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全滅まであと何日  作者: taki
第5章〜アイスノウ大陸編〜
87/93

87.温泉

 女王蜂のレオノーラは心からほっとしていた。

 体力をつけられたおかげで、無事にいい産卵場所を見つけることができた。温かい場所だから、すぐに孵るだろう。だが、体調が万全かというとまったくそうではない。蜂と蜂人(ぼうと)が、どれくらいの比率で生まれるかは分からない。


 ここまで付き従わせていた二人の蜂人達には、トナカイを食わせて暇を与えた。おそらく南方の別大陸へ旅立っただろう。自分はともかく、役目を終えた。母のアグネスからは、大陸を統治できたら一度里帰りしてこいと言われているが、その体力はもうない。

「私の子ども達…」

 レオノーラは、そばにある卵を黙って見つめた。


 一方、スカイ達は老婆に言われた通り、チュルキー村の北東に向かった。移動手段は、今度はトナカイだ。山を越えるためそりは使わず、三人とも一人につき一頭、大きなオスのトナカイをあてがわれ、雪原を進んだ。

「シーサルミ王国は、完全に未知の土地だ」

 先頭のトナカイに乗り、方位磁針を確認しながらオリバーが大声で言う。

「『アイスノウ大陸冒険記』にも載ってないの?」

 その後ろをスカイのトナカイが追いかける。

「沿岸国のノルマク共和国と、内陸国のフィルエー共和国のことしか書いてない。シーサルミはひとつの町くらいしかない小さな国で、国土の形状が五芒星だというところまでは書いてある。あの婆さんの話じゃ、わりに豊かな国らしいんだ。最近できた国なのかもな」

「そこで何をしてこいって?」

 スカイが大声で叫ぶ。

「湖に大型のエビが繁殖しすぎてて、それを駆除してほしいんだって。たくさん駆除すれば、生活物資もたくさん援助してもらえるんだって」

 今度は最後尾のロイが答える。

「あのお婆さん達、あんなにトナカイ飼ってるくせに、俺達にこんなことさせるほど生活に困ってたのかな」

 スカイは不思議がるが、オリバーは気に留めず、方位磁針をポケットにしまいこむ。

「さあな。こんな極寒地帯に住んでりゃ色々、物資が不足すんだろ。このユラル山ってのを越えたらシーサルミだ」


 ユラル山を含む、ヤム山脈は五芒星の形状をした高原を取りかこんでいる。平地が多いアイスノウ大陸において、ここだけ極端に高山が連なる。しかも、氷点下の山岳地帯とあって、曇っていて、少しふぶいている。ロイは怖くて何度も悲鳴を上げた。それとは対照的に、雪道に慣れたトナカイは、ゆっくりでも着実に斜面を登りつめていった。


 やがて、三人は頂上のすぐ手前にある国境の検問所についた。オリバーが老婆にもらった書類を番兵に見せた。

「チュルキーの村の者か。出稼ぎか」

 番兵に聞かれて、オリバーはあいまいに頷く。

「よし、町へ降りたら宿舎へ行け。アモーレイクのほとりにある、赤い屋根の建物だ。そこで説明があるから、それに従え」

 そう言って番兵が花型のハンコを押したので、オリバーはそれをスカイとロイに見せた。

「おい、見ろ。『サイラスの刻』にあった、青菜の花の刻印と同じだ。この国の紋章なんだ」

「本当だ。じゃあ、青菜の花はここに?」

 スカイは食い入るように見る。

「ところでなんだよ。アモーレイク? 宿舎? 僕達って出稼ぎ労働者ってことにされてんのか?」

ロイは納得いかずに口をとがらすと、オリバーは頷く。

「そういうことらしい」


 一行は腑に落ちなかったものの、道を通され、そのまま頂上に辿りついた。

「おい」

 先頭のオリバーが声をはりあげた。スカイとロイは驚き、トナカイで近寄る。スカイはオリバーの横に並び、息をのんだ。


 ここはどこか。本当に雪国か。明るい太陽の光が高原を照らし、あたり一面に緑が生いしげっている。春を謳歌するように、小鳥の群れがさえずった。そして、何より特異なのは緑地の中央に位置する湖だ。その水面から湯気が立っている。


「え? え? どういうこと?」

 スカイは眼下の光景に目を奪われる。

「ここがシーサルミ……。なるほどな。たぶんあの湖がアモーレイクで、温泉が湧いているんだ。その熱で、植物がこんなに生えているんだ」

 オリバーは驚愕して、自分を納得させながら言った。


 三人は山を降り、アモーレイクに向かった。ほぼ円形の湖で、湯気が立つ湖面に何か細長いものが伸びているのが見えた。

「あの青いの、もしかして菜の花じゃないの」

 スカイが指をさすと、オリバーは曇ったメガネをはずし、目をこらす。

「ああ、そうだ。本にも書いてあった。菜の花に似ているけど実際はアブラナ科の菜の花とは別種の、水上植物なんだ。まさか、温泉に根を張ってるとは思わなかったけど」

「こら、お前ら。勝手にアモーレイクに近づくな」

 やや小太りの男が声をかけると、三人は振りかえる。

「お前ら、出稼ぎか?」

「そうです」

 通訳係のロイがおとなしく答える。

「俺はここの主人だ。いいか、湖にはエビが棲んでる。あんまり顔をつっこむと、お前ら、食われるぞ」

「気をつけるよ」

「わかったならいい、中に入れ」

 男は赤い屋根の建物を指さした。

「今日は温泉に入ってよく休め。仕事は明日からだ」

 宿主が愛想なく言い、三人に小さな部屋をあてがった。部屋はなかなか清潔感があり、ルビテナにあるのよりも立派なベッドが三つ並んでいた。外に通じるドアを開けると、すぐ目の前に小さな温泉があり、湯気が立っていた。

「ここに入れっていってたけど、大丈夫なのか? こんなかにもエビが棲んでねえだろうな」

 ロイは用心深く言うわりに、すでに服を脱いでいる。

「大丈夫だよ、何もいない」

 誰よりも先に素っ裸になったスカイが、水のなかを観察して言う。

「まさか、アイスノウで温泉に浸かれるとはな。今日はゆっくりしよう」

 オリバーが言い、皆で温泉に入った。


 三人がワーワーはしゃぎながらお湯をかけ合い、遊んでいる頃だった。

 アモーレイクの警備を務める衛兵が、湖面を見ていた。湯気は立っているものの、水深はそこまで深くない湖で、透明度も高いので、水中の様子はまあまあに観察できた。ここの在来種、アッタケエビは体長一メートルを超える大きなエビだ。温水を好むエビで、昼間は活動しないが、こうして夕方になると岩陰から出てくる。それから水底を歩きまわり、餌を探すのだ。何もしなければ襲ってこないが、水上の青菜の花を摘もうとしたり、岸辺にへばりつくように巣をつくっている菜蜂(なばち)の蜂蜜に手を出そうものなら猛然と襲ってくる。幸い、国が温泉のおかげで豊かだから、駆除するには他国の出稼ぎ労働者を使えばよい。


 衛兵は大きく伸びをした。ふと、奇妙なものに気づいた。水底にある岩にも似ているが、丸くて薄茶色の、スイカほどの大きさがある石がいくつも転がっている。エビもそれに気づき、それらをハサミでつつき回す。すると、その石が裂けた。何やら柔らかい石のようだと思ったときだった。

 なかから出てきた蜂人が、すぐさまエビを引きずりこみ、猛然と食べはじめた。

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