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終演を切望します


 黒きとばりを跳ね退けて、くっきりと満月は輝いていた。

 窓枠に手をかけた女は無言のまま、透き通った瞳を瞬かせる。

 陽を反射して輝く湖のような肌の白さは危うい色香を放っており、月光に淡く浮かぶ金の髪は綿雲のようにフワフワしていた。ぽってりとした小さめの唇は野いちごの可憐さ、蒼穹そらを凝縮した大きな双眸は長い睫毛に縁取られている。

 ネグリジェは襟ぐりが大胆に開いたタイプで、剥き出しとなった肩から首筋までのラインがたいそう悩ましげである。

 女と対峙する青年は、こくりと喉を震わせた。

 薄汚れた外套から手を出し、キャンドルホルダーを持った彼は、栗毛の隙間から見え隠れする同色の目をすがめた。

「ジ・エンドだな」

「そうね」

「…………ロゼ」

「なあに、シェパード」

「外界は今、バレンタインで盛り上がってるよ」

「あら……そうなの? ごめんなさい、知っていればカードを用意したのだけど」

「必要ない。こうして今宵、君と会えたことだけで胸がいっぱいだ」

「あらやだ。シェパードのくせに、口が上手くなっちゃって」

 二人は軽口を叩いているが、どちらも一寸の隙さえ見せない。

 シェパードは、おもむろに銃の引き金を引いた。

 銃声は静寂の森に反響し、鳥達が騒ぎ立てる。

 弾がロゼの肩へめり込んだ。彼女は血が滴る左肩を押さえた。

「やっと……終わるのね」

 俯きがちにロゼが呟いた。

 煙が立ち昇る銃口をロゼの心臓へ向け、シェパードは唇を弓形ゆみなりに歪めてみせる。

「ああ。これで終わる」

「長かったわ」

「……悪かった」

 シェパードは短い謝罪の言葉を吐いた。

 ぐらりとロゼの体が傾ぐ。反射的に、シェパードはその体を抱き止めた。キャンドルホルダーは床に置く。

 ロゼのか細い腕が、彼の首に回った。小さな口にちらつく牙がなければ、ただの女に見えるだろう。

 ロゼはシェパードの頬に己の手を添えた。血が凍っているかの如く冷えた掌は、やがて彼の首筋まで降りてくる。

「愛してる」

「……わかってるよ」

 苦悩に満ちたシェパードの顔を見て、ロゼは痛々しげに瞳を伏せた。

「あなたって、本当にお人よしね。私を見つけるために、バンパイアハンターとなったんでしょう」

 シェパードは答えなかった。無言は肯定と同じ意味を持つ。

「あんな、白昼夢同然の邂逅を覚えていたなんて――」

「忘れるわけがない。六年前、俺は君に救われたんだから」

「おバカさん。あれはただの気まぐれ。散歩をしていたら怪我をしたあなたに出会ったから、血を分けたまで」

「……君にとっては気まぐれだったかもしれない。だが、あのまま森の中で動けずいたら……死んでいた」

 シェパードはロゼの手首を掴むと、自らの腕に閉じ込めた。

「……だから、終わらせる」

「あら、助けてはくれないの?」

 可愛らしい声でロゼは問うた。

 シェパードは低く笑う。

「望んでないくせに」

「……」

「『あなたに私の全てを捧げ、朽ち果ててしまえたらいいのに』。君はあの時、そう言った」

 シェパードの腕が緩んだ。ロゼはゆっくりと視線を上げる。

 栗色と蒼穹の目が合わさる。

「終わりを望んでいるんだろう?」

 シェパードが聞けば、ロゼは頷いた。

 なら、とシェパードは銃口を彼女の左胸に宛てがう。

「他の誰でもなく――俺が終わらせてやる」

 その言葉には狂気が見え隠れしており、切なる独占欲が滲んでいる。

「ちゃんと、一思いに殺してね。さっきみたいに急所を外して痛め付けるなんて真似しないで」

「ああ。――ロゼ、安心しろ。すぐ俺も後を逝く」

 潔く言い切ったシェパードを前に、ロゼは安堵の表情を象る。真白い彼女の頬が微かに色づき、透明な雫が滑った。

「ありがとう」



 銃声が立て続けに二発、そして遅れて一発響いた。



 鬱蒼と茂った森に囲まれた廃墟の一階で、男女が折り重なるように倒れていた。

 女のフワフワした髪が埃の積もった床に広がっており、窓から漏れる神秘的な月光を受けて煌めいていた。左肩には銃弾を受けた跡がある。心臓には杭が打ち込まれていて、彼女がバンパイアだったであろうことを暗に示している。

 そんな女を守るかのように倒れ伏す青年は、右手に銃を握っていた。こめかみからは血を流していた。

 二人を頼りなげに照らす蝋燭が、掻き消える。

 一切が見えなくなった。暗幕が垂れ、全ては常闇へ還る。



  〆






ずっと書きたかったバンパイア物!



 六年前、シェパードは親しい友人の裏切りにあって足を骨折してしまいました。そして、森の中で一人取り残されてしまったのでした。

 そこへ偶然ロゼが姿を見せて、バンパイアの血を与えます。不死者の血をもらったシェパードはすぐに回復。森を去りました。

 彼はロゼに再び会うべく……彼女の望みを叶えるためにバンパイアハンターとしての道を歩み始めたのでした。

 ロゼを追っていくうち、シェパードは彼女に惹かれていた自分に気づきます。そして、ロゼも……。

 想いを自覚し、シェパードは苦悩します。愛している相手は切実に死を望んでいる。助けてもらった恩を返す決意が揺らぎます。

 しかし、バンパイア狩りが激化し、同胞を守るため護身などかなぐり捨てて立ち向かってくるロゼを前に、シェパードは覚悟を決めます。

 他の誰でもない、自分が彼女を楽にするのだ、と。




……っていうのを話の中に盛り込む予定だったのですが、長ったらしくなりそうな予感がしたため止めました。




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