猫じゃらしにじゃれつくのは心持ちが好い。
「うおおおぉぉぉ!!?」
ビニール袋を地面に落とし、眉間をおさえ呻くおっさんのなんと哀れなことか。
通りすぎる人間達はそんなおっさんを怪しげな目で一瞥し、足早に去っていく。
「ぉぉああ‥‥‥」
未だ呻くおっさんの眉間は赤くなっており三本の引っ掻き傷ができていた。
「ニャー!」
(ざまあみろ!)
斑は、おっさんが地面に落としたビニール袋を口にくわえると走り出した。
「ちょっ、待て!!返せ斑!!」
待つわけがない。この中にカロリーメイトチーズ味が入っているのは、パンを袋から引きずり出した時にすでに確認済みだ。
オレがガキの頃、オレに狩りの仕方を教えてくれた猫がいた。「二兎を追うものは一兎も得ることはできない。欲をだしすぎるな」そいつはオレにそう言った。
アンタが言ったことは間違っちゃいねぇ。だがな、それでもう一兎を諦めるってのは保守に回るしかねぇ爺の考え方だ。
オレは一兎を確実に仕留めてからもう一兎を追う。オレにはそれが出来るだけの実力があったし、そこで負うかもしれないリスクも覚悟のうえだ。
そしてオレは今、二兎を仕留めた。猫じゃらしにじゃれつきたくなるような浮かれた気分を抑え込み、よりいっそう四本の足に力を込めた。
その足で地面を蹴りあげれば、斑の体は飛ぶように前へ前へと進んでいく。
行き先は考えていない。
ただこの口にくわえた獲物をゆっくりと味わえるような、静かな所へ。右へ左へ、塀を飛び越え進んで行く。
静かな場所で、斑が一番に頭に思い浮かべたのは一つの寂れた神社だった。あそこなら、誰もいないだろう。
ふと立ち止まって、アスファルトの地面を足で撫でた。
ついこの間までは飛び上がるほど熱かった地面も、野良猫生活で固くなった斑の肉きゅうを焦がすほどではない。喧しく鳴いていた蝉の声も何時の間にか聞こえなくなっていた。
空を仰いでみれば、うっとおしい夏の太陽が暮れかかっている。
ああ、そろそろ‥‥‥
夏も終わるのだろうか‥‥。




