エピローグ
エピローグ 〜健吾十三〜
夏が終わり、残暑の季節がやってくる頃、白山学院と筑井大学のバスケット部の練習試合が行われた白山の体育館には、たくさんの観客が集まっていた。
「やりましたね。キャプテン」
「ああ。今日は当たったな、速水。来年のスタメンは確実じゃないか?」
「ホントですか。よしっ」
白山学院バスケット部の新キャプテンである、田渕先輩にそう言われるなんて感激だ。
「今日は、彼女は来ていないのか」
「え?あ、はい。これから、会う約束はしていますけど」
「可愛い娘だよな。麻里ちゃんだっけ?」
「はい。でも、先輩にだって彼女はいるじゃないですか。こっちを見ていますよ」
有名人のキャプテンには、ミス白山学院の彼女がいる。まあ、麻里も引けを取らないとは思っているけど。
「そう言えば、そうだったな。ははは。じゃあ、身体冷やすんじゃないぞ」
「はい。お疲れさまでした」
「おう」
彼女の方へと歩いていく背中を見送ると、陽一と優樹が話し掛けてきた。
「負けた負けた」
陽一が「あ〜あ、出番も少ないし。お前は良いよな〜、健吾」と愚痴をこぼすと優樹は、俺の首に腕を回して絡んできた。
二人ともガードの控えとしてベンチには入っていたが、プレータイムは少なかった。それに比べて俺は、半分以上プレーして、得点も十五点を記録した。
「一年でベンチ入りしているんだから、お前達だって、もう少しだよ」
「だといいけど。そういえば、遊佐とはうまくいっているのか?」
「ああ」
優樹には五月に入った頃、俺から電話をしたときに、陽一から聞いたという絵里とのことを問いただされた。興奮した優樹に、絵里って娘が好きなのかと、まくし立てられた。
「最初、聞いたときは殴ってやりたかったけど、お前の気持ちも少しは分かるからなぁ」
更に陽一が軽く、拳で頬をグリグリとしてくる。
「もてる男としては、辛いところだな」
陽一にもその後に、俺の方から経緯を説明してある。
「すまん」
「もう怒ってないよ」
木本とはこれが原因で一時期、喧嘩状態だったが、今では仲直りしている。
「これからデートか?」
「ああ。これから待ち合わせだ」
「羨ましい奴。じゃあ、またな」
優樹が腕を放し、やっと解放された。
「またな」
陽一とお互いの背中を叩き合い、二人とは別れた。
「天気はどうかな〜。あれ?いまのは」
天気を確認するために、二階席の窓から外を見ようと顔を上げたら、誰かが俺に向かって手を振っていた。
「誰だ?」
見たことがない娘だなと思いつつ目を凝らしたが、やっぱり分からなかった。
「速水君。私よ〜」
「星埜さん?」
髪型が変わったし化粧をしていたから分からなかったが、声で分かった。
近づいていき話を聞くと、試合をやっていると聞いて、ちょっと顔を出したのだという。
「ホントに、それだけか?」
「ふふ。まあ良いじゃない。それより、絵里とのことは本人から聞いたよ」
「すまん」
「謝らなくてもいいよ。こればっかりは、どうなるか分からないから。私だってそうだし」
「私だって?どうかしたのか」
「ふふ。まあ良いじゃない。麻里さんと仲良くね。じゃあね〜」
突然やって来て、すぐに消えた。何故ここに来たのかという謎を残したまま、星埜さんは行ってしまった。
夕方、洋服を買いたいという麻里に付き合った後、俺のアパートへと続く道を、手を繋いで歩いた。
今晩は麻里が泊まっていくので、晩ご飯を作ってくれる。最近は、お菓子作りだけでなく。料理にも力を入れているらしく、新作を覚えるたびに作ってくれる。
「ただいま」
「お邪魔しま〜す」
晩ご飯の買い出しをしてアパートに帰ると、ドアのポストに封筒が入っていた。
取り出して裏返すと、そこには「綾瀬絵里」とあった。
「絵里からだ」
「え?」
麻里が不安そうに、交互に俺と封筒を見た。
「大丈夫だよ。一緒に読むか」
「う、うん」
買い物袋を置いて、二人掛けのソファに腰掛けた。
絵里からの手紙
こんにちは、お久しぶりです。お元気ですか。
大学では学部が違うので会うことはありませんが、如何お過ごしでしょうか。
私は元気ですので、ご心配なく。
卒業式の日、麻里さんのことを愛しているからと言われて断られた瞬間、頭の中が真っ白になりました。
その時は、もし健吾君が転校をすることがなかったら。もし麻里さんという存在がなかったら、などどと考えたけれど、これも運命だと受け入れることにしました。
そして、それと同時に、私が好きになった人は、とても誠実な人だったと、この恋愛に間違いはなかったとも思いました。
短かったけれど、素敵な時間をありがとう。
追伸
振られた後は、しばらく恋は出来ないと思っていましたが、いま気になっている人がいます。
追伸2
お父さんに聞いたけど、来年には芹菜おばさんと再婚することが決定したみたい。こんど会うときは義兄妹だね。亜里沙も喜んでいます。
おまけ
いま、この手紙を読んでいるとき、麻里さんは側にいるのかな。だとしたらちょっと悔しいので、将来の妹から意地悪を一つ。
最後のキス。とても嬉しかったよ。
じゃあ、またね。
俺の顔から血の気が引いていった。
「へ〜、おばさん再婚するんだぁ」
「あ、ああ」
手紙を置いて立ち上がろうとすると、
「こら逃げるな」
「わっ」
腕を引っ張られて、麻里に覆い被さってしまった。
「ごめん」
俺の唇に、麻里の人差し指が触れる。
「謝らなくても良いよ。健吾に告白された日からずっと、健吾は私だけの健吾なんだから。でしょ」
「ああ」
「もう浮気しちゃダメだからね」
「絶対しない」
「よろしい」
窓から入ってくる夕陽の光りが、部屋を真っ赤に染めていた。
壁に映る二つの影は、見つめ合い、抱きしめ合い、いつまでも重なり合っていた。