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私立神鳴高校は、海岸線を走る電車に揺られ40分、最寄り駅の曇天駅に着き、そこから坂を上る事10分、来た方角を見ると青海が望める田舎の一等地に 構えれている。


今の時刻は8時10分。入学式は9時からだが クラス分け? が校門の掲示板に貼り出されている為か、新入生とおぼしき一団が蔓延っている。


俺は人混みに内心ビビりながらも


『ここで誰かと話す訳じゃない、勝負は教室に入ってからだ』


と、全然前向きでも何でもない事を念じて掲示板の前まで足を運んだ。


早く立ち去りたい一心で自分の名前を探す。程なくしてC組の所に『太田紅藍』とあった。


そうして立ち去ろうとしたが、ふと幼なじみのクラスが気になったのでもう一度掲示板を見た。


C組までには無かったなと思って目を進めていると、E組の所に『御巫麗』の名前はあった。


当然の事ながら他に知っている人はいないので、今度こそ掲示板から離れた。


教室に向かおうとしたが、


『まだ時間はあるし少し気合いを入れ直してから臨もう』


とまたしても妙なチキンを発動させた。


リラックスするためにはやはりホットコーヒーが一番だ。購買の位置を真っ先に確認しておきたいしな、と後付けで自分を正当化させ購買を目指す。


敷地のほぼ中央に位置する建物に神鳴高校の購買はある。ちなみにこの建物には他に保健室や視聴覚室、放送室、そして図書館が併設されている。


閑話休題。


購買についた俺はドリンク棚をみて驚いた。


春先にもかかわらず『あったか~い』の表記でおなじみのホット棚が あるではないか。


テンションの上がった俺はすぐさま『MANDAの朝撃ち』を手に取りレジに向かう。


そしてもう一度驚く。


レジの横に肉まんのホット庫が置かれていてしかも!中にはちょうど良い頃合いの肉まんが入っているではないか!


ダメだ、これはもう買うしかない。と思い足早でレジに行きおばちゃんに声を掛けた。


「肉まんひとつ。いやぁ、それにしてもここの購買はかゆいところに手が届く事してくれてますね~。俺、毎日来ちゃいそうですよ」


テンションが上がったため、ついニコニコしながら話しかけてしまった。


だが嘘偽りない賛辞なので、常連になるならスムーズに会話が出来るくらいの仲でいる方が好ましいかと判断し、そのまましゃべりかける俺。


「コーヒーは各社の売れ線入っていて季節問わずホットで飲めるみたいだし、パンだと気が重くても肉まんだと食べたい、って時ありますもんね。まぁコーヒーはたまにカップにするかもですけど…ほんとここの購買に惚れちゃいそうですよ~」


「あんたよく分かってるね!あ、お金は200円だよ。うちは缶が100円、ペットが120円でやってるからね」


そう言われ財布からお金を取り出す。良心的な値段に感心しながら500円を渡した。


「初めてってことはあんた新入生だね?ここはあたしの嗜好がもろに出てるからさ、褒められると嬉しいんだ~。はじめでこんな趣味嗜好が合ってるって思って貰える人は今までいなかったしさ。ほんとにありがたいよ!キミ、名前は?」


そう言って手を差し出してきた。…その人はよく見なくてもとても綺麗な人だった。


ウエストの辺りまである真っ直ぐな黒髪。前髪は分けてピンで留めている。はきはきとした気質に似合わずたれ目がちな大きな瞳に、すらっと通った鼻に薄めの唇。化粧はナチュラルな感じでしているようだ。身長は160cmくらいだろうか?白のブラウスに黒のスラックスとシンプルな服装の上に、チャコールグレーのエプロンをしていた。


「どうしたのさ?あ、私の名前だね?私はしおってんだ。紫にいとへんに者でしお」


紫緒さんに見とれて無言だった俺だったのだが、どうやら勘違いして受け取ったようだ。


「あ、すみません。そういう訳じゃなくて…綺麗な人だなって、思ってたんで。あ、名前ですよね。俺、太田紅藍って言います。太いに田んぼの太田に…ちょっと恥ずかしんですけど、紅に藍色の藍でくれあ、です。」


改めて口に出すと恥ずかしくてしょうがない。


「紅藍、ね~…」


紫緒さんも珍しい名前だからか何度も俺の名前を繰り返し呟いている。よく見ると少し顔が赤くなっている気がする。気になったので聞いてみた。


「紫緒さん、さっきより少し顔が赤い気がしますが、どうしたんですか?大丈夫ですか?」俺の言葉に紫緒さんは慌てるようなそぶりをしたが、


「名前言う前に、綺麗だって、言っただろ?普段そんなこと言われないから、なんか恥ずかしかったんだよ!」


と照れながら言った。


それを聞いた俺も、自分の発言を思い返し恥ずかしくなったが、お互いに隠し事を出来そうにない性格みたいだと、改めて考え方が似ている気がした。


お互い気恥ずかしくなって黙っていると、沈黙に耐えかねたのか紫緒さんが口を開いた。


「なんかしゃべってくれよ。さっきまで気軽に話しかけてくれてただろう?こうゆう空気嫌いなんだよアタシ」


「えっと、実を言うとさっきまで、紫緒さんの顔を見るまで、購買で働いてる人だからおばちゃんだろうと思って、テンション上がった勢いで話してまして…。予想外のことすぎて、なんて言うか、さっきの言葉も取り消したい気分でして…」


「なんだい、お世辞言ってたのかい?アタシはあんたが話しかけてくれた時からずっと嬉しい気分だったんだけどな」


紫緒さんはそう言って少し寂し気な表情を浮かべた。


「いや、そんなことは!口をついたのは俺の本心ですし、そこにお世辞とかはなくて。取り消したいと思ったのはおばちゃんと思ってしゃべりかけて失礼だったかなとか、ちゃんとした形でお知り合いになりたかったとか、そういう思いから来た言葉でして、ハイ」


そう一気に捲し立てた俺を見て、紫緒さんは安堵の表情を浮かべた。


「アンタやっぱり恥ずかしいことをすんなり言うね。でもなんだ。そういうことなら気にしなくていいよ。アタシはこんなに良い出会い方そうそうないって思えてるから、さ。だからこれからも贔屓にしてくれよ」


そう言って紫緒さんはおつりの300円を差し出してきた。確かにこんな出会いは初めてだ。やはり義務教育課程を出たからこそ成り得るシチュエーションに思えた。


「惚れるのは購買だけで済むかどうか…」


と思いながらおつりを受け取る俺。


「バッ、…はぁ、いいや、自覚なさそうだし。とにかく、よろしくね、紅藍」


紫緒さんはそう言っておつりを受け取った俺の手を両手で包み、握手を交わした。


手を解くと、少しだけ頬を朱に染めながら商品を渡してくれた。


「こちらこそよろしくお願いします。お仕事がんばってくださいね」


そう別れのあいさつを告げて、名残惜しみながら俺は購買をあとにした。





この時期に大好きな朝セットを食せるとは思っていなかった。紫緒さんに感謝しながら


「いただきます」


と某マンガの真似をして肉まんにかぶりついた。


俺が紫緒さんのトリコになったりしてな。とか考えて歩いていると、入り口の掲示板が気になり、ふと、足を止めた。


俺はビニール袋から缶コーヒーを取り出しフタを開ける。コーヒーに口をつけながら掲示板を眺めると、左隅に奇妙な張り紙を見つけた。





一段目


明日を思う。


今日と昨日は必要ない。


自分の未来を信じろ。


物事を放置してはいけない。


明日への課題を持て。


その課題が後の己を造る。


自身の可能性を放棄するな。


座右の銘が『人生送りバント』。


主役になれないなら室内で閉じ籠もってる方がましだろう。


潔い生き方として誰かに共感されるかもしれない。


そんな仲間と共に輝く未来があるかもしれない。

負の思考でも可能性とは尊いものなのだ。



二段目



秘めた夢 誰にも知れず 燃やす火は 希望で未来あすを 照らす灯台


我が手には 昔のままで 会える友 褪せぬ思ひで 尽きぬ語らい


宵の暮れ 独り集中 文字綴る


苦しくて 一人に慣れた 成れの果て 作家気取りで 文字を編む今日


愛ことば いつかといわず いつもの言葉


快く 麗し君の 心良く 蝶よ花よと 皆奉り


あれが欲しい これも欲しいと 甘やかし 出来た大人は 何も出来ない


キミが為 心を尽くした おもてなし


先達の 匠の技巧 冴え渡る


友人と 本音と酒を 酌み交わす



一段目はポエムのようなもの、二段目は歌や川柳のようだ。


自分でもなぜだか分からないがその紙をずっと眺めてしまっていた。


誰が貼ったものかも、貼り紙の意図も理解できなかったからかも知れない。


こういう貼り紙は暗号が隠れてあったりするのが鉄則。


某作品では友達を作ろうと呼びかけて美少女ばかりが集まりハーレムを造るという、なんともはがない…、基、なんともはがゆい、リアルであったら許し難くも羨んでやまない状況があるかも知れない。などと妄想しつつ貼り紙を眺めていると…。



明日の放課後 放送室に来い

友達が欲しい人集まれ



…暗号じゃね!?ありきたりで安直な解読法の、暗号じゃね!?


とテンション上げる俺。


てか、明日っていつだよ!?これいつから貼ってんだよ!?貼り主はいつも放送室にいるってことか?!

と更にツッコミを入れる俺。


キーンコーンカーンコーン


そうやって色々考えていると予鈴が鳴り始めた。


俺は朝食をゴミ箱に捨ててそそくさと教室を目指した。


それにしても、と俺は考える。


入学式を迎える前から気になることが二つも出来るとは。高校生活上々の出だしだな。


内心ほくそ笑みながらスキップを踏む気分で進む俺。


そうして賑やかな声の聞こえる教室へ踏み込んだ。


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