9.春祭り
春祭り当日、まだ夜も空けないうちから、アイリーンは神殿の庭へきていた。
この日はまず、村の女達が神殿の庭に薪を運び込み、設置された石窯に薪をくべて火を起こす。その後、神殿で春を祝う儀式が執り行われる。それが終わって男達が狩猟大会に興じている間、女達はメインディッシュ以外の料理を作り始める。今回皆で手分けして作るのは、チキンと春ブロッコリーのパイ、豚肉とりんごのシチュー、それにメドリア海産のカニやニシンのグリルなど、村人達の大好物だ。狩猟大会が終わって、獲物が届き次第、それでメインディッシュをつくる。さらに、子ども達には村の特産品であるハチミツをふんだんに使ったビスケットを、大人達には醸造所から出したハチミツ酒を振る舞う。きっと今日も、楽しい宴会になると、アイリーンはほほえんだ。
夜が明けて、神殿の庭にはぞろぞろと人が集まってきた。神殿の前では、老人や子ども達のほか、狩猟大会に参加する男達が、玄関扉が開くのを待っていた。男達の内訳はほとんどが養蜂家で、あとは果樹農家や野菜農家の主人、木こりや一部の商売人だった。皆、自分達の仕事を急い切りあげ、この催しに参加している。めいめいが弓と矢筒を背中に下げ、興奮しておしゃべりをしていた。
「俺はクマ狙いだ。お前は」
「俺はキツネだ。クマは無理だよ」
「ガルシア隊長はどうする」
男達の一人が親しみをこめてガルシアを「隊長」とつけて笑う。
「イノシシだな。昨日、いいのがいたんだよ。九合目あたりに」
「へえ。下見済みか。さすが隊長」
少し離れたところでは、スカイがサムや他の友達と輪になって話した。
「俺はキジを仕留める」
サムが威勢よくいうと、皆も頷いた。
「でも、いるかな。うろうろしてるのはメスばっかりだ」
「いるさ。もう繁殖期だ。キアーキアー鳴いてる方へ行けばいい」
「スカイは助手って言ってたな。何すんだ、助手って」
皆がニヤニヤするのには乗らず、スカイは口をすぼめた。
「別に」
もしここで、前日のルビテナオオイノシシの話をしたら、皆はどんな反応をするだろう。大物中の大物なので、子どもが手を出せるようなものではない。だが、スカイには前日に「射た」実績が、確かにある。だけどガルシアには、ひよっ子のお前は人に自慢できる腕じゃないと言われている。しかたなく、グッと我慢する。
「どうぞ」
ふいに玄関ドアが開き、無表情のスペンサーがお辞儀した。村人達が中へ入ると、すでに村の領主、ナッシュビルとその家族が、祭壇近くの席に座っていた。
「領主様、おはようございます」
「おはよう」
皆はナッシュビルに挨拶をしてから、後方の席に腰を下ろした。
程なくして、神殿の内部に、外の鐘塔から鐘をつく音が聞こえてきた。皆が見守るなか、赤銅色のロングドレスをまとった神官長、ビショップが祭壇前に立ち、春祭りの儀式を始めた。
儀式は単調で、退屈だった。スカイが見ていると、ビショップが古代グリフィダ語らしい言葉で祭壇に向かって唱え、両手を大きくかざした。それから、祭壇に置いてある大剣を手に取り、後ろにひざまずいている領主に授けた。領主も古代グリフィダ語らしい言葉で何かをいい、頭を下げた。領主が元の椅子に戻ると、ビショップが皆に起立するように言った。学校でも毎朝歌っている、「ルビテナ讃歌」だ。オルガンの前に座っているモーガンが伴奏し、皆で合唱した。
儀式が終わり、村人達は神殿を出た。老人や狩りに参加しない子ども達は庭のベンチに座り、おしゃべりをしたり、遊び始めた。男達はそれからめいめいが弓を手に取り、村の北側、ルビテナ山のふもとまで歩いていった。
ふもとにつくと、ガルシアが皆に向き直った。
「さて。皆いくぞ。次のラッパが鳴るまでだ」
ガルシアが手に持ったラッパを吹き鳴らすと、男達はいっせいに山へ散っていった。スカイはもちろん、ガルシアの後ろについていった。
その頃、顔面がただれたその者は、ラッパの音を聞きとった。それから部下達に言った。
「合図だ」




