89.追跡
シーサルミ王国で大パニックが起きている頃、チュルキー村では村人総出で、川へ鮭漁にむかっていた。そのなかで老婆と孫娘はおしゃべりをしながら、網を引いていた。
「おばあちゃん、何もあんなトナカイ、押しつけなくてもよかったのに」
孫娘はそう言って、底意地悪く笑う。
「あの三頭は血の気が多かっただろ。エビと戦って、ストレス解消になるんじゃないのかい」
祖母も同じ顔して手で顔を仰ぐ。
「シーサルミの蜂蜜、持ち帰ってくる前に……トナカイが死んで帰ってきたらどうする?」
孫娘の問いかけに、老婆は顔から笑みを消す。
「そんなことになったら、あいつらに弁償させるさ」
老婆の言葉に、孫娘は目を丸くする。わずかな沈黙が流れた後、二人は爆笑した。
一方、シーサルミ王国の東部エリア、ケフネ山のふもとのシーサルミ城では、国王が玉座に重臣達を集め、緊急会議を開いていた。
「アモーレイクで虫の怪物が出ただと?」
「はい。現在、兵士と民間人をあわせて死傷者は約二千名です」
「将軍はどうしてる」
「現場におります」
「何か策はあるのか」
「通信兵の報告によりますと、異国の少年達がトナカイに乗って現れ、善戦中とのことです。将軍は兵を連れ、それの援護をすると」
「異国の少年?」
「はい」
「分かった。報告を絶やすな」
その頃、残りのヤバネスズメバチはユラル山の山肌に沿って、西部から南部に向かい、低空飛行していた。スカイとオリバーを乗せたトナカイは、その行方を追った。
スカイはふと、トナカイの背中の筋肉を見やる。このトナカイはよく走る。斜面を下から上に駆けるならまだしも、同じ高度を保ち、地面と水平に走っている。屈強な四本足でバランスを崩すことなく、岩石につまずきもせず、よけ、飛びこえ、大地を蹴る。
きっと、トナカイの勇気は桁違いに大きい。スカイはそう確信し、その頼もしさに、これまでにないほど興奮する。弓を引きつづけても、トナカイは動揺するどころか、勝負どころをちゃんと理解し、スカイの目指す方へ突進していく。
「ラコロシュテ・プロロクテ・ピカ。ランダギア」
スカイは蜂の集団の最後尾めがけて矢を放つ。矢は羽や腹に刺さり、地面へ転げおちる。
「……あと五百九」
オリバーが叫ぶ。
そのとき、向かって左手のふもとから、騎馬隊が駆けあがってきた。
視力のいいスカイは、集団が一様に同じ制服を着て、それぞれ弓や槍を手にしているのが見える。さらに、その制服に青い菜の花の模様が刺繍されているのにも気づく。あれはシーサルミ王国の紋章、つまりは国軍だ。スカイは、トナカイのハーネスを握る手に力を込めた。
「シーサルミの応援がきた。行こう、オリバー」
「おお」
国軍が合流し、スカイ達のトナカイと並走しながら、先頭馬に乗る将軍が話しかけてくる。
「我が国の防衛に、感謝する」
シーサルミ語は分からず、スカイはぽかんとするが、適当に頷く。
「言葉が通じぬか。だが、戦士ならば分かるだろう。最後尾から削っていくぞ」
将軍は剣を振りかざし、さらに兵士達へ吠えたてる。
「弓隊。放て」
先頭の弓騎兵達は、そろって弓を斜め上へ向け、矢を放つ。矢は空中で弧を描き、慈雨のごとく、蜂の背に降りそそぐ。羽は失っても額を射抜かれていない個体が大半で、それらは蟻のように斜面を這いまわる。それを見たスカイは、将軍の横を並走しながら、自分の額を指で射抜く仕草をしてみせる。それから、仰向けになった蜂を見て、その額を弓矢で射抜く。将軍はすぐに理解し、再び兵士達へ吠えたてる。
「槍兵。額を突け」
後続の槍騎兵達は、蜂の額を槍で突きさしていく。
「あと三百二十三! 半分はやったぞ!」
オリバーがスカイの後ろから叫ぶ。
スカイは蜂の動向を注視する。蜂は少しずつ高度を上げていたのに、途中で下げた。スカイは急に寒くなり、身震いした。頂上が近く、外界の寒気が降りてきたのだ。
スカイには蜂がパニックを起こしているのが分かる。ルビテナ村でオオルリミツバチがそうしていたように、飛び方が不安定になるのだ。国軍の弓騎兵に再び射ぬかれたのが追いうちとなり、ほうぼうへ散り、数を減らしていく。国軍は何隊かに分かれ、スカイ達と将軍の一派は一番数が多い集団の後を追いかける。その集団は入りくんだ細い谷間を見つけ、飛びこんでいく。
蜂は谷間を抜け、ちょうど国の東部エリアに出た。スカイ達に追われ、蜂の興奮はいっそう高まる。山沿いを飛ぶのをやめ、町めがけて飛んでいく。
「百九十八、百九十九、二百……! スカイ、ちょうどあと二百匹だ」
追いかけるスカイの横で、オリバーが再び吠える。
スカイと並走していた将軍は、急に甲高い声を上げた。将軍率いる騎馬隊は、いきなりスカイ達から離れ、猛スピードで駆けだす。スカイは騎馬隊が向かう、背の高い建物群を見てピンと来た。王族の住む家、城に違いない。




