人前で心臓を齧るのはマナー違反です
意外にも、私とアンジュハレムのPTは上手くいっていた。
ことあるごとに私にケチを付けようとするヘタレ王子や、さりげなく嫌味を言ってくる腹黒弟や、ただひたすら恨みがましそうな目でじっと見てくる真っ黒黒助を無視すれば。なんとか表面上は冷静に受け流しているが、正直ストレスで胃がマッハである。なんだかシクシクいたんでいるような気すらしてくる。
「大丈夫ですか?」
顔色が悪かったのか、そう心配そうに聞いてくるアンジュだけが救いだった。そのアンジュがこの針の筵のような状況の原因であるわけだが。間違いなく男達の態度の原因は彼女にある。彼女のことが好きなのだろう。彼女に近づく者が許せないのかもしれないが女の私すら威嚇するあいつらは正直ヤンデレではないだろうか。
そしてその後ろで他の男達を小馬鹿にしているかのようにニヤニヤ笑いつつ、こっちをちらりと見たチャラ男はにっこり笑って口パクで何か言っているが私に読唇術の心得はないのでよくわからない。しかし非常に腹が立った。
「大丈夫です。アンジュさんも怪我はありませんか?」
なんでもないように取り繕ってからそう笑っていえば、ふわりと嬉しそうに笑いながら大丈夫です、という彼女が段々妹のように思えてきた。自分にいたのは弟だったが、妹がいればこんな感じだったのだろうか。実に愛らしい。男達がふらふら彼女に近づいていくのもわかる。
「あ、ここ、怪我をしています。」
そうアンジュが指摘した腕を見れば、うっすら赤い線が走っていてわずかな痛みを伝えてくる。小さすぎて気付かなかった。HP的にはまだ全然問題ないので放置しても構わないだろう。そう判断して大丈夫、と返そうと思ったが何を思ったのかアンジュは私の腕を手に取った。
「『彼の者に女神の祝福を』」
光が溢れ、私の手の傷を跡形もなく消した。一番最初に使える初級回復魔法だがその魔法はスキル使用で多少減っていた私の体力を完全に治していた。思っていたよりも優秀な僧侶なのかもしれない。
「ありがとうございます。」
言ってから、ふと周りの視線に気付く。ヘタレ王子の視線だけで人が殺せそうなほど殺気の籠った眼光と、にこにこ笑いながら手に持った弓をギリギリと握りしめる腹黒弟。真っ黒黒助はどす黒いオーラを出しているかのようにすら見える。そんな中、チャラ男のどこか微笑ましいとでも言いたげな顔がそこはかとなく苛つく。絶対に傷を受けないように注意しよう。そう決意した。
階ごとのボスも順調に倒していき、その後特に何の怪我もなく最下層へのテレポーターまでくることに成功した。何度もドラゴンとやりあったのに一個も心臓が出ていない。お腹が空いてきた。HPはまだまだ平気だが、いい加減精神(胃)が限界だ。なんだか男を嫌いになりそうになるほどの空間から早く逃げたいものだ。さっさとボスを倒してしまいたい。
パッシブスキルなどの入れ替えをしていれば、アンジュが範囲回復魔法を使ってくれる。ボス戦前の準備、ほかのメンバーの回復を兼ねているのかもしれないが正直有難かった。回復魔法を使うのが勿体ない程度とはいえ、HPが減った状態でボスに挑むのは正直勘弁したいところだ。
アンジュが腹黒弟に呼ばれて何か言われていると思えば、ヘタレ王子が私の所に来た。腹黒弟の牽制はしないでいいのか?
「おい、お前。」
ぎろりと睨みながら言ってくる。また何かケチを付けにきたのだろうか。そんなことよりアンジュと話しに行った腹黒弟の牽制しに行きなよ。私に牽制しても何の意味もないぞ。
「この戦いが終わったらさっさとPTから抜けろよ。お前みたいな怪しい奴をアンジュの傍においておけないからな。」
吐き捨てるようなその台詞に少々むっとする。確かにフラグを回避したい私にとってさっさとこのPTを抜けるのは願ってもない事だ。しかしこうもボロクソに言われて怒らない人間はいるだろうか。いるかもしれないが私はそうでもない。
「アンジュさんの傍にいていいかなんて貴方が決める権利などないでしょう?」
思わず鼻で笑いながら言ってしまった。大和撫子をイメージしていたのにこれではただの腹黒ではないか。しかし言ってしまったことはなくならない。少し呆気にとられたあと、凄まじい形相でこちらをにらんでくるヘタレ王子をなんとかなだめる為に言葉を重ねる。
「しかし、心配しなくても私はボスを倒せばこのPTから抜けますよ。私は本来ソロで活動していますから。」
もう二度とPT組まないよ、とさりげなくアピールしつつ言えば、まだこちらを睨んではいるがなんとかなだめることには成功しているようだ。その発言忘れるなよ、と言い残してアンジュのところへ行く。いつの間にか真っ黒黒助、チャラ男も混じっていた腹黒弟とアンジュの会話だが、何やらアンジュは怒っているようだ。なんとなく話の内容に察しが付くが、正直これ以上巻き込まれると胃に穴が開いてしまう。そっとしておこう。
テレポーターに乗ってぼーっとしていれば、どこかむすっとしている不機嫌そうなアンジュが私の所に小走りでやってきた。男どもは、と先程まで彼女達がいた方向を見れば項垂れている3人をからかうようになにか言っているチャラ男の姿が見える。馬鹿じゃないのだろうか。
「すみません、サヨさん。ちょっとお話していて…。」
不機嫌な顔を申し訳なさそうにしてアンジュが謝ってくる。大丈夫、と言えば安心したようにへにゃり、と無防備に笑う姿は確かにちょっと心配になってしまうのも頷ける。しかしあの過保護っぷりはどうにかしたほうがいいと思う。
その後いくらか世間話をしていれば男集団がやってきた。恨みがましそうにこちらをにらんでくる彼らの顔を努めてみないようにしながらテレポーターを起動する。ボスが何なのかは、私もアンジュ達も知らないようだ。何が出てきても構わないように、細心の注意を払う。テレポーターの発する光とともに私たちはボスのいる最深層へ転移した。
火山なダンジョンと一風変わった、まるで氷のような部屋だ。ダンジョンの最深層は、時にこうして今までと違ったりまるで正反対のようなことがある。そしてそのボスも、今までの敵と全く違う特性を具えていることが多々ある。しかしアンジュ達PTは初めてだったようで、戸惑ったように周りを見渡している。
「オ、オオオオオオオォオォオォオオオオオオオオ!」
何処からともなく鳴き声が響き渡る。その声は、よく聞きなれたもの。汗が噴き出すのを感じる。今更ながらあの時アンジュの誘いを断ればよかったとすら思ってしまった。この声は忘れもしない、あの何度も私が挑んで失敗いしてきた相手。私がこうなる原因と思われるアイテムを落とした主。リアースドラゴンのものだ。
奥の氷の壁に亀裂が走る。その後、振動と共に亀裂は割れ、そこから一匹のドラゴンが姿を現す。あの時私が戦っていた相手と少々違う所があるものの、ほとんど同じその姿。体は蛇に手足を付けたようななだらかね曲線を描いているが、それは時折輝く鋼のような鱗が見た目よりもはらかに固いことがわかる。虹色に輝く翼。青白い体表。すっと矢じりを思い出させるシャープな頭から連なって突き出ている角。そしてその側面にある赤い瞳が私を捕えた。他の人間の補助なんてできない。他の人間のことを考えている暇はない。目の前の相手は、そんな脇目をそらして勝てる相手では、生き残れる相手ではない。
「『我が盾は何者にも破られず』」
すかさずスキルを発動すれば、まだ距離があったはずのその巨体が目の前にあった。開幕突進してくるそのスピードは恐ろしく、攻撃力は確死もの。こうしてガードスキルを使っても半減する所でその恐ろしさがわかってもらえるだろう。私が使ったスキルが完全防御用でなかったのもあるが。
「『我が槍は全てを貫く』」
通称矛盾と呼ばれる聖騎士の持つカウンタースキル。受けた攻撃の何割かを上乗せして相手に与える。突進攻撃は基本的に即死であるが、ためのおかげで避けきれるものの、この開幕の一撃は避けれないのでこうしてあえて受けることで攻撃できる。完全防御のスキルを使うのもありだが、スキル硬直が長いので、そのまま防戦でごいごり削られてしまうというソロでは使わない。
「『一閃・神楽』」
突進のみならず機動力の高いこのドラゴンは、いかに当てるかいかに避けるかがポイントである。それなら通常の振りの遅い大太刀より小刀の方がいいのでは、と思われるかもしれないが、このドラゴンの厄介な性質、一定以下のダメージの攻撃の大幅なダメージ減少にある。小刀の攻撃力では、雀の涙ほどのダメージしかでない。同じ理由でコンボ系の技より一撃もののスキルが有効である。HPは満タンだ。装備も十全。あとは行動がリアースドラゴンそのものであることを祈るしかない。
「『一閃・神楽』」
敵の攻撃をひたすらよけ、スキルを当てていく。これが私がこの敵をソロで攻略するために考えた結論である。攻撃が当たれば、HP確認もせずに回復魔法を発動させる。そしてただひたすら避けて攻撃。地味と思われるかもしれないが、これが最善の方法である。
ただ、避けて斬る。そんな単調な死闘が始まってから、どれぐらいたっただろうか。極限まで集中力を高めて、挑む。一切の油断はしない。そう、欠片も油断はしていなかった。
「あ……。」
振りかぶられた腕。こんな攻撃は、あっただろうか。時間が遅くなったようにゆっくりと近付いて見える腕を前に、ふとそう思った。頭の片隅にwikiの情報といままでの経験が思い出される。瀕死のリアースドラゴンの出す攻撃。殴ってからの、広範囲即死ブレス。ゲームの時にはやらなかったミス。一か月のブランクはなかなか大きかった、ということなのだろうか。
「ぎ…!?」
頭が真っ白になるほどの痛み。視界は真っ白で、脳内麻薬が出ているのだろうか、高揚するような気持ちとともに痛みが引いていき、何かが口から溢れてくるのがわかる。ゲームではどれも一切感じなかったことだ。視界がぼんやりと戻る中、体を無理やり起こそうとするが平衡感覚が狂っているかのように頭がぐらぐらする。視界の悪さと相まって何がどうなっているのかわからない。そんな視界に、虹色が写る。即死ブレスを打つための溜め。そのときドラゴンの開いた口に集まる、虹色の球体のようなもの。それに向かって握っているかわからない大太刀を構えるようにする。もし大太刀を持ってなかったらさぞ滑稽な格好をしているのだろうが、形振り構っていられる状態ではないのだ。
「『我が剣は至高の一振り』」
口の中から時折溢れる何かを吐きながら詠唱する。間に合うか、間に合わないか。考えようとする頭は真っ白で、何も思いつかない。ただ、目の前の相手に自分の使える最高の一撃を与えて倒さねばいけないことだけがわかることだ。
「『戦神よご照覧あれ。我が一撃は神も貫く』」
やっと視界が戻る。目の前にはいまにもブレスをはこうとするドラゴン。ただ、それにむかって最高の技を打ち込む。
「『神技・無名』」
ぼーっとするなか、私の視界にドロップアイテム欄の赤く光る名前。それを具現化させる。そのまま口に持って行って齧る。甘い。無心になって食べて、ふと気付いた。アンジュ達はどうなったのだろうか。
「あ……。」
そんな声が聞こえた。ぼーっと振り向けば無傷のアンジュと、男集団。
彼らの前で今私は何をしただろうか。痛みと共に戻ってくる正常な思考でそう考えて、私は泣きたくなった。
戦闘シーンは書けないのでカットしました。申し訳ない