第10話 炎の銃剣
人物紹介
藍野 阿陰 元殺人犯の少年。自分の本当の強さを見つけるために異世界に飛び込んだ。喧嘩が強いが、勝負には不誠実な面も。
ユア・リヴィエラ・エルシア 阿陰が初めて出会った異世界の少女。杖を使った回復魔法が得意。巨乳。
シフィルス・エルシア ユアの父親。魔法学校の教師をしている。
「……成程。つまり君は、町へと侵入した男達を撃退したというのだね?」
一通りの事情を話したのち、理事長が俺に聞いてくる。俺は頷いて、こう返した。
「あまり褒められたやり方じゃないかもしれません。出来ることなら禍根は残したくはなかったのですが……昔からの弱点でもあります」
こういう場では、普通なら多少は脚色してでも自分を売り込みに行くべきなのだろうが、俺にはそんなことが出来なかった。入学を目指しているのは偽りのない本心だが、せめて自分が奪った命はその最後を隠すべきではないというのが俺の考えだ。
「しかし理事長。彼が僕たち住民を救ってくれたのは紛れもない事実です。それは僕と、ユアが保証します」何より、シフさんが代わりにぐいぐい推している以上、自分の口から重ねて懇願するのも野暮ったいだろう。そんなシフさんの熱意に押されたのか、とうとう理事長も決断をしたようだ
「いいでしょう。多少元気の有り余ってる方が、この年の学生らしい。……受験資格を許可しますよ」
「ありが……」俺は感謝の言葉を述べようとしたが、
「ありがとうございます!!この御恩は一生忘れません!!」シフさんに先を越された。これには理事長も苦笑い、隣に座っていたユアは恥ずかしいのかうつむいてしまった。
俺も笑いを浮かべつつ、頭の中では次の段階への準備をしていた。
-何とか使い物にしなきゃな。
最も、昨日のように本気でキレることなど数年に一回ぐらいしかないのだが。万が一のことを考えると、やはりある程度の制御は自前でやる必要があるし、それも試験で問われるはずだ。僅かな期間のうちに、使いこなせるようになればいいのだが……。
いや、何としてもやらなきゃだめだ。力を振りかざすのは好きではないが、あらゆる場面を切り開く手段は多く持っていた方が良い。そのためにも、この力について詳しく知っておかねば。
「理事長、そろそろ授業が始まります。私は校内の案内として、彼とともに動きたいのですが……」ここで、それまで沈黙を続けていた赤髪の少女が話を切り出す。
「そうだな……。エルシア君も、自分のクラスに行きなさい。君は我が校の特待生なのだから、遅刻しないようにね」
「は、はい!それではアイン、また後で!」理事長に言われ、ユアが退出した。
「シフィルス君も、職員室に行かなくていいのかい?」
「おっと、そうでした。それでは、後程続きの話をしましょう」シフさんも、カバンに資料を詰め込んで退席する。
「では、二人とも。じっくり見て回りなさい」理事長は微笑を浮かべ、俺達を送り出した。ばたんと扉が閉められて、廊下に残された俺と謎の少女であった。
「それでは、まずは中庭から見ていきましょう」少女は無愛想そうに、淡々と案内し始めた。
|(あれ?俺、なんか心象悪くしましたっけ……?)
心当たりは特になかった。襲撃事件は実質被害がなかったといってもいいし、まさかあの二人組に同情するとは思えなかった。もしやこの態度がデフォルトなのか?だとすれば相当もったいないような気がする。
先ほどから赤髪と表現していたが、正確には紅に極めて近いピンクだろうか。テレビでよく見たモデルよりも美しい顔立ちに、これまた女性にとって理想的なほどの|(ように思われる)スタイル。外見だけで言えば、彼女に惹かれるものはかなりの数がいるだろう。男性だけでなく、ティーンエイジャーの少女たちにも大いに好かれたに違いない。
「何か、気になる事が?」しかし、この無表情っぷりで幾分か損をしているような気がする。とはいえ、自分からそういうキャラクターを作っている可能性も捨てきれないだろう。容姿のみを取り上げて人間を判断するのは、ワイドショーのファッションチェックコーナーに出てくるような奴らだけでいい。彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。一時期の俺が他人とかかわりを持つのを避けていたように。
「……いいえ、何もありません」と言おうとして、実は疑問点がいくつかあった事を思い出す。後ろをついていきながら、彼女に質問することにした。
「そうですね……まずは、お名前と年齢を」
「部外者に名乗る名はありません。年齢は永遠の17歳とかにしといてください」
「答えになってねぇ!」大声を出してしまった。少女が怒る。
「うるさいですね。そんなに驚くことでもないでしょう?」
「……じゃあ次。多分あなたが着ているのは、制服ですよね?しかし、ユア……エルシア生徒のそれとは大きく装いが違うのですが……」
目の前の少女が着用していたのは、黒のブレザーコートに赤いネクタイ、そしてひざ上丈の黒いスカート。ユアのローブ姿とはかなり違って見える。
「女子の制服に興味があるとは、変態ですか?」少女は訝し気に答えた。だが、あんまりな返答に俺があきれたような表情を見せると、
「……この制服は騎士科のものです。先の彼女は魔術師科なので、制服が違うのです」と教えてくれた。
この学校は、主に魔法を学ぶ魔術師科と直接的な戦闘技術を中心に学ぶ騎士科に分かれている。といっても魔術師科の生徒は基本的な戦術・陣形などについては必修だったりするし、騎士科では寧ろ特定の魔法を駆使して戦闘を有利に進める事を目的としてカリキュラムが組まれている。俺が受験するのは騎士科で、攻撃魔法を応用して剣や槍の威力・形状・攻撃範囲を変化させたり、補助魔法による自身の強化・変質を利用して戦う生徒が沢山在籍しているいるという。
単純な戦闘技術なら他の学校に若干劣るものの、魔法を活用した戦闘においては、このレイファ中央学園が頭一つ抜きんでているという訳である。
「それじゃ、結局俺と殆ど年齢が変わらないんですね?あ、それと。あなたが生徒であることは分かりますが、何故授業が始まろうとしているのに俺に学校の案内をしてくださるんですか?」
「それは……」ここで突然、少女が口ごもる。一体どうしたのだろうと思った瞬間、
ガシッ。
手首をつかまれて、思いっきり引っ張られた。俺は抵抗することもなく、ただただ彼女に任せることにした。何が何だかわからないが、無理に振りほどこうとして怪我をさせるのは俺の本意ではない。
「それに、大事にはならないだろう」
何となくだが、そんな気がした。
彼女の最終目的地は屋上であった。2階、3階、4階……連続して昇っていき、その突き当たりの扉から外に出た。上から見たこの校舎は、予想とははるかに違っていた。石造りの門や塀、そして先ほどまでいた校舎と違い、その裏に隠れるようにして立っていた建物群は、殆どが薄汚れたコンクリートで出来ていた。まずコの字型の大きな建物が自分の今いる校舎に隣接して存在しており、丁度四方を囲まれるようになった広いスペースには、見たことがある植物で覆われていた。更にその奥には細長い建物が何棟も立ち並び、団地のような光景だった。
「はぁ、はぁ……どうですか?凄いでしょう」
振り返って少女を見やると、今まで見せなかったほどの笑顔を披露していた。着かれて息を切らしているのにもかかわらず、その笑みは実に魅力的で、二人きりというシチュエーションもあって並みの男なら「何か」を期待せずにはいられないほどだった。残念ながら並の男ではない俺は、彼女の息が整うのを待ってから質問した。
「で、これがさっきの質問とどういう関係が……」。
「『紅炎の剣よ、天より来たりて我が道を開く力となれ』!!」
少女が謎の詠唱を終えた瞬間、俺の目の前に大剣の切っ先が突き付けられた。
「ふう……あんたに教えてやるわ。あたしは飛田 楓。アレイア帝国立レイファ中央学園第102代目生徒会長よ!」
超展開の連続に、俺は悟った。
前言撤回。大事になりそうだ……。
「あ、あのー……。何故俺にそんな危なっかしいものを向けるんでしょうか」
「……正直、ちょっとは期待してたの。町の救世主っていうんだから、もっと筋肉ムキムキで逞しい男性だってね」
俺がひねり出した質問には、結局よく分からないがかなり失礼な回答が飛んできた。なんだ、この女。生徒会長とか言ってるが、編入希望の男子に対して何たる態度だこの野郎。
「それが、あんたみたいな痩せた男だなんて信じる訳ないでしょ?幾ら肉体強化の魔法といっても、その使い手の元々の筋力が高くなければ話に聞いたような怪力は出ないわ」
確かに俺が習った書物にも、補助魔法はあくまで倍率にしか過ぎないとは書かれていた。使用者の元々の能力が高ければ高いほど、効果も大きく跳ね上がる。1を3倍しても3にしかならないが、10ならば3倍すると30になり、そこには27もの差が生まれる。
「じゃあ脱いでやろうか。俺は着やせするタイプだぞ」こうなれば実物を見せるべきか。そう思い俺が上着を脱いでTシャツに手をかけたところで、楓は顔を赤らめた。
「な、なんでそうなるのよ!そうじゃなくて、もし話が本当ならあたしとここで戦ってもすぐに負けることはないって話よ!!」だったら最初からそう言えっ。
「はぁ。俺がここでお前と戦って、俺に何の得がある訳?言っとくけど損得勘定抜きで喧嘩するのは、嫌いなんだよ」楓の言おうとしてることはまだ分からないが、少なくとも俺を疑っているようだ。そりゃあまさしく無名かつぽっと出の同年代の男が、やれ英雄だ救世主だなどと持ち上げられるのは寓話のような話だろう。ユアもシフさんもえらく人が良いから、俺に騙されているとでも感じたのか?
「簡単なことよ。もしあんたが勝てば……そうね、入学を許してあげなくもないわ」
「ハァ?幾ら生徒会長と言えども、お前に何の権限があって」
「あたしのお爺ちゃんは、この学校の最高権力者よ」
「ってことは……理事長か」俺はついさっき出会った老人を思い出す。
「そうよ。それにあたし自身にも、一時的に試験官と同じ権限を与えられる場合もあるわ」
「なんだ、言ってみろ」
「スカウティングよ。各地にいる有望な子を見出し、うちに入学させる制度のこと。生徒会の役員は全員これを持っていて、才能ある生徒を次々見つけて来たわ。創立当初の初代の頃からね」
つまり、俺の才能が本当かを試すために彼女自ら戦うということか。
「そういう事か。じゃあ俺が勝ったら、問題なくここに入れるってことだな」
「万が一勝てたらね」楓が不敵に笑う。自分の勝利を確信しているようだ。
「……いいよ、その方が手間が省けるしな。あーでも、それだけじゃ喧嘩を売られたお詫びにはならないね。もう一個、俺への見返りを頂戴な」交渉に相手が応じるか、それが問題だ。自分なりにモチベーションを上げる手段がないと、全力を出せない。
「な、何よ」どうやら聞いてはくれるようだ。少し悩んだ結果、当たり障りのないさわやかなものを思い浮かんだ。思いきり歪んだ笑顔を見せつけ、軽く彼女を怯えさせる。うーん、これはこれで可愛い。その状態で半歩下がり、提示する見返りとは。
「下着ちょーだい」
「はい!?」
「だから、下着。ブラでもパンツでもオッケー。俺に勝つつもりなら、承諾しても問題ないだろ?」
沈黙。楓はプルプルと震え、そして叫ぶ。
「アホかーっ!!な、なななななな、何考えてんのよ変態!!」剣が俺めがけて迫ってくるのをひょいと横に躱す。真顔になって、俺はフォローしてやる。
「だって、金目の物を盗るのは駄目だろ。かといってお前を拘束するようなプライバシーを侵害するような願いも俺の主義じゃないし趣味でもない。その上で俺にとって価値のあるものと言えば……お前みたいな美少女の生下着しかない!!」
「うるさい!黙れ!スケベ!!」すっかり顔が真っ赤っかになった楓ちゃん、大剣をぶんぶん振り回す。俺は出来るだけ距離を取りつつ、さらに続ける。
「いやあ、良いスタートダッシュを切れそうだ。爽やかな学生生活、その傍らには女の子の下着……。男のロマンだね!!」
「もういい!殺す!こんな奴速攻で叩き切る!!」ああ、怒った表情も何故か魅力的に思える。一体誰が彼女を怒らせてしまったのでしょう。
「じゃあ決まりだな!俺が負ければ入学は取り下げ、勝てば入学許可と下着!見事に釣り合ってるじゃないか!」楓の激怒を受け流し、俺は喧嘩モードに入る。こんだけ煽れば、行動パターンも読みやすくなっているだろう。
無論、心から下着なんぞ欲しちゃいない。重要なのは相手の行動を制限する事だ。一度守りに入られれば正面から攻め崩すのは難しいので、そもそも守らせないのが俺のスタンスである。ただでさえこちらは魔法が制御できない状況、向こうは恐らく戦闘のプロみたいなもの。心理誘導で少しでもアドバンテージは欲しい。
「……分かったわ。最初から全力で、叩き潰すっ!!」楓も頭に血が上ってきたとはいえ、瞳はまっすぐ俺を見つめていた。いいねぇ、女であるのがもったいないぐらいの闘志じゃないか。
「なら、俺が先制するぜ、っと!」間合いを詰めて、大剣の死角を探す。
(背中側か!回り込んでまずは無力化する!)
大剣はその威力こそ絶大だが、取り回しは難しい。刃の届かない裏側に回れば、隙が出来るはずだ!
しかし、そうは甘くなかった。
「『加速斬』!」
途端、大剣の刃がスライドした。その内部から炎が噴き出し、俺の予想を超える速さで大剣が振り下ろされる。
「ぐっ……!」間一髪で躱し、一度距離をとる。まさかこんな機能があるとは、想定の範囲外だ。
「驚いた?これがあたしの武器、『炎の銃剣』よ!」
騎士の名は伊達ではないということか。しかし幾らなんでも、十数メートルも離れれば攻撃は届かないはずだ。作戦の切り替えを、
「そこなら安全と思った?」楓の声。マジかよ……。
「まあな。少しでも時間を稼げれば、それで……っ!?」虚勢を張りつつ向こうの出方を見ようとした瞬間、両手首に違和感が走る。炎の輪が手首にはめられ、身動きが取れない!
「『火炎手錠』。これでそう簡単には逃げられないよ。さぁ、終わらせてあげるわ」どうやらあっさりと終わるらしい。楓は『炎の銃剣』を真っすぐ構え、再び切っ先が俺に向く。
「せめて、辞世の句をば……」
「安心しなさい、命だけは助けてあげるわ」
駄目か……ちょっとだけ調子に乗って自分の強さを過信した罰だな、これは。せめて目の前の彼女が力加減を誤らないよう祈るのみ、であった。
(なんて、割り切れればよかったんだがな)
どうも俺は、諦めの悪い男のようだ。両手の枷を外す、それさえできれば……!
「『緋砲・爆征波』、発射ぁ!!」楓の詠唱とともに、『炎の銃剣』の先端が展開、砲身がせり出して、炎の奔流が俺に襲い掛かる。
次の瞬間、俺の視界は炎で包まれた。
炎が通り過ぎ、楓は疲労からだろうか地面に座り込んだ。大剣もその形を維持できなくなったのか焼失した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」流石に大技は体力を消耗する。彼女にとって最大級の技を阿陰に披露したのは、何も叩きのめすためだけではない。万が一耐えたとしても戦闘不能なほどのダメージを与えることで、自身の勝利を決定づけることが出来る。この技をまともに喰らって立っていた人物など、同世代にはほとんどいない。
そう、喰らっていればの話だ。
当たる寸前で例の力を発動できた俺は、手枷を破壊し真横に跳んで回避した。全身が軽く炙られたような気がした。そのあとは楓が攻撃の反動で動けないうちに全速力で裏手に回ることで、あたかも自分が跡形もなく吹き飛んだように見せかけた。
「……やって……しまった……そんな……」自らの魔法で俺を殺してしまったのかと思っているようだ。あまりにも可哀想なので、俺はネタ晴らしすることにした。
「おーい、生きてるぞー」
「わぁっ!?」疲れているにもかかわらず、楓はいいリアクションをとってくれた。校庭からは体育の授業中と思しき生徒たちの声が聞こえる。どうやら俺達の戦いがバレてしまったようだ。
「俺は基本女に暴力振るいたくねーし、万全の状態でない相手に止めを刺すような真似も好きじゃねぇ。降参してくれるか?」こうなったら手短に要件を済ませ、退散するに限る。
「わ、分かったわよ。認めればいいんでしょ、認めれば!」ふてくされた口調とは裏腹に、優しい笑顔を俺に向ける楓。良かった、これで何とか一件落着だな。
「疲れてるみたいだし、保健室で休んだ方が良いんじゃないのか?続きはそこでやろうや」親切心で提案してみるも、楓は謎の勘違いをしたのか、
「な、何企んでるのよ!言っとくけど、あたしはまだ本気出してないんだから!少しでも不埒な事やろうとしたら今度こそ泣かせてやるぅっ!」と言い出した。言ってる本人が涙目では説得力がないな、と苦笑しつつ彼女をおぶってやろうとした。まともに立つことすら出来なさそうだし、これなら妥当だろう。
「ほれ、背中に乗っかれ。変なプライドなんてビタ銭ほどの価値もないぞ」
「やっ、ちょっと触らないで、ふぁあっ!」差し出した手を引っ張られ、つられて俺もバランスを崩す。
びたーん、と二人そろって屋上に突っ伏した。
(ったぁ、何やってんだよもう……)と言おうとした。しかし、声にはならなかった。何故かって?
俺の唇が、楓のそれと重なっていたからである。
さーっ。二日連続のラッキースケベに血の気が引いた効果音と思って欲しい。現状を認識したとたん、天使と悪魔が俺の脳内で喧嘩を始める。
「おい、チャンスだぞ!このまま舌を入れつつ、もっとエロいことをやっちまえ!」まずは悪魔選手、堂々のエントリー。
「エロいことってナンディスカ」俺氏、質問。
「とぼけるんじゃねえよ。胸や尻を揉んだり、大事なものを挿入したりすることだよ!」
その情景を一瞬想像し、淫れた楓の姿が脳内に投影される。いかんでしょ。
「馬鹿言ってんじゃねえよ、騒ぎになったらどうすんだ。まずは退いてごめんなさいだろ」ここで天使選手、口が汚いながらも入場。俺の気持ちを代弁する。
「そう言うなって、こんな幸運なかなか無いぞ。そもそもこいつ、半分枯れてるんじゃないかと思うし」悪魔選手、突然俺をディスるという前代未聞の展開。これには天使選手も「まあ、流石にホモ☆ロードに目覚めてもらうと困るしな」と謎の応対!やめてぇぇぇ!!
『という訳で俺達の結論は……』何故か肩を組んだ天使と悪魔、非情な最終宣告を俺に下す。
ふにょん。
右手を楓の左胸へと乗せ、制服の上から軽く揉んでやる。体が軽く跳ねて、重なった唇の奥から甘い吐息が漏れる。
(ああくそ、悔しいけど最高だよ……)
傍から見れば美少女生徒会長がよく分からんヤローに襲われているという最低のシーンだが、もはや俺に正常な判断は出来なかった。右手はより強く彼女の乳を揉みしだき、僅かな喘ぎ声が聞こえる。唇の間から彼女の側へと舌を伸ばし、少女の味を堪能する。目元の涙が水滴となって落ちるのに心が痛むも、もっと彼女を欲してしまう。俺の舌で楓の舌を舐めると、大きく体が跳ねた。そのまま舌を絡ませ、何度も柔らかな感触を楽しんだところで突き飛ばされた。
(ああ、これはせっかくの厚意を無駄にしてしまったか……)諦めかけたその時。
「馬鹿ぁ……」舌足らずな甘ったるい口調で怒る楓。
「ご、ごめん」もう遅いと思いつつ、平謝りする。
「そういうのなら、もっと段階踏んでからしなさいよ、もう……」赤面を隠すようにそっぽを向きつつ、楓はぼそりと何かを呟いた。
「……へっ?」
「何でもない。さ、案内を続けるわよ、藍野阿陰君!」
横に並ぶ楓の表情は、怒っているのでも泣いているのでもなく、ほんの少し、笑っているような気がした。
女心はよう分からん。こういう時に限って天使と悪魔は何も語らないのだ、どうすればいい?
「そういや、お前は何で日本人のような名前なんだ?」話を切り替えてみる。
「あたしにとっては、あんたも同じようなものだけどね」楓は幾分か機嫌を取り戻したのか、茶化しつつも答えてくれた。「うーん、元からこういう名前なのよ。なんて云うか、こう、どういえばいいのか……」
「そうか……。何かヒントになるかもしれないと思ったんだが」
「ヒント?いったい何の」
「この世界についてだ。俺は元の居場所から、ここに飛ばされたんだ」異世界から来たというのはぼかして、説明した。
「飛ばされた?ってことは……あたしと同じだね」
「同じだぁ?」
「うん。あたしが居たのも、こことは違う世界。その世界にある、日本があたしの故郷よ」
という事は、俺以外にもこちらに呼ばれた連中がいるってことか。そのうちの一人が楓という事になるな。
「……それが分かれば話が早い。『護るべき存在』ってのは聞いたか?」
「う、うん。お爺ちゃんも言ってたし」
「お爺ちゃんって、ここの理事長だったよな。一緒に飛ばされたのか?」
「それは……ううっ!」何かを言おうとした瞬間、楓は頭を押さえて呻き声を上げた。
「わ、悪い。無理に答えなくてもいいんだ、それでいい……」彼女は心配だが、一つやるべきことが出来た。
(やっぱり、あの時の老人と理事長なる人物は関連があるのか)
楓を介抱しつつ、俺は出来の良くない頭で考える。ようやく手がかりが見つかりそうだ。こんなもんRPGの導入部で説明してほしいものだが、現実は不親切である。
「とりあえず、一度問い質してみるか」
「……え?」頭痛が治まったのか、楓が俺の言葉に反応した。
……その前に楓をしっかり休ませなくてはな。しかし屋上では風邪をひくかもしれないし、第一人に見られた時かなりメンドクサイことになる。入学手続きも終わってないのにスキャンダラスな噂が流れるのは俺も嫌だが楓にとっても不本意に違いない。
「……他人に見られる?なんか忘れているような気が……」
その忘れているものは、あっさりと向こうから来やがった。
がちゃり。
「あ……」
屋上のドアが開いて、その奥から体操服を着た何人か生徒たちが俺に視線を浴びせる。いや、どっちかというと俺と楓だろうか。屋上の競り合いに気づいて授業を抜け出したらしい。
ここで状況をおさらいしよう。戦闘とその後のごたごたで楓の制服はくたくた、髪も乱れている。対する俺は白T一枚で楓に密着|(しているように見える)、そして彼らにとって俺は見知らぬ男だろう。何より授業中で人気のない屋上に男女がこの有様、思春期の少年少女たちが想像することなどそう多くはないわけで。
結果。
「おおおおおおおお!!」
「先生!先生!変な人が、会長さんを……ああっ!」
「どういうことなんだこれはぁああああ!!」
軽いお祭りと化しました。
「いや、その、これは違うんだ!別にそういう気持ちではなくてだな、えーと……!」何故か部外者の俺が弁明しようとするが、うまく言葉が出てこない。
「……?」一方の楓は状況を呑み込めていないのか、首をかしげるだけだった。どうしてこんなタイミングで鈍感になるかなぁもう!
結局俺の下手糞な釈明で楓が誤解し、更に混ぜっ返した空気はしばらくの間続いた。
これがスケベ心を出した罰か、それとも思わぬ役得の代償かは、今の俺には考える余裕すらなかった……。




