表だけのコイントス
気まぐれで書いた作品ですが、呼んで頂ければ幸いに思います。
「賭けをしないか? このコインを俺が投げる。もし表が出なかったらお前に5万円くれてやる。でも、表が出たらお前から1000円いただく。どうだ? 乗るか?」
居酒屋に一人でいた時、突然男から持ちかけられた勝負。懐の淋しかった俺はその旨い話に興味を引かれた。そして同時に、警戒も覚えた。
「……そのコイン確認させてもらっても良いか?」
「構わないぜ」
奇麗なコインだ。表には花の絵が描かれ、裏は無地だ。とくに細工などは見受けられない。――ならこの勝負、悪くない。男は随分と自身のコイントスに自信があるようだが、投げる瞬間に軽く妨害をしかけてやれば確率は五分五分でしかない。
そう思い、心を決めた。
「……よし乗った!」
「じゃあ行くぜ?」
投げられたコインは、数回テーブルの上を跳ね――裏で止まった。バランスを崩したフリをしてテーブル揺らしたのが功を奏していた。
「よしっ! じゃあ5万円もらうぜ?」
「なに言ってるんだ? 出たのは表だぜ? このコインは無地の面が表なんだよ」
「はぁ!?」
意気揚々と言い放った言葉は男のハチャメチャな言い分に撥ね除けられる。――いや、よくよく思い返してみると、確かにどちらが表かなど聞いていなかった。でも、普通に考えれば絵の描かれた面が表だと思うだろうが!
くそっこの男、コイントスに自身があるだけでなく、予防線まで張ってやがった。だが、次はない!
「いや、わかった。1000円払おう。――ただし、同じ賭けもう一度だ! もちろんお前が言うように無地が表、花が裏でだ!」
「……仕方ない。あと一度だけだ」
男が苦々しく言い放つ。
「構わない。早く投げろ」
「……じゃあ行くぜ?」
投げられたコインは、先程と同じように数回テーブルの上を跳ね――妨害も功を奏し、今度こそ間違いなく裏で止まった。花の描かれた面が上になっている。
「よしっ! 今度こそ俺の勝ちだ! 5万円貰うぞ!」
と言っている間に、男はなぜかコインを再び投げていた。数回跳ね、コインは無地の面――表を上にして止まっていた。
「おい、なにやってる」
「なにやってるって……賭けだけど?」
「賭けは俺の勝ちだったろう。勝手に降り直して結果を捏造するな!」
こいつ、結果が気に食わなかったからと言ってやり直そうとしやがった!
だが不正をしようとした男は涼しい顔で言い返してきた。
「いや、捏造なんてしてないぞ。お前こそ何を言っているんだ? 賭けはまだ続いてただろ。――だって、『投げるのは一回だけ』なんて一度も言ってないんだから。表が出るか、出ないかっていう賭けだったろ?」
……。
「ぅがーーーーーーっ!!」
……その後の事は良く覚えていない。酒が入っていたし。
ただ確かなのは、どうやら警察にしょっぴかれたらしいということだけ。あとから居酒屋の店主に聞いたところ、酔っぱらいの乱闘騒ぎという扱いになっていた。
そして、財布の中身。――なくなっていたのは2000円では済まない額だった。
もちろん勝ったのは俺でも、そしてあの男でもない。
……『賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する』。
――つまり、賭け事はやっちゃだめってこと!
最後まで読んでいただきありがとうございました!