心臓を齧るのにも慣れてきた頃
結論を言ってしまえば、私はなんとか野生でも生きていけている。
心臓を食べるのにもなかなかに慣れてきた。
ドラゴンの多く住むダンジョンの近くにあった廃屋(どうやら人が住まなくなって何年も経っていると思われる)を拠点にして、日々ドラゴン狩り、森に生えている毒々しい木の実やキノコ(すごく不味い。精神にも肉体にもダメージがくる)を採取しつつの生活。お風呂は残念ながらないが、近くの湖で水浴びをすることでなんとかなっている。服はアバターアイテムを変えれば新品で出てくるから毎日変えることで清潔を保っている。この体がかなりハイスペックだったこともあってか、私は不法滞在の住所不定無職の身ながら、日々危険と隣合わせに生きている。
ダンジョンの敵は死を間近に感じるほど強くはなくても、それなりの強さを持っていた。最初のダンジョンのような舐めプをしていて勝てる相手では勿論ない。
ダンジョンに入る前にスキルのセット、装備のチェックを念入りに行う。回復薬は持っていくが使わない。補給することが出来ないので、あくまでただの保険。ダンジョンでの戦闘は相手からの攻撃を受けない、これに限る。時間経過でHPは回復するし、サブ聖騎士として回復魔法も勿論使っていくがスキルのHP消費に加えてダメージまで貰ってしまうと消費に回復がおいつかない。よって、神経を限界まで研ぎ澄まさせて行くことにしている。
「よし―――――行こう。」
大太刀を握りしめて、私は目の前の何もないのにある扉を見た。
その扉は某どこにでもつながるピンクの扉のようなものだ。両開きで、重厚な扉であることと、行く先がダンジョンと固定されているのを除けばそれそのものだから別名「どこでも」。どこでもつながるわけでもないのにそう付けられたのはちょっと悪意を感じないでもない。
扉を押し開けば、森の中なのに扉の中には火山が広がっている。むっとした熱気にこの時ばかりは自分の装備が金属鎧でなかったことに感謝する。
中に入れば扉は勝手に閉まる。いつものことで、別に鍵がかかってるわけではないから気にせず探索に向かう。裏の道を蹴ってはや30日、丁度一か月。このダンジョンも慣れてきた。wikiで詳細情報が見れなくてもそれなりにここの連中の特性は理解してきたつもりだ。しかし油断は厳禁。気合いを入れて行く。
「せぃ!」
15匹目のドラゴンを狩る。噂通りドラゴンは沢山出てくるが、心臓を出すとなると少し湧きが甘い。ソロとマルチでは湧きはやはり段違いだ。溜め息をつきたくなるが、仕方ない。ギルドにさえ入れていればとついつい思ってしまうがないものねだりしても現状が変わることはないのだから。
「……そろそろ、下へ降りましょうか。」
同じところで狩っても別に問題はないのだが、基本的にレアエネミーは下へ降りるほどPOP率があがる。ボスは今の所命を大事にという方針なので挑むつもりはない。雑魚エネミーの強さから勝てなくはないのだろうが、死んでは元も子もない。そうして、下に降りようとしたときだっただろうか。
「あ、あのぅ!」
そんな女の子の声が聞こえたのは。
迂闊だった。エネミーは奇襲しようが何をするにしても声をあげる。だから基本的に常時耳を澄ましているはずなのに、声が届く範囲まで人の存在に気付かなかった。やはり一か月も単調にこなしていると気が緩むのだろうか。
警戒しながら振り向けば、7メートルほど先にPTらしき人物達の姿がある。先頭にいる女の子が先程の声の人物だろう。ふんわりした長い金髪に青い目で、真っ白な肌。聖職者の証であるローブは可愛らしく、動きやすいようにミニスカート風に改造されている。守ってあげたくなる儚げな文句の付けどころのない美少女。RPGの典型的な僧侶の女の子といったところだろうか。その一歩後ろで4人の男達がこちらを値踏みするように睨んでいる。しかもすごくイケメンの男達。すごく関わりたくないです。
「すごくお強いんですね!お一人で、潜っていらっしゃるんですか?」
興奮したように、頬を赤らめて目をキラキラとさせて彼女はこちらに歩み寄りながら言ってくる。男達の視線が一層強くなる。何故だろう、後ずさりしたくなる。ほのかにフラグの匂いがします。
「いえ、私の腕はまだまだですよ。貴方はそちらの方たちと?」
後ろの男達をなるべく刺激しないように当たり障りのない返しを試みる。なんだろう、ここで選択肢を間違えたらBADED行くぞ、と私のゴーストが囁いている。5人相手はさすがに厳しいのでなんとか何事もなく別れたい所だ。これは頭をフル回転させて挑むべきだろう。
「はい!私達、ここのボスに用があって…。」
おいちょっとまて。やり直しを請求する。これ絶対フラグ立ってる。最奥ボスこのPTと行くフラグ絶対立ってる。おかしい、なんでこんなにさらっとフラグを立ててくるんだ、この女の子は!なんとか回避したい、急用があると言って逃げるか?いや、出口の道の方に女の子のPTがいる。睨んでくる男達が怖い。いや、もういっそのこと強硬突破を
「あの、よければ一緒に行きませんか?」
回避失敗したー!早い、早すぎる!メインフラグ来た、これはやばい!まず対応は二つ考えられる。大人しく一緒に行く。フラグ回収してしまうけれどなんとか次のフラグが立たないように努めればなんとかなるかもしれない。もう一つは、断る。女の子は大丈夫そうだが、後ろの男達が怖い。もうPT誘われた時から視線に殺気すら入っている気がする。これは断ったら別のフラグが立ちそうで嫌だ、嫌すぎる。しかも断ったらこのダンジョンから撤退しないといけない。はっきりお腹がすいている私は早急に心臓を確保しないと前回と同じような事態になれば今度こそDEADED。つまり私がとる道は一つしかないわけだ。解せぬ。
「わかりました。私は紗世。しばらく貴方と共に参りましょう。」
男達の視線が突き刺さる。女の子がぱぁっと顔を輝かせて笑う。
これは胃痛フラグですね。
女の子は、アンネージュ・フィリ・ルミア。アンジュというらしい。予想通り僧侶の女の子で、どうやら貴族なのだそうだ。ちょっと今すぐにお別れしたくなる名称である。
そして、穴が開くほど見てくる男集団なのだが…
まず、表面上は仲良くしようとしてくる糸目、ディオドール・フィオ・ルミア。アンジュの弟なのだそうだが、こちらは紫の髪に赤い目で褐色。顔の造形もさっぱり似ていない。血が繋がっているのかすら怪しい。レンジャーらしく、大きな弓を持っている。一見普通の皮鎧を付けているが、所々魔術の付与された所がある。アンジュにも言えたことだが、どちらの格好もあまり貴族らしくない質素なものだが、なかなかに高品質だ。私の予想ではこいつは腹黒鬼畜弟である。
次にただただ睨んでくる真っ黒黒助、ティス。真っ黒な髪に黒い瞳。格好も真っ黒だから初めアサシンかなにかかと思ったが、どうやら彼も僧侶らしい。知った時は思わず目を丸くしてまじまじと見てしまった。それがさらになにか彼の怒りを誘ったのか一番殺気立ってこちらを見ているのは彼かもしれない。しかしそんな格好をしていたら普通僧侶とはわからないと思うんだ。私の予想ではこいつはワンコだ。
そして、なにかと突っかかって来る、バイルシェット・ユル・レジアース。なんと彼はこの国の王子様なのです。マジドウイウコトナノ。銀髪赤目とどことなく中二の雰囲気を持つイケメンである。ちなみに魔法剣士。間違いなく中二である。王子様の癖に装備があまり豪華じゃないのはどうやらアンジュに合わせているらしい。しかし本人は気付いていないようだ。私の予想ではこいつはツンデレ俺様ヘタレだ。
最後に、何故かこちらをまじまじと見た後へらへら笑って殺気を収めたチャラ男、ラスティ。ピンクの髪に緑の目と、すごく突っ込みたくなるカラフルなイケメンだ。装備も一番目立つ、カラフルなものだ。ちなみに武器は短剣。…アサシンなのだそうだ。こんなアサシンがいてたまるか。私の予想ではこいつはただのチャラ男だ。
そんなアンジュによる逆ハーに私は入ってしまったわけである。実に関わりたくない人達だ。もう関わってしまったが。アンジュとラスティ以外の視線が殺人級で少し精神的にきつい。
不安がありつつPTは進む。しかしこのPT、タンクがいないな。こんなPTで本当に大丈夫なんだろうか。至急胃薬求む。