……。

「……。以上だ」

「了解いたしました」

「では、君も鎧を付けたまえ。それと武器もだ。まさか、忘れたわけではないだろう?」

 如何にも自分の方が強いと慢心しきった表情なツェギン。ハハハ、甘いぜボンクラが。まずは度肝を抜かせてやる!

「……『装呼コーリング・アームズ!!』

「何っ!?」

 これは、転送系魔法を使用可能にする魔道具の一つ『ポーター』を利用した武装転送システムである。ロジャーズ・クラフトが最近始めたサービス……と聞いていたのだが。

「これは……転送魔法!?武具を呼び寄せているのか!?」

 あれー?驚くには驚いてるけど、既知っぽいな。なんか残念。と思いながら、転送された防具が自動で装着される。両腕・両足・そして頭部。まるで変身ヒーローだ。

「……さぁ、始めましょう。決闘を」

 


 そこに現れたのは、白銀の闘士。

 その拳は鬼面を模しており、瞳には白い結晶。

 その足は重厚でありながらも洗練されており、こちらも白い石が散りばめられている。

 そして、頭は鋼鉄の鉢巻。その額部には、赤の水晶体が埋め込まれている。



「君は……いや、お前はッ!」ツェギンが狼狽える!

「名付けて、『無明の骸装』!」そして、俺が名乗る!

 決まったッ!!



 いや、本当はこんな恥ずかしい事したくなかったんだけどね!契約の最後にこんなこと言われたんでね!「最低でも決闘の日に装着する時は、適当に名乗っておいて下さい。そちらの方が面白いので」

「あ、盗聴器仕掛けておきますので喋ってなかったら一発でバレますよ?」

 ……ちなみに、こちらの世界における盗聴器は古文書に記載された類似する魔道具を現代の魔術で可能な限り再現したものだったりします、ハイ。

 本当に適当に名乗ったけど、リクエストがこれだしいいよね!向こうも唖然としてるしね!オイコラ観客共お前らも口ポカンはやめろ俺がいたたまれねぇじゃねぇか!あっ、ユア!お前もその顔やめて!

「ま、まぁいい。しかし、君の武器が無いじゃないか」

 さっきお前とか言ってたくせにしっかり繕ってくるあたり、ツェギンは流石であった。ちょっと焦ってるけど。その「うわぁ」とか言いそうな顔やめろ腹立たしい!

「あ、俺見てのとおり格闘戦しか出来ないんで……」

「はぁ。ならば仕方ない、やろうか」

 あっ、こいつため息吐きやがった。もう許さん、ぎったぎたにしてやるさかい!

 いかん、モードをシリアスに切り替えねば。ヤツは既に臨戦態勢だ。

「それでは……」

「いざ……」

 視線が交錯する。ここで立会人役の男が、対決の前に握手をしろと言い出す。

「それでは、互いの健闘を祈って、握手を行いなさい」

「だそうだ。私はいいが、君は?」

「もちろん。互いにベストを尽くしましょう」

 敢えて防具を外し、一時的に右手を差し出す。向こうも同じか。

 互いの手がガッチリと……。

 


「……ッ!?」瞬間、ツェギンが俺の右手を握りつぶそうと全力を出してきたのが分かった。

 しかし、これは読んでいた。だから敢えて防具を外したのだ。

 なぜなら。



「ギャアアアアアア!!」ツェギンの悲鳴。何事かと観衆はどよめく。立会人の男も驚いている。

「な、何が……?」ユアも、この事態について行けないようだ。

「………………」俺はただ、握手をしただけだ。そう、



ヤツに握りつぶされる前に『増強』を掛けて逆に握り返しただけだ。



 右手を抑えて転がりまわるツェギン。悪いな、謝る気はないけど。

「……あのさ。あんたがさっきまで俺の事見下してたの、分かってたよ。だって、そういう演技してたし」

「ぐああああ!キ、貴様ァ……」

「言っておく。あんたのようなゴミが惨めに這い回るのが、俺は楽しくて仕方がないんだ」

 これでブチ切れて突っ込んでくれれば理想だが……。

「ふーっ、ふーっ……」

 ありゃ、やっぱり回復したか。回復系の魔道具、それも低級なやつだな。薬草の成分を煮詰めて作った丸薬か。この辺はマイさんに聞いたのでよく分かる。器用に左手で服用しているのは見事だな。もしくは鎧の中に仕込んでるのか?

「まぁいいや。あんた、どっちがいい?全身ズタボロにされるのと、二度と外を歩けない姿にされるの」

「どちらでもない……貴様を殺すだけだァ!」ヤツは憎しみに染まった表情で剣を抜いた。

 よしよし、そうこなくっちゃな。



 しかし、ここで計算違いが発生する。

「だから、いい加減諦めろよッ!あんたと俺じゃ、格が違うんだっての!」

 そう、ツェギンはしつこかった。こちらが最低倍率で殴ってるとはいえ、何度攻撃しても回復される。

「まだだァ!勝つまで死なんぞォ!」

「化けの皮剥がれてんじゃねーか!お得意のお高く留まったイヤミキャラはどうした?」

 相手の背面に回り、背中を強く蹴りつける。ベシャッと倒れ込んだところを追撃しようとすると、素早く回転して避ける。

(野郎、逃げ回りやがって)

 俺の相手を煽るスタイルは短期決戦に持ち込むには効果的だが、こうも粘られると語彙が尽きて来る。いや、それよりもだ。

「発動して、解除して、また機を見て発動して……いくら連続使用より消費がキツイってもこれは……!」

 体力がガンガン減っていく。まだまだ戦えはするが、長引かせてもマズいな。そろそろ決めてやるか。

「これ以上恥を晒す必要はない!降伏したらどうだ?」

「何を言うか!私は……負けんわァ!!」そう言いながら、ツェギンはこちらに突っ込んでくる。

「あーそうかい、じゃあ泣いても知らないからなッ」

 俺は『増強』を右腕に掛ける。手甲を魔力が流れ、鬼の瞳が一層の輝きを増した。



「これが50倍分の、一撃だ!!『強振撃』!!」

 


 カウンターの要領で突っ込んできたツェギンの腹をぶち抜く一撃。そのまま数メートルほどぶっ飛ばして、ヤツは草原に突っ伏した。

「おー、だいぶ飛んだ。一応大丈夫かなぁ?」俺は倒れたヤツを気に掛けるフリをしつつ近づく。と、ここであることに気付く。

「……誰だコイツ?」全く顔も知らない、謎の男だった。じゃあ、ツェギンはどこに……?

「アイン!?後ろ!」ユアの声だ!後ろ……?

 振り向こうとした時。



 激痛と同時に俺の腹から、剣先が飛び出ているのが見えた。



「クソッ……入れ替わったのか……?」出血をなるべく見ないようにしながら、気力を振り絞って呟く。

「そうだ。全ては私の想定通り……フフフフフフ」ツェギンは俺の身体から、剣を引き抜いた。

「何時からだ?何時から入れ替わった?」これは、俺の致命的なミスだ。目の前の敵が、常に同じ存在とは限らないのに。

「最初に出会った時から……と言えばいいかな?」背筋が凍るような小声。自分が描いたシナリオが崩れていく。何故だ?慢心していたのは、俺の方だったのか?ヤツは用意周到な計画を練っていた。最初から俺を騙していたのだ。つくづく自らの考えの浅はかさが悔やまれる。そうだ、ツェギン・ホフマンがそこまで愚かではないという可能性を考慮に入れてなかった。

「どこまでも見下げ果てたやつだな、あんた……!」何とか絞りだしたのが、これだけ。

「フン、負け犬の遠吠えなぞ聞きとうないわ。死ねッ!!」

「誰が死ぬか……グアァッ!」全力で躱す。が、力が足りずバランスを崩して転んでしまう。

「無理に動くと死ぬぞ……動かずとも私が殺すがな!」

「畜生ッ……頼む、もってくれ!」

 出血過多の所為か、意識がぼんやりとしてくる。ツェギンはわざと俺の目の前に剣を立て、俺の首を絞めてくる。

「さあ、負けを認めろ。さもなくば命だけは救ってやろう」

「ガッ……こと、わ、る……!」

 薄れゆく景色の中、せめてユアの姿を見て死のうと思った矢先。

 いない。

 何故だ?あまりに惨めな俺の姿に失望して帰ったのか?それとも、ただ見えないだけなのか?この一瞬で?

「ならば、ここで死ね!!」

 もういいや。短い命だったけど、最後の最後に楽しい経験が出来た。すまない、母さん。こんな不甲斐無い息子で……。でも、誰かを守ろうとしたんだ。罪を償おうとしたんだ。それでも、やっぱり死後は地獄行きかな……。



『ふざけんなよ。何が、俺に任せろだ。いいようにやられてるだけじゃねぇか』



(お前か……。そういやお前も、俺が死んだら一緒に逝くのか?)

『テメェの自己満足で俺まで死ぬのは御免被るぜ。俺は好きなように生きたいんだよ』

(残念だが、そいつは無理だ……今の俺の身体じゃ、お前が出てった所で死は変えられない)

『それもテメェが勝手に諦めてるだけだろ。現にまだ死んではいない』

(……じゃあ、何をするってんだよ!?ここまでボロボロで、何が出来るんだよッ!?)



『殺すことだ』



(お前、この期に及んで俺の信条に反する行為をやるって言うのか……!)

『馬鹿かテメェは。喧嘩ってのは、相手に合わせてやるもんだ。遊びでやってるならこちらも遊んでやればいいし、本気ならこっちも本気で相手すればいい。けどな、テメェの喧嘩は本気でやってる奴を嘲う、最低の行為なんだよ!』

(だから、向こうが殺しに来たから俺も殺す気で行けってのか?馬鹿げてる、そんな幼稚な理論で……)

『テメェのその自己満足で、あの子が酷い目に遭ってもいいのか!?』

(……それは……!)

『護りたいだなんて臭いセリフ俺には似合わねぇけどな、殺す気で立ち向かわなきゃ、テメェの大事なものは一生他人に奪われたままなんだぞ!』

(何故だ……何故お前はそこまで……)

『知るか!今はどうでもいいんだよ!それより、大事な事を教えてやる。信念を貫き通す事は立派だがな、その信念を曲げてでも譲れないものがあるなら、その感情に従え!後悔したくなければな!』

(………………)

『早くしろ!いい加減にしないと死ぬぞ!』

(……今回だけは信用してやる)

『……!ヘッ、遅いんだよ返事が!!一緒に行くぜ!』

 そして深層意識の奥から、俺と『俺』は舞い戻る。



「ならば、ここで死ね!」

『死ぬのはお前(テメェ)だ!!』

 間一髪だ。完全にこと切れる寸前、全力を振り絞って右腕でツェギンの顔をぶん殴る!

「ぐふっ……チィ、まだそんな余力があったとは!だが、今の一撃で力を使い果たしたようだな!」

「クソッ、心に体が追い付いてない!」

『何を言ってやがる。お前の魔法とやらを使え!』

「ハァ!?俺の『増強』じゃ身体能力は強化できても、このダメージじゃ直ぐに……」

『その魔法の本来の効果は、身体強化じゃねぇ!いいか、イメージしろ!自分の傷が完治し、体力も元に戻った姿を!』

「わ、分かったよ!」目を閉じ、心で祈る。

「何をぶつぶつ言っている!敵を前に現実逃避かァ!」ツェギンが声を荒げて突進してくる。大丈夫だ、この際神だろうが悪魔だろうが信じてやる。この勝負、諦めるつもりなど毛頭ない!

 途端、体中を違和感が駆け抜けるような気がした。特訓の時にも感じた、あの不思議な感覚だ。

(……何も起こらないんだけど!)

『良く見てみろ。気持ち治っただろ?』

 確かに、若干だが痛みは治まったし、流血は止まった。でもな、思ってたのと違うぞ。もっとこう、一瞬でパーっと治るんじゃないのかよ!

『今は気休めでもいいだろが、それにだ』

(あぁ?)

『気付かなかったか?自分の奥底から湧き出す、桁違いの力に……』

(………………)

 そうだ、全身を流れるこの力。今までよりも、強く感じる。

「……逃げるつもりは無いんだがな!ちょっとばかし、考え事だ!」

「フ、何を考えていたというのか!己の死にざまか?」

「教える義理も理由もねーよ!バーカ!」

 右てを強く握り、力を一点に集中する。防具が軋み、悲鳴を上げる。構うものかと魔力を溜め、同時に腕を前に突き出す。左手をその支えにして、タイミングを計る。まだだ、まだいける……。

「さぁ覚悟しろゲス野郎!消し飛びやがれぇえええええ!!」

 ヤツの剣が触れる寸前、俺は右手を開き、ため込んだ魔力を放出した!



 俺の手のひらから放たれたドス黒い色の極太光線が、ツェギンに襲い掛かる。



 一瞬で、ツェギンは見えなくなった。恐らく、遠くの地平へと吹き飛んでいったのだろう。光線が消え、平原はひと時の静寂を得た。

「何だ、コレは……俺がやったのか?」

『ある意味間違ってはいねぇな。だが、正確には違う』

「どういうことだ?」

『本来のテメェの魔法は、別世界からエネルギーを取り出して、自分の肉体を介して発揮させる。いわば、魔法ではあるものの魔法ではない、それがテメェの力だ』

 何を言ってるのか分からんが、要するに。

「俺がさっきやったのも、別世界のエネルギーをぶつけたってことか?」

『そういうこった。ちなみにあのエネルギーは、核戦争が勃発した世界のものだ』

「何でそこまで詳しいんだ?本当にお前は、誰なんだ……?」

 俺の問いに、『俺』は口を開いた。



『知らねぇ。ただ、何となく分かっただけだ』



 ズコーッ。効果音としてはこんな感じだろうか、俺は盛大にズッコケた。

「おま、この流れでそれはないだろう!不自然過ぎるぞ!」

『知るかぁンなこと!!作者に聞け!』

「誰だそいつ!」

 なんかもう疲れたので、さっさと用件だけ済ませて帰ろう。

「オッサン、この決闘は俺の勝ちでいいよね?相手が見えなくなっちゃったし」

「あ、あぁ。勝者、アイノ・アイン!」見届け人の男が、焦ったように俺の手を挙げる。痛い。

 観客からはどよめきが沸き起こる。超展開の数々であったからな。

「嘘だろ、あのガキが勝ったのか?」

「そうよ、これで賭けは私の勝ちね!」

「くそぉ、こんなんだったらオレもそっちを選んどけばよかったぜ……」

 好き放題言ってくれるな。まぁいい。俺には他の目的がある。

「すいません、ユアを見かけませんでした?」俺は観客の中から、一人の女性に声をかける。決闘直前に居た場所から、離れているのは確かだった。

「えぇ、それなら……あれ、ユア様ならここにいたはずなのに……」女性は若干驚きつつもすぐに返答してくれた。

「そうですか……」

 少なくとも、彼女は本当に何も知っていないのだ。それは目で分かる。

「どこへ行ったんだ……?」

 俺は、周囲を探し回ることにした。



 ---藍野阿陰が決闘に勝利してから約2時間後。町から遠く離れた山小屋。人気のない、森の中の古ぼけたログハウスの内部で、

「ゲヘヘ、上手く行きましたぜアニキ」チビで肥満体の男が喋る。

「でかしたぞ。これで報酬もたんまり貰えるってもんだぜ。悪く思うなよ嬢ちゃん、オレたちも生活かかってるんだ」背の高い男が、傷だらけの腫れあがった顔を笑みの形に歪めた。

「あ、貴方達……まだこんな事を!」麻縄で両手両足縛られて隅に転がされているのは、緑髪の少女。ユア・リヴィエラ・エルシアであった。

「あの野郎に作戦をぶち壊しにされてから、オレたちァロクな目に遭ってねェからなァ。ここいらで手柄をあげて、金をもらったらさっさとトンズラこきたい訳よ。ね、アニキ」

「その通り!まぁ、アイツにこの傷の仕返しができないのは心残りではあるけどよ、じきに雇い主様がやってくれば、無事仕事も終わりで解放される!それでチャラって事にしとこうと思ってなァ」

 二人の男は、まさしく笑いが止まらないと言わんばかりである。ユアはそんな二人を尻目に、脱出する方法を考えていた。

(私じゃ、まだ攻撃魔法は制御できない……使えそうなのは……)

 スカートのポケットを探る。しかし、何もなかった事を思い出した。

「にしても、まさかこう上手く行くとはなァ。変装して観客に紛れ込み、熱中している隙を狙って攫う。シンプルだが、金もかからない実に効率のいい方法だぜェ」ノッポが嗤う。

「……何故、今も誰かの下で働いているの?アインに撃退されても、まだ契約を履行しようなんて……!」

「言っただろ?金が欲しい、そんだけだ。金さえあれば自由に生きていけるんだからよ」

「アニキの言う通り!オレたちァ金持ちに取り入ってオイシイ思いをしたい、そのためなら犯罪の10や20は……」肥満体がノッポの言葉に同調する。

「そこまでだ。部外者にベラベラ話す必要はねェ、どうせこの仕事が終われば縁が切れるんだからよ」

 ユアは彼らの話から、少なくともこの二人は今以上に自分に危害を加えないだろうと想定した。しかし、彼らの言う『雇い主』は明らかに自分への異常な執着心を持つこと、そしてその人物が誰であるかを判断した。

「ツェギン・ホフマン……あの男が、私を狙ってる……」

「ご名答。ま、どうせバレるとは思ってたがなァ」

 ノッポに自らの考えを肯定され、背筋が震える。そう、ツェギンは前々から自分への興味を見せていた。

古くより周辺一体の有力者であるエルシア家と成り上がりで力を付けてきたホフマン家は何かと衝突する事が多かった。それでもホフマン家先代の男は荒々しくも仁義を第一に行動する人物故、レイファの市民館では決して評価の低い領主とは言えなかった。だが、彼の一人息子であったツェギンは自らの権威をかさに着て、略奪や傷害事件を何度も繰り返す危険人物であった。それは彼の父が亡くなってからさらにエスカレートしていったとは聞いていたし、何度か直接会う機会もあった。最初に出会ったのツェギンは美しく繕った外面をしていたが、その内に何か薄暗い情動を感じて、気味が悪いとも思った。

(あの時、私はなるべく早く会話を終わらせようとしていた。それは彼に対して何らかの恐怖を持っていたから……)

 しかし、向こうは明らかに自分との対面を所望していたようで、不定期に邂逅するたびにその目は自分以外のものを見ていない、そんな風に感じていた。その上、帰ろうとするととっさに手を掴んで来ようとしたこともあった。かねてより溜まっていた恐怖が一気に噴き出し、こんな事を言ってしまった。

『もう会いたくない』

 それ以来、直接彼に会う事はなくなった。両親にも相談し、市民に対してツェギンが来たら自分たちの下へ知らせるようにしてもらった。個人的にはそこまでしなくてもよいとは思っていたが、結果としてこのような事態になってしまった。

 深く考え込んでいると、突然、コンコンとノック音がする。誰か来たようだ。

「おっと、雇い主様の御登場って訳だな」ノッポが待ちかねたと言わんばかりの表情で、ドアを開ける。

 ぞくり。ドアの先に居た人物に、この上ない恐怖を覚えた。

「あぁ……待っていたぞこの日を」ツェギンだ。今まで見たことのない恍惚とした表情に、ユアは恐怖心を抑えて質問する事。

「何故、私を狙ったんですか?それに、貴方はアインと決闘していたはず……」

「その質問には、まずは後者から答えましょう。簡単に言えば、私は決闘には『負けた』。しかし、アインなる少年は私に止めを刺すのを恐れ、ただ遠方へ吹き飛ばすのみにとどまったのです。いやはや、あのような魔法は初めて見た。もし彼が全力を出していれば、私はこの世から去っていたかもしれない」

 つまり、ツェギンはそのダメージを何らかの方法で治癒し、その体でここまで辿り着いたのだ。

「運よく飛ばされた方向が小屋に比較的近い場所だからよかったものの、もし逆方向へ飛んで行ったならば計画は失敗だった。それにしても、彼には可哀想な事をしたものです。今頃は貴女を探して、土地勘のないこの地をさまよっているであろうから……フフフ」

 如何にも申し訳なさそうな口ぶりをして、その実は藍野阿陰に対して微塵ほども興味がない事はユアにも分かった。

「聞いた話によると、彼はあのレイファ中央学園への編入試験を控えているようではないですか。だが、あのような怪我では試験場まで辿り着くことすら出来まい。ましてや、貴女様のような治癒魔導士がいなければ尚更」

「貴方、そんな事まで知っていたの!?」

「当然。邪魔者は排除せねばならない、そのための情報は仕入れてありますとも」

 冷徹にのたまうツェギン。その言葉に、ユアは後悔する。私の所為だ。私が阿陰を巻き込んでしまったから、彼に酷い思いをさせることになった。

「だが、彼は彼で上手くやっていくだろう」

 どう見ても、ツェギンはそんな事を思っていない。彼の脳内にあるのは、下卑な征服欲と性欲であった。

そして、それらの欲望の捌け口にされるのは……。

「そして、私が貴女様を狙っていた理由。それは、強制的に土地神との契約を行い、名実ともに私がこの地の支配者となるため!可能ならば穏当な手段を取りたかったのですが、時間が惜しい故にこのような方法をとらせていただきました」

「土地神との契約……!?あれは神聖なる儀式を交わした男女の下、産まれた子どもにのみ引き継がれるもの。強引なやり方じゃ、神の怒りを招くだけです!」

「フ、そんなものは古人の言い伝えにすぎません。何より、強大なる領主である私と現在の神巫である貴女様の子ならばある程度の箔はつくでしょう。そして神巫の父となった私の下で、貴女様は真の幸福を得るのです!さぁ、今こそ我々の新たなる門出を、貴女様の身体に刻み付けましょう……!」

「や、やめて……!誰か助けて下さい!」抵抗しようとするも、手を縛られた状態では何も出来ない。

「おい、そこの二人。扉を閉めて外の見張りをしていろ。誰一人たりとも通すなよ」先ほどまでの慇懃無礼ぶりから一転、粗野な口調で後ろからユアとツェギンのやり取りを眺めていた男達に指示を出す。

「へいよ。その前に、報酬はいつ貰えるので?」ノッポが聞く。

「ふん、後で幾らでもやる。早く外に出ろ!」

「分かりましたぜ。さあアニキ、ここは若い二人に任せて……」

「お前もすっかり下世話だなァ。じゃ、よろしくお願いしますよ」

 男達が小屋を離れ、小屋の鍵がかかる。ツェギンがじりじりとユアの方へと迫る。

「あぁ、いよいよだ……。幾度も夢に思った、貴女様との淫靡なる交わい……二人きりで堪能しましょう!」

 距離にして数cm。ツェギンの手が、ユアの胸に触れようとする。

「嫌ぁ!誰か……阿陰、助けてっ!!」叶わぬ思いだと知りながら、涙ながらに叫ぶ。

 その時。



 ばきっ。どがっ。鈍い音が、小屋の外で響いた。



「な、何だ!?見張りは何をやっている!?」

 寸前、異変に気付いたツェギンが振り向く。それと同時に、ドアが荒々しく開けられる。どうやら何者かが蹴破ったようだ。

 ユアは、その姿を見て驚いた。

「阿陰……来てくれたんですね……」

 ドアから現れたのは、先ほどの男2人を引きづり、激怒の表情を浮かべた少年。

 藍野阿陰に他ならなかった。



「間一髪ってところか。何とか間に合った、かな」両手の男どもを地面に投げ捨てる。

「ば、馬鹿な!何故この場所がバレた!」

 ツェギンの問いかけに、俺は答える。

「お前がやったのをちょったパクらせてもらっただけだ」

 --俺が行ったのは、あの場所に居た兵士を一人ぶん殴って情報を聞き出し、そこから位置を割り当てただけ。ただ、そのままの格好では騒ぎになる。そこで、ツェギンが影武者として使った男を利用する事にした。

「使えそうなものは、っと」

 ゴソゴソと気絶した男の懐を探る。いいもの出て来い。

『おお、なんか凄く不良っぽいな。流石経験者』なんかどうでもいいところで『俺』が感心している。

「黙らんかい。純粋な力技だけで今までやってきたわけじゃ無いんだよ」

 そんなこんなで探していると、予想していたものが出て来た。

「あったあった。大量の薬草とポーション、相手に幻覚を見せるリングだな」

 決闘の後わざと平原を離れ、野次馬が少なくなった時を見計らった甲斐がある。それにしてもツェギン・ホフマン、詰めが甘いな。協力者の回収を怠るとは、兵士たちに指示していれば良かったものを。あるいは、主君が失踪したものと思い指示を忘れて探し出そうとしたのか。

「致命的なミスだ、だから足元を救われる」

『よく言うぜ、さっきまで弱気だったくせによ』

「うるせぇ、あれは演技だ」

『はいはい』

 それにしても、すっかりこいつのノリに慣れてしまったもんだ。苦笑しながら、俺は薬草とポーションで不完全ながらも回復した。

「後は、こいつを使って……ククク」

『おお、あくどいあくどい。お前のような主人公が居るか、なんて言われそうだな』

「何を言うか、俺はせいぜいラスボスぐらいにしかなれねぇよ」

『それでいいのかよ!』おお、初めてこいつが突っ込んだぞ。これは快挙だ。

 こんな話をしている場合ではない。俺は先ほど手に入れたリングで、ツェギンの兵士と同じ格好になった。



「後は引き返そうとする兵士共の後ろについて行って、最後尾の一人を素早く拉致。軽くボコってこのちんけな計画を知ったって訳。いやー、もう少しで手遅れになるところだった」

 俺のネタ晴らしにツェギンは唖然とする。

「くそっ、あの時貴様に止めを刺していれば……いや、もっと前段階から……」

「ってな訳で、おらよ!」俺はノーモーションから石を投げつける。

「ぐぅっ!これは石!?」

「考え事してる所悪いが、よそ見をした方が悪い!」

「おのれ、何と卑怯な……ぐはっ!?」

 ズドン。俺は接近して、思いきりツェギンの股間を蹴り上げた。『増強』してないけど、我ながら多分痛いと思うな、あれ。

 地面を転がりまわる悶絶青年ツェギンを蹴飛ばして、俺はユアの下へ駆け寄った。

「大丈夫か?よく頑張ったな、後は俺に任せろ」

「うぅ……阿陰……」手足を縛られた上に涙目なのもあって、ユアは物凄い……なんというかその、魅力的だった。いかん、ラブロマンスをやってる場合ではない。まずは事態の収束が先決だな。俺は縄をほどいてユアを救出すると、未だに転がっているツェギンの首根っこを掴んで持ち上げた。

「で、お前さ。俺に何か言う事あるよな」

「ふ、ふん。貴様のような野蛮人に語る言葉など持ち合わせてはいないわ!」苦痛の表情でツェギンが叫ぶ。

「減らず口を叩く余裕はあるようだな。じゃ、一切容赦しなくていいよ、なっ!!」

 言い終わると同時に、俺は壁面に向かってヤツの顔面を叩きつける。勢いのままに壁を突き破って頭が飛び出るほどに、だ。

「うぎゃあっ!痛いいいいいい!!」ツェギンの悲鳴が一層強くなる。

「決闘の時は心の中である程度手加減していたからな。本気を出せばこんなもんよ」

「て、手加減?」ユアが訪ねてくる。俺は振り向かないまま答えた。

「むしろ考え方が変わった、とでも言えばいいか。今までの俺は他人を必要以上に傷つけることを恐れていた。だけど、それでは何も変わらないし何も守れないと知った」

 かつての忌まわしき記憶は決して忘れてはいけないし、その一方で永遠に縛られ続けることも間違いだと分かった。

「全部終わってから復讐するのでは意味が無いんだ。先手を取って叩き潰す、例え俺が地獄に落ちようと」

「……地獄に落ちるだなんて、そんな悲しい事言わないでください」

「違うんだ、ユア。……昔、俺は二人の大切な人を守れなかった。一度目はただただ無力なまま殺された。二度目は力の使い方を間違えた。これ以上、悔しい思いをするのは御免だ。だから……」

 一度、深呼吸をする。それから、彼女の方を振り返って宣言する。



「俺に、お前を守り抜くチャンスをくれないか?」



「………………ふええええええええ!?」ユア、顔真っ赤っかである。

 いやいや、そこまで驚かなくても。てかアレだ、また自分でもむずかゆくなる台詞を吐いているな。

「いや、だからな、その……」

「遊びは終わりか小僧……!」

 怨嗟に溢れた声でツェギンが俺を睨み付けてきた。めんどくさげに俺は呟く。

「何だお前、雑魚の癖に空気も読めねぇのか。雑魚は雑魚らしくあっさり意識を失ってればいいのによ」

 やはり心に余裕ができると罵声のレパートリーもぐんと広がるな、うん。

「黙れッ!こうなったら決着をつけてやる、表に出ろ!!」

「……いいぜ、相手をしよう」

 そう言って、俺は小屋を出る直前にユアに向かってアイコンタクトをする。

 心配するな。

 伝わったかどうかは知らないけど、少なくともユアの涙はもう乾いていた。

 そして、そこには笑顔があった。それで十分だろう?



 小屋の前、森の中の開けた空間。俺とツェギンの最終決戦が幕を開けた。

「先程は油断があったが、今度は容赦しないぞ小僧ゥ!!」

「それはこっちも同じだ!最初から全力で行かせてもらうぜ!」

 先制は貰った。俺は地面に転がった小石をまとめて投げつけた。

「愚かな、同じ手は通用せんぞ!」ツェギンはそれらを避け、素早く距離を詰めようとする。

「通用すると思ってやったんじゃねーよ!これは次の手への布石だ!」同じモーションで俺が投げつけたのは……。

「砂だと!?くっ、目が……!」

「馬鹿か?俺は生来の悪役ヒールなんだよ、これくらいお手の物だ!」

 改めて思う、俺は主人公など向いてない。そういうのはもっと、正々堂々とした奴がやればいい。俺には無理だ、こんなやり方しかできない。

 視界を奪われたツェギンに、右足の上段蹴り。首から上を軽く歪ませる強烈な一撃の後は、鎧の隙間に手を突っ込み、『増強』で接合部を引きちぎる。

『手を貸そうか?』

「大丈夫だ、これくらいは!それにお前には世話になりっぱなしだしな!」

 『俺』の申し出を断って、装甲を無理矢理こじ開けた。その個所に掌底を押し当て、衝撃で打ち上げる。

「があぁ!ぎゃっ!うごっ!ぬはっ!ひぎゃあああああ!!」ツェギンはもはや、サンドバッグも同然である。

 俺は構わずひたすら顔面狙いの連打、そして振り下ろした拳で頭頂部を殴打し顔を地面にめり込ませた。

「これで最後だ。お前がユアにしようとした事を俺は決して許さない。だが、俺の言う事を聞くなら今回はここまでにしてやる」

「ぐはっ……そ、それは……一体……?」ツェギンは血を吐きながら、よろよろと起き上がろうとする。よし、まだ言葉を理解できているな。

「それは、だ。一生アイツに手を出すな。そして、俺達に関わろうとするな。もう痛い目には遭いたくないだろう?」

 この期に及んで温情さが抜け切れてないのもまだまだ自分が未熟であるためなのかもしれない。もしくは、不殺を貫き通そうと心の中で思っていたのかもしれない。

 しかして、俺の好意をツェギンは拒否した。

「嫌だ、嫌だ、嫌だァ!あの女の身体も地位も何もかもを、私が独占し、そして完全なる支配をおおおおお……」

 はぁ。正直失望した。ここまで見下げ果てた男とはな。

『もういいぜ、お前の考えも無駄だったって事だろ』

「少なくともこいつには、だけどな」

 そう、俺はまだ好き勝手にバンバン人を殺せるほど狂った考えの持ち主ではない。だがな!

「お前のようなゴミクズは例外だ!さっさとくたばれ死にぞこないが!!」

 右腕に魔力を集中する。決闘の時以上に、憎悪も嫌悪も憤怒も、あらゆる感情を込めて。

「ひ、ひいっ!」

 怯えるツェギンの顔を顔を掴み、今度は後頭部から地面に叩きつける。更にヤツの両手、両足をへし折り、動きを止める。

「うぎゃあああああああああああああああ!!やめろ、やめてくれええええええええ!!」

「うるせぇ!今すぐ黙らせてやるっ!!」

 俺は足に『増強』をかけ、空中へ飛びあがる。更に全身を駆け巡るエネルギーが、炎となって自分の右足で燃え盛る。だが、何故か全く熱く感じない。不思議なものだ。

『自分の魔法で作り出した炎だ、自分自身は熱く感じることはねぇ。だが、あのクソ野郎を焼き殺すには有り余る大火力だぜ!さぁ決めろ!テメェなりに出した答えを、ぶちかませ!!』

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 動きの取れなくなったツェギンめがけて、俺は飛び蹴りを敢行した。重力による加速で威力を得た右足がヤツの腸を抉り、その身を炎が焼き尽くす。

「あああああああああああああ……!!アツイアツイアツイアツイィイイイイイイ……!」

「……じゃあな」炎から飛び退き、離れた地面に着地する。

 もはや、ツェギン・ホフマンという男は存在しなくなりつつあった。


 

『良かったのかよ、殺してしまって。不殺こそがテメェの信念だったんだろが』

(まぁな。でも、もういいんだ)

『それは不殺を諦めるって事か?』

(実際にそうなってしまったしな。だけど、もしここで捕まる事になっても割り切る事は出来そうだ)

『また言ってるな、それ』

(意味合いは違うからいいんだよ。誰かを守るためには何かを傷つけなければならない。それは他人であったり、もしくは物であったり、はたまた自分だったりする)

『以前のテメェなら都合のいい理想論に逃げ込んでいた所だな。だが現実はそう上手く行かねぇ、人間ってのは突き詰めると自分の事ばかり考えてしまう生物だ。何処かで利害の対立が起き、そして争う』

(俺は別に理想を追い求める事自体を諦めたわけじゃない。ただ、理想が変わっただけだ)

『と、いうと?』

(例え百人を傷つけようと、例え自分が傷つこうと、たった一人の為に全てを捨てて闘う事だ)

『……だったら、これからの人生でそれを体現して見せろ』

(言われなくとも、やってやるさ)



 防具をロジャーさんの下へ転送し、小屋の中で待っていたユアを迎えに行く。

「待たせたな、ユア。勝ったぜ」

「はい!でも、受験の時間が……」

 腕時計を確認する。げっ、午前7時50分。間違いなくタイムオーバーだ。

「あー、これ間に合わないな……」

「す、すみません」ユアが謝る。お前の所為じゃない、と俺が言おうとしたその時。

 ガサゴソ、ガサゴソ。

 誰かが森の奥から現れてくる。

「誰だ!?まさか、別の敵が……」

「ち、違うわよ!あたしよ、飛田楓!」

 言われて思い出す。ああ、久方ぶりだな。

「んで、生徒会長さんが何の用で?」

「先の戦闘見ていたわよ。あんたにあれほどの力があるとはね」

「でも、ここから試験会場にはどうやっても間に合わないんじゃ……」俺は全く困っていないように装いつつ、ただ事実だけを述べる。あまりユアを責めるのは可哀想だ。

「そうでもないわ。これを見なさい!」

 彼女が差し出したのは、三個の飴。これが一体?

「これはね、あんたを試験に招待しようと思って持ってきたのよ。簡単に言うと、これを舐めながら行きたい場所を念じればそこへ『飛べる』魔道具よ」

「そいつはありがたいね。でも、どうしてここに俺達が居ると分かったんだ?」

 時たま追手が来てないかと振り返ったりもしたが、途中楓どころか誰も見かけなかった。

「あんたじゃないわ、そこの子……ユアちゃんよ。彼女の位置情報を割り出して、後は襲撃事件の目撃者からあんたがツェギン・ホフマンと決闘する事になって、紆余曲折合って彼女を探していることを知ったって訳」

「ん?なんでユアの位置をお前が知ってるんだ?」

「詳しい話は後にするわ、今は時間が惜しいからね。あ、ユアちゃんもはい。一緒に行きましょ?」楓はサクサク話を進める。まあ間に合うならそれでいいけどな、と思いつつ飴を受け取った。

「は、はい!」ユアも彼女から飴を受け取り、三人で一斉に口へ放り込む。

 念じる。行先は……アレイア帝国レイファ中央学園!

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