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第六話 優しい美少年と、白くて甘い牛乳羮(かん)

夕食のデザートというものは、時々余ることがある。その性質上余り日持ちしない場合が多く、次の日の食事に活用できない。

つまり、その行き着く先は僕のお腹の中だ。



僕は訳あって、魔法使いの家でハウスキーパーをしている。

今日は咲さんの弟、光くんに急きょバンドの合宿が入ったので、夕食のデザートも一食分余ってしまったというわけだ。


今日のデザートは牛乳羮かんだった。本来牛乳羮は、温めた牛乳に砂糖を入れ、かんてんで固めたものだが、さらに桃の缶詰めの果肉と汁の両方を使ってフルーティーに仕上げた。

自分で言うのもなんだが、なかなかの高評価だった。でも桃缶は全部使ってしまったので、僕は余った牛乳羮だけをタッパーに詰め、仕事終わりに自室に戻ってきた。


さあ、これから一人スィーツタイムの始まりだ。


「ひろきー遅いよ…ずっと待ってたんだから…」

しかしドアを開けた瞬間、僕はぎょっとして立ちすくんだ。誰もいないはずの僕の部屋に、先客がいたのである。

「光くん、どうしたんですか?今夜はバンドの合宿だったんでしょう?」

「うん…でもなんだか落ち込んじゃって…魔法の瞬間移動で帰ってきちゃった…ごめん、勝手に部屋に入っちゃって。ほかのみんなには会いたくなかったからさ…」

「そんなことは構いませんよ。さあ、とにかく座って」

僕は光くんをベッドに座らせると、部屋の隅にある小さなキッチンに立った。そしてポットに水を入れ、スイッチを入れる。それから持ってきたタッパーを取り出してそのふたを開けた。

「俺…ぶっちゃけギターが下手過ぎると思うんだ」

僕が話を振るタイミングを探していると、光くんの方から口を開いた。

「でも光くんの場合、本格的なバンドデビューを目指してる訳じゃなくて、あくまでも文化祭で曲を発表することが目標なんでしょう?」

「うん。だから大丈夫だと思ってたんだよね。俺も。でも、メンバーがみんなうまくてさ、俺は完全に足手まといなんだよ。普段は一緒にばかばっかりやってる奴らだから、余計に置いていかれてる感が半端ないんだ」

「そうですか…」

僕は光くんの話を聞きながら、皿に牛乳羮を乗せた。

「この牛乳羮は、光くんが食べるはずだったデザートなんですよ。よかったらどうぞ」

「わっ、美味しそう!!でも一人じゃ食べきれないから、二人で分けっこしよう」

相変わらず、光くんは優しい子だ。

「ありがとうございます。ではすみませんが光くん、ちょっと盛りつけを手伝ってもらえますか?」

「え?あ、うん、いいけど」

「トッピングを選んで並べてもらえばいいんです。まあ、僕の冷蔵庫の中の余り物しかないので、難しいかもしれませんが」

熟れすぎた苺のかけら、固そうなキーウィたくわん、大きくなりすぎたミント、やわらかい梅干し…。

光くんは少し面食らっていたものの、すぐに手を動かし始めた。

「ええと…こっちは苺、こっちはキーウィをメインにしたよ。後は、ミントをちぎって散らしてみた」

「やはり、いくら形がきれいでも、たくわんや梅干しは混ぜませんよね」

「そりゃ、違う種類が一個混ざっただけで、味がおかしくなるだろ?そんなの入れるより、ふやけた苺を入れた方がよっぽど…」

そこで光くんは、なにかに気づいたように言葉を詰まらせた。

「つまり、大事なのはお互いの相性ってことですよ」

僕はさらに、光くんの背中を押す。

「相性…」

「苺は苺を呼び、キーウィはキーウィを呼ぶ。そしてそれに合う葉っぱを呼ぶ。それぞれの大きさが不揃いであっても、それはたいした問題じゃないんです。相性がよければきっと、作り出された一つのものにも独特のよい味わいが生まれるはずです。それは、バンドでも同じことなんですよ。だって、気の合う仲間たちというのは、同じ種類の果物みたいに一つの味を生むものなんですから」

「同じ種類の果物か…そっか…そうなんだ…」

光くんの顔に、少しずつ明るさが戻ってくるようだった。

「さあ、熱いお茶が入りましたよ。一緒に甘いものを食べましょうか。光くんはどっちの牛乳羮がいいですか?」

「俺はやっぱり苺。このぐちゃっとした感じが俺っぽい」

「そうですか?じゃあ、僕はこっちで」

「いただきまあす…うわあ、うまい」

美味しそうに牛乳羮をたべる光くんを見ながら、僕はバンドをやっていた頃の自分を思い出した。メンバーは全員尖っていていがぐり集団みたいだったが、それはそれでバランスが取れていたのかもしれない。

「広樹さん、お茶のおかわりちょうだい」「いいですよ」

湯呑みから立つ湯気がふわふわと優しい。それに包まれる光くんは、初めて見るようないい笑顔をしていた。



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