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第二章 体育祭

第二章体育祭

 あんな奴の、どこが良いわけ? 〜絵里二〜

 お昼休み。

 どこの高校も同じだと思うけど、お弁当を持ってこない人は、四時限目の終わりを告げるチャイムと同時に教室を飛び出していく。売店へ人気のパンを求めて、はたまた学食の席を確保するために走る。女子校の姫百合とて例外ではない。私はお弁当を作ってくるので、そういうものとは無縁だけれど。

「相変わらず、おいしそうよねぇ」

 彩美が、私のお弁当を覗き込んだ。

「朝早くから、よく作れるよね」

「そんなに手は込んでないわ。彩美は、もう少し栄養のバランスに気を付けた方が良いよ。今日は、 サンドウィッチだけなんでしょ。少し食べて良いよ」

「いいの?じゃあ、遠慮なく」

 ホントに遠慮なく、メインのアスパラの牛肉巻きを手で摘んだ。

「それは一個だけだからね」

「分かってる分かってる。そうだ絵里」

「なあに?」

 私も牛肉巻きを口に入れる。うん。美味しい。我ながら上出来だ。

「先月の始めに見かけた佐武高校の男の子って、もしかして矢野って名字じゃない?」

「速水君のこと?お父さんが亡くなられたから、今は母方の姓の速水っていうの」

「やっぱり!」

 ガタンと、椅子を鳴らして立ち上がった。

「絵里と彼の関係は、何なの?」

 頬張ったサンドウィッチが、彩美の口からはみ出して上下に揺れている。

「彩美、はしたないわよ。関係って言われても、只のお隣よ」

「へ〜、お隣。って、お隣?つまり幼馴染みってこと?」

 座りかけて、また立ち上がった。

「立ったり座ったりしないの。埃が立つでしょう」

「あっ、ごめん」

「よろしい」

「そうじゃなくって。それ本当?」

「それって幼馴染みのこと?彩美に嘘をついても仕方ないわ」

「そ、そうよね。絵里が私に嘘ついたことなんてないか」

 やっと落ち着いたのか、ゆっくり座ると顔を近づけてきた。

「ねえ絵里。姫百合で彼のことが噂になっているのは、知っている?」

「噂?速水君が?ううん、知らないわ」

「彼ってバスケット部でしょ。しかも全国区の」

「そうね」

「なんだ。知っているの?凄い人が転校してきたって、中等部にまで噂が広まっているんだから」

「へ〜、そうなんだ」

 亜里沙が広めたのね。きっと。力説している彩美をよそに、デザートの苺を摘んだ。

「はぁ〜。ホント、こういう話題には興味ないよね」

 なによ。勝手に喋って、勝手に脱力されても困る。

「興味がないというか。好みの男の子がいないだけよ」

「理想が高そうだもんね」

 理想?そんなのは特にない。

「そんなことないわよ」

「じゃあ私を、速水君に紹介してよ」

「え?嫌よ」

「どうしてよ?ただの幼馴染みでしょう」

「そういうことは、自分の力でやってちょうだい」

「ちぇ。いいわよ」

 そのときは、本当に面倒くさいと思ったから断った。ただ、それだけのはずだった。


気合いが違うな 〜健吾三〜

 五月に入ると、俺はだいぶクラスに溶け込んでいた。元来明るい性格だから、麻里が心配したような苛めなんてなかった。

「今日は、体育祭の代表者を決めます」

 クラス委員長が、教卓に立ってホームルームを始めた。今日の議題は、二週間後に行われる体育祭の人選だった。向かいにある姫百合学園との合同体育祭ということで、毎年、良いところを見せようと、運動が得意な奴が張り切る日らしい。

 必ず出なくてはいけない種目以外の、代表者が出場するリレーなどでも積極的に立候補する奴がいて、どんどん決まっていった。

「合同ね。絵里も出るんだろうな。当然」

 絵里とは、まったく話をしていない。家は隣だが、生活サイクルが違うのだから、そう度々会うはずもない。だからといって、わざわざ会いに行くのも変だし。覗きという悪評は、早く払拭したいところだったが。


 当日は雲一つない見事な快晴で、まさに体育祭日和となった。両校の各クラスを四つに組分けしただけで、男女が混じって競技をすることは少ないが、両校のグラウンドを使っての白熱した戦いが幕を開けた。

 俺はいま、百メートル予選の順番待ちをしている。予選と言うからには決勝まであるのだが、決勝まで行くには四回も走らなくてはならない。しかも予選を各学年で争い、成績上位者が決勝に進出するという、佐武高校最速を決める徹底ぶりだ。

「中等部は、すぐ隣にあるんだな」

 高等部の隣には中等部があり、休み時間らしく応援している女子中学生が全部の窓に見える。ただでさえ、女子校の中にいるということでドキドキしているのに、この視線の数にはちょっと参る。目一杯、手を振っている娘がいたので目を凝らすと、亜里沙だった。

「健兄〜。頑張ってねーーー」

 調子に乗って、右腕を挙げて亜里沙に答えると、

「きゃーーー」

 意外に目立ってしまい、校舎から一斉に歓声があがった。なんだ、この異常な盛り上がりは。

「次、準備して」

 おっと出番だ。スタートブロックに足をかけて、身を沈めた。亜里沙が見ているし、格好悪い所は見せられないな。短距離は得意なんだ。

「位置について、よーい」

 号砲に反応して飛び出すと、スタートダッシュで先頭にたったまま、ゴールを駆け抜けた。

「はあ、はあ」

「紅組、速水健吾、一着と。放送で呼ばれたら集まってください」

「わかった」

「健兄〜。格好いいーーー」

 亜里沙の声にガッツポーズで答えると、先程にも増して歓喜の声があがった。照れながらも手を振っていると、次のグループが走ってきた。おっ、陽一が先頭だ。完全に独走じゃないか。そのままトップで、人差し指を立てた右腕を挙げてゴールした。二人とも、一次予選は楽勝だった。

「やったな、陽一」

「お前こそ」

 ハイタッチをして、お互いを称えた。

「目立っているな、お前。羨ましい奴」

「ははは。ちょっと知っている娘がいただけだ。それにしても、みんな一生懸命だなぁ」

 学校行事なんて、適当にやっているのしか見たことがなかったから、かなり感心していた。しかし男どもは、女子に良いところを見せたいから頑張っているのは分かるが、女子も一生懸命なのは何故なのか分からなかった。

 その疑問を陽一に話したら、すぐに解決した。

「そんなの決まっているじゃないか。そうか。お前は知らないんだな」

「何をだ?」

「優勝した組には副賞で、一ヶ月間、学食タダのパスが全員にもらえるんだぞ」

「なに?全メニューか?」

「当然」

「それを早く言えよな。よしっ」

 そう言うことなら納得だ。俺は、俄然やる気が出てきた。小遣いの中には昼食代も入っているから学食がタダになれば、その分を浮かせることが出来る。毎日四百円位使っているから、一ヶ月もタダなら八千円は余る計算になる。これは大きい。

「上位は陸上部の奴らがを独占するだろうから、その後に続けば上出来だろう」

 木本の言葉に「そうだな」と答えたが、俺は一位を狙うぞ。

 まだまだ始まったばかり。これから走り幅跳び、走り高跳び、ハードル走等々、目白押しだ。


「あ〜、きつい」

 午前の部が終わって、俺は百メートルと走り幅跳び、そして走り高跳びで準決勝に残っていた。準決勝、決勝は午後に行われる。

「さて、いったん戻るか」

 陽一に促され校門を通ろうとしたとき、俺達を呼び止める声があった。

「ねえねえ」

「ん?」

 振り返ると、そこには見たことがある女の子が立っていた。

「あなた、速水君でしょ」

「そうだけど」

 この娘、誰だっけ?赤い線の入ったゼッケンを着けているから、同じ組のようだけど。

「私と一緒に、お昼を食べない?」

「いや、学食かパンにしようと思っているけど。なあ」

 黙ってみていた陽一に振ると、同意して頷いた。

「あっ、いま私のこと、怪しい奴って思ったでしょ」

「そんなことは」

 陽一は困った顔をした。

「ひどい。私はただ、お昼に誘っただけなのに」

 大袈裟に嘆いているが、嘘だというのがバレバレだ。

「あ、あのな」

「そうそう。自己紹介がまだだったわね」

 話を聞いちゃいない。

「私は星埜彩美。綾瀬絵里の親友よ」

「綾瀬の親友?」

 ん?やっぱり会ったことがあるんだな。いつだったかなぁ。

「そういうこと」

 目を細めて笑う表情は、まるで猫みたいだった。猫?そうだ。思い出した。

「そうそう。そう言えば、転校初日に見たような」

「少しは覚えていたようね。ところで、お弁当は持ってきてないんでしょ?」

「そうだけど」

「じゃあ、一緒に食べない?多く作ってきたのよ」

「それを、俺達が食べていいわけ?」

「もち」

 多分、絵里も一緒なのだろと予想できたが、俺は昼食代が浮くから有り難かった。

「どうする?」

 陽一を見て意見を求めた。

「いいんじゃないの」

「そっか。じゃあ、ご馳走になるよ」

「やった。じゃあ、行きましょう」

 彩美に手を取られて引っ張られる。

「お、おい。どこに行くんだ?」

「あっちあっち」

 体育館横の高い壁際を沿って行くと、中庭へ出た。

 そこは昼食を食べる人気の場所のようで、たくさんの女子生徒が思い思いにお昼を楽しんでいた。佐武の生徒も、僅かだが見受けられる。

 少し歩くと、よく手入れがされた芝生の一角にビニールシートが敷いてあり、絵里が座っているのが見えた。


彩美、覚えてなさい 〜絵里三〜

「遅いな、彩美」

 広げたビニールシートに座り、お重を見ながら呟く。

「絵里〜。お待たせ〜」

 その声に顔を上げると、彩美の姿が見えた。

「やっと来た。なんで?なんで速水君がいるわけ」

 しかも、知らない男の子までいるじゃない。私は目を疑ったが、どうにもならない。

 どんどん近付いてきて、目の前で止まった。

「お待たせ、絵里」

「お待たせ、じゃないわよ。何で速水君がいるわけ?忍達じゃなかったの?」

 なあに、この展開は?予想外のことに私は、溜息を吐いて問いただした。

「そんなこと言ったっけ?」

「言ったわよ」

 数日前に彩美から、クラスメートの忍は両親が共働きだから、お弁当を余計に作ってきてあげようという提案があった。忍本人にも頼まれたし信じて作ってきてみたら、最初からこういう企みだったというわけね。

「もぅ、忍を丸め込んで。何で私が、速水君のお弁当を作らないといけないの?」

「私も手伝ったでしょ」

「私が、ほとんど作ったんじゃないの」

「まあまあ良いじゃない。こんな所まで来てくれたんだから、今から帰すのは失礼ってもんでしょ?」

 朝早くに私の家に来て手伝ってくれたけれど、そこまでして速水君と親しくなりたいのね。大したものだわ。どうせ何を言ったって、彩美には効かないんだから。

「いいわよ、もう。どうぞ!」

 三人に座るように促して、包んでいた重箱を広げた。

 それにしても忍の他にもいるからって、こんなにたくさん作ったけれど、食べきれるのかしら。

「これはまた豪勢だな」

 重箱を囲むように座った速水君と、お友達が感心している。当然でしょ。こんなに頑張ったのは初めてなんだから、有り難く食べてよね。

 ポピュラーな唐揚げ、ミニハンバーグ、ウィンナー等の他に、タケノコや椎茸が入ったうま煮、だし巻き卵等の和風なもの、おにぎりには高菜漬けを使ったりして、いろんな工夫をしているんだから。

「さすが絵里。料理に関しては敵わないな」

「それより彩美。速水君はともかく、こっちの人には自己紹介しないと」

「ん?私はもうしたから、絵里、適当にして。さ、さ、速水君も食べて」

 んっもう。勝手なんだから。

「綾瀬絵里といいます。よろしくね」

 もう一人の男の子に向かって言った。

「え、え〜と、木本陽一です。よっ、よろしく」

「俺は速水」

「あなたはいいの」

 隣なんだから知っているわよ。あら?なんか憮然とした表情ね。ちょっと意地悪が過ぎたかしら。

「どうぞ。食べてください」

「いただきます」

 二人はまず、高菜のおにぎりから口に入れた。

「美味い」

「いける」

 速水君と木本君は、そう言って目を合わせて頷いた後、がっつくように次々と口に放り込んでいった。凄い食べっぷりね。心配は無用だったみたい。二人とも、午前中は競技に出ずっぱりだったようだから、お腹が空いていたのかな。

「どう?おいしいっしょ」

 彩美が嬉しそうに自慢する。

「彩美。さっきも言ったけれど、私が八割方作ったのよ」

「分かっているって。絵里の腕を誉めているの。ねっ、いけるでしょ」

「ぶまい」

 速水君が、ご飯粒を吹き出した。

「こらっ、口に入れたままで喋らないで」

 もう汚いなぁ。私は、お行儀が悪い人は嫌いなの。でも、美味いと言われて悪い気はしないかな。

「速水君。はい、あ〜ん」

「あ〜ん」

 彩美が速水君の口に唐揚げを持っていくと、恥ずかしげもなく頬張った。調子いいのね。でれでれして、だらしのない。

「ねえ速水君て、去年のウィンターカップに出場したんだよね」

「うん。よく知っているね」

 その話は私も知っている。亜里沙から聞いた話だ。

「だって、私もバスケ部だもん」

「そうなんだ。知っていたか?」

 隣で、もくもくと食べていた木本君に聞いた。

「ん?ああ。確かスリーポイントシューターだったような」

「そっ。これでも切り札として、貴重な役割を担っているんだから」

「そうだったかしら」

 彩美に目配せされたが、嫌味を込めて言うと肘鉄を入れられた。

 痛いわねぇ〜。めげない彩美は、尚も続けた。

「やっぱり速水君って、運動神経抜群だね〜。特に走り幅跳びとか凄かったよ。木本君も準決勝に残っているのがあるよね」

 木本君は頷いただけで、速水君が答えた。

「それはどうも。星埜さんも運動部なんだから、得意なんじゃないの?」

「わたし?わたしはバスケ以外そんなに得意じゃないから。絵里はこう見えても、結構やるのよ。ねぇ」

「さあ。どうかしら」

 眼鏡を掛けているから文系に見られることもあるけれど、運動は得意なのよ。

「私たちも同じ紅組だから、二人には期待しているのよ。ねっ、絵里」

 私が黙って頷くと、速水君が思い出したように言った。

「そういえば、そうだ。同じ組だもんな」

 たくさんあったお弁当も男二人にかかれば、あっという間に食べ尽くされた。

「ご馳走様でした」

「ごっそさん」

「ご馳走様」

 三人とも、私に向かって手を合わせた。そこっ、手を擦らない。

「はいはい」

「ホント、美味しかったよ」

 そう言って笑う速水君。へ〜、そういう顔もするんだ。そんな彼を見ていたら、何故か嬉しかった。

「じゃあ、午後も頑張りましょう。私と絵里のために、一つは優勝してよ」

 速水君の笑顔に見とれていたら、彩美に背中を押された。

「ま、まあ、頑張れば」

「ちょっと絵里。幼馴染みなんだから、もっと心を込めて言いなさいよね」

「そんなの関係ないでしょ。さっきは変に目立っているし。お隣として恥ずかしいわ」

 あっ。余計なことを言っちゃったかな。

「あれは、亜里沙が手を振ってくれたから」

「どうかしら」

「まあ良いじゃない。頑張ってね」

「うん。陸上部に勝つのは難しいけど、頑張ってみるよ。なあ」

 速水君が、木本君の肩を叩いた。

「ああ」

 何故か木本君は、私の方を見て真剣な顔をしていた。


 午後の競技が始まった。速水君は持ち前の運動神経を発揮して、走り高飛びは準決勝で負けたけれど、百メートルと走り幅跳びは決勝に残った。

 そして、最後に全生徒の見守る中で行われた百メートル決勝で、あろうことか陸上部員を退けて優勝してしまった。真っ先にゴールテープを駆け抜けると紅組全員から大歓声が上がり、そのまま応援席の所に走ってきた速水君は、大勢の人に囲まれた。

 佐武高校の陸上部と言えば、かなりの強豪だったはず。その部員に勝つなんて。

 この得点が大きく貢献して、それまで二位だった紅組は逆転優勝を飾った。後日、個人成績も発表され、速水君は総合四位にランクインした。これが切っ掛けで、速水君は両校で有名人となった。


麻里からの手紙

―――Dear 健吾 五月十日

 健吾はGWどうしていた?私は健吾がいないから、アルバイトばっかりやっていたよ。

 私を一人にした、健吾のせいなんだから。プンプン。なんて、怒ってないよ。寂しいから言ってみただけ。


―――Dear 健吾 五月十九日

 やっと手紙をくれたね。もう、待っていたんだからね。同じクラスで、しかもバスケ部のお友達が出来たんだね。男同士だけど、ちょっと妬けちゃうな。

バスケ部の練習も順調みたいだね。インターハイ予選が近いけど、頑張ってね。今年は東京で開催されるんだから、優勝して私に会いに来てよ。

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