女々しくて3
びっくりした。肩がビクってなって、そしてビックリしたことに羞恥心を覚えると同時に肩をつかんできた、何者かにうっすら怒りを覚えた。
だれだろう。肩なんか掴んで何様だ。こっちはそれどころじゃないのに。
むっとしながら後ろをふりむくと、そこには見知った顔が僕の目線のはるか上にあった。
「よう!テル君じゃんっ。げんきないねえー。ショボくれてんじゃ無いぞーっと。」
「なんだよ、ジンか、びっくりさせないでくれよお」
親友の島津陣だった。
友人たちからジンと呼ばれる彼は、非常に背が高い。180はあるんじゃないだろうか。ぼさぼさの髪の毛、大きな三白眼、すっと通った鼻筋、筋肉質で長い手足、いつもニコニコしている口元からは大きな犬歯が覗いている。
誰がどう見ても、目を細めても、チラリと見ただけどもわかる位、イケメンだ。
顔のパーツ一つ一つはガラが悪そうに見えるのに、愛嬌があるように見えるのは、ジンがいつも明るくきさくで、ニコニコと満面の笑みを浮かべているからだろう。どことなく尻尾を振り振り、すりよって来る犬の様だ。ジャーマンシェパードかドーベルマンみたいな印象を受ける。実際彼はよく、犬、犬、といじられる。
ジンは見かけ通りのいいやつだ。
いつも僕を何かと助けてくれる。この前なんか弁当をぶちまけてしまった僕のために、お弁当を半分んこしてくれた。そのお礼に学校帰りにハンバーガーを一緒に食べに行き、ジンの分をおごってあげた。その時、僕らは驚くほどに話が弾んだ。ジンはいつも僕が少し無理していることに気が付いていたみたいだ。彼には唯一僕の悩みを打ち明けることができた。ぐるぐるを理解してくれたのは彼だけだった。
気が付くと外はもう夜だった。
僕らはまた明日、と別れた。マブダチゲットの瞬間だった。
「で、なんか用があるの?」
と質問すると、目をキラキラさせ、肩を組みながらジンは言った。
「そうそう、輝くんは今から暇かい?」
「いや、暇じゃない。これから僕は、教室に忘れたチャリキーを取りに行って、それからゲーセンに行かねばならんのだ」
「わお!ちょうどいーやあ!」
「話聞いてた?これだからまったくワンちゃんは」
「兄者、ゲーセンに行くのは暇だからじゃないのでござるか」
「わしは鉄拳せねばならぬのじゃ!わかったら行った行った。」
僕はジンの腕を肩から外すと、するっとジンを躱して、また教室へと足を進めた。すすめたのだが、
「でもさ、いいじゃん、いいじゃん。ちょっとだけさー。一緒に部活見に行こう」
ひゅっと体の大きさに似合わぬ俊敏さで前に回りこまれてしまった。
ピンチだ。マイペースを体現したような、マイペース成人のジンが、一度こうなった常人では止められない。しかもよりによって部活見学かぁ。これは、急速に離脱すべきだ。面舵、いっぱ―い!僕は必死になって断ろうと試みた。
「や、よくない良くない。モクジンが僕を呼んでいる。ゲーセンに急がなきゃ。ガイルも呼んでるから、ストファーもやらなきゃだから。な?いいだろそこを開けろっ」
「てかさあてかさあ、さっきのテル君ビックリしすぎじゃなかった?脅かそうと思って、音たてないように近づいたんだけどさあ。それにしても……ぷふーっ」
「ぷふーじゃないよ。もう。マジ頼むって」
「いやだっ、テル君は部活に入るべきなんだっ。入ってその自己中な感じを直すべきだっ」
「くそ、自分のことを棚に上げやがって!こんのお節介野郎がぁー!」
「教室に行きたくば、このおれを倒してからにするんだなっ!」
「なんてこった。これじゃあリアル・ストリートファイターだ!しかし、私とて桜井家の男!桜井家に栄光あれえええええ!」
僕はジンに特攻を仕掛けた。しかし、女の子並みの身長体重の僕のタックルは、ジンに軽々と止められ、そのまま肩に担がれてしまった。
「わあっ!こわいこわいこわい。おろしてくれ」
「ノンノンノン。だめだめだめだめ~」
ジンは、僕を下に降ろすつもりはないらしい。
「しゅっぱーつ!!!」
「わわわわわわわわ」
ジンは僕を背負ったまま走り出した。
一部始終を見ていたが助けようとしなかった、用務員のおじいさんは、箒を使って掃除をしながら、ぼそりとつぶやいた。
「がんばるのじゃ、少年よ」
ザァッ
つぶやきをかき消すように風が強くなり始めた。まさにこれからはじまる騒動を暗示するかのように。
僕はグワングワン揺られながら、考えた。どうやらジンが向かおうとしているのは、実習教室棟のようだ。
あそこで何があったかなあ。ジンのやつめ、なんか企んでるな。
そしてあっという間に実習教室棟に着くと、階段を一気に駆け上った。三階の廊下の突き当たり。古びた空き教室の前で、彼はやっと僕を解放してくれた。
「いきなり担ぐか?普通」
僕がぶつぶつ文句を言うと、ジンが
「いやあ、テルくん小さいからさあ。強硬手段に出てみました。」
「うわっ!背のこと言ったな!背がなんだって?ええ!?」
「てへっ☆」
「てへじゃないよ。180あるお前が言っても萌えないから。」
「てへぺろ☆」
「うわー……デへベロだよ、お前なんか。それか、グヘゲロ」
「まあ、冗談はさておき、この部屋ん中はいってちょ」
その空き教室からは、ザワザワした、人の気配と
、
キューン
ボボボボ、ボボボボン
ズッタタズッタタ
というようなバラバラな音がしている。楽器のチューニングをしているのだろう。
よりによってここか。恨むぞ、ジン。
「まさかとは思うけど、やっぱりココって…」
「そう!軽音部さ!テルくん向いてると思うよー。まあ、とにかく入ってみよ」
ジンはニコニコしながら、ガラリと戸を開けた。
照明器具がギラギラしている。ジンが思わす、
「うお、まぶし」
と言った。
僕にとっては、その中はライト以上にも眩しすぎる物がたくさんありすぎるように感じてならなかった