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第14話 特訓開始・後編

 この世界に来てから2回目の朝を迎える。窓越しに差し込む日の光が眩しい一方で、部屋は薄暗い。俺は寝るときに電気を全て消す。勿体ないというより、ほぼ完全に暗くなければ寝られないという我ながらにメンドクサイ質なものだ。こちらでも就寝直前にランプを消していた。

「……今日から特訓だ。気を引き締めなきゃな」

 ゴタゴタに巻き込まれた悲劇の一般人として振り回されるのも、ましてや転移早々ポンポンと話が進むのも、何処かの誰かが「お約束」などと笑うに違いないほど、俺の状況は切羽詰まっていた。第一、何で俺がこんな貧乏くじを引かねばならないんだ。もっと適任の奴がいるだろうよ。

「って、思ってたんだけどなあ」

 この世は、わざわざ俺みたいのを呼ぶくらいトチ狂っているのかもしれない。おまけに出歩けば美少女達との出会いまで用意してある周到さ、なんというテンプレート一直線。複数の少女の間でフラフラするほど俺は軟派ではないと思っているが、果たしてこの世界の神々にはどう映っているんだろうか。

 いや、そんな今更感漂うモノローグよりもやるべきことは山ほどある。些細なモノでは、例えば特訓のための服装選びだ。運動するんであればジャージのような服装がベストなのだが、流石に渡された服の中にそんな類のものは……あった。エメラルドグリーンに白いラインの入った、いかにも前時代的な運動着だ。体操服らしき白いTシャツも何着か入っており、つくづく謎が深まるばかりだ。

「一体どうして、こんなものが異世界に……」

 これぞ「ザ・ジャージ」とでも名付けたくなるほど古めかしくデザインの代物だが、素直に使わせてもらおう。そう思い、畳んでベッドの上に載せる。

「まずは朝ご飯食べよう。腹が減っては何とやら、だ」

 空腹時の運動は注意力の散漫を生む。こんな時に怪我でもやれば諸々パーになっちまうので、あまり無理は出来ないかもしれない。何せ一週間しかないのだ。時間が足りないのは重々承知しているが、それでもやり通さなければ結果は得られない。

「焦らず騒がず、かといってのんびりもしてられねえ。どうにかして使いこなせるようにしなきゃな」

 昨日の経験より、俺の魔法は最低倍率で短時間発動させる分にはとりあえず問題はなさそうだが、暴走するギリギリの段階は一応知っておきたい。どうしようもなくなった時にうっかりそのボーダーラインを越えてしまう可能性も十分考えられるが、出来ることならそれまでにケリを付けられる展開がベストだ。無論、そう上手く事が動くわけでもないが、相手がこちらを侮っている内に一気呵成で畳みかけ、魔道具の使用を封じるというのもアリじゃないか?素人の考えと言われればそれまでだが。

「よし、この辺も詰めておこう。場合によっちゃかなり荒っぽい手を使わなきゃならないかもしれんが」

 食卓に着くまで、そして食事中もこんな事を考えていた。心なしか、他の3人も何処か真剣味を含んだ表情だ。俺は挨拶以外あまり喋ることが出来なかった。シフさんには今日からの特訓について、こちら側から少しだけ確認の意味も込めて話をさせてもらったが、それだけだ。ユアに至っては、かなり思い詰めているのか目線すら合わなかった。挨拶が返ってくる以上俺の声は聞こえてはいるみたいだし、変に問い質すのも不躾なので今はそっとしておくべきか。

 朝食後、食器洗いまで済ませてから一度部屋に戻る。食った直後に激しい運動をすると気分が悪くなるというのと、単純に着替えが必要になる、という理由からだ。ジャージを着て、ふと時計を確認する。午前7時32分。今日の特訓は8時スタートなので、空いた時間に本棚の中から無作為に一冊を選び出してみた。

 タイトルを読む。

「えーと、『筋肉列伝-マッスル・レジェンズ―』……何じゃこりゃ?」

 どうも中身はある戦士の自叙伝らしい。この世界ではありふれた、肉体強化魔法を使用できる魔道具で、自身の能力を何倍にも増強し、愛用の剣一つで数百人もの敵兵を倒したと書かれている。しかし、この人物はいくら何でも豪胆すぎるな。分かり易く言うと一昔前のスポ根漫画の主人公を彷彿とさせるような性格で、読み取れる限りでは戦いぶりも荒々しく極めて大雑把だ。全長2m近い大剣を軽々と振り回し、敵兵士をバッタバッタとなぎ倒す。後方から飛んでくる弓矢を剣で弾き飛ばしたかと思えば、魔法によって生み出された巨大な火球を片手で受け止め、そのまま握りつぶす(当然本人にはダメージ無し)という力技で恐れられたという……。

「俺でもこんな感じでやれる……のかなぁ」

 余りにも非常識な内容で、どこまでが事実でどこからが誇張かすらも分からないが、肉体強化は攻撃魔法相手にも十分通用するというのは信じてもよさそうだ。ある程度読み進めた所で約束の時間が迫っている為、栞を挟んで机の上に置いた。この一冊も意外と参考になる部分も少なくはないので、戦術の幅を増やすためにも部屋の本を読んでみることにした。


「やあ、来たね。それじゃあ、特訓を始めようか」

「はい。宜しくお願いします」

 シフさんとの特訓は、朝の間から開店前までの予定だ。今日は授業もなく課外活動の顧問としてのみ学校に赴くとのことで、午前中は特訓に付き合ってくれるようだ。

「あ、アイン。私、学校に行ってきますね」

 家の中を見ると、ユアがぺこりと頭を下げてそんな事を言っていた。彼女は学生なので本日も通学しなければならず(因みに二日前は学校行事の関係で授業自体がなく、課外活動もお休みだったため早く帰ってきたとのこと)、フォローのタイミングは夕方遅くに遅れてしまうのであった。いや、何をフォローしろというのかはよく分からないけど。

「いいかい?まず君の魔法は、使用者の身体能力を倍加・上昇させる類のものだ。一方で、この魔法の効力を最大限まで高めるには、基礎能力以外にも武術や体術といった格闘技術の向上や、精神的鍛錬のような魔法全般に関わる修行法が効果的なんだ。例えば、どれほど力の籠った拳の一撃でも、攻撃パターンが単純であれば難なく躱される。更に、半端な強化では武器を持つ相手や中・遠距離攻撃に優れた魔法に太刀打ちできないだろう。肉弾戦を挑むという事は、非常に多くのリスクを伴うんだ。それでもやるかい?」

「……はい、人を傷つけるためだけに武器を持って戦うのはかなり気が引けますので」

 念のため、あらゆる武器を持ってきてくれたシフさんだが、俺の問いに満足したのかどうかは分からない。だが、少なくとも俺の決意は伝わったようだ。

「……そうか。ならば、僕も本気で君を指導してやろう。まずは第一段階だ。……『風砲エアキャノン』!」

 途端、俺の横を突風が通り抜けた。振り返ると、後ろの木々に当たって木の葉が吹き飛んだようだ。前を向きなおすと、そこには薄緑で半透明な大砲が現れていた。

「この攻撃を肉体強化で受け止めつつ、僕の元まで辿り着くんだ。さあ、スタート!」

 号令と共に、俺は風に吹っ飛ばされた。速い、速すぎる。ただでさえ視認不可な砲撃なのに、その弾速と威力は俺の身体を数メートル後方へ押し出したほどだ。確かにこれは魔法を使わなければ耐えられないだろう。俺は最低倍率で、自らの魔法を発動させる。

「ふぅー……『増強』!」

 名称は適当だが、こんなものでも発動するというのは昨日の戦闘時に判明した。中二チックなネーミングは考えるのも恥ずかしいが、何となく技や呪文は名前を言ってから使わないと様にならないような気がする。何も喋ることなく不意打ち気味に使ってみるのも悪くはなさそうだが……。

「……来た!ここで踏ん張る!」

 しかし、先ほどと同じく俺は風に浚われて、ますますシフさんのいる地点から離れてしまった。うーん、足に上手く力が入っていないような気がする。ならば!

「今度こそ!ずおりゃあああああ!!」

 気合を入れて右足で地面を踏みしめる。土を押しのけて、僅かに足が埋まった。そのまま左足も力強く踏み出し、同じように地面を抉る。迫ってきた風は頭から迎え撃つ格好で何とか耐えしのぐ。体勢を低くしたことで下半身に力が入り、風を面で受けることなくゆっくりと歩を進める。

「やるようだね。でも、これはどうだい?『暴風壁バリア・バースト』!」

 シフさんの声と同時に、新たな魔法が飛んでくる。風の砲弾よりは遅いが、壁のように迫ってくる空気の層が俺を押し込もうとする。たまらず足が地面から浮き、後ろにひっくり返る。結局最初の地点まで戻ってしまった。

「だったら、一気に接近してみる!」

 強化方向をパワーではなく、スピードに特化させて。地面を蹴りつけ、加速して自ら壁の中に突っ込む。幾分か速度は落ちたものの、どうにか突破出来たようだ。しかし、シフさんは容赦なかった。次の瞬間、『風砲』が炸裂し、その勢いで俺は地面を転げまわった。

「くそーっ!あと少しだったのに……こうなれば、何度でもやるだけだ!」

 その後も、俺は吹き飛んでは近づき、近づいては吹き飛ばされと何十回も繰り返した。シフさんの繰り出す二つの魔法はそれぞれの弱点を補うように、交互に襲い掛かる。壁の方は強化を速力に回せば突破できるが、そうすると砲弾に耐えられない。逆に砲弾を耐えようとすると、速度が足りず壁に押し込まれてしまう。

「………………」

 再び立ち上がるが、解決策は思い浮かばない。この両方を耐えつつ、接近する。思考する間も風は容赦なく襲い掛かり、その対策で思考は中断される。防ぐ、走る、防ぐ、走る。そして、3発目の『風砲』を耐えしのいだ時に頭の中に一つの答えが浮かんだ。

「……そうか。一つ一つ対処しようとするから駄目なんだ」

 次の『暴風壁』が迫ってきた。まずは足に『増強』をかけ一気に加速する。先ほどと同じように通り抜けるが、そこに予想通り『風砲』が飛んできた。俺は一度踏みとどまると、体中のエネルギーを右腕に集める。更に、『増強』の効果を「腕に移し」、風の砲弾を……全力で殴りつけた!

「だあああああッ!!『強振撃フルスイング・インパクト』!!」

 


 逆方向へ吹っ飛ばされた『風砲』が、その先で発動されたばかりの『暴風壁』に直撃し、まとめて掻き消える。その上、シフさんもその衝撃から尻もちをついて一時的に魔法を撃てなくなった。今だ!俺は再び加速し、一瞬で彼の元まで辿り着いた。

「いやあ、お見事。良く気が付いたね」

「そうでもないですよ。単純なことなのに、気づくのに時間が掛かりすぎた」

 肉体強化魔法である『増強』は部位を問わずその効果を発揮させられるが、これまでの俺はわざわざ攻撃するため、回避するため、防御するためと切り替えて使用していた。しかし、『強振撃』はパンチとして相手を殴る以外に、相手の技や呪文を弾き返す用途としても使える。この技を生み出せたのは、初歩的な物理学の知識があったからだ。力学的エネルギーは位置エネルギーと運動エネルギーに分かれるが、俺は加速して動くことで得た運動エネルギーを、一度止まることで位置エネルギーに変換し、その反動を生かして腕に蓄積させる。再び運動エネルギーに変換して、殴りつける。こうすれば、移動と攻撃・防御をスムーズに切り替えられる。

「でも、君のセンスなら更に強くなれるさ。さあ、次のメニューに移ろうか」

 シフさんにそう言われれば、悪い気はしないでもない。流石に少し休みたいが、次の特訓は別の場所で行うらしいので、そちらまで移動することに。



 ついて行った先は、裏庭の奥にある木々の立ち並ぶ雑木林だった。シフさんはその中から一本の木を選び、こう説明した。

「ここの木は非常に強い生命力を持っていてね、どんな傷を受けてもたちどころに再生してしまうんだ。例えば……『風の千刃』!」

 シフさんの手から、大量の空気の刃が発生する。それらは葉と若い実ごと木の枝をほぼ残らず刈り取る。ものの数秒で、葉の生い茂った大樹が、殺風景な枯れ木のような姿となる。

「ここまでやっても、3ヶ月弱で元の姿に戻ってしまう。更に放置していると、種子による繁殖と急速な成長でやがてこの裏庭を全て覆い尽くすだろう。止めるには根ごと引き抜いて別の場所に移すしかない」

「いや、何でそんなモンを植えてるんですか……」

「この木……『ヒワタリ』の実や葉は各種魔法薬の材料になるんだ。有名なものだと、魔力回復用のポーション・ドリンクだとか、火属性魔法の威力を上昇させる延焼剤とかだね。用途が幅広いので、大きな家だと植えてている場合が多いんだよ。まあ、うちは店で出す分の足しとして育成しているんだけどね」

「へえ……」

 相槌をうつものの、よく分からない。何でこの木がそれほどの再生力を持っているのか。

「それは、まだ証明されていない部分が多くてね……。ともかく、そろそろ剪定と収穫をやっておこうと思ったんだ。勿論、君の特訓も兼ねてね」

 そして、俺に課せられた新たな目標とは。

「この雑木林にはヒワタリの木が多く生えている。それらの実を全て落としてほしい。一本につき一度やったらそれで大丈夫だからね」

「そうなんですか?」

「この急成長は元々蓄えていた栄養を使って行うから、暫くはやらなくても大丈夫だよ」

「まあ、よく分からないけどやってみます」

 一本目と指定された木まで移動し、俺は『増強』を腕に発動させる。右腕を手刀の形にし、枝を刈るように振り下ろす。その勢いで、太い枝をへし折った。左腕でも反対側を切りつけ、枝ごと木の実を取る。他の木でも同じ事を繰り返す。ううむ、あまりに単調過ぎて軽く面倒くさくなるな。そこで、色々と試してみることにする。

「うりゃあっ!」

 幹をへし折らない程度に、強く蹴りつける。枝を傷つけずに実が落ちて来るが、葉は殆どくっついたままだ。ひとまず置いておいて、残りの木にも同じように蹴りを入れる。結果、実はほぼ全てが落ちた。

「残ったのは高所の木の実だな。……はあああああああああ!!」

 軽く気合を入れ、『増強』の効果を1段階ほど引き上げる。足を発条のように縮め、7メートルほど飛び上がる。決して長くない滞空時間のうちに、手で出来るだけ多くの木の実を素早くもぎ取る。力の配分の目安は、足に7割腕に3割。これでも取れなければ、再び飛び上がって残りをもぐ。他の木にも繰り返し、全ての木の実を採取した瞬間、魔法が切れた。思わず後ろに倒れ込む。

「はあっ、はあっ……つ、疲れた……」

 身体能力自体は強化されても、体力が追い付かないということもあるのか。覚えておこう。

「お疲れ様。午前中はここまでにしよう。あまり体に無理をさせると店番の時に支障が出るからね」

「あ……落ちた実も拾わないと……」

「それは僕がやっておくよ。暫く休んだら、君は一足先に家に戻っておいてくれ」

 シフさんは持ってきた籠の中に、緑色の木の実をどんどん投入していく。それを横目に、俺は考える。

(さっきのは10倍ってところか。特に問題はなさそうだな)

 息を整え、幾分か体の疲れがとれた。

(最初に使った時は、どれくらいだったのだろう。あれほどの怪物をバラバラに出来るなんて……)

 汗も乾き、軽く凪ぐそよ風が体を冷ます。

「ある程度回復しました。本当に手伝わなくていいんですか?」

「問題ないよ。それより、バイトの方も頑張ってほしいなあ」

「す、すみません。では、先に帰らせていただきます。ありがとうございました!」

 

 1人、家まで歩く。なだらかな斜面を下り、5分ほどで辿り着いた。

 帰宅早々、店の手伝いをすることにした。昨日と同じように開店準備をして、客を迎える用意が出来た所で、シフさんが帰ってきた。背負った籠には木の実がギッシリ入っており、少々重そうだ。下準備のために天日干しをするとのことで、裏に持っていくだけでもやりましょうかと言ったところ、本人は大丈夫だと言っているので、お言葉に甘えてこのまま接客を続行する。

 昼食までにやってきたのは3人で、その内の1人は学者のような出で立ちの中年男性だった。マイさん曰く結構名の知れた御方で、お得意様とのこと。俺に対しては、どこか興味深そうな視線を投げかけていたが、やはり噂を聞いてきたのかもしれない。

 昼食をとる。こちらに来て思うことの一つに、調理のレベルは現代とそん色ないというのが挙げられる。一般的なファンタジー系ライトノベルとかだと、主人公が現地の人間にちょっとした知識(実際は大したことない)を教える展開が頻発するんだが、少なくともこの家で出される料理には特段不満が無い。それは俺の料理スキルの低さから気付かないだけなのかもしれないし、もしここにいるのが俺でなく自称・敏腕グルメリポーター(正直言って、あの手の連中は好きではない)なら不必要な粗探しにここから10行以上費やすのだろうが、そういう知識なぞ俺にはないのでさっさと次の段落へ行かせてもらう。異論はないね?

 サンドイッチとストレートティーを腹に収め、再び仕事に戻る。午後2時頃、シフさんが家を出て行った。先述のとおり、課外活動の顧問として学校に行く必要があるからだ。

 そこから先は、さして記述するほどのことは無かった。夕方から夕食にかけての流れとしては昨日と同じだ。違うのはそこからである。俺自身の希望で、夕食後の修行は一人で行うことにしていたので、裏庭で体を動かした。その後は『増強』のテストである。いきなり段階を引き上げると制御不可能になった時が怖いので、まずは少しづつ調べておくことに。生身の人間には5倍でも十分効くみたいだが、ツェギンは鎧を着ていた。更に魔道具の効果によっては、それ以上の段階でなければロクなダメージが入らない、といった事にもなりかねない。

「素手で鎧を殴るのか……痛そう」

 というより、間違いなく痛い。籠手というか、メリケンサックがあれば拳の防御だけでなく攻撃力の上乗せも行えるはずだが、何処で手に入るのか。そしていくらかかるのか。

「後でシフさんにでも相談してみようか」

 新品をねだるつもりはない。最悪なくても別の戦法ならあまり影響はない。

 『増強』を500倍まで試した後、分かったことが幾つかある。

 1つ目、『増強』の効果は5倍ごとに調整できる。5倍、10倍、15倍……といったように5の倍数であれば使える。切り替えた瞬間は脳に軽く電流が走ったような衝撃を受けるが、すぐに消える。

 2つ目、少なくとも500倍までは暴走しない。かなりヒヤヒヤしながら試したが、この辺なら決闘で使っても問題はなさそうだ。とはいえ十分危険であり、本番ではここまで強化しなくてもいいような気がする。

 そして3つ目が一番の問題である。

「はー、はー、はーっ……」現在仰向けになって星空を眺めている格好だが、その美しさをまともに感知できているかも怪しい。そう、この『増強』。効果が切れた瞬間に疲れが一機に襲い掛かってくるのだ。しかも、倍率が上がると切れた時の疲労の度合いが増しているように感じる。

「これは、使い続ければ、どうにか、なるもの、なのか?」息切れの合間に何とか言葉を捻り出す。順応でどうにかなるのなら、都合のいい話なのだが……。

 その他重要なこととしては、強化度合によって効果時間が変動する事か。例えば5倍程度なら全身にかけても10分は保つが、500倍は10秒しか維持できない。ただし、一部分だけを強化するなら少し伸びるようで、通常100倍の効果持続時間は1分だが、両腕のみに発動させれば2分に伸びる。実戦では、細かくかけ直すことも必要か。

「ふー……。ちょっと落ち着いたし、今度は立ち回りの特訓だ」

 そう言って立ち上がった途端、妙な違和感を感じた。体の奥に染み入っていくような、不思議な感覚。それが何かは分からない。けれども、一瞬にして馴染んでいく。

「何だ、これは。吉兆なのか?」呟くも、あまり考えずに修行を再開する。基本の格闘術から、アウトローな戦術まで一通りこなす。俺の戦闘スタイルは相手の意表を突く……ぶっちゃけると、騙す・視界を奪う・脅す・委縮させることで、なるべく直接対決を避けるものだ。自然なフォームからあらゆるものを投げつけ、ひるんだ隙に間合いを詰め、急所への一撃で素早く片付ける。後は倒した相手を盾に攻撃を防ぎ、使い物にならなくなったら捨てて、また別の奴を殴り倒す。その繰り返しでダメージを極力抑えつつ、機を見て相手のボスを奇襲。一気に仕留めることでトップの居なくなった相手方を撤退させる。卑怯な手段を取ったところで、恥も外聞も気にする事が無い俺には、専らこの手法を取る。それにしても、何でこんな真似をやってるのに、皆が俺を番長などと呼ぶのだろう。第一、時代錯誤の二つ名ではないのか。聞いた話では、殴り飛ばした相手の殆どがあっさりと更生している(ただ、よく見ると何処か怯えた目をしているらしい)ことから『鉄拳制裁のダーティー・ヒーロー』やら、他校の不良たちによる本校学生のイジメを次々と懲らしめていることから『義理人情の汚れ役』やら、とてもじゃないが俺の本質に合わない呼び名が量産されている。

「よし、今日の分は終わりだ。シャワー浴びて寝よう」

 ただ、一つだけ気に入った呼び方がある。編入直後、最初の喧嘩で近所のヤンキーどもを一方的にねじ伏せた際に野次馬から評されたものだ。ある意味で俺自身の自己評価と一致する代物で、何より色眼鏡を通したものでないのが実に好ましい。そいつは俺をこう呼んだのだ。



『最凶無法の喧嘩王グラップラー』と。

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