第6話 拒絶される未来
十二月八日、九日、十日。
俺が「夢を諦める」という嘘をつき続けている間、世界は驚くほど平穏に進んでいった。
陽葵は以前にも増して俺のそばにいるようになり、放課後は地元の短大のパンフレットを一緒に眺めたり、卒業後のこの町での暮らしを無邪気に語り合ったりした。
それは、穏やかで、温かくて、吐き気がするほど完成された日常だった。
「湊、やっぱりこの町の短大なら、家からも近いし安心だよね。春になったら、海沿いに新しくできたカフェに行こうよ。絶対だよ?」
陽葵の笑顔を見るたび、俺の胸の奥にある「本物」の自分が、薄暗い檻の中から鉄格子を叩くような音が聞こえた。
俺は本当に、これでいいのか?
このまま、あの情熱を、あの【A】判定に込めた野心を、なかったことにして生きていくのか。
(……いいわけねえだろ)
十二月十一日の夜。
俺は暗い部屋で、一度は丸めてゴミ箱に捨てたはずの留学パンフレットを拾い上げ、膝の上で丁寧に広げた。
しわくちゃになったページ。
そこに載っている青い空と、見たこともない街並み。
それを見た瞬間、抑え込んでいた感情がダムを決壊させるように溢れ出した。
俺は机に向かい、猛烈な勢いでノートを開いた。
ペンを握り、数式を解き、英単語を叩きつけるように書きなぐる。
諦めてたまるか。たとえ世界が俺を閉じ込めようとしても、俺は俺の未来を掴み取ってやる。
そして、時計の針が午前零時を回った時。
ザーーーーーーーーーッ!!
視界が真っ白に塗りつぶされる。
A判定のプリントも、留学の夢も、俺自身の存在さえも消去され、世界に否定されていく。
(ああ、そうか……)
薄れゆく意識の中で、俺は理解した。
この世界にとって、俺の「成功」はバグなんだ。
俺が外へ向かおうとすればするほど、世界は壊れ、修復のために時間を巻き戻す。
そして、その「中心」にいるのは――。
……次に目を開けたとき。
俺は、いつものように机に突っ伏していた。
ガタガタと、建付けの悪いサッシが冷たい北風に震えている。
窓の外には、どんよりとした鉛色の空。
俺は震える手で、カバンの中を探る。
あった。
昨日、いや、前回のループで捨てたはずの、真っ新な【A】判定のプリント。
時計を見る。
十二月六日。
俺は、乾いた声で笑った。
涙さえ出なかった。
教室へ行けば、また彼女が来る。
俺を祝福し、俺をこの町に繋ぎ止めるかのような、とびきりの笑顔を浮かべて。
「みなとーっ!おめでとう!見たよ、A判定!」
扉が開く。
ポニーテールが揺れる。
陽葵が、俺に向かって駆け寄ってくる。
俺は、その笑顔を正視できなかった。
確信はない。
でも、なんとなくわかった気がした。
陽葵だ。
陽葵こそが、俺を一生逃がさない監獄の鍵なのだ。




