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星屑掴んだ

クリスマスにちなんだ掌編になります。



「ねー、センセ」

 長い黒髪を内巻きにした少女は、懐中電灯片手に胡座をかいてタバコを吸っている青年に呼びかけた。

「あ?」

 無愛想な返事をする青年は、遠野小夜とおのさよの方を振り向きもしない。タバコの煙が息の白さと混ざり合い、虚空に消える。

 今宵はクリスマスイヴ。

 にも関わらず、二人は高校の屋上にいた。

 小夜の通う流桜学園高等学校は、都心から少し離れた山近くにある。

 オンボロ私立高という不名誉な名を冠するこの学校に、セキュリティシステムなんてものついているわけはなく……。

 一旦下校して着替えを済ませた小夜は、夜になるのをじっと待った。そして、八時を回る頃に家を出て、堂々と正門から侵入した。

 しかし、屋上には先客がいた。隣のクラス担任を務める諫早いさはやが。

「こんな日に、どーしてここにいるわけ?」

 小夜はからかい混じりに軽口を叩く。

 諫早は背を向けたまま鼻を鳴らした。

「……うっせぇ。遠野こそ、どうしてここにいんだよ」

「彼氏がいなくて、なおかつヒマだったからでーす」

 軽い口調で言う小夜に、諫早はようやく振り返った。手元で懐中電灯の光が、冴えた面立ちを照らし出す。

「あのなぁ」

 眉根を寄せた諫早だったが、「ま、いっか」と頭を掻く。怒ることさえ馬鹿らしくなったのだろう。

 小夜は、諫早が受け持つクラスの少女から聞いたことを思い出す。諫早は生徒の素行について口出ししないから楽だ、と少女は言っていた。

 教師としてそれでいいのかという疑問が湧く。しかし、だからといって彼のクラスで問題が起こったことは一度もない。

 運が良いのか、自由にさせているのが幸を成したのかは定かでない。

 そんな諫早は、屋上の端で何やらもぞもぞしていた。

 冷えた手をダッフルコートのポケットに突っ込んで、小夜は諫早へと近づく。黒のタイツを履いているにも関わらず、寒風が痛い。

「……何してんの?」

「お子様には言えねぇな」

 どうにかして見てやろうと首を動かすが、諫早はそれをうまく阻止する。小夜はムッとして唇を尖らせた。

「ケチ」

「ケチで結構。てか、早く帰れよ。もう九時だぞ」

 諫早の尤も過ぎる発言に、小夜は怯んだ。視線が足元に落ちる。

「…………帰ったところで、だーれもいないし」

「あっそ」

「ヒドッ! 普通、センセーなら『両親は?』とか『何か悩みでもあるなら聞くぞ』くらい言わない? 諫早センセー最低」

 諫早は悪びれた様子を一切見せずに言い放つ。

「生徒らしい奴には先生らしく接し、先生を先生とも思わねぇ糞ガキにはそれなりの対応を、ってのが俺の信条でな」

「ふんっ」

 言い返す言葉が見つからず、精一杯の反抗心を込めて小夜はそっぽを向いた。

 諫早は何やら組み立てているようだった。小夜は屋上の入り口に体育座りで寄り掛かる。遠くからクリスマスソングが聴こえてきた。

「クリスマスなんて、嫌い」

 ポツリと呟く。すると、予想外なことに返答があった。

「奇遇だな。俺もだ」

 小夜はクスリと含み笑う。両手の指を交差させて、諫早に尋ねる。

「何々、センセってば……フラれたの?」

「ハッ、彼女なんて煩わしいもん学生時代に卒業したぜ」

「なんだー。違うのか……残念」

 口にしながら、小夜は豆粒みたいなネオンの光に煌めく街を眺望した。

 幸せな明かり。喜びに湧く街を彩る街路樹に、たくさんの笑顔を運ぶクリスマスツリー。

 小夜は俯いた。涙が零れそうになる。

 そんな彼女の頭に、ポンと温かな掌が載せられた。そっと目線を持ち上げると、目の前に諫早が口角を吊り上げて佇んでいた。

「しょうがねぇな。特別に、見せてやる」

「何を?」

「星」

 そう言って彼は、ダッフルコートに突っ込んでいた小夜の手首を柔らかく掴んだ。背筋が凍るくらい、諫早の手は冷たかった。

 言われるがまま、小夜は望遠鏡を覗き込んだ。

「うわっ」

 思わず声を上げる。

 街明かりに掻き消された、数多の星。

 圧巻の光粒を前にして、言葉を失くした。

 ふと、視界がぶれる。諫早が小夜を押し退けて望遠鏡を覗き込んだのだ。

「どれどれ……おお、今年は当たりだ」

「――センセ、綺麗だねぇ」

 ぐっと空を見上げる。見えない光は、遠野達へしんしんと降り注いでいて。

「本当は独り占めするつもりだったんだけど。……なあ、遠野。こうして今、この場所から見える星は全部お前と俺だけのもんだ」

「何、それ」

「何物にもかえがたい、素敵なクリスマスプレゼントだろ」

「……ガキくさ……」

 ――幼い頃の情景が蘇る。

 ふっくらとした笑顔を振り撒く可愛らしい少女。そんな彼女を穏やかな眼差しを向ける母親。二人を遠くから見ている痩せぎすの少女。

「ああ、これだからお子様は嫌なんだよ。全くロマンを解しちゃい――」

「…………センセ……」

「ゲッ! おいおい、泣くなって」

 慌てふためく諫早を前にして、小夜は奥歯を食いしばった。

 しかし、涙は絶え間無く流れ続けて。

「ご、ごめんなさ……。わた、私……プレゼントもらったこと……なくて……っ」

 ピタッと諫早が動くのを止めた。

「遠野……お前……」

「私の妹、センセ知ってるでしょ?」

「そりゃ……まがりなりにも俺はお前の妹の担任だからな」

 小夜の妹である陽菜ひなは、諫早が受け持つクラスの生徒である。小夜と陽菜は双子だ。二卵性のため、見た目も性格も似ていない。

「じゃあ、うちのお母さんにも……会ったことあるよね? 三者面談とかで」

「ああ」

 当たり前だと諫早は首肯する。

「センセは知らないと思うけど――」

 小夜の表情に影が差した。

「お母さん、私の三者面談には一回も出てくれたことないんだよ」

 諫早の瞳孔が縮まった。彼はくわえていたタバコを吸い殻ケースに入れる。

「昔からそう。私と妹が物心つく前にね、お父さんが愛人のとこへ行っちゃったんだって。私は……お父さんに似てるから、お母さん的には眼中に入るのも嫌みたい。軽度のネグレクトって言うの? 近所のおばちゃんが私を心配してさー、児童相談所に通報したこともあったなぁ」

 フフッと小夜は笑う。鼻先が冷たくなっていく。言いようもない、孤独を感じた。

 小夜は立ち上がり、上を向く。自分の吐く息が白く濁って空気と同化した。

「別にご飯食べさせてくれなかったり、服を買ってもらえなかったりしたことはないけどね。必要最低限のお金は渡してくれるし」

 でも、と小夜の瞳の奥が揺れた。

「イベント事はぜーんぶ妹と二人で済ますんだよ。私は、一人でお留守番。センセ、私ね……小さい頃、クリスマスにお母さんと妹が帰ってくるのを玄関口でずーっと待ってた。でも結局、その日は帰って、来なかった」

 涙と言葉がボロボロと零れ落ちた。

「ありがと、センセ。プレゼント……嬉し――」

「もういい。わかった」

 刹那、強い力で抱きしめられた。

 ヤニ臭く、温かな腕。ジャンパーの柔らかさが小夜を包み込む。小夜は静かに目を閉じた。

「……俺も、遠野と一緒だよ」

 ややあって、諫早は口火を切った。

「え?」

「俺の両親って子供に無関心な奴らでさ。クリスマスだからって急いで家に帰ってみても、誰一人いやしない。両親共々、愛人とロマンチックなひと時を過ごしてるわけよ。いや、幼心に傷ついたね」

 小夜を抱きしめたまま、諫早は言った。軽い口調で話しているが、辛いに違いなかった。

「諫早センセ……」

「だから、俺は考えた。馬鹿どもがありきたりなプレゼントに喜んでる中、金にもかえられない……すごいプレゼントを自分に贈るんだって」

「考えた結果が……星……」

 小夜が小さく笑うと、諫早は不機嫌そうに、

「……ガキの頃考えたもんを笑うな」

と文句を垂れた。

 小夜は笑いながら諫早の腕から離れる。そして、望遠鏡の近くに寄った。

「もう一回、望遠鏡覗いてみてもいい?」

「いいぞ」

 右目を瞑って、真冬の星空を見つめる。

 小夜は、望遠鏡を覗き込んだまま手を伸ばした。ぐっと拳を握りしめる。

 彼女は望遠鏡から目を剥がして、フェンスに寄り掛かっている諫早の前に立った。そして、彼に二つの拳を突き出した。

「センセ、手ぇ出して」

 唐突な小夜の要望に首を捻りながらも、諫早はあかぎれの手を差し出す。その手に、小夜は自分の手を重ねた。

 諫早は目を丸くする。

「今ね、たくさん星を掴んだんだ。だから、センセにもおすそ分け」

 子供過ぎるだろうかと小夜は羞恥に頬を赤く染めた。しかし、一度口にした言葉を引っ込めることは出来ない。

 呆気に取られていた諫早の口許が緩む。彼は小夜の手を優しく握りしめた。

 そんな二人を見ているかのように、雪がさざめき出した。


 ◆ ◆ ◆


「さあて、冷えてきたことだし……帰るぞ」

「あっ」

 諫早は望遠鏡を脇に挟むと、小夜の手を引いて非常階段へ向かい出した。

「私、まだ――」

 帰りたくない。

 教師である諫早には言うべきでない本音が、喉元に押し迫る。

 元気が萎んでいくような気がした。

 諫早はドアに手をかけた。

「今日、当直は俺一人。当直室は非常に暖かい。しかも、イヴに当直番という世間一般からすれば貧乏くじを引いた俺に同情した他の先生達が、チキンやケーキや、その他諸々の差し入れをくれた。どうだ?」

「どうって言われても……」

 諫早は小夜を振り返り、舌打ちする。

「鈍いな、お前。一緒に当直室でクリスマスディナーでもしないかって言ってるんだよ」

「――うん! うん!」

 弾けんばかりの笑顔で、小夜は頷いた。

 孤独じゃない。

 隙間を埋める諫早のぶっきらぼうな優しさ。

 父親や兄、それに似た何かを慕うような気持ちを胸に、小夜は彼の腕に抱き着いた。

 諫早は照れたのか軽く腕を引こうとしたが、本気で嫌がるそぶりは見せない。



 二人は薄暗い階段を、しっかりと手を繋いだまま下りていった。






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