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そして私は今日もドラゴンの心臓を齧る  作者: ヨハン@小熊
ep1:そして私は始まりの心臓を齧る
10/50

*その心臓を食べる姿は

初めて見た印象は、綺麗でとても強い人だった。

5人PTの私達と違って一人だったのに、ドラゴンだらけのダンジョンで無傷であっさりと敵を倒していく姿は、鬼神のようだった。

すらっとした軽装、はっきり言えばダンジョンなどに潜るような服ではない見たこともない不思議な黒い服を着ていて、涼やかで神秘的で神聖な雰囲気ですらある容貌とは正反対の禍々しい剣を手に持った、儚げな雰囲気で中世的な男。綺麗だとは思っていたが別にその時は特別何も思っていなかった。PTの他メンバーも、貴族の男性にも美しいものはいた。しかし一人で戦っている彼に興味を持ってPTに誘った。何となく来ないだろうと思った私の予想に反して、彼は付いてきた。そのことにどこか落胆しつつ、彼とともにダンジョンを進んでいった。

そうして彼と共に居れば、いつの間にか惹かれていた。

あの人と、私の母とよく似た雰囲気と眼差しを持つ彼に、惹かれていた。上面だけの好意。その眼差しは、あの人と共に過ごしていなければ気付かないほど巧妙に隠されたこちらを何とも思っていないものだった。絶対にこの人は私を愛さない。どんなにこちらが寄ろうとも、その愛を得ようとしても、きっとこの人は私を愛さない。そんな気のする、あの人とよく似た彼。客観的に見て言ってしまうならば私は彼に親の愛を求めるような惹かれ方をしているのかもしれない。愛してくれなかった、母とよく似た人に愛してもらうことで、母に愛された気分になりたいだけなのかもしれない。馬鹿だと笑われるだろうか。いや、そうだとしたら自分でも馬鹿だと思うけれど、この気持ちを失くせなかった。

でも、きっとあのことがなかったらこの思いはここまで募らなかっただろう。

最下層の、ダンジョンの主との戦いで見せたまさに英雄のような、その戦いぶり。予定調和のような無駄の一切ない動き。主をも軽々とあしらうその姿は道中に散々見てきたとはいえ、見惚れてしまう。

まるで、舞っているようだと思った。そして彼のそんな動きに翻弄されている強敵であるはずのドラゴンは、まるで道化師かのように滑稽だった。今なら自分でも勝てるのでは?と誰もが思ってしまいそうな姿だ。

しかし、そんな戦闘がしばらく続いて。事態が急変した。

主の重い一撃を喰らって彼は地面に叩き付けられた。避けきれなかったのだろうか、血反吐を吐く彼に慌てて近寄ろうと思うのに、足が動かない。主の口に高エネルギーが蓄積されていく。あれを喰らえば危険だとわかるのに、うごけない。恐怖で足は石のように固まってしまっていた。

ああ、これで終わりか。不思議と穏やかな気持ちでそう思った時だった。

「『我が剣は至高の一振り』」

彼の声が、聞こえた。

主の前に毅然と立ち、剣を構えている。血反吐を吐きながら詠唱する彼の剣は凄まじい光を纏い、禍々しさを失った代わりに神聖さえお纏っていてまるで聖剣のようだった。その呪文は、そらんじる事も出来るほど聞いた聖騎士の技。

あのひとが、唯一私に読んでくれた、物語の主人公が使っていた技。

「『戦神よご照覧あれ。我が一撃は神をも貫く』」

有名ではない、英雄譚とは程遠い救いようのない物語。

あの人が宝物のように語ってくれた物語。

あの人が心からの笑顔を浮かべる所が見れた物語。

私の好きな、一番大切な、思い出の物語。

「『神技・無名』」

その発動技こそ違うものの、確かにそれは私が憧れた、物語の聖騎士のイメージと被って。光の剣が、ドラゴンを叩ききっていった。まるでドラゴンは柔らかい練習用の木の案山子のように切り裂かれて、弾け飛ぶ。あまりにも呆気ないほんの一瞬の出来事。

まるで物語の聖騎士のようだ。そう思いながら茫然としていた私達の前で彼は、おもむろに赤黒く波立つ何かを取り出した。赤黒いものが何かは見ればわかった。心臓だろう。そしてそれはおそらく、ドラゴンのものだろう。そんな魔物の心臓を、まるで愛しいものに口付けるように口に寄せ、齧り付いた。血が吹き出て彼を汚している事を気にせず唯おいしそうに、食べる。茫然とした私達の前で食べ終わった彼は、誰かの吐息のような声に反応してこちらをみた。口元を真っ赤に染め、服も自分の血だけでなく返り血で真っ赤な彼は、まるで迷子のような途方に暮れた顔をしていた。まるで、あの物語の聖騎士のように。


呪われた、聖騎士の物語。聖剣は禍々しい魔剣に変り果て、魔物の血肉を啜り、化け物と罵られ、生き恥を晒しながらもある目的の為に生き続ける一人の憐れな男の物語。なんどもその物語を聞かされる内に思ったのだ。この聖騎士を、私が支えれたらよかったのにと。私が傍にいてあげれていたら何か変わっていたのかもしれないのに、と。


目の前には泣きそうな顔をした彼がいた。

あの人とよく似た、まるであの物語の主人公のような彼。

胸を鷲掴みされるような、頭がくらくらするような。この胸に芽生えた思いは間違いなく、恋だった。

気付けば彼を抱きしめていた。逃がさないと言わないばかりに強く、強く力を込めて。そして優しく語りかけながら背を撫でてあげれば、彼が声もなく泣き出した。そんな彼を心の底から愛しく思った。

彼が彼女とわかってもこの気持ちは変わらなかった。私は、彼女を愛したい。支えたい。傍にいたい。愛して欲しいとは口が裂けても言えないけれど、どうか傍に置いてほしい。

彼女の為なら何でもする。彼女の為なら何だってあげる。

周りが何と言おうと関係ない。私は彼女のことを愛しているのだから。


彼女が走り去ってしまった後、私のPTメンバー達は口々に彼女の罵倒を言い出した。

それに僅かならぬ殺意を覚えたが、彼らの力はそれなりに強大。彼等の協力なしでは彼女を幸せにすることはおろか、彼女と再会することすら難しい。敵対することは避けたい。

だから、これまで通り笑顔を貼り付けて対応する。しかし彼女と会って、彼女がいる間は自然と笑顔になれていた事を思えばもしかしたら、いやもしかしなくても私は彼女に一目惚れしていた事に気付いた。やはり彼女は私の運命の人なのだろう。そう思えば自然と笑みがこみ上げてくる。

彼女には、幸せになって欲しい。その為になら、なんだってしよう。悪女にだってなってやる。

「姉上、何を笑っているのです?」

「何かいいこと、あったのか?」

「もしかして、あの女の事考えてた?」

「…アンジュ。」

口々に聞いてくる彼等は、何かと私に協力してくれるいい人達だ。そしてとても強力な助っ人だ。

彼等を頼れば、きっと彼女を幸せにすることができる。


私は彼女の白馬の王子様になれないけれど、母の形見の木にはなれると思うから。

聖女様(仮)は鈍感腹黒系。

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