第三片
ベツレヘムに近づくにつれ、わたしの胸は高鳴りました。
あのひとが育った土地はどんなところなのだろう。一度でいいから見てみたい。
ずっとそう思っていたからです。
彼の地に着く前日は、なかなか寝付けませんでした。
あのひとがモアブの家でわたしたち嫁どもに語り聞かせてくれた街を、ようやく目にすることができるのですから。
あのひとも、生まれ故郷へ帰り行く喜びで寝付けないようで、ベツレヘムに住んでいた頃の思い出を幸せそうに語って聞かせてくれました。
わたしもベツレヘムに生まれていたらよかったのに、と言うと、あのひとは、
「娘よ、神は正しいところに人を置かれます。あなたがモアブの地に生まれたことも、神の御心によるものなのですよ」
と、わたしの頭を撫でくれました。
あのひとの指がわたしの髪をやさしく梳くうちに、まぶたが重くなりました。
夢の中にいるような心地になって、いろいろな考えが冬の雲のように浮かびました。
もしあのひとの暮らした古い家がまだ残っていたら、掃除をして、ふたり分の新しい食器やら夜具やらを集めよう。
もし家が残っていなければ、小さくても住み良いところを探し、暮らしやすいように少しずつ整えよう。
あのひとのそばがわたしの宿だから、たとえ軒がなくったって平気です。
でも、それではあのひとが辛いだろうから、わたしが頑張らなければ。
そうして二人きりで仲良く慎ましく暮らして、あのひとを最期まで見送り、やがては、わたしもその傍らに葬られよう。
そうやって考えを巡らせるだけで心が満たされて、思わず、あのひとの胸元に両手を置いて言いました。
「わたしは決して、あなたをお独りにはいたしません。ずっとずうっと、いっしょに、穏やかに暮らしましょう」
あのひとは微笑んで、何も言いませんでした。
ただ、わたしの髪を撫で続けていました。




