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第二話  恋する女子高生とフレッシュミルクのちょい苦ココア

 今日は朝からよく晴れている。素晴らしい洗濯日和だ。

 僕は家中のシーツを全部洗い、外に干した。風に翻る洗濯物を見るのは心地いい。自分まで洗われた気分になる。ハウスキーパーとして、達成感がみなぎる瞬間だ。

「……ただ……いま……」

 キッチンで一息ついていると、玄関から小さな声が聞こえた気がした。

―あれ……。

 今はまだ午前中だ。誰も帰ってくるはずはないのだが……。

 立ち上がって様子を見に行こうとすると、キッチンのドアが開いてブレザー姿の高校生が現れた。

「…咲さん……おかえりなさい」

 咲さんは高校二年生。実際の年齢は不公表だ。(まあ、花さんの娘なので、なんとなく察しがつくが)

 顔立ちは花さんに似ていてとても美しいのだが、かなりきつい印象を与える。花さんの顔のパーツを、すべてちょっとずつ引き締めました。みたいな感じだろうか。

 でも、彼女は顔に似合わず内気で繊細だ。しかもコミュニケーションがかなり苦手、つまりコミ症ときている。なので接し方にはいくらか注意が必要だ。

 今も、こんな時間に帰宅した理由を問い詰めたりしてはいけない。僕は、キッチンを片付けるふりをしながら、それとなく咲さんに話しかけた。

「外はどうでした?気温、上がってきましたか」

「あんまり……。風が冷たかった」

「そうですか」

 咲さんは冷え性だ。今も肩をすぼめ、両手をこすり合わせている。

「よかったら、ホットミルクはいかがですか?それともココア……」

「ココアがいい」

 咲さんは即答だった。

「……でも、あんまり甘くないやつ……」

「了解しました」

 僕はホーロー製のミルク用鍋を取り出し、それにココアの粉と砂糖を少し入れた。ミルクも加えて練り始めると、香ばしいココアの香りがふわりと漂う。今まで硬くこわばっていた咲さんの表情が、少しほどけてきたようだった。

「……わたし……付き合ってる人がいるんだ……」

 突然の告白に、思わずスプーンを取り落としそうになる。それを何とか持ちこたえ、僕はできるだけ平静を装った。

「それは知りませんでした。同じ学校の方ですか」

「うん。同じ学年。クラスは違うけど」

「なるほど」

 咲に声を掛けるのは、さぞ勇気が行ったことだろう。いや、待てよ。案外奴は百戦錬磨の遊び人では……。などと妄想していると、突然咲さんが深い深いため息をついた。僕は急に心配になった。

「そのお相手がどうかしたんですか」

「……最近、目を見てくれない……」

「え……?」

「今朝だって、目をそらしたまま話をするから……なんだか悲しくなってきて、一時間目の途中で帰ってきた……」

「……なるほど」

 あからさまな大喧嘩よりも、こんな感じのすれ違いのほうが胸に刺さることがある。

「なにか、心当たりでも……」

「うーん……なんだか、『生徒会長に告られた』って話した後からおかしくなった気がする……ちゃんと断ったって言ったのに……」

「咲さんは、その生徒会長のことはどのように思ってるんですか」

「一般人」

 考えようによっては一番ひどい表現だ。モブや背景と言っているようなものである。

「ちなみにその会長というのは、どんな顔をしてらっしゃるんでしょう?」

 僕がそう言うと、咲さんはその大きな目でキュートなウインクを飛ばす。その方向に、四角い映像が浮かび上がった。

「これはまた……」

 彼は『一般人』などと言える代物ではない。鼻筋の通った究極のイケメンである。しかも『生徒会長』というキラキラな称号がついている。

「うーん……。咲さんが付き合っている方は、きっと自信をなくしているんですよ」

「自信を?どうして?」

「『咲さんは、イケメンの会長に心を動かされたに決まっている。自分より、会長のほうが咲さんにはお似合いだ』といったところでしょうか」

「そんなの被害妄想だ。わたしはあいつの方がずっと好きなのに」

「男というのは、結構小心者なのですよ」

「じゃあ、わたしはどうすれば……」

「正直に、『好きです』と言ってあげてください。それが一番です」

「そんなこと……恥ずかしい……」

「言ったこと……ないんですか?」

「ないよ。あいつに『つきあってください』って言われた時、『うん』って言っただけ」

 なんと……。これでは男も自信をなくすというものだ。

「いいですか、咲さん。これは、愛を取り戻す呪文なんです。でも魔法ではないので、過去に人間と魔法使いの間で取り決められた法に違反しているわけではありません。この呪文は、『す』『き』『で』『す』この四個の文字を、この順番で言えばいいだけです。」

「四個の文字……」

 咲さんは頬杖をつき、遠くに視線をさまよわせている。僕は鍋にカップ一杯分のミルクを注ぎいれ、コンロに火をつけた。

 ゆっくりゆっくりかき混ぜながら、僕は遠い日の恋のことを思った。僕と一緒に無茶をしていた女の子や、僕を止めようとしてくれた子……みんな元気かな。たまには僕のことを思い出したりしてくれているのだろうか……。

 出来上がったココアを、少し大きめのマグカップに注ぐ。そっと咲さんの前に置くと、彼女はマグカップを両手で抱え、それを少しずつ口に運んだ。

「わたし、学校に行ってくる」

 ココアを飲み干すと、咲さんはいすから立ち上がった。

「あいつに言ってくる。……四文字の呪文……」

「はい。成功をお祈りしています」

 咲さんを見送ってから、僕はもう一度キッチンへ戻った。四文字の呪文とは縁遠い自分も、温かいココアを一杯、飲みたくなったのだ。

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