第十三片
日が昇ると、ボアズ様は、外衣で包めるほどの大麦を持たせてくださいました。
あのひとの待つ家へと帰る道すがら、わたしは何度も、大麦を打ち捨ててしまおうと思いました。
この大麦は、ただの大麦ではない。
ボアズ様があのひとに対して「親戚の義務」を果たすと約束する大麦です。
ほとんど結納と言ってもいい。
けれど、ボアズ様はわたしに触れなかった。
自分がわたしと婚姻しよう、ともおっしゃってはいない。
全てをわたしひとりの胸に秘めて、ただ首を振って見せれば、これからもあのひとと二人きりで暮らせるかもしれない。
それでも、わたしは家の中で外衣を開いて、大麦をあのひとにお見せしました。
あのひとは、わたしが見た中で一番の笑みを浮かべました。
このベツレヘムの地へ帰り着いた時、あのひとは、私をそばに置きながら「主は私をから手で帰された」とおっしゃいました。
だから、今度こそ、わたしはあのひとのもとへ望むものを携えて行かなければならない。
近所の幾人かは、
「あの外国人は物を知らぬから、エリメレクの地所を保つために、まんまと利用されたのだ」
と、陰口を言いました。
それでよいのです。
利用されることの何が悪いのでしょう。
杖はひとを支えるために使われます。
わたしは、あのひとの杖になりたい。
あのひとが喜んでくれるのなら、もう悩み嘆かずに済むのなら、わたしは誰の妻にもなるし、どこへでも行く。
うつくしいひと、やさしいひと。
あのひとの民はわたしの民。
あのひとの神はわたしの神。
でも、あのひとはわたしのひとにはなってくれない。
杖はただの杖でしかない。
あのひとにとって、わたしは、どこまでいっても亡き息子の嫁で、義理の娘で、外国人なのです。
でもいいの。あのひとのおそばで、その目を見て、その手に触れて、その声を聞けるのなら、それでいい。
オルパ、わたしのことはどうか心配しないでください。
わたしは、ほんとうに、満ち足りているのです。




