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第七章 それぞれの想い

第七章 それぞれの想い

 俺、どうかしている 〜健吾八〜

 ウィンターカップ本戦へ向けての練習は、順調に進んでいた。俺が転校してきた当初に比べれば、みんなの成長が目に見えて分かり、手応えを感じていた。さすがに優勝は難しいが、良いところまでは行く自信はある。

 今日も試合形式の練習で流した汗を、運動部共用のシャワー室で洗い流しサッパリした後、陽一と二人で着替えていた。

「なあ、健吾」

「なんだ」

「スポーツ推薦も終わったし、十八日って休みだろ。クリスマス前に戻ってくる気はないから綾瀬さんを、その前に誘ってみようかなって思っているんだ。どう思う?」

「どう思うって、言われてもな」

俺と陽一は一週間前、白山のスポーツ推薦を一緒に受けてきた。受験という肩の荷が下りたことで、積極的になったようだ。しかし、ウィンターカップは十二月二十二日から始まるため、十九日には移動しなくてはならない。

「どんな所が好きかな。幼馴染みなんだから知っているだろう」

陽一は、絵里の気持ちを知らない。しかし、それを言うことは出来なかった。陽一との関係がギクシャクするのは避けたかったから。

「遊んでいたのは子供の頃だから、知らないぞ。騒々しいところは嫌いな感じがするけど」

「サンキュウ。近いうちに電話してみるよ」

 しかし、それから数日後の夕食時、母親に告げられたことで、陽一の作戦は失敗に終わることが決定してしまった。

「十八日の夕食は、お隣で頂くから」

「へ〜。そうなんだ」

食卓には大好物の鶏の唐揚げがのっている。今日、大学から合格の通知が届いたので、ささやかなお祝いらしい。それを頬張りながら、『勝手に行ってくれば』という思いで言った。

「あなたもよ、健吾」

「えっ俺も?何で?」

「実はね。十八日は絵里ちゃんの誕生日なんだけど、健吾はクリスマスには、こっちにいないし、誕生日を兼ねたクリスマスパーティーをやりませんかって、誘われたのよ。あなたの合格祝いもね」

「母さんだけ、行けばいいじゃん」

「ダメよ。あなたも連れて行くって言っちゃったんだから。絶対一緒に行くの。合格のお祝いもしてもらえるんだから、ありがたく来なさい。絵里ちゃんの手料理が食べられるのよ」

 そう言って俺を見る目は、何が何でも連れていくという目だった。ここで断ったりしたら、明日から夕食抜きとか言いかねない。絵里と会うのは気が引けたが、みんなと一緒ならいいか。

「分かったよ。行くよ」

「わかれば良いのよ。ふふ」

―――何だか楽しそうだぞ。ん?と言うことは。絵里は、十八日は忙しいってことか。

 陽一のことが気になったが、俺にはどうすることも出来なかった。


 十八日になった。

 昨夜、天気予報で言っていたとおり、今日は初雪が降った。昨今続いている暖冬で、まだ積もる時期ではないので、ミゾレ状の雪が降っては消えていった。

「さあ、そろそろ行くわよ」

「はいはい」

 下から呼ばれて降りると、母さんが珍しく化粧をしていた

「どうしたんだ。その格好は」

 着ている服も、普段着ではない。

「失礼ね。お母さんだって、たまにはお洒落するわよ」

 隣りに行くのに、妙に力が入っている上に化粧も気合いが違う。

「ちゃんと、プレゼントは買ってきたの?」

「ああ。これ」

 絵里と亜里沙へのプレゼントが入った袋を見せる。

「よろしい。じゃあ、行きましょう」

 家を出ると、冷たい風が肌を刺した。

「早く行こうぜ」

「そうね」

 急いでドアの前まで行きチャイムを押すと、すぐに足音が聞こえてきて亜里沙が出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ。どうぞ、あがってください」

「ありがとう」

 母さんには、行儀良いんだな。

「いらっしゃい、健兄。あがって。そうそう、合格おめでとう」

「サンキュウ」

 亜里沙の案内で和室に通されると、大きめの座卓に料理が並べられていた。

父子家庭の綾瀬家は、絵里が料理を担当しているはずだから、これはみんな絵里が作った物なのだろう。体育祭の弁当も凄いと思ったが、これはまた凄いと思った。さすが、母親が亡くなってから、綾瀬家の食を担ってきただけのことはある。

お菓子作りしかできない麻里とは違うな。ん?また麻里と比較してしまった。最近、何かと麻里と比較してしまうのは、絵里のことが気になっているからだろうか。

「いらっしゃい」

 絵里の父親が立ち上がった。

「今日はお招きいただいて、ありがとうございます」

 母さんがこちらを見たので、軽く頭を下げた。

「どうも」

「緊張しなくてもいいからね。健吾君は小さい頃によく来たけど、覚えているかな」

「全然、覚えてないです」

「ははは。まあ、そうだろうね。じゃあ、あの傷も覚えていないだろう」

 指差した方を見ると大黒柱があって、低いところに何本も傷があった。

「それは君と絵里が、背比べをしたときのものだよ。ちょっと高い方が絵里なんだが、今では健吾君の方が大きくなったね」

「そうですね」

 言われて思い出した。

小さい頃は女の子の方が成長が早いから、同じ年齢だと男の方が負けるケースが多い。

俺達二人も例に漏れず、絵里の方が高かったのだが、それを自慢されてケンカになったこともあった。転校直前の頃も俺の方が低かったが、今では十五センチ以上高くなっている。

「さあ、座ってください。正座する必要はありませんよ」

 優雅に座る姿が、様になっている。優しそうな顔からは、想像できない立ち振る舞いだ。

 初めて会ったときから、ただ者ではないと思っていたが、後に母さんから聞いた話で納得した。何でも高校、大学そして今も合気道を続けている人で、インターハイや国体で優勝したこともあるそうだ。どうりで、まったく隙がない訳だ。

「健吾君は、大学に合格したそうですね。おめでとう」

「はい。ありがとうございます」

 襖の向こうから、絵里の声が聞こえる。

「亜里沙〜。そこの、お鍋持ってきて」

「は〜い」

 亜里沙の返事の後、襖が開いた。

「いらっしゃいませ」

 廊下で座ったまま頭を下げて、置いてあったお盆を持って中に入ってきて再び座り、両手で襖を閉めた。

 よく分からないが、たぶん日本式の作法なのだろう。そんな礼儀正しい振る舞いをする絵里が、新鮮に映った。

「速水君。合格おめでとう」

 お皿を並べながら嬉しそうに、にこにこと笑った。

「ありがとう」

「先に決まってズルイな」

「そう言われてもな」

「あ〜、もう。閉めなくたっていいじゃない」

 お盆を持った亜里沙が、足で襖を開けた。

「もう。亜里沙ったら。失礼でしょ」

「私は、絵里姉とは違うから良いの。ねえ、お父さん」

「ははは。そうだな」

 亜里沙のことを怒るかと思いきや、そうではなかった。別に怒ることもなく、呆れることもない。そういったものを、やりたいのなら教えるし、やりたくないのなら無理強いはしない。そんな父親のようだ。

「さあ。料理も揃ったし、始めようか」

 おじさんの指示で、絵里がライターを持った。

「亜里沙、電気を消して」

「うん」

 ケーキに立てたロウソクに灯をともすと、暖かい明かりが五人の顔を照らした。

「じゃあこれから、ちょっと早いけどクリスマスと、健兄が白山学院大学に合格したお祝いと、ついでに絵里姉の誕生日パーティーを始めます」

「亜里沙、私がついでなの?」

 平手で亜里沙の太股をはたいた。

「へへ。ともかく。ハッピバースデーツーユー」

 亜里沙の伴奏に合わせて定番の歌をうたい、パーティーが始まった。


 二時間後、大人二人を残して出てきた俺達は、絵里の部屋で残ったケーキを食べていた。あれだけご馳走を食べたのに、まだ入るんだよな。俺って甘党だ。

―――ここが絵里の部屋か。

麻里の部屋はぬいぐるみが結構あって、これぞ女の子の部屋という感じがしたが、絵里の部屋は片づいていて、すっきりとしていた。

 俺と絵里は、部屋の中央にある硝子テーブルに対面で座った。

「大勢で食べるといいわね。賑やかで」

「こっちは三人だもんな」

「ええ。亜里沙がよく喋るけど、やっぱりお母さんがいないとね」

 絵里はケーキを綺麗に切り分けて、少しずつ食べている。

「なあ、陽一から電話は来たか」

「木本君から?ううん。来てないわよ」

「そうか」

 沈黙が流れる。

「ね、ねえ。私から聞くのも何だけれど、木本君て今も独りだよね」

「ああ。そのはずだけど。どうかしたのか?」

「うん。この前の決勝戦の時ね。彩美が木本君のことを、しきりに褒めていたの。もしかしてって思ったから」

「星埜さんが、陽一のことをか?」

「私の勘だけどね」

「ふうん」

「ねえねえ。知っている二人とも」

雑誌を読みながら食べていた亜里沙が、顔を上げた。

「なあに?」

「お父さんと、芹菜おばさんて、たまに一緒に出掛けているの」

「え?そうなのか」

 俺は驚いて、フォークを口に入れたまま言った。母さんとおじさんが。

「お行儀悪いわよ。で、本当なの亜里沙」

「うん。それでね。お父さんに聞いたの。そしたら、ビックリな答えが返ってきたの」

 亜里沙が手招きをするので、俺と絵里は身を乗り出して顔を近づけた。

「あのね。あの二人。中学校時代に付き合っていたんだって」

「マジっすか」

「マジッす」

 亜里沙は俺の真似をして笑った。

「ふうん。そうなんだ」

 俺とは対照的に、絵里は冷静だった。

「驚かないのか」

「だって、あの二人だって幼馴染みなわけでしょう。そうなっていても、全然おかしくないもの」

「そうだけどよ」

 亜里沙も歓迎しているようで、にこやかな表情をしている。

「あの二人が、もし再婚したら健兄は、本当の健兄になるのよね。私は、そうなってくれると嬉しいな。まっ、絵里姉と結婚しても、そうなるんだけどさぁ」

絵里と結婚だって?亜里沙、流し目で見るなよ。

「そんなこと、あるはずない」

 俺は慌てて否定したのに、絵里はしなかった。

「結婚だなんて。まだ、そこまで考えてないわよ」

そこまでもなにも。その前もないだろ。

「あはは。まあまあ、いいから。あの二人は、暖かく見守るってことで。プレゼント交換しようよ」

 俺と絵里のやり取りがよほど可笑しかったのか、亜里沙がお腹を抑えながら言う。

「あっ、そうだな。忘れていたよ。俺からはこれ」

「じゃあ、私からはこれ。はい。はい」

「亜里沙からは、これだよ」

 それぞれ二人に渡して、二つずつ受け取った。

「これって、手作りか?」

「そうよ。こっちは寒いから」

 絵里から俺へのプレゼントは、手編みの手袋だった。紙袋を開けると、暖かそうな群青色の手袋が入っていた。編み物は、あまり得意ではないらしく、荒いところが数カ所見られる。

「ごめんね。初めて編み物をしたの」

「十分嬉しいよ」

「良かった」

嬉しそうに、口元を緩めた。そんな表情をされると、胸が打たれる。

「亜里沙からのは。ん?どこに行くんだ」

 亜里沙は、部屋を出ていこうとしていた。

「え?だって。よく考えたら、お邪魔かなって」

「そんなことないって。なあ」

 絵里の顔を見たが、何も言わなかった。

「じゃあ、そういうことで」

 亜里沙はいったん部屋から出て、ドアの隙間から顔だけを出して付け加えた。

「逃げないでね、健兄」

「あのなぁ」

 何で俺が逃げるんだ。

「じゃあねぇ」

 ドアが閉められ、絵里と二人きりになってしまった。

「は、速水くんからのは、巾着袋だわ」

 場を繋ごうとしてか、絵里は慌てて俺からのプレゼントを開けた。

「あ、ああ。母さんが、着物に合う物って言うから、それしか思いつかなくて」

「こういうの大好きよ。嬉しいわ。ありがとう。彩美のが羨ましいと思っていたの」

「そうか」

 彩美の巾着。そう言われて、花火大会のことが頭をよぎった。どうやら絵里も同じみたいで、表情が曇っていた。だけど、それを振り払うかのように明るく言った。

「ねえ速水君。私のこと、絵里って呼んで良いから」

「え?そ、そうか。じゃあ、俺のことは健吾で良いよ」

「本当?じゃあ、健吾君。ふふ」

 名前を言っただけなのに、恥ずかしそうにしている。幼馴染みなのだから普通だと思うし、俺の方は元に戻っただけだ。まるで、成り立てのカップルのような会話に困惑した。

「ねぇ、アルバム見ようよ」

「え?そ、そうだな」

 本棚から、分厚いアルバムを出してきて開いた。

「けっこう、一緒に写っているよね」

絵里の言うとおり、意外と多くのツーショットがあった。

こんなに仲が良かったのか。小さい頃の記憶があまりない俺は、初めて見る写真を興味深く眺めた。

「これは幼稚園のね」

課外授業というのだろうか。芋畑で身の丈には大きなサツマイモを、手を土だらけにして抱えた俺と絵里が写っていた。

「健吾君、顔も土だらけだよ」

「ははは。そうだな」

「これはお遊戯会のね。次は確か。あっ、ダメ」

ページをめくる手を止めて閉じようとすれば、見たいのが性というもの。

すかさずアルバムをかっさらって立ち上がり、ページをめくった。

「見ちゃダメェ」

 そこには、ビニールの子供用プールで水浴びをしているオールヌードの絵里が写っていた。

「おおっ」

「きゃあ。返して〜」

「いいじゃん。幼稚園の頃だろ」

「恥ずかしいから〜」

 座ったまま手を伸ばしてきたので、上に挙げて取られまいとする。

「もうっ。きゃっ」

立ち上がって奪い返そうとした絵里が、バランスを崩してもたれ掛かってきた。

「おっと」

 後ろにあったベッドに、もろとも倒れ込んだ。

密着した身体の重みが、何だか心地いい。香水ではない、この香りはシャンプーだろうか、ふわりと鼻をくすぐる。それも相まって頭の中がクラクラしてきた俺は、思わず絵里の身体を抱きしめてしまった。

 小さく絵里の息づかいが聞こえる。

 予想よりもずっと華奢な身体は、腕を回しても大分あまり、柔らかな感触が二本の腕を通して脳を刺激する。思考が止まり、頭の中が真っ白になった。

「ドキドキしているね」

 その言葉通り、脈打つ鼓動が早くなっているのが分かる。

―――細いな。

麻里は太っているわけではないが、少々ぽっちゃり系なので、かなり違っていた。

 と思ったとき、麻里の怒った顔が浮かんできた。

―――何をやっているんだ、俺は。流されちゃいけない。

「ご、ごめん」

 回していた手をほどき、身体をずらして離れた。

「どうかしていた」

「私のこと、嫌い?」

「嫌いじゃない」

「幼馴染みとして?」

「わからない。わからないんだ」

 思わず大きな声を出してしまった

「ごめん。帰るわ」

「うん」

「じゃあ」

 すぐに出ようとしたが、ドアの前でノブを回した手を止めた。

「俺は麻里のことが好きだ。でも、絵里のことも好き、なのかも知れない」

 それだけ言い残して部屋を出た俺は、頭の中がグチャグチャになったまま、自分の部屋まで走って帰った。

「何であんなことを」

 部屋は暗いままベッドに腰掛け、絵里に向かって言ってしまった言葉を思い出す。

 好きなのかも知れない?あの言葉は、心の底から言った言葉なのだろうか。胸に手を当てて、自分に問い掛けてみる。

 今も麻里が好きという気持ちに変わりはない。

 じゃあ、絵里はどうなのか。再会してからのことを、次々と思い浮かべてみる。

 痴漢扱いをされてから、ついこの間までは嫌われていた。それを自分から払拭しようとしたわけではないし、特別な目で見たこともなかった。しかし告白されると、どうしても気になってしまうもので、最近、絵里のことが気になっていることは確かだ。

ましてや、あんな美人に告白されて、心が揺れない男がいるのか。

絵里は真っ直ぐで素直な娘だ。あの告白の仕方で、よく分かる。芯が通っていて、物事をハッキリという性格は、とても好感が持てる。

だが告白されたからと言って、好きという感情が、すぐに出てくるものなのか。

 長く付き合って友達から恋人に移行する人もいれば、第一印象で好きだと言い付き合ったら、やっぱり気持ちに偽りはなかったという人もいるだろう。

 麻里は前者だったが、絵里は後者なのだろうか。

遠距離恋愛は、いつでも会うことが出来ないから別れるケースが多いって聞くけど、麻里のことを裏切ることは出来ない。しかし、絵里のことが気になっている自分もいる。

今は、いくら考えても堂々巡りだ。この問題は、ウィンターカップが終わってからにしよう。こんな気持ちで試合をしたら、みんなに迷惑を掛けてしまう。

「決めた。今はバスケに集中だ」

 俺はすぐにペンを取り、白山に合格したことと、クリスマスの夜には会えないことを書いて封をした。

 俺は一時、逃げてしまった。


佐武の実力を見せてやる 〜健吾九〜

「でかいな。これが東京体育館か」

 陽一が、テレビでしか見たことがない会場を生で見て感動している。

 ウィンターカップ本戦はインターハイと違って、毎年、会場が同じだ。俺にとっては転校前に出場した大会なので、帰ってきたという感じがした。昨年まで住んでいた家に近いから、尚更だ。

「みんな。とうとう、ここまで来たわね」

 澤田コーチが感慨深げに言った。

全国大会に出場したことがあるといっても、それはコーチが赴任してくる六年も前の話であって、コーチにとっても初出場だからだ。

「あなた達は代表だけど、優勝を求められてはいないのだから、自分達の力を出し切って行けるところまで行きましょう」

「「「「「おう」」」」」

一致団結の気合いを入れていると、知っている面々が近付いてきた。

「よう、健吾」

「優樹か」

 向陽高校のキャプテンで、ガードの鷹木優樹。元相棒だった親友だ。

「久しぶり。やっと会えたな」

「そうだな」

「ようっ」

「おうっ」

「元気だったか」

元チームメートと、それぞれ挨拶をすると、

「ところで」

優樹が首に腕を回して、身体ごと引き寄せた。

「なんだよ」

「お前。遊佐とは、どうなっているんだ?」

「どうって。どうもなってないぞ」

「お前の見送りを、せっかく遊佐だけにしてやったのに。上手くいってないのか?」

「だから、どうもなってないって」

 ちょっと声が大きくなった。

「そうか?最近、元気がないんだよ」

「ホントか」

 今度は小さくなる。手紙を読んでガッカリしたのだろうが、少し心配になった。

「俺も、たまにしか会わないから何とも言えないけど、ボケッと惚けていることが多い気がするな」

「それは、いつものことだろ」

「まあ、そうだけどさ。いつもとは、ちょっと違う気がするんだ」

「そうか。いずれにせよ、大会が終わるまでは試合に集中するから。その話は後だ」

「そうだな。お互い頑張ろうぜ」

「ああ」

 離れるとガッチリと手を取り、健闘を誓い合った。今日は開会式が行われた後、女子の一回戦が行われ、男子は明日から始まる。

「なあ、健吾。さっきの鷹木って奴、去年まで組んでいた奴だろ」

「そうだけど」

「俺と比べてどうだ?」

「そうだな。優樹は優樹、陽一は陽一の良いところがあるからな。相手が守りにくいパスを出すのは、陽一の方が上手いかな」

「そうか」

 陽一の顔を見る。絵里とは、どうなっているのかな。

「どうした健吾」

あの日、陽一は絵里に電話をしなかったそうだ。一緒に受験した白山に落ちてしまい、一般入試を受けることになったから、デートをしている暇がなくなったと言っていた。

「いや、何でもない」

北都高校を倒して出場を決めた俺たちの実力は、全国でも通用した。スタメンだけでなくベンチ全員のレベルアップのお陰で、一回戦、二回戦を大勝で勝ち進んだ。


信じているけど 〜麻里六〜

「どういうこと?」

 三日前。久しぶりに届いた健吾からの手紙を開いたら、衝撃的な内容だった。

 白山学院に合格したと書いてあったので、自分のことのように喜びつつ読み進んだら、 クリスマスの夜に会うことは出来ないなんて。バスケットに集中したいからという理由が書いてあったけど、本当にそれだけなの?それとも私って、疑り深いのかなぁ。

クリスマスの今日、二人きりで会えないのは寂しいけど、応援に行くのは構わないだろうと思い三日連続で会場に来ていた。目標はシード校と対戦する四回戦進出だって書いてあったけど、今日は、その最後の関門である三回戦を戦う。

これに勝てば、二つ目の目標である第四シードの清澄高校と対戦出来る。優勝経験もある清澄に一泡吹かせられれば、上出来だとも書いてあった。

 私は二試合目の佐武高校の応援席に座り、開始時間を待っていた。少しして健吾達が姿を現すと、女の子の声援があちらこちらで上がった。

「速水く〜ん。頑張って〜」

「健吾さ〜ん」

 昨年の大会で活躍した健吾には、高校が変わっても固定のファンがいる。雑誌に載ったりもしたから当然かな。それに加えて、ここ二日間でファンになった娘もいるのだろう。

 でも、彼女は私なんだもんね。ちょっとした優越感に浸っていると、試合が始まった。


 第二ピリオドまでは健吾以外の選手が浮き足立ち十二点差をつけられたが、第三ピリオドからは徐々にペースを取り戻していった。

 相手校が勢いで勝ってきた初出場校だったこともあり、致命的な点差をつけられなかったのが幸いした。徐々に、健吾以外の選手が立ち直り、確実に点差を縮めていった。

 あのパスを出しているポイントガードの人が、手紙に書いてあった木本君ね。鷹木君と同じくらい上手かも。鷹木君と言えば、何気なくやっている健吾のプレーは、バスケットをやっている者が見れば、かなり凄いことをしていると言っていた。

 細かいことは分からないけど、見ている者を魅了する力を持っているのは確かだよね。

「相変わらず、格好いいんだから」

 健吾のことを好きになった切っ掛けは、ご多分に漏れずバスケットをしている姿に感動したからだった。一年の頃から頭角を現していた健吾は、鷹木君と共に女子の憧れとなった。

 最初はミーハー気分でファンの一人として仲良くしていたが、徐々に本気になっていった私は、ファンから友達へ、友達から彼女になるために積極的に自分をアピールした。

 お菓子作りが得意だから、練習が終わった後に食べてもらおうと持っていったり、たまの休みには寝たいだろうけど、強引に映画に誘ったりもした。まあ結局は、映画館の中で寝ていたけど。なんか懐かしいな。

 そんな関係を四ヶ月くらい続けたけど、秋にはクリスマスを一緒に過ごしたい一心で、思い切って告白したの。

 あの時の状況は、今でも鮮明に思い出せる。

 恋愛物の映画に行った帰り、公園にある噴水の所で言ったの。健吾の目を真っ直ぐに見て、顔を上気させながら。膝の震えを抑えるのが大変だったな。

「速水君。今は友達みたいな関係だけど、もうそれは嫌。大好きなの。私と付き合ってください。クリスマス、一緒にいてください」

 って、言う前は気が付かなかったんだけど、クリスマスってウィンターカップの真っ最中なんだよね。予選が始まる直前に、あんなことを言ってしまうなんて。どうせ負けるんだからって、言っているのと同じだ。

 言った後に困った顔をしている健吾を見て、気が付いたんだ。あの時は絶対に断られると思って、心臓が爆発しそうなほど早く動いていた。でも健吾は、笑顔で言ってくれたよね。

「ありがとう、遊佐。実は俺も遊佐のことが気になっていたんだ。OKだよ。これからもよろしくな。ただ、クリスマスに一緒にいられるかは、まだ分からないぜ」

 その言葉を聞いたとき、真っ白になっていた頭の中が、健吾への想いでいっぱいになった。そして、健吾の胸に飛び込んで泣いてしまった。

 そんな昔のことを思い出していると、試合は終盤に差し掛かっていた。

 スリーポイントライン付近の健吾にボールが渡り、すかさず中を見るが道がない。一端木本君にパスをして、ディフェンスが開いたところに入り込んだ。健吾をマークに来たディフェンスの動きは、佐武の六番が抑え込んだ。スクリーンアウトだ。

「そこよ」

 一直線に開けたゴールまでの道をツーステップで切れ込み、大きく跳び上がった。木本君から空気を切り裂くような鋭いパスが、空中の健吾に通った。そのまま着地せずに、豪快に放り込む。見事なアリウープが決まった。

二人のホットラインから繰り出される華麗なプレーに、観客は酔いしれていた。

 終了のブザーが鳴ったときには、八十九対六十八と大きく引き離していた。

「勝った。おめでとう、健吾〜」

 呼び捨てで叫んだので思いっ切り目立ってしまい、周りの女の子から注目を集めてしまった。そんな目には構わず大きく手を振ると、健吾も手を振ってくれた。

「麻里。やったぞ」

 健吾も恥ずかしそうにだったけど、こっちを見て大声で答えてくれた。

 それが嬉しかった。今日の夜に会えないのは寂しいけど、これで許してあげちゃう。

翌日の四回戦は、予想通りシード校の清澄高校と対戦した。しかし、接戦の末、惜しくも跳ね返されてしまった。

ちなみに向陽高校も同じく、四回戦で敗退してしまった。これで健吾は、三年間の部活動に幕を下ろした。

そうそう、健吾にはおまけが付いてきた。二年連続の得点ランキング四位に入り、木本君はアシストランキングの三位に入っていた。



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