第十四片
婚姻の日の朝は、静かに明けました。
婚礼衣装は刺繍と飾りでずっしりと重く、私の身体を押さえつけます。
あのひとは最後の仕上げに、わたしの髪を整え、衣を正してくれました。
その手つきは、いつもと変わらず、穏やかでした。
まるで、実の娘を嫁がせるような優しさで、
「さあ、もう時間です。皆が待っていますよ」
と、あのひとが声をかけた時、わたしは心を決めました。
「ナオミ様」
そう呼びかけた声は、自分のものとは思えないほど掠れていました。
わたしは初めて、「お義母様」ではなく、名前で呼んだのです。
言葉が詰まって、先に進めません。
あのひとは黙って、わたしの肩に手を置いてくれました。
その手の温もりを感じながら、わたしは静かに身を屈めて、あのひとの唇に程近いところに、そっとくちづけました。
音のない時が流れました。
あのひとは、驚くでもなく、憎むでもなく、ただ、じっとわたしを見つめていました。
その瞳に映るわたしの姿は、どんなふうに映っていたのでしょうか。
きっと、あのひとには全てお見通しなのです。
わたしの想いも、覚悟も。
それでも、責めることも、諭すことも、拒むこともせず、ただ、静かに受け止めてくれていました。
長い沈黙の後、あのひとは、
「娘よ、行きなさい」
と告げました。
その声には、いつもの慈愛が満ちていました。
わたしは黙って深く礼をして、部屋を出て行きました。
もう迷うことはありません。
この道の先で、わたしは誰かの妻となり、あのひとの杖となる。
すべて神の御心に沿うことです。
振り返ると、清らかな朝の光の中で、あのひとが微笑んでいました。
その微笑みは、どこか寂しげで、でも確かな愛情に満ちていて、まるで祝福のようでした。




