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慟哭した日


 かつて、この世界には一人の魔女がいたんだ。

 魔女は鬱蒼な森に住まい、人でない魔物の類と親交を深めていた。

 害はない。ただ、国の一角に、彼女の住む森があるだけ。

 しかし――。沈黙に伏していた彼女は、いきなり王国へ牙を剥いたのだ。

 森の見回りをしていた兵士の死体が王城へ届けられたのを封切りに、国に対する魔女の攻撃が始まった。

 当然の如く、王立軍の一部隊が森へ向かった。結果、部隊は全滅。緊張が走った。

 あたしは当時、そこそこ評判の傭兵をやっていたのだけど、魔女に関わるつもりは毛頭なかった。

 誰だって、危ない橋を渡るのはごめんだろう。死ぬ確率が非常に高い依頼なんて受けたくない。

 なのに。

 あたしの腕っ節の強さを聞いた国王お抱えの老いぼれ魔法使いが、半ば強引にあたしを『魔女討伐部隊』へ引っ張りこんだ。

 しかも、部隊長という肩書きのおまけつき。

 あたしは魔法使いを怨んだね。国王の感激した顔、いまだ忘れやしない。

 こうして編成された寄せ集めの部隊は、酷くやる気ない者達ばかりで、最初は責務を全う出来るか不安になったものだ。

 だが、やる気など微塵も感じさせない彼らには、一人一人突出した個性があった。

 とある貴族のボンボンは誰にも負けない強く正確な弓の腕を持っていたし、騎士団に所属する女好きは岩をも砕く剣の腕を持っていた。

 地下研究室に篭っていた人嫌いは、膨大な知識を応用して治癒薬や戦略を練った。

 踊り子を生業とするフェロモン垂れ流し女は異国の魔術に通じ、あたしと同じく傭兵をしている虚言癖男は棒術の達人で。

 また、あたし達が魔女討伐に加わる事態を招いた元凶・老いぼれ魔法使いは魔女と同等の力を持っていた。



 はたして、激戦を勝ち抜いたあたし達は魔女討伐に成功した。



 でも、でもね。



 あたし、忘れられないんだ。


 魔女を殺した時に聞こえた――。



 ◆ ◆ ◆



「サリ、本当に行くのか?」

 何度目になるだろう。

 貴族のボンボンは、王国を出奔しようとするあたしに問い掛けてくる。

 鳶色の短髪がサラリと揺れた。切れ長の瞳はじっとあたしを見据えてくる。シャツの袖を肘辺りまで捲り上げているため、彼の鍛えられた腕が露出している。

「うん。もう決めたから」

 わざわざ、まだ夜も明けていないこの刻限を選んでこっそり国を出ようとしているというのに、どうしてこのボンボンはそっとしておいてくれないのか。

「だが、オマエ……王立軍へ入れてやるって国王から言われてなかったか?」

「そうだね」

「ヨルダンも、サリが城で働くようになるって馬鹿みたいに騒いでいたぞ」

「ああ……」

 あたしは鼻の下伸ばした女好き騎士・ヨルダンを頭に描く。

 気のない生返事をするあたしに焦れたのか、貴族のボンボン……イネスは肩を揺さぶってきた。いつも冷めている彼に似つかわしくない、真剣な表情。

「一体どうしたんだよ! オマエ言ってたじゃないか。金になる仕事だから、傭兵やってるって。王立軍の兵士なら、傭兵やるより金になるだろう」

「間違いない。それだけは心残りかな」

 あたしはふっと目元を緩める。彼の肩越しに、朝日が見えた。真っ赤な血のような。

「なら――……っ」

「あたし、忘れられない」

 え、とイネスが眉根を寄せる。

「一ヶ月前のあの日……魔女の死んだ時、世界が慟哭した」


 ◆ ◆ ◆


 地の底が震え、空が、風が、海が川が、いっせいに泣いた。

 自然も動物も、息を呑んだ。

 あたしは魔女の心臓に刺した剣を引き抜くことも忘れて、呆然とその泣き声を聞いていた。

 最期の力を振り絞り、少女――もとい魔女は、あたしの手に自らの手を乗せて微笑んだんだ。

 溢れる鮮血が、魔女の口許を濡らしていた。

 彼女は言った。

『世界の敵は、あなた達よ』

 何故か、涙が零れた。

 わからなかった。魔女が言いたいことなど、これっぽっちも。

 なのに、嗚咽が洩れた。

 すぐ後ろにいたイネスが、よろめくあたしの背を支えてくれたため、崩れ落ちずに済んだのが唯一の救いだった。

 もしもこの時へたり込んでいたら、『魔女を前に臆した討伐部隊長』として歴史書に刻まれていたことだろう。


 そうして魔女は、静かに息を引き取った。


 ◆ ◆ ◆


「ねえ、イネス。あたしは知りたいんだ。魔女の遺した言葉の意味を。本当に、あたし達がしたことは間違いじゃなかったのかを」

 イネスの手が、あたしの肩から力無く離れる。彼の琥珀色をした双眸を長い睫毛が覆い隠した。

「……道中、気をつけて」

「うん」

 知ってどうする、と聞かないイネスは優しい。

 討伐部隊解体後、再び地下研究室に閉じこもった人嫌いなら皮肉を込めて聞いてきただろう。

 聞かないでいてくれるのは、ありがたかった。自分でも、どうしたいかまだはっきりしていない。

 ただ、知りたかった。

「たまには伝書鳩でも送ってくれ」

「気が向いたらね」

 軽口を叩いて笑ってみせる。それに応えるように、イネスも笑みを浮かべた。

 彼の滑らかな手が、あたしの荒れた手を優しく包む。

「いってらっしゃい」

 送り出す言葉。ここがあたしの帰る場所なのだと。必ず戻ってくる場所なのだと暗喩する言葉。

 それには答えず、門番へ目をやった。門番は大袈裟な閂を外し、門を開け放つ。

 あたしはイネスの手をすり抜け、光に満たされた外へと踏み出す。

 陽光に照らされた真白い世界は、静寂しじまの中にあった。



 〆




……自分で書いてて、魔女を出すの多いなと思う今日この頃。

国に脅威になる者のことを魔女と呼んだり、英雄と呼ばれるに足る者に対して畏怖を込めて魔女と呼んだり。どの立場にあるかによって魔女の定義って違いますよね。

それが好きなのかも。

この話に出てくる魔女はどんな人物だったのかは、サリが見つけてくれると思います。


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