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第三章 気になる存在

  絶対勝つ 〜健吾四〜

 六月に入り、県予選も佳境に入ってきた。短時間でこのチームに溶け込むことが出来た俺は、地区予選途中からスタメンとなっていた。

初めはベンチスタートだったけど、ひとたびコートに立てば自分の役割をキッチリとこなし、ベストパフォーマンスを見せることで、他の部員からの信頼を得ることが出来た。

 残すは、あと二つ。いよいよ今日は準決勝だ。そしてその相手は、予想どおり北都高校となった。

「あ、あと二つ勝てば、インターハイだな」

「そうだな」

 話し掛けてきた陽一の声は上擦っていた。控え室全体に、いつもと違う空気が漂っているのが伝わってきて、みんなが凄く緊張しているのが分かる。

 俺は履いているバッシュを見た。先週の誕生日に、麻里から送られてきたバッシュだ。

ここまで、一緒に戦っているつもりでプレーしてきた。麻里のためにも負けられない。

「はい、みんな。何をそんなに緊張しているの」

 澤田コーチが嫌な空気を振り払い、俺達を鼓舞するように手を叩いた。

「健吾。あなたの経験から、みんなにアドバイスとかある?」

「俺からですか?そうだな。あまり気負って実力が出せないと後悔するから、いつもの自分を出せれば良いと思う。それで結果がついてくるはずです」

「そうよみんな。全てを出し切るように」

「「「「「はい!」」」」」

 時間が来たので控え室を出ると、隣から北都高校が出てきた。全国大会で戦っている北都高校には、当然知っている奴もいる。コーチ同士が何やら話している横で、キャプテンの男が話し掛けてきた。

「矢野じゃないか。久しぶりだな」

「今は速水だよ」

「そうだったな。すまん」

 地区予選に出始めた頃は、何で俺がこんな所にいるのかと、いろんな噂が流れた。

思わず苦笑してしまうものもあったが、こいつは本当のことを知っているらしく、軽く頭を下げて謝った。この男はキャプテンで、石沢という。ポジションはガードだ。

「ダメだな。変わりに手加減してくれよ。センターの高東を使わないとか」

「ははは。それこそダメだ」

「やっぱりダメか」

 冗談を言い合っていると、後ろから小憎らしく言う奴がいた。話題の全国区センター、高東だ。

「二ヶ月しか経ってないのに、コンビネーションが上手くいくはずねぇよ。絶対負けねぇ」

ウィンターカップで、何回も俺に抜かれてシュートを決められたのが、よっぽど悔しかったんだな。試合は俺の方が負けたのに、こいつの中ではプレーで俺に負けたという思いが強いらしい。それにしても、相変わらず背が高い奴だ。嫌味も上から言われると、更に嫌気が増す。

「それはどうかな」

 傍観していた木本が反論した。

「ふん」

 陽一を一瞥すると、さっさと先に行ってしまった。

「じゃあな。正々堂々とやろうぜ」

「ああ」

 石沢が手を挙げて、他の部員とともに高東を追っていった。

「あいつ、いつにも増して憎たらしいな。お前をよく知っているみたいだったけど」

 通路を曲がるまで睨み付けていた陽一が振り返った。

「ウィンターカップで、俺とマッチアップしたんだ。何回も抜いたから根に持っているんだろ」

「じゃあ、今日もギタギタにしてやろうぜ」

「そうだな」

 あいつの言ったとおり、陽一とはまだ二ヶ月のコンビだけど、俺にはやれるという自信があった。

 会場に入ると、客席に空きがあった昨日とはうって変わって、たくさんの人で埋め尽くされていた。準決勝ということもあるが、ほとんどが全国区である北都高校を見に来たバスケファンだろう。ここは一つ、強いのは北都だけじゃないという所を見せてやらないとな。


最低男から、少しは昇格かな 〜絵里四〜

今日は彩美に、速水君の大事な試合があるから一緒に応援しようと、無理矢理、市立体育館に連れてこられた。私には関係ないのに。

バスケットの観戦は彩美の応援でしたことがあるけれど、男子の試合を見るのは初めてだ。会場は、準決勝ということもあって満員だった。

試合開始前、両校のコーチと選手が紹介された。

「続きまして、佐武高校のスターティングメンバーです。四番、木本陽一君。五番、竹原悟君。六番、芹川隼人君。七番、速水健吾君。八番、宮本佳希君」

スタメンがコートの中に入り、それぞれ定位置に散らばって構えた。

「速水く〜ん、頑張って〜」

 ファンの娘なのだろう。たくさんの声援があがった。なんか気分が悪い。

「ふん。舞い上がらなきゃいいけれど」

「大丈夫でしょ。速水く〜ん」

 大声で叫んだ彩美の声に答えるように、速水君がこっちを見て手を挙げた。私の方もチラッと見たので、不機嫌そうに睨み付けてやった。

審判の笛とともに、センターサークルでボールがトスされると、両校のセンターが跳び上がってボールを奪い合う。佐武高校のセンターが弾いたボールが、木本君の方に向かって落ちた。

「出るよ」

「え?何が?」

彩美が指差す方を見ると、速水君がゴール下に向かって走っていた。

「佐武得意のファーストブレイクよ」

速水君はスピードを落とすことなく木本君からのボールを受け取ると、大きく跳んだ。いや、飛んだという表現の方が合っていると思うくらい跳躍した。

「一本目―――」

 会場のファンには分かっているようで、一本目というカウントが入る。ガコンと派手な音が会場全体に響くと、大歓声が巻き起こった。

「凄い。あんなこと出来るのは、全国の高校生でも一握りだよ。格好いいよね〜」

「う、うん」

 私は圧倒されていた。速水君て、こんなに凄かったんだ。木本君と合図しながら自陣へ走る速水君を見ながら、不覚にも格好いいかもと思っていた。


第三ピリオドの途中、五十三対六十一と佐武が八点リードされた。

エースの速水君は、高い確率で次々とシュートを決めたが、それ以上に点を取られてしまった。

「いくら全国区の速水君が入っても、周りの選手が付いていかないと勝てないよ」

 ヤキモキした彩美が、心配そうに呟く。その心配が的中するように、点差が縮まらないまま、入れては返されるのシーソーゲームが展開された。

ブザーが鳴り、佐武高校がタイムアウトを取った。

「なかなか逆転出来ないね」

 私がそう言うと、彩美がバスケットプレーヤーらしく分析してくれた。

「このままだと逃げ切られるかも。でも、そろそろ勝負に出てくるんじゃないかな」

「勝負って?」

「例えば、試合の流れを引き寄せるために、マンツーマンディフェンスにするとか」

 彩美に聞いたことがある。確か、一人に一人のディフェンスが密着マークをするディフェンス法だ。これを実行するには、相当のスタミナが必要だとも言っていた。

 ベンチを見ると、タイムアウト中の選手がコーチの指示を仰ぎながら、汗を拭いたり水分補給をしたりしている。

「あっ、いま十番の選手が頷いた」

 彩美が指差した。さすが視力二.〇。よく見えるわね。

「あの人は確か、私と同じスリーポイントシューターなの。ということは、あれかな」

「あれって?」

「まあ、見てのお楽しみ。始まるよ」

 選手の気合いの声が聞こえてきた。タイムアウト終了のブザーが鳴り、一人一人がコーチに背中を叩かれてコートに戻っていく。

「頑張って〜」

 彩美が叫ぶと、速水君が拳を作って、それに答えた。その真剣な顔は、私の速水君に対するイメージの中にはなかった凛々しさだった。


 第四ピリオドが始まると、マンツーマンディフェンスが功を奏した。

彩美の読みどおり十番が入ってスリーポイントを続けざまに決めて逆転し、逆に二点差、五点差と一時、突き放したのだが、終盤で底力を発揮されて再逆転を許してしまった。

「ナイシューーー」

離されまいと、速水君がレイアップシュートを決める。

残り一分を切って、九十対九十二。

「正念場よ。中に入れるな。スリーポイントのケアも忘れない。ハンズアップ」

 ベンチからコーチの声が飛んでいる。

 マークをする選手がボールを持つと手を挙げて、シュートコースを塞ぐように両手を大きく、何遍も交差させる。

「ナイスディフェンス。この終盤で、あんなにしつこいディフェンスが出来るなんて、凄い。取れるかも」

彩美の言うとおり、佐武が二十四秒間守りきった。

二十四秒間シュートをさせなければ、反則となってこちらのボールとなる。ここぞとばかりに佐武が攻めるが、当然、北都も簡単にはシュートをさせてくれない。逆転するためには三点が必要なのだから、スリーポイントを警戒されてしまう。

「打った。ああっ、惜しい!」

終了時間ギリギリで十番が放ったシュートは、惜しくもリングに嫌われてしまった。

 会場に溜息が漏れて、みんながボールの行方を追うと、リバウンド争いから外に弾かれたボールが速水君の目の前に落ちた。

周りには誰もいない。ノーマークだ。

 速水君は迷うことなく、スリーポイントを放った。

―――入って!

選手、観客、彩美、そして私。会場全ての視線が、弧を描くボールに注がれた。

 しかし、ボールはリングで二回バウンドした後、無情にも内側を通ることなく落ちた。

 一瞬の静寂の中に、ボールの床を打つ音が虚しく響いた。そして試合終了のブザーが鳴り、北都高校の勝利が告げられた。

優勝を祝う大歓声の中、速水君は膝から崩れ落ちた。


 会場を出ると、外は雨が降っていた。彩美は一緒に帰る途中、何度も速水君のことを心配していた。

「速水君。大丈夫かな」

「大丈夫よ。あいつは、そんなに弱くないでしょ」

 彩美とは正反対に、私は楽観的に答えた。

「だといいけど」

「じゃあ、また明日」

「うん。じゃあね」

 彩美と別れて歩いていると、昔よく遊んだ公園の前を通りかかった。

「よくここで、速水君と遊んだっけ」

 昔の姿と、今日の試合での姿が重なる。

「ふふ。全然、違うよね。当然だけど」

 公園の入口に差し掛かったとき、ドン……ドン……という音が聞こえてきた。

 中を覗くと、柵の向こうに速水君がいた。傘も差さずに雨の中で一人ベンチに座って、拳を振り下ろしていた。

―――何をやっているのよ。

 私は急いで公園に入り、近付いていった。

「くそっ」

周りが見えていないのか、真後ろに来ても、まったく気が付いていない。

「くそっ」

そんなことをしていたら、拳が壊れちゃうよ。

「コラッ。公共物を壊しちゃダメでしょ」

 速水君の頭を軽く叩き、傘を傾けて言った。

「綾瀬か」

 私だと声で分かったらしく、前を向いたまま言う。

 しばらくの間、後ろに立ったまま、傘に当たる雨の音だけで会話はなかったが、黙っていても仕方ないので私から口を開いた。

「今日は、残念だったね」

 速水君は何も言わない。さすがに応えたのかしら。

「私は、どうだっていんだけど。たまたまそこを通ったら、あなたがいて。彩美が落ち込んでいるんじゃないかなって、気にしていたから。まあ、最後はあなたが外しちゃったけど、敗因はそれだけじゃないでしょ?一人で落ち込んでも仕方ないわよ」

「俺が入れていれば、勝てたのには変わりない」

 ボソッと言う。なあにそれ?男らしくないわね。こういう男には、ガツンと言わないと。

「女々しいわね男のくせに。悲劇のヒロインぶっているんじゃないわよ」

 私は前に回り込んで、項垂れている速水君を見下ろした。

「あなた一人の力であそこまで行った訳じゃないでしょ。弓道の団体もそうだけど、一緒に練習してきた仲間が力を出し合った結果があれなら、それを素直に受け入れなさい。まだ冬の大会があるし、これで終わりって訳じゃないでしょ。あーもう。何で私があなたを慰めなきゃいけないわけ?」

 私は、何も言わない速水君に嫌気がさし、身を翻して帰ろうとした。

「ありがとう」

 微かに聞こえてきた。

「なあに?聞こえないわよ」

「ありがとう」

 顔を上げて、私の目を見て言う。

「わ、分かればいいのよ」

 その実直そうな目に、ちょっと照れてしまった。

「そうそう。再会したときの痴漢行為は許した訳じゃないけど。ちょっとは見直したわ」

「え?」

 何を言っているのか、分からないようだ。そうよね。私だって、何でいま、こんなことを言っているのか分からないわ。

「まあまあ格好良かったって言っているの。じゃあね」

「あ、ああ」

 私は恥ずかしくなって、振り返ることなく早足に公園を出た。降っていた雨は通り雨だったようで、もう止んでいた。

家に帰ると、亜里沙が待っていた。

「健兄。惜しかったね」

 亜里沙は部活があり応援に行けなかったので、電話で結果の報告だけしておいた。

「そうね」

「私の言葉が、プレッシャーになったのかなって」

 今朝、練習に出掛ける前に、絶対に勝ってと言ったそうだ。

「そんなことないよ。あいつなら、きっと大丈夫」

「うん。そうだよね」

 あれくらいで参るほど、ヤワじゃないわよ。きっと。


麻里からの手紙

―――Dear 健吾  六月十六日

あーーーもう、残念だったね。健吾のことだから、一生懸命頑張ってくれたんだよね。でも、最後のシュートを落としたのは気にしてもしょうがないよ。試合の結果は、みんなで頑張った結果なんだから。周りのみんなの力があってこその健吾なんだからね。気持ちを切り替えて頑張ってね。

 冬は期待しているから。(重荷になっている?)


―――Dear 健吾  六月二十五日

 もうすぐ夏休みだね。夏休みと言えば、その前には期末テストだね。ちゃんと勉強もしている?宿題を見せてもらう人はいるの?今度の夏休みは課題が違うから、見せてあげられないよ。


―――Dear 健吾  七月四日

 毎日暑いね。そっちの夏は、こっちよりも過ごしやすいのかな?そろそろ期末テストだけど、勉強頑張っているみたいだね。手紙を読むと、なんとかやっているみたいで安心しています。でも、一緒に勉強したかったな。お互いの家に行ったり来たりして。麻里特製のプリンを、おやつに用意するのに。


―――Dear 健吾  七月二十日

 そっちも、もう夏休みに入ったよね。健吾は部活の毎日かな?まさか女の子と遊びに行ったりしてないよね。いま「ごめん」なんて言っていたりしたら、絶対許さないからね。私は信じているけど。

 そうそう。アルバイトはちゃんと続いているよ。ご指摘の通り、たまにドジはするけど、些細なことだから大丈夫。でも、お客さんがナンパみたいに声を掛けてくることがあって、ちょっと困ることがあるかな。あっ、嫉妬してくれた?ありがとう。最初はしどろもどろしていたけど、最近は慣れたもので、適当にあしらっているよ。私も成長したってことだね。


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