86.新技
翌朝、ふぶきは落ち着いたので、スカイは外へ弓の練習へ出かけた。丘の斜面はトウヒの小さな林になっていたので、木の幹を的代わりにして射つづけた。寒くて手がかじかんだが、不思議と頭はさえた。ロイとオリバーはスカイのすぐわきで雪の上に座り、矢の行方を追った。
「すげえな、今度の技は。速すぎ」
ロイが思わずつぶやく。
「なかなか難しいよ。ロイもイーヨの練習、したら」
スカイは矢から目を離さず言う。
「バーカ、こんなところに楽器を出せるわけないだろ」
「どうして」
スカイは弓を下ろす。
「あんまり寒いと木がひび割れるだろ。僕の大事なイーヨはこうしてある」
そう言って、ロイはセカラウールでぐるぐる巻きにされたイーヨを見せる。
「えー。じゃあここではイーヨ、弾かないの」
「弾く必要もないだろ」
「どうして」
「だって、キリトナの肉屋が言ってたけど、この大陸、蜂がいないらしいぞ」
「あー……。そうか。虫って寒いとこにはいないもんな」
スカイは納得する。が、オリバーは用心して顎に手を当てる。
「だが、蜂人はどうだろう。あいつら、半分は人間だろ」
「……言っちゃうと、ルークは確かに、冬は本当に家にこもりきりだった」
スカイがためらいながら言い、弓をまた構える。オリバーは察して頷き、立ちあがる。
「そうか。寒いのが苦手なのは確かみたいだな。ロイ、ちょっとあっち、行ってよう。じゃあスカイ、またあとでな」
ロイとオリバーがいなくなり、スカイは練習に没頭することにした。新技「リージス」の練習は、奇妙な体験の連続だった。技がキマらないときほど矢の動きを速く感じ、キマッたときほど遅く感じた。弓と「遊んで」いるときほど時間が経つのが早く、「勉強して」いるときほど時間が経つのが遅い、ルビテナ村での学校生活にリンクして、なんだか面白かった。
当初は幹を貫通して少しだけ矢尻が飛び出す程度だった。だが、練習するほどにじりじりと飛び出した部分が長くなった。体の疲れ方も半端なかったが、それでもこの締め上げるような寒さが自分へ喝を入れた。
練習はそれなりにはかどった。そのなかで、時間という概念を、自分という人間が支配しつつあるようにも感じられた。その薄気味悪さに、快感を覚えた。だが、自分がどんどん遠いところへ向かっていくような気がして、ワクワクするのと同時に、焦燥感も大きくなった。輪郭がつかめない怪物になっていくようで、怖くもあった。ロイもオリバーもいつも一緒にいるから寂しさはないはずなのに、この不安を理解してもらえるとは思えなかった。そういう意味で、スカイは孤独だった。
一方、ロイとオリバーはスカイの練習の邪魔をしないよう、村のまわりを見学することにした。オリバーはトナカイの放飼場を見て、首を傾げた。
「また、減ってる」
「は?」
ロイは眉を寄せる。
「ここに来たとき、確か千三百二十一頭だった。でも、今は千三百十九頭だ」
囲いのなかをうろうろするトナカイ達を見て、オリバーは首を左、右と交互に傾けるが、そんなオリバーを見てロイも首を左、右へと傾ける。
「マジで変態だな、お前。見たまんまでカウントできちゃうのかよ」
オリバーのカメラアイぶりにいまだ慣れないロイはため息をつく。
「うん。どうした。いたじゃないか、太ってて体格いいのが、二頭」
「知らねえよ。嫁にでもいったんじゃないの」
「実際、そうかもな。たぶん、どっちもメスだ」
そこでロイがくしゃみした。またしても鼻水がバリンと凍りついたのを見て、さらにロイの着ているコートに目が止まって、オリバーが指をさす。
「ロイ。それ、ずいぶんでかい穴、空いてんな」
「えー。オリバーこそ」
二人は互いのコートをしばらく見てから、スノードームに戻った。
「コート?」
宿主の老婆は不思議そうにオリバーの持つコートを見る。それは過去に、ツェルビアのスピリトーゴ男爵にもらったものだ。
「ああ。ずいぶん穴だらけになってしまって。あんたらが着てるのみたいな立派なやつが欲しい。三人分、つくってもらうことはできないか」
オリバーはそう頼み、コートを見せる。温度と湿度の高いジャングリラ大陸にいたせいで、コートはどれも虫食いだらけだ。
「仕立てるにしても、材料がないといけないね」
老婆が突き放すように言うのに、オリバーは食いさがり、ヌマグチを開ける。
「これで作れないかな」
ヌマグチからずるずると引き出したのは、セカラウールの余りだ。
「三人分だろ? これだけじゃ足んないよ」
言われて、オリバーは腕を組んで思案する。
「あまっているトナカイの毛皮はないのか」
「んー、そうだねえ」もったいつけながら老婆は目を細める。「じゃあ、こうしようじゃないか。今夜の夕食はトナカイにする。うちの孫が指定する三頭を、あんたの友達が弓で仕留めてくれたら、予備の毛皮のコートをくれてやるよ」
老婆の試すような口ぶりに、オリバーとロイは顔を見合わせる。それから互いに頷きあう。
「そういうことなら」
ロイとオリバーが外に出ていったので、老婆は孫娘に目配せした。孫娘もロイ達の後を追った。
ロイとオリバーは屋外でスカイを探した。あたりは何もない雪原なので、すぐに見つかった。練習場所を変えたらしく、丘の頂上に立ち、なにごとかつぶやきながら何度も弓を引いている。オリバーがいきさつを話すと、スカイは快諾した。
「木ばっかりだとつまんなくて、動物を射止めたかったんだ。ちょうどいいや」
「どれでも好きなものを狙っていいわけではないよ」
冷ややかな調子で言ったのは老婆の孫娘だ。ロイの通訳を聞きながら、スカイは丘の上から放飼場を見おろす。
「あれと、あれと、あれだよ」
娘は的確に個体を指をさしていく。ロイにはどれも同じに見えたが、目のいいスカイは正確に把握する。
「少し、年取ってる感じのやつだね」
「そうだよ。若い個体はだめ」
娘が腰に手を当て、油断のない目つきでスカイを見る。スカイは弓の弦に矢をつがえ、目標の個体に照準を合わせる。ちょうどそのタイミングで、スカイ側から見て、三個体が縦に並んだ。
「ラコロシュテ・プロロクテ・ピカ。リージス」
スカイが矢を放った。ロイはその真横で、かつて見たことがないほどの神速で矢が飛びぬけるのを見て、鳥肌が立った。しかも、その矢は速いだけじゃない。尋常ではないパワー、エネルギーを感じた。矢はトナカイの体を一頭、二頭、三頭とぶちぬいた。
「へえ。腕は確かなんだ」
娘はそれだけ言い、倒れたトナカイのもとへ駆けていった。
翌朝、老婆はトナカイの毛皮のコートを三着、スカイ達の前に差しだした。
「ほれ。約束のやつ」
「ありがとう。すっごくあったかいね」
スカイは早速着てみて、その暖かさに感動する。老婆はその様子を無表情で見る。
「…望まれた者だけが辿りつける」
「え?」
スカイはきょとんとする。
「いいや、別に。それで、ひとつ、あんたの腕を見こんで頼みがあるんだけど」
「何?」
老婆は細い目を少し大きく開き、意味深に笑った。
「シーサルミ王国に、おつかいに行ってきてほしいのさ」




