表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

大魔法使いと、全魔法会ご飯の友選手権

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉ。これでお前さんの敗けが決まったようじゃの」

その声に、僕は改めて囲碁の盤面に目をやった。

最初の方は互角の勝負だったはずだ。それがじりじりと追い詰められ、いつの間にか打つ手がなくなってしまった。

「参りました」

僕は、いつも通りの悔しさを噛みしめながら、目の前の大魔法使いに向かって一礼した。



僕は今、魔法使いの家でハウスキーパーをしている。目の前にいるこの大魔法使い、透.フォン.バッハじいさんが、どこにも行き場のなかった僕を救ってくれたからだ。だから僕はバッハじいさんには大恩がある。足を向けては寝られない。

しかし、それが勝負となればまた別である。

いったん戦いが始まれば、大魔法使いもハウスキーパーも一人の戦士 に過ぎない。負けたくない気持ちは同じだ。…なのに僕はこのじいさんに一勝もできていない。今のところ、全戦全敗なのだ。

「さて広樹、お約束の罰ゲームと行こうかの」

「…やっぱりそうなりますか…。で、ゲームはなにを…」

「ずばり、わしの、究極のご飯の友制作をアシストすることじゃ」

「…究極の…ご飯の友…ですか?」

僕が目を丸くしていると、バッハじいさんはにこにこしながら長いあごひげをかきまぜた。

「そうじゃ。全魔法会ご飯の友選手権、今年こそは優勝せねばならん。もちろん、魔法は一切なしという決まりじゃ」

「はあ…」

バッハじいさんは多才な人である。ヴァイオリンを弾き、油絵を描き、詩吟をたしなむ。さっき僕と対戦した囲碁だってプロ級の腕前だ。しかし、料理の方はてんで守備範囲外だったはずだ。

なのになぜ今更、未知の分野で優勝など狙っているのだろう。

「今年のご飯の友は、『歯ごたえを楽しむ』というのが課題じゃ」

「やっぱり、漬物系でしょうか」

「それでは芸がないのぉ」

僕の意見をすっぱりと切り捨て、バッハじいさんは背筋を真っ直ぐにして立ち上がった。

「さあ、広樹。選手権までに究極の歯ごたえのあるご飯の友を考えて、作り方をわしに教えてくれよ」

…マジかよ…

心の中で昔の口ぐせをつぶやきつつ、僕はじいさんの笑顔に向かって「わかりました」と答えるしかなかった。



「さてさて、どんなレシピができあがったのかな?」

二日後の昼下がり、この家のキッチンに、白いエプロンを掛けたバッハじいさんが現れた。僕はいつもの私服で相対する。

「いろいろ考えたんですが…『干したけのこの煮物』にしょうかと思いまして」

「なんじゃ、そら…干したたけのこなんぞ、食べれるのか?」

「これがなかなかおいしいんですよ。食材は、干せばうま味が増すものも多いですし」

僕はそう言って、夕べから浸けていた干したけのこをバッハじいさんに見せた。乾いて茶色く変色した干したけのこは、何だか水溜まりに浮かぶ枯れ葉のようだった。

「これがうまくなるのかのぉ…」

まだ半信半疑のバッハじいさんに、僕は包丁を手渡した。

「とにかく、一度作ってみましょう」

じいさんが不器用な動作で干したけのこを切っている間に、僕は人参と油揚げを千切りにした。

「広樹、かなり大小ができたんじゃがの」「食感の違いができて、むしろ好都合です。これを油で炒めていきます」

「了解じゃ」

炒め終わった食材に味をつける。砂糖、みりん、酒、しょうゆ…。僕はその配合を書いたメモをバッハじいさんに渡した。

「味付けはこれでいいと思います。後は煮含めて、水分を飛ばせば完成です」

「わかった。やってみよう」

バッハじいさんが炒めるうちに、なんともいえないいい香りがキッチンいっぱいに広がっていく。少し不安げだったバッハじいさんの顔に、ゆっくりと満足そうな笑みが浮かんでいった。



「今回の全魔法会ご飯の友選手権、優勝者は透.フォン.バッハさんです」

開場に、バッハじいさんの名前が鳴り響く。壇上でトロフィーをもらったバッハじいさんは、いきなりそれを図上高く掲げた。「ばあさん!!今年はわしが優勝じゃ。来年はそんな病気治して、このタイトルを奪い返してみんか!!」

…そういえば、バッハじいさんの奥さんである静.フォン.バッハさんは、去年から病に伏している。僕はまだお会いしたことがないが、料理には誰も引けを取らない強気な人なのだという。

僕はもう一度、バッハじいさんの掲げるトロフィーを見つめた。その美しい輝きが、力となって静さんに届きますように。僕は心からそう願った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ