スナオ/Monthly/スガオ
いつだって寝覚めがいいのが自慢。
日曜日のa.m.9:00――鳴る寸前に目覚まし時計を止めた。
しゃかっ! とカーテン開けて取り込む午前の陽射し。ベッドでうめいて寝返り打った、その背を揺らす。
キミは不機嫌に鼻を鳴らして、背中を丸めた。
あと5分……
抱えた掛け布団に埋めた、くぐもる声。
八つ当たり気味に背中を叩いても反応なし。
あきらめてキッチンへ。
フライパンを左手に、右手には卵を2つ。
かつかつとコンロの火を付けて、熱したフライパンに油を敷く。左右の手でそれぞれ割った卵は、フライパンに落ちるなり寄り添った。
じゅわわわわ。
弱火にしてフタを閉じる。
冷蔵庫から取り出した牛乳をコップに注いで一気飲み。
ぷはーっ。
牛乳を戻したところでベーコンとご対面。
おはよう。いるなら言えよ。ベーコンエッグにしてやったのに。
冷蔵庫に放置して、フライパンのフタを開けばいい塩梅。水を注いだら、じゅわわじゅわわ。湯気ごとフタで閉じ込めた。
さて。ここで取り出しますはヤマ○キの6枚スライスパン。残り2枚なり。
にやり。
黄身が白くなった目玉焼きを挟んで、いただきます。
3口目で黄身が潰れて。
4口目で指先の黄身を舐め取って。
6口目でキミが起きた。
膨張した頭を掻きながら、ギリギリ開いたまぶたで見たのはパン袋。ついさっきから燃えないゴミ。
そんな目で見たって知らないよ。起きないキミが悪いんだ。
ふてくされたキミはテレビを付けて社会情勢を見つめるけど、大してキョーミがないって、アクビが即証明。
満腹感をみぞおちに見付けて、残ったパンをキミにお届け。
「食べる?」
つまんだパンにかぶり付いたキミは犬に似てる。
気紛れで寝癖の似合う、飼い慣らすには少しばかり手に余る犬。
キミの頬についた黄身をキスで拭った。
「朝イチバン、モーニングクーイズ!」
「ねむ……」
「今日は何の日でしょう?」
「ねむ……」
「何の日でしょー?」
「ねむ…いたいいたい」
頬を引っ張って横に伸びる顔。
今日は2月、第3日曜日。
寝惚けたまんまキミが言う。
「1年記念日?」
「それは先週」
「同棲半年記念日?」
「それも先週。しかも同じ日」
「んー?」
「忘れた?」
「忘れてないッス」
キミは壁にかかったカレンダーを指差すと、またアクビした。アートだとか言ってキミの買ったカレンダー。アートが何なのかなんてわからないけど、今日の日付に入ってる赤い星はわかる。
「準備すっかあ」
大口開けて背伸びするキミに頷いた。
半分眠ったまんまのキミと並んで歯を磨く。
青いハブラシと白いハブラシ。
しゃこしゃこ。しゃくしゃく。
2つの顔が映る鏡がスキ。
キミがいつも、めいっぱい歯磨き粉を使ってくれるおかげで、チューブの残りを気にするようになった。
チューブの絞り方が上手くなったよ。
キミがトイレに入ってる間に着替える。ジーンズとパーカー。一緒に暮らし始めて半年経つけど、着替えてるとこを見られるのは気恥ずかしいから。
パンツ一丁でウロウロするキミは笑うけどね。
顔を洗ってから、キミとトイレ交代。
「ちょっと待った」
キミが差し出したトイレットペーパーを受け取って、いざ引きこもり。
なるほど。確かに半分しかない。
でもそんなに使わないってば。
活躍を次回に見送られたトイレットペーパーが不憫に思えて、こもってる間ずっと持っといてあげた。
トイレから出たら、鏡の前で首を傾げてるキミがいた。
「どうしたの?」
「ヒゲって剃るべき?」
「いいんじゃない?」
「……それってどっち? 剃っていいの? 剃らなくていいの?」
「剃らなくてもいいんじゃない?」
「了解」
そういって着替え始めたキミは、ひょっとしてずっと考えあぐねてた?
呆れた。
ジーンズにウィンドブレーカーを羽織ったキミと戸締りを確認して、外に出る。
あっぱれ快晴、青い空。
どこまでも抜けて広い蒼。
手をつないで歩く道はぽっかぽか。
遠回りして、公園に寄ってみよう。
あ、キャッチボールしてる。
最近見ない風景だな。
キャッチボールしてた?
サッカー少年だったんで。
初耳。
言ったじゃん。
憶えてないよ。
……そっスか。
髪、伸びたね。
んー、そう?
クセっ毛だからわかりにくいかも。
髪、下ろした方がいいんじゃね?
んー、そう?
そっちのがスキ。
じゃ、下ろそう。
先月、土曜日の深夜。
キミとケンカした。
どっちが吹っかけたかなんて憶えてないし、何がきっかけだったかも忘れた。
今までで一番でかいケンカだったね。
キミは外に出る時に大きな音でドアを閉めて、ベッドに伏して泣く恋人を振り返りもしなかった。
別れようと思った。
キライだと思った。
事故って死んでしまえと思った。
ホントだよ。
泣いて、泣いて、枕を投げて、泣いて、泣いて。
キミの大切なパソコン、壊してやろうって決心した。
目覚まし時計を右手に、パソコンの前まで行ったんだ。
あの、写真を貼ったディスプレイを見て。
あの、L判サイズに収まった2つの笑顔を見て。
あの、2人暮らしをスタートした日の写真を見て。
もしもキミが事故ったら。
事故りはしなくても、このまま帰って来なかったら。
そう考えたら、時計を投げ付けられなかったよ。
写真の2人が笑うから。
1人じゃこの部屋は広いから。
キミをウソにしたくないから。
ホントでいてほしいから。
そしたらまた泣けて来た。
泣いて、泣いて、ごめんねって言って、泣いて、泣いて。
後ろから抱きしめてくれた時、いつ帰って来たのかわからなかった。
そんなのどうでもよかった。
ごめん、ってキミが言って。
ごめんね、って言い返して。
もうどこにも行ってほしくなくて、キミを押し倒した。
気付けばもう朝で、そんな時間まで求め合う事に慣れてなかったキミは、照れて、笑って、
「外、歩こうか」
お風呂に入って、湯冷めするといけないからと心配したキミがマフラーを巻いてくれた。
その手が。
めったに見せない気遣いが。
うれしくてうれしくて、すぐに外を歩きたくなった。
1月。午前の風はすっぴんの顔をさらっと撫でて、ボクはキミの手を握った。
キミとならすっぴんでも大丈夫。
でもやっぱり恥ずかしいから、月イチにしよう。
毎月第3日曜日の午前中。
すっぴんで散歩しよう。
キミを大切に思えた朝だから。
スガオでスナオに。
これからもよろしくお願いします。
今日は2月、第3日曜日。
散歩がてら、歯磨き粉とトイレットペーパーを買った。
歯磨き粉は2本。
キミはこれからも、めいっぱい歯磨き粉を使うから。
恋人たちの恒例行事のお話。周りから見ればどうでもいい事でも、2人の間では大切だったりするのです。
ね?(何




