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第六章 心・乱れて

第六章心・乱れて

 絶対に勝つ 〜健吾七〜

 十月に入り、ウィンターカップ予選も大詰めとなった。

何とか勝ち上がることが出来た俺達は、遂に決勝戦を迎えた。相手は予想どおり、北都高校となった。

「速水君、がんばって〜」

試合前にシュート練習をしていると、星埜さんの声が聞こえた。星埜さんと亜里沙が二階席の最前列に座っていたので、近付いて行って見上げた。

「来てくれたのか」

「当然じゃない。私と亜里沙は、速水健吾のファンなんだから。ねぇ〜」

「ねぇ〜」

 亜里沙と顔を見合わせて言った。

「もう一人は、ちょっと違うみたいだけど」

 星埜さんが、にやけた顔で隣の娘を見た。

「え?何を言っているのよ」

 その娘は星埜さんをドンと押して、頬を緩ませている。誰だっけ。綺麗な娘がいるなと、気になっていたけど。

「あれ?綾瀬か?」

 どこかで見たことがあると思ったら、眼鏡をしていない絵里だった。引っ越し初日に、一回だけ見た顔だ。しばらく見ていなかったから忘れていた。

「絵里姉ったら今日、コンタクトにしたのよ。変わったでしょ」

「たくさん女の子のファンが来ているみたいだけど、舞い上がらないようにね。精一杯、悔いのないように頑張って」

 絵里は笑いつつも、俺に釘を刺した。別に付き合っている訳じゃないのに。

「わかっているよ」

憎まれ口は変わっていないようだが、表情から滲み出る雰囲気は変わったような気がした。それとも、俺には見せていなかった面か。

絵里のことが気になったが、いまは試合に集中しないと。チームの輪に戻ると、陽一が話し掛けてきた。

「なんか、いい雰囲気じゃないか?」

「そんなんじゃないよ。頑張れってさ」

「そうか。どんどん出すから決めてくれよ。それにしても綾瀬さんは、眼鏡を外しても美人だよな」

「いいから、行くぞ」

「お、おう」

 そろそろ時間だ。いよいよ決戦の火蓋が切って落とされた。


試合は後半第三ピリオドに入って、三十六対四十九と十三点のリードを許してしまった。作戦どおりディフェンスを頑張っているのだが、高東が予想以上に手強い。俺は何回か突破しているのだが、敵も考えているもので、なかなか陽一からのパスを通してくれない。  

こちらが高東対策をしたなら、あちらは陽一と俺のラインを寸断する練習をしてきたというわけだ。

さすが全国区。と、そんなことも言ってられないな。

「リバン」

こちらのスリーポイントシュートが外れてしまい、ゴール下のリバウンド勝負になる。

ゴール下には高東が陣取り竹原と芹川の侵入を、身体を張って防いでいる。

骨の当たる音をさせて、大男三人がぶつかり合うポジション争いが、ボールを取るか取られるかの鍵となる。

「ナイス、高東」

またしても高東に奪われてしまい、北都の応援席が盛り上がる。高東から石沢へと渡り、レイアップを決められ十五点差にひらいてしまった。

嫌な雰囲気になりかけると、タイムアウトのブザーが鳴った。こっちのほうだ。

「さすが高東君は、手強いようね」

「はい。スタミナ切れなんて、しないんじゃないかって思いますよ」

コーチと陽一が話しているのを聞きながら、タオルで汗を拭った。

「どう思う?健吾」

「そうだな。確かにあいつもスタミナ強化をしてきたと思うけど、しつこく食らい付いていけば、必ず失速すると思う。そこから畳み掛けて逆転するしかない。それまで、引き離されないように頑張るしかないな」

「うん。俺もそう思います」

「よしっ。このままマンツーでいくよ」

「はい」

コーチの声に押されて、コートに戻っていく。チラリと二階の応援席を見ると、絵里が祈るようにして見つめていた。

突然、麻里の顔が浮かんできたが、

―――いまは試合に集中だ。

 俺は気を取り直して、位置に着いた。


「挟め」

一人で勝てないなら、二人で立ち向かうしかない。高東を挟んで自由を奪い、両側から竹原と芹川がリバウンドに跳ぶ。

「くそっ」

「ナイス芹川」

 初めてリバウンド争いで勝った。

 俺は手を挙げてパスを要求した。ここが練習の成果を出すときだ。

予選でスリーポイントを外してから、毎日のシューティングでもスリーポイントに重点を置いて、確率を上げる努力をしてきた。

「いけ、速水」

「よしっ」

 すかさずディフェンスがブロックに来るが、そんなものに負けはしない。

「これでどうだ」

ただシューティングを繰り返してきたわけじゃない。後方にジャンプし、シュートの軌道上からブロックを外す。フェイドアウェイという難しい技だ。

―――よし、きたっ。

 打った瞬間に、これは入ると確信した。そのとおり、ボールは大きな弧を描いて、ゴールに吸い込まれた。

会場から割れんばかりの歓声が上がった。見たか。夏の俺とは違うんだ。

「ここからだ。追いつくぞ」

「「「「おう」」」」

 ディフェンスに戻りながら、仲間に宣言する。

さあ、反撃開始だ。


 第四ピリオド前半から、流れはこちらに傾いてきた。高東の動きが目に見える形で鈍ってきたのだ。

疲れが見え始めた高東は、パーソナルファールを三つ犯していた。あと一つ取れば、だいぶこちらが有利になる。五回ファールをすると退場になるから、四つ目をもらうと、どうしてもプレーが萎縮してしまうからだ。

―――ここが勝負時だ。

 陽一が北都のマンマークに慣れてきたからか、パスが通るようになってきた。パスを受ける前に一瞬、視線をゴール前に向けると道が見えた。

―――そこだ!

 陽一から走りながらボールを受けると、すかさずドリブルで切れ込んだ。

「入れる」

 ドライブインからレイアップを試みると、そこに高東の手が伸びてきた。

「行かせるか」

―――甘い。

 ジャンプした後、一度上げたボールを下げてブロックをかわし、ゴール下を通過してから、後ろに向かって放る。

 ボールはリングに弾かれることなく、ネットを通過した。渾身のバックシュートだ。

 審判が、シュートインのジェスチャーをした後、笛を吹いた。シュートした時に、焦った高東の手が俺の手を叩いたため、ディフェンスファールとなった。これで高東は四つ目だ。

「よっしゃーーー」

 ファールによるワンスローも沈めて、スリーポイントプレーが決まった。これをやられると、精神的ダメージが大きい。案の定、高東のプレーが小さくなっていった。

 それからというもの、ゴール下は半分以上競り勝つことが出来た。

結果、北都の得点が止まる時間帯が出来、追いつき、更に逆転に成功した。

それに焦った北都は負けパターンにはまっていった。悪循環を繰り返し、再逆転の機会をも逸した。

「勝ったーーー」

 試合終了のブザーが鳴り、結局、終わってみれば八十五対七十で完勝した。

「全国だーーー」

 ベンチ裏の応援席からも部員が飛び出してきて、コーチを中心にして歓喜の輪が出来る。

 二階の応援席では絵里が、ハンカチで涙を拭いながら大きく手を振って『おめでとう』と叫んでいた。


信じているから 〜麻里五〜

 向陽高校はスポーツが盛んで、多くの運動部が全国大会に出場する強豪校なの。で、もちろんバスケット部もその一つで、今年もウィンターカップに出場することが決まった。

 健吾の方も、そろそろ決まる頃だけど、どうなったのかな。

 そんな帰り支度をしていた私に、朗報が届いた。

「さあて、お母さんが待っているわ」

今日はアルバイトが休みだから、帰ったら夕飯のお手伝いをする予定なの。健吾と一緒に住むことになっても、困らないように。お菓子作りだけじゃ、生活できないからね。

「遊佐。いるか」

 教室を出ようとしたら、ドアの所にバスケット部キャプテンの鷹木君が立っていた。健吾と親友の鷹木君とは、よく話をする。

「どうしたの?」

 鞄を持って歩み寄りながら答えた。

「いま先生から聞いてきたんだけど、佐武高校が優勝したってよ」

「本当?じゃあ、ウィンターカップに出られるのね」

「そうだ。対戦することになったら、面白いな。北都に勝ったんだから、かなり強いだろう」

「そうなったら、勝っちゃダメだからね」

「あのなあ。そうはいかないだろう」

「ダメなの」

 鞄を振り上げて軽く叩こうとすると、

「おっと。俺は練習があるから行くぜ。みんなに気合い入れないとな。じゃあな」

 軽く避けられ、鷹木君は体育館の方へ走っていった。

「そっか。勝ったんだ」

 久しぶりに、実際に観戦しながら応援することが出来る。それと手紙ではなくて、電話をして直接おめでとうを言わなくちゃね。

 帰宅して晩ご飯を食べた後は、健吾が帰ってきて一段落付くだろう時間まで、そわそわしながら待った。ちなみに、晩ご飯はコロッケだった。もちろん惣菜じゃなくて、蒸かしたジャガイモを潰すところから始める本格的なコロッケだよ。

「そろそろ良いかな」

 もう九時を回っている。あまり遅くなっても迷惑だよね。

私は子機の短縮ボタンを押した。

「はい。速水でございます」

 おばさんの声だ。

「夜遅くにすみません。麻里ですけど」

「あら麻里ちゃん。こんばんは」

「こんばんは。健吾いますか」

「いま、お風呂に入って。あっ、出たみたいね。ちょっと待って」

「はい」

 保留音が流れてきて、しばらくすると健吾が出た。

「麻里か。珍しいな、電話してくるなんて」

 二ヶ月ぶりに聞く健吾の声だ。嬉しいな。

「だって直接、言いたかったから。優勝おめでとう」

「ありがとう。早いな。何で知っているんだ」

「今日、鷹木君が教えてくれたの」

「優樹が。そうか。そっちも決めたんだろ」

「うん。決勝は昨日だったんだけど、ギリギリ三点差で逃げ切ったよ。健吾がいないから苦労したって鷹木君が、ブツブツぼやいていたよ」

「ははは。そうだろう。しょん!」

「きゃっ」

 突然のクシャミが鼓膜に響いたので、受話器を遠ざけた。

「どうしたの?」

「ごめん。上に何も着てなかったからさぁ」

「え?」

 ということは、上半身裸で話していたって事?受話器の向こう側の健吾を想像して、ちょっと恥ずかしくなった。

「もうっ。早く着ないと風邪引いちゃうよ」

「そうだな。ちょっと待って」

 ガサゴソとシャツを着る音がする。

 それを待っていると、花火大会で会った綾瀬さんの顔が浮かんできた。

「お待たせ」

「ねえ、健吾」

「ん?」

「寂しい?」

「え?そ、そりゃあ、寂しいさ」

 あっ。いま、ちょっと動揺した?

「私のこと好き?」

「もちろん、好きだよ」

「そっか」

「な、なんだ。突然」

「ううん。何でもない。それより応援に行くからね。それに、こっちで会うことが出来るかな。大会中にクリスマスもあるし、夜にも少し会いたいな。プレゼントは直接渡したいから。それに初詣も一緒に行きたいんだけど、現地解散て許してくれるかな」

「どうかな。クリスマスは分からないけど、初詣は一緒に行けるよ。父さんの墓参りに行くから」

「あっ、そっか。クリスマスも許してくれると良いなぁ。いまから、すっごく楽しみ」

 電話代が掛かるから、早く切らないといけないけど、途切れることなく話したいことが出てきた。

「……なのよ」

「うん」

 初めは返答をしていた健吾も、しだいに相槌を打つだけになっていた。

 またそれだけ。疲れたのかな。

「クリスマスに会えなかったら、プレゼントは初詣に行った後に渡すからね」

 今度は相槌さえなかった。

「健吾のバ〜カ」

「うん」

 んっもう。

「健吾。聞いている?」

「んん?な、何だって?」

「プレゼントはクリスマスに会えなかったら、初詣に行った後に渡すからねって。言ったのよ」

「わかった。俺もそうするよ」

「もしかして、もう眠い?」

 時計を見ると、十一時を過ぎていた。

「そ、そうだな。明日も朝練があるから」

「あっ、ごめん。そうだよね。じゃあ切るね。おやすみなさい。チュッ」

「ははは。おやすみ」

 電話を切ると再び、綾瀬さんの顔が思い出された。

 少し変だったな、健吾。まさか、何かあったのかな。浮気なんて、していないよね。健吾のことを信じるって、決めたんだから。


麻里からの手紙

―――Dear 健吾  十二月十一日

 毎日寒いね。そっちは雪積もった?

 もうすぐ本戦が始まるけど、練習は順調ですか。こっちは健吾がいないから、目標は三回戦突破だって鷹木君が言っていたよ。

 健吾は昨日こっちで白山の試験があったのに、会えなくて残念だったね。私も塾の模試があったから。もう受験に向かって、勉強の日々です。お互い合格出来たら良いね。



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