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第八片



 あのひとは、いつにも増して静かなお顔で、食卓についておられました。


 何をお考えなのか、どんな気持ちでいらっしゃるのか、その時のわたしには見当もつきませんでした。


 夜の静けさの中、あのひとはとうとう、口火を切りました。


「娘よ、あなたは、姑とうら寂しい生活を送るには、まだ若すぎるのではありませんか」


 わたしはあんまり驚いて、いつもより大きな声で返しました。


「どうしてそのようなことをおっしゃるのですか。わたしは幸せです。毎日が喜びに満ちています」


「義理といえど、親想いの娘を持てたこと。主よ、深く感謝いたします。」


 続けて、あのひとはおっしゃいました。


「ですが、娘よ、麦の刈入れが終われば、落ち穂拾いの仕事は無くなります。わたしたちは、遠からず食べる(すべ)を失うでしょう」


 わたしは必死に元気な声を作って言いました。


「では、明日から新しい仕事を探します。わたしは丈夫です。昇る朝日より早く起き、沈む夕日より遅く働いてみせます。」


「いいえ、娘よ。枯れ木に水をやるために若木を枯らす者はいません。年老いた身のために、尊い若さを犠牲にしてはなりません」


「犠牲なんて、とんでもない。あなたの命はわたしの命。あなたが飢えるならわたしも飢え、あなたの苦しみを私の苦しみとします」 


 わたしは、心を込めて、言葉を続けました。


「なにもかも、わたしがそうしたいと思って、するのです」


 その時には、やさしいあのひとを傷つけてしまうと思って、口にはしなかったことがあります。


 あのひととの暮らしを続けるためなら、被衣で身を覆い隠して道のかたわらに立つことさえ、わたしは構わない。


 そんな思いまでも、胸に浮かんでいたのです。



 それでも、あのひとは首を振って言いました。


「もはや、私の亡き夫エリメレクの地所を売る他はありません」


 最後に、あのひとは深いため息をついて、ぽつりと呟きました。


「親戚の誰かが、地所を買い戻してくれるなら、それが一番よいのだけれど」


 やるせなくて、悔しくて、たまりませんでした。


 落ち穂拾いなんかでは、わたしなんかでは、やっぱり、足りなかった。


 もしわたしが男であったなら、もっといろんな仕事をして、あのひとを幸せにすることができたのでしょうか。



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