90.十匹まとめて
シーサルミ城では、今まさに衛兵達が城門を閉めようとしているところだった。
「急げ! 虫がくるぞ!」
「間に合わない、無理だ!」
「何とかしろ!」
衛兵達はわめき、重い木造扉を精一杯引く。だが、その隙間めがけて蜂がなだれこんでくる。蜂は興奮しすぎて障害物をよけることをしない。羽や足が折れ、落ちていく個体もいるものの、大半はそのまま爆進する。衛兵や使用人や家畜は突きとばされ、刺され、ばたばたと倒れていく。納屋や倉庫は破壊され、庭木はなぎ倒されていく。その混沌のなか、将軍率いる騎馬隊が蜂を追いかける。
スカイ達も騎馬隊の後を追いかけ、城門をくぐる。そして、およそ百五十匹の群れを将軍達が追いかけ、菜園畑を爆走するのを見た。さらに、残り五十匹が、こともあろうに居館の玄関をぶち抜き、内部へ侵入するのも見た。スカイ達もトナカイに乗ったまま、玄関をくぐった。
蜂は完全に錯乱し、廊下に飾られた花瓶や絵画、甲冑にぶち当たり、無茶苦茶に破壊する。悲鳴をあげながら、居合わせた衛兵や使用人達が襲われ、倒れていく。スカイは後方から狙いをつける。
「ラコロシュテ・プロロクテ・ピカ。ランダギア」
三十本の矢が飛び出し、最後尾の塊に命中する。羽を失い、廊下に落下した蜂人が、スカイのトナカイに噛みつく。オリバーはとっさにナイフを投げ、その蜂人を刺し殺す。だが、口内の毒針に刺されたトナカイは倒れ、スカイの体も投げ出された。スカイはトナカイに駆け寄るが、トナカイは目を震わせて泡を吹き、やがて動かなくなった。
「スカイ、乗れ!」
オリバーに手を差し伸べられ、スカイはその手をつかむ。二人でオリバーのトナカイに乗り、廊下を大急ぎで駆けぬけ、階段をのぼる。
「多分、あいつが最後の蜂人だ。残り三十匹は全部蜂だ」
「うん」
下階でスカイ達が蜂を追跡する頃、上階の玉座では国王達が会議を続けていた。
「何だと。蜂の怪物が城内に侵入した?」
国王が仰天し、両手をばたつかせる。
「はい。早くお逃げを」
通信兵が頭を垂れる。
「どこへ逃げるというのです」
王妃が甲高い声でわめき、王子達を抱きしめる。
「こちらの窓からロープを垂らして──」
重臣が案内しようとしたときだった。部屋の外から強烈な轟音が響き、何かが接近してきた。重臣と衛兵の半分は国王と王妃を取りかこみ、細長い部屋の最奥へ避難する。もう半分の衛兵は両開きのドアを押さえつける。錯乱状態の蜂が廊下から体当たりするたび、木製扉は激しく歪む。王妃と王子達は悲鳴を上げ、国王に抱きつく。国王は目だけをかっぴらき、その扉を凝視する。もうもたないと、兵のひとりが扉から手を離した。それと同時に、扉が勢いよく開いた。
轟音は爆音になった。侵入したヤバネスズメバチは部屋をまっすぐ飛び、一列になった。直後、スカイ達が駆けつけた。
スカイの瞳には、奥の台座に立つ国王達と、手前を飛ぶ蜂が瞬時に映った。さらに、残り十匹となったその蜂達が、さながら一匹の蜂だけ飛んでいるかのようにも映った。一糸乱れぬ編隊飛行に、考えるより先に、スカイは叫ぶ。
「伏せろ」
国王達はいっせいに床に伏せる。スカイはすぐさま弓を構える。
「ラコロシュテ・プロロクテ・ピカ。リージス」
スカイにとって、その後は過去一番の、奇妙な体験だった。今まで練習したどの「リージス」よりも、ひどくゆっくりな展開だった。矢は回転しながら前方へまっすぐ飛んでゆく。最後尾の蜂の後頭部に、矢が刺さる。どんどんめりこみ、蜂の六本足が大きく開く。その蜂は地面に落ちる。矢は勢いを失うことなく、同じ動作をその前の蜂にもする。その蜂も同様に足を広げ、地面に落ちる。それを、順を追って繰り返す。まるでドミノ倒しのように蜂が落ち、死骸が連なっていく。スカイはその一連の動作を、完璧にコントロールしていた。
それを、オリバーはスカイの隣で、まばたきもせず見つめていた。正確には、まばたきするほうが難しかった。輝く矢は一本のレーザー光線のように、蜂の編隊をまっすぐ貫き、国王達の真上を飛びぬけ、壁に激突した。
こちらで第5章最終話といたします。次回から第6章「ソラミエ大陸編」となります。今しばらくお待ちください。




