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御華詩Garden  作者: nakoso
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6/7

Ga-Raku-Ta<side-A>


 自分の余命が短いという事は、たとえ私じゃなくてもわかる事であり、しかしそんな私の気持ちを一体誰と共有できるだろう?

 最初は小さな病院で診察してもらった。結果、大きな病院を紹介してもらう事になって再度診察。そして入院、手術。

 手術は成功したと言っていた執刀医の笑顔は、どこか悲しげだった。どうやら私の心臓はどんな手術を施したところで、延命処置しか取れないそうだ。注射による薬剤の投与。ベッドの上で送る単調な生活。食事の方は、さすが大学病院、おいしいものばかり届けてくれる。

 なのに今の私は、そんな食事を舌で楽しむほどの余裕がない。毎日のように見舞いに来てくれる母親に感謝はするけれど、本音を言ってしまうと、もう放っておいてほしかった。無理に笑ってくれる母親の腫れた目を見るのも、それに笑って応えるのも、もう疲れた。

 いっそ。

 すぐに死ねれば。

 何度も繰り返したため息と想像。そうすれば、母も父も楽になれる。むしろ、それを望んでるのかもしれない。弟が一度も私の所に来ないのだって……

 家族を責め立てるつもりはない。だけど、私の心に生まれた真っ暗な闇が身勝手なエゴに拍車をかける。親をなじりたくなる。窓辺の花瓶を床に投げ付けたくなる。

 日に日に。嫌いな自分は大きくなる。

 今は、まだ大丈夫。

 だけどこれからずっと、もう一人の私を抑え続けられる自信はない。

 そんな事を考えていると、看護婦(と言っちゃいけないか。女看護士)が検温のために部屋に来た。六人部屋のうち、埋まっている五つのベッドを回り、患者に体温計を渡しながら努めて明るく会話をして、用を済ませたら帰って行く。彼女らとどんな会話をしたか、まったく気にかからない。彼女らにとって、私たち患者はどう映って……

 ……抑えろ。彼女らだって一生懸命接してくれてる。

 暴走しそうになる思考を頭を振って追い出す。枕元にある置き時計を見ると、まだ昼までに時間がある。落ち着かせる意味でも、空気を入れ替えよう――気分転換に、私は中庭へ出る事にした。

 入院生活に必要なものは大方手に入る売店の前を通り抜け、窮屈そうなガラス張りの喫煙スペースを横目にしながら、病棟のロビーを出る。

 外はいい天気だった。抜けるように、どこまでも澄んだ空には雲はなく、空気は暖かく優しかった。目の前には緑が、風に押され揺らいでいた。

 病棟前に広がる中庭には、ベンチの並んだ広場がある。そこはまるで別世界で、時間の流れがそこだけ違う。そよ風に揺れる葉擦れがカーテンになって、空間を閉じ込めているかのように。

 そしてそのせいか、1人ベンチに座っている彼がまるで絵のように――そう。まるで絵の中に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚えたのだ。

「何ですか?」

 15,6歳くらいの彼は立ちすくんだ私に、たった一言だけを投じた。現実に引き戻された私は何のつもりもなく、彼の手元を指した。

「ケータイがどうかしました?」

「違う。右手の方」

 彼は苦虫を噛み潰し、メールを打っていた左手を下ろす。右手にはまだ火を点けたばかりのタバコが煙を揺らせていた。

「別に咎めようとしてるんじゃないの」

 そっぽを向いた彼をなだめる。

「ただ、どっか病気ならと思って」

 ロングスリーブシャツとスウェットパンツという楽そうな服装から、彼が入院患者だと推測した。

「盲腸です、ただの。タバコとは関係ありません」

 ぶっきらぼうに答え、彼はケータイを握ったまま左手中指で頭を掻いた。何度も繰り返したセリフなのか、まるで棒読みに聞こえる。

「一週間も入院ですよ? タバコだって吸いたくなる」

 そういうものなのか考えてみたが、27年間ずっと無喫煙だった私にはさっぱり。

「誰かの見舞いですか?」

 視線が返って来た。

「まさか」

 苦笑する。上下にスウェットを着て、まともなメイクもしていないというのに。

「ここ」

 彼が、ベンチに空いた隣のスペースをケータイの頭で小突く。

「座りませんか? 話し相手がいなくて退屈なんです」

「年上の女をナンパ?」

「まさか」

 と私の口真似をした後、さらりと彼は言う。

「余命幾ばくもなく、生きる事を放棄しかけてる」

 驚いて、私は言葉を失くした。表情が失せ、頬の筋肉が強張るのがわかる。横目で胸の中を見透かされた――?

「……会った事ある?」

 真っ白の頭から零れた問い。つまらなそうに、彼はタバコを吸った。

「まったくの初対面です」

 その口から吐かれた煙がそよ風に舞う。

「じゃ、どうして?」

「説明するの、面倒くさいし苦手なんです。わかる、という事だけわかってください」

「エスパー?」

 言ってから、我ながら稚拙な言葉だと思った。彼も同じ感想を抱いたのか、鼻先で笑う。

「ただの盲腸風情が、とか思うかもしれませんけど――余命を知って、どんな気分ですか?」

 彼の超能力(?)について聞きたかったけど、たった一つの質問ですべてが白けて見える。

 私は空を見上げ、ツバメを2羽数えてから彼の顔を見た。相変わらず、つまらなそうにタバコを吸っている。

「全部、真っ白になっちゃったみたい」

 答えは自然と口から出た。

「何もする気が起こらないのよ。だから、こうしてあなたと話をしてる」

「ふぅん」

 鼻を鳴らして、彼はおもむろに言った。

「それじゃ、かわいそうだ」

「…………ん?」

 天気の話でもしてるような口振りを何度か頭の上で繰り返したが、理解できずに終わる。

「私の事?」

「高校生の頃の夢って憶えてますか?」

 私の語尾に彼は語を重ねた。

「夢って?」

 ふぅ――吐いた煙はため息に思えた。

「あなた自身が描いていた夢です」

「もう忘れたわ」

「じゃ、思い出してあげてください」

 足元に落としたタバコを踏みつけて、彼は立ち上がった。

「あなたの未来は、あなたの過去の延長なんですよ。今のあなたはその間にいる。過去を未来につなげるのが役目なんじゃないかと思うんです」

 そよ風が少し強く吹いて、木々が騒ぐ。別れの言葉もなしに立ち去ろうとする彼に、私は質問した。

「残りの時間で間に合うかしら?」

 4歩で立ち止まった彼は振り返ると、事も無げに言ってくれた。

「がんばればいいだけです。時間は、まだある」

 元気付けているのか突き放しているのか、その口調からはわからなかったけど、その時に初めて彼の笑顔を見た。

「もし見つけたら、拾ってあげますよ」

「そうしてやって。きっと迷子になってるだろうから」





 ……これが、自著の創作に取り掛かったきっかけ。

 私にとって、それは不思議な体験だった。

 けれど彼との出会いはとても大きく、私に力を与えてくれたのは疑うまでもない。

 盲腸風情の彼とはこれっきり、二度と会う事はなかった。せめてもう一度会いたかったんだけど。












 生きる勇気ではなく、時間を活かす契機をくれた彼に。

 この本を捧げます。











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