その先に見える光
コメディのほうが得意なので、うまくシリアスに書けているか自信はありません。。
独りぼっちになってしまった…。
心にぽっかりと開いた穴は、僕の気力を根こそぎ奪っていく。
「隆くん? 全然食べてないじゃない!」
声をかけてきたのは、この児童施設の先生で陽子先生という名前らしい。
らしいというのは、僕がこの施設に預けられたのが、ほんの数日前のことだから。
僕には両親と妹がいて、ごくありふれた家族だった。
家族で食事に出かけたその帰り道、居眠り運転のトラックが僕たちの乗った車にぶつかり、
その衝撃で僕は開いていた窓から投げ出されて助かった、と説明された。
でも両親は搬送された病院で息を引き取り、妹は即死だったと聞かされた。
いつ死んだかなんて関係ない、僕が独りになった事実は変わりようが無いのだから。
見たことも無い遠縁の親戚が集まって、誰が引き取るかを話し合っていたけど、
結局、施設に預けるということで、話がまとまったらしい。
僕にとっては、両親も妹もいないのでは、どこに行っても同じだから素直に受け入れた。
僕が預けられた施設には僕と同じように両親を無くしたり、育児ほうき?とかで預けられた子供が沢山いた。
彼らも僕と同じような境遇なのに、元気いっぱいに笑っている。
僕もあんな風に笑える日が来るのだろうか?
「…欲しい子にあげてください」
「またそんなこと言って…」
たとえ子供たちに人気のある先生が相手でも、話をする気分ではなかった。
「後でお腹すいたって言っても、知らないからね!」
「…」
「…もう!」
陽子先生は、ぶつぶつ言いながら、あきらめてどこかに行ってしまった。
僕は、父さんと母さんと妹の由佳に、生かされたと思っている。
けど、だからと言って、普段どおりに振舞うことはまだ出来なかった。
…
それから数日が経ったある日、陽子先生は僕の部屋に10歳くらいの女の子を連れてきた。
「隆くん、ちょっといい?」
「…はい」
「隆くん、今日からルームメイトになる、かなでちゃんです」
「…え?」
子供たちは2人で1部屋になっているが、13歳の僕は1人部屋だった。
「いいかしら?」
「…はい」
「それと先生も付きっきりって訳にはいかないから、面倒見てくれると助かるんだけどな?」
「…え? 僕が?」
「それと先生も付きっきりって訳にはいかないから、面倒見てくれると助かるんだけどな?」
「…」
「それと先生も…」
「わ…かりました」
「とりあえず先生は用事があるから、お願いね」
陽子先生は有無を言わせずどこかに行ってしまった。
「…」
「…」
2人とも身動きせず、気まずい雰囲気が漂う。
堪りかねた僕は、かなでちゃんを手招きする。
かなでちゃんは一瞬だけ躊躇したが、すぐに僕のそばに来た。
「ここ…座っていいよ」
狭い部屋ではないが、僕は自分の隣を指差す。
今度はかなでちゃんは躊躇せずすぐに横に座った。
見るとうさぎのぬいぐるみを抱きしめている。
「それ、かわいいね」
とうさぎのぬいぐるみを指差すと、かなでちゃんは、小さくうなずいた。
「えっと…僕は、隆って言うんだ、よろしくね」
かなでちゃんは、小さくうなずいた。
「えっと…歳は幾つ?」
するとかなでちゃんは、両手を開いてこちらに見せた。
「10歳?」
かなでちゃんは、小さくうなずいた。
10歳か…妹の由佳と同じ歳だ。
喧嘩をしたり、よく泣かせてたけど、僕は妹の由佳を可愛がっていた。
たぶん何が起こったか分からない内に、天国へと旅立ったと思う。
怖い思いをしなかっただけ、幸いだったのかもしれない。
ふとかなでちゃんを見ると、うさぎのぬいぐるみで黙々と遊んでいた。
…
少しすると陽子先生が用事を終えて戻ってきて、ドアの隙間から僕を手招きして呼んだ。
「かなでちゃん、ちょっとここで遊んでてね」
かなでちゃんは、ぬいぐるみで遊びながら小さくうなずいた。
「なんですか?」
「かなでちゃんと、何か話した?」
「はい、と言っても、一方的に僕が話しかけてるだけですけど」
「そう…あの子ね、その、しゃべれないらしいのよ」
「え…?」
「あ、病気とかじゃなくて、その…ご両親が交通事故で亡くなられてかららしいけど…」
彼女も独りぼっちか。
「病院で診てもらったら、心因性の失言症と診断されたわ」
「?」
「つまりね、過度のストレスで言葉が話せなくなったってことなのよ」
「ストレス…?」
「うん、理解できているか分からないけど、ご両親が亡くなったことが、あの子の心には重すぎたのね」
「…もう、話すことはできないんですか?」
「いいえ、何かきっかけがあれば、また話せるようになるそうなの」
「きっかけって?」
「それは先生にも分からないわ」
「そうですか…」
「ね、隆くんが、本格的にあの子の面倒見てくれないかしら?」
「僕が…?」
「そう、同じ歳の妹さんがいた隆くんだからお願いするの」
「…」
「つらいかも知れないけど、もちろん先生もフォローはするから、ね?」
「…わかりました」
…
陽子先生との話を終えて部屋に戻ると、かなでちゃんはぬいぐるみを抱えたまま眠っていた。
僕はかなでちゃんを抱えて自分のベッドに寝かせ、その横に添い寝するように横になる。
かなでちゃんの頭を撫でていると、不意に涙が溢れ出てきた。
かなでちゃんに妹の由佳の面影を見たのかも知れない。
「由…佳…」
僕は涙が止まらなかった、由佳がいなくなってこんなに寂しいと思ったことはない。
それが呼び水となり、両親や由佳との思い出が溢れ出てきて、止めることが出来なくなった。
「父さん…母さん…うわぁぁぁ」
僕は、あの事故以来初めて号泣した。
その時、僕の頭に何かが触れる、それはかなでちゃんの小さな手だった。
かなでちゃんはそのまま僕の頭を撫でて、ほんの少しだけ優しく微笑んだ。
僕は3つも年下の女の子の胸で号泣した。
その間かなでちゃんはずっと僕の頭を撫でてくれた。
…
夕食の時間になり、僕はかなでちゃんと手を繋いで食堂に向かう。
「あら! 随分仲良くなったのね!」
陽子先生は目を丸くして驚いている。
「…はい」
「先生も隆くんに、女の子を口説くテクニックがあるとは思わなかったわ!」
陽子先生のいつもの軽口には付き合っていられない。
「そんなんじゃないです」
「隆くん? 先生のことも口説いてみな…」
「遠慮します」
「断るの早いな!」
ほどなくして、子供たちが全員揃うと、陽子先生はかなでちゃんを紹介した。
かなでちゃんは椅子から立ちあがると、ちょこんとお辞儀をしてまた椅子に座った。
「では、いただきます」
『いただきまーす』
子供たちは元気に食べ始めるが、僕はいつものように食欲が無い。
「ほら! 隆くんが食べないから、かなでちゃんも食べてないじゃない!」
隣に座るかなでちゃんは心配そうに僕の顔を見上げていた。
「大丈夫だよ、ほら!」
と言って、ご飯とおかずを頬張った。
するとかなでちゃんも、安心したようにご飯とおかずを頬張った。
久しぶりに自分の分を完食したが、食事後しばらくして吐いてしまった。
…
かなでちゃんのベッドがあした運び込まれる予定ということで、
今日は僕のベッドの横にかなでちゃんの布団が敷かれた。
かなでちゃんは、敷かれた布団には入らず、枕をもって僕のそばにやってきた。
それは言葉が話せなくても、何を言おうとしているか分かるが一応聞いてみる。
「一緒に寝る?」
かなでちゃんは、小さくうなずいた。
布団に入った後、かなでちゃんは僕の顔をじーっと見てたけど、
いつの間にか可愛い寝息を立てて眠っていた。
僕も久しぶりに人の温もりを感じて、程なくして眠りについた。
「…ちゃん」
人の声がして僕は目を覚ます。
「お兄ちゃん」
「由佳?」
そこに妹の由佳の姿が見えた。
「うん、そうだよ」
「どうして? おまえ死んだんじゃ?」
「お兄ちゃん、由佳ね寂しくないよ」
「え…?」
「パパもママもいるし、おじいちゃんも迎えにきてくれたから、寂しくないよ」
「お兄ちゃんは寂しかったんだよね? 由佳がそばにいたかったけど、一緒にいれなくてごめんね」
「由佳…」
涙が溢れて視界がぼやける。
「だからね、かなでちゃんを由佳と思って、可愛がってあげてね」
「なんでかなでちゃんのことを?」
「ごめんねお兄ちゃん、もう由佳行かなくちゃ」
「行くってどこへ?」
「おにいちゃん…またいつか遊ぼうね! 由佳こっちで待ってるから!」
由佳の体は半透明になっていた。
「さよなら、お兄ちゃん!」
由佳の体は光の粒となり、暗闇の中に消えていった。
「由佳!」
現実の世界で僕は目を覚ました。
隣を見ると、かなでちゃんは静かな寝息を立てて寝ている。
そうか、孤独と寂しさで押しつぶされている僕を見かねて、
由佳が導いてかなでちゃんを、僕のところに来させたんだな。
かなでちゃんの頭を撫でていると、かなでちゃんは目を覚ました。
「ごめんね、起こしちゃったか」
かなでちゃんは、首を振って応える。
「かなでちゃんは、ちゃんと僕が守るからね」
かなでちゃんはうなずくと、また目を閉じて寝息を立て始める。
「分かったのかな?」
僕は思わず笑ってしまう、あの事故以来初めての笑顔だった。
…
次の日から僕は、ご飯も吐かずに食べれるようになり、見違えるように元気になっていった。
かなでちゃんともだいぶ仲良くなり、兄妹かそれ以上のように接するようになっていた。
でも、かなでちゃんは、相変わらず言葉を話すことが出来ない。
たとえかなでちゃんに言葉が戻らなくても、僕が生涯守っていく。そう決めたのだから。
そんなある日、かなでちゃんの叔父さんにあたる人が、かなでちゃんを預かりたいと言ってきた。
仕事で海外にいたため、かなでちゃんが施設に預けられたことを、今まで知らなかったらしい。
「かなでちゃんは、会った事ある人?」
陽子先生と、その叔父さんが話をしているのを見ながら、尋ねてみたけど、
かなでちゃんは、首を振るだけだった。
…
「ほぅ、君がかなでちゃんかい?」
その叔父さんはかなでちゃんを値踏みするような目で見るので、かなでちゃんは怯えながらうなずく。
「私は君がまだ赤ちゃんの時に会っているのだよ?」
かなでちゃんは首を振るだけだった。
そりゃ赤ちゃんの時に会ったと言われても困るよな。
「今日から家の子になるんだよ?」
するとかなでちゃんはいやいやをするように激しく首を振る。
「こんな貧乏な生活ではなく、もっと裕福に暮らせるんだよ?」
それでもかなでちゃんはいやいやをするように激しく首を振る。
「いいから来るんだ!」
そういうやいなや、その叔父さんは、強引にかなでちゃんの手を掴んで連れて行こうとする。
かなでちゃんは必死に抵抗するが、10歳の女の子と大人では、当然敵う訳も無い。
どこかの家で育ててもらったほうが、かなでちゃんのためになると思い黙っていたけど。
必死に抵抗するかなでちゃんを見ていて、それではダメなんだと気付かされた。
「やめろ!」
「ん? なんだね君は? 部外者は引っ込んでなさい!」
「かなでちゃんの手を離せ!」
「君には関係ないと言っている! 引っ込んでいなさい!」
その時、ずっと願ってやまなかったことが現実に起こった。
「や! 離して!」
かなでちゃんはそう叫ぶと、叔父さんの手を振り払い、僕の下に走ってきて抱きついた。
「お兄ちゃんといる!」
かなでちゃんの体は小刻みに震えていた。
「大丈夫だよ」
僕は安心させるように、かなでちゃんの耳元で囁く。
「かなでは僕の家族です、あなたには渡さない!」
僕は臆することなくしっかりと叔父さんの目を見据えた。
「子供が何を言ってる! かなでを渡しなさい!」
「嫌です!」
「そんな権利は君にはないんだぞ?」
「権利なんて関係ありません、かなでは僕の家族です」
叔父さんが近づこうとしたとき、僕達と叔父さんの間に陽子先生が入る。
「親戚縁者だとしても、嫌がっている子供を引き渡す訳にはいきません!」
「何だと! 君はさっき引き渡すとそう言ったぞ?」
「子供のためを思えばこそです! それであの子が何不自由なく暮らせるのであれば、
こちらも安心して引き渡すことが出来ます、ですがあなたの先ほどからの態度を見ていると、
それが疑問になりました。それにあれだけ嫌がっているのですから、どうぞお引取りください!」
「くっ! こんな施設ひねりつぶすことなど、造作もないのだぞ?」
「やってごらんなさい! その時はあなたにも相応の罰が下るでしょう」
「おい女ぁ!」
叔父さんは急に態度が激変した。たぶんこれがこの人の本性なのだろう。
「私には三笠陽子という名前があります!」
「ふん! 後で後悔するぞ?」
「あなたがですか?」
「なんだと!」
「ちなみに私の父は、三笠耕造ですけど、ご存知かしら?」
「三笠? こうぞ……副総裁!」
「ご存知で何よりです、どうぞお引取りください!」
「くそ! 覚えとけよ!」
「あら覚えておいて良いのかしら?」
「くっ!」
かなでちゃんの叔父さんは顔を真っ赤にして帰っていった。
叔父さんの姿が見えなくなると、陽子先生はへなへなとその場に座り込む。
「陽子先生、大丈夫ですか?」
「…怖かった!」
「えぇ!?」
さっきのは全て演技だったのか?
「もしかして副総裁の娘って言うのは…?」
「もちろん嘘よ!」
なんて先生だ!
「だ、大丈夫なんですか?」
「ヤバかったかな?」
先生は可愛らしく舌を出す。
「そりゃ嘘だってバレたらヤバいでしょ」
「あ、いまちょっとチビっちゃったかも…」
「それを僕に報告されても困ります」
…
「お兄ちゃん!」
「んお? おはよう」
「起こしてって言っといたじゃん!」
「そうだっけ?」
「もう!」
僕は高校を卒業した後、就職して働いている。
3つ下のかなでは16歳になろうとしていた。
高校卒業まであの施設でお世話になった。
高校卒業後、独り暮らしを始めて、必死で働きかなでを迎えに行った。
「あ、そうだ、あのこと、報告しておいたからな」
「えー! じゃあ、私も報告してくる!」
「でも遅刻しないか?」
「学校よりこっちのが大事!」
しかし、あのかなでがここまで元気で可愛い女の子になるなんてな。
いやあのころから可愛かったけどね。
…
「お父さん、お母さん、由佳さん、私はお兄ちゃん…隆さんと結婚します!」
「生涯隆さんを守っていきますので、安心してください!」
仏壇の中の3人の写真が一瞬頷いたように見えました。
「そして私達2人を見守っていてください!」
「血は繋がってないけど、皆さんの家族になれて幸せです!」
「では遅刻…は確定だけど、学校に行ってまいります!」
これで本当の意味でお兄ちゃんと家族になれる!
それが嬉しくてたまらなかった。
…
「お兄ちゃん、じゃあ先行くよ!」
「なぁそろそろお兄ちゃんって呼ぶのやめにしないか? 結婚するんだし」
「んー? 気が向いたらね! だって急に名前で呼ぶとか、恥ずかしいし…」
「ん? 何?」
「何でもない! じゃあ行ってきます!」
「? 行ってらっしゃい、車に気をつけてな」
「はーい」
かなでが登校して行くのを見送って、僕は仏壇の前に座る。
「なぁ由佳? 子供が出来てそれが女の子だったら、由佳って付けようと思うけど、いいかな?」
写真の中で笑う由佳は、あの日のままだった。
『お兄ちゃん、ありがとう!』
不意に頭の中で由佳の声が聞こえた気がした。
だけど僕は知らなかった、いや、かなでさえも気付いていなかった。
かなでの中に新しい命が芽生えていることに。
~Fin~
最初に浮かんだ設定は、児童施設が舞台では無いのですが、
公開するにあたり、モラル的な観点から急遽変更したものです。