81.凍てつく時計台
スカイとロイ、オリバーの三人は、コートを羽織ってジャッキーに乗り、海の上を飛んでいた。アイスノウ大陸に近づくにつれ、気温はぐんぐん下がっていった。
「大陸についたらジャッキーを『ドワーフの休日』で小さくしてやれ。ふぶいていたら鳥は飛べない」
最後尾に乗るオリバーが大声で言うと、すぐ前のロイが大きく頷く。
「それで、どうやって青い菜の花を見つけるの」
先頭に乗るスカイが大声で言い、オリバーを振りかえる。
「『アイスノウ大陸冒険記』を読んだが、原生地に関する情報はない。だが、きっと、何か目印がある。エベスタンのラピスラズリにも、ウピウピの滝の石碑にも、ルビテナの日時計や祭壇にあったのと同じ花が彫られてた。たぶん、ウェルゲン帝国時代につくられたものなんだ。世界中に、その形跡が残ってると思う」
オリバーも大声で返す。
「ベロニカもグリフィダ語をしゃべってたしな」
ロイがぼそりと言うと、スカイは途端に胸が苦しくなった。シャベルータンのベロニカ親子のことは、今だに心のしこりになっている。
スカイが明らかに凹んでいるので、ロイは後ろを振りむき、話題を変えることにした。
「それでさあ、オリバー。ゾエには何て言ってきたの」
ロイがくすくす笑うのに、オリバーは無表情だ。
「別に」
「別にって何だよ。もっとあるだろ」
「別に」
「愛してるよとか、心はいつも君と一緒だとか」
「別に」
「ゾエの婿のくせに、プロポーズはしたんだろ」
ロイはここで手を叩いて笑う。こんなにシャイで口下手な頭でっかちが、ドミニクに婿候補にされている。おかしいことこの上ない。が、オリバーは無表情をキープする。
「それはまだ」
「ま、だ?」ロイは目をむく。「……でも、ゾエはグリフィダに嫁ぐんじゃ大変だな」
「ゾエはグリフィダには呼ばない」
「ど、どうすんの」
「この旅が終わったら、俺がベカラグアに移住する」
「えー……」
ロイは、開いた口が塞がらなかった。
やがて、眼下に陸地が見えてきた。
「あれだ。アイスノウ大陸の、フィルエー共和国だ」
オリバーが声を張りあげた。スカイとロイは興奮して見おろす。
「なんだ。一面真っ白かと思ったのに。意外と普通な町だ」
ロイがくしゃみすると、オリバーが町を指をさす。
「まだ九月だからな。とりあえず、降りて宿を探そう」
ジャッキーは高度を下げ、町はずれの空き地に着地した。
寒帯に属するフィルエー共和国、キリトナの町は枯れ野と山々に囲まれ、中心部には時計台が立ち、木造の商家や民家が立ちならんでいた。住民達の大半は鉄鉱山の採掘労働者とその家族で、男は上着とズボン、女はワンピースを着ていて、いずれも濃紺の生地に赤い刺繍の入った服を着ている。男達の顔は鉄粉にまみれ、黒ずんでいた。スカイ達は投宿しようとしたが、どの宿にも宿泊を断られた。ロイが頑張って通訳するのに、顔を見ただけで放り出される始末だった。
「何でダメなんだろう」
スカイは歯をがちがち言わせ、小型化させたジャッキーを抱きしめる。
「俺達はよそ者だ。顔を黒塗りすれば泊めてもらえるかもな」
オリバーは捨て鉢になって両肩をさする。
「それにしたって酷いよ。僕達が何したっていうんだ」
ロイはそう言った途端、派手にくしゃみする。
「わからん。あの宿はどうだろう」
オリバーが指さしたのは、今にも崩れ落ちそうな木造のあばら屋だ。
「まあ…屋根があるだけいいじゃん」
スカイがつぶやくと、ロイは力なく頷いた。
その夜だった。突然の怒号に、三人は目を覚ました。
「何?」
「強盗?」
「行ってみよう」
スカイが弓を持って表に出た。ロイとオリバーも追って出ると、その様子に唖然とした。住民達が輪になってスカイ達を取りかこんでいる。
「何の用だよ」
スカイがグリフィダ語で怒鳴りつけると、住民達がフィルエー語で何かを叫び、若い男はロイの頭を叩き、ハゲた男はスカイを蹴りつけた。
「この野郎」
スカイは頭に血がのぼり、ハゲ男を突き飛ばした。男が向かいの建物にぶつかったのを見て、すぐさま距離をとり、弓を構えた。
「ラコロシュテ・プレレクテ・ピカ。ランダギア」
スカイが弓を引くと、三十本の矢がハゲ男の輪郭を描くように、背面の壁に突き刺さった。ハゲ男は身動きがとれず、蒼白な顔で口をパクパクさせる。
「俺達に構うな」
スカイが怒鳴りつけると、住民達は散り散りになって逃げた。するとハゲ男が震えながら歯ぎしりして、何ごとかつぶやく。ロイがハゲ男の肩に触れた。
「なんだよ。お前ら外国人は盗人のくせに。時計台も直してくれないじゃねえか。余計なゴミ、置いていきやがって」
ロイはその言葉を聞き取り、あたりを見回した。そばには背の高い、立派な時計台が立っている。だが、よくよく見ると、文字盤の針は完全に止まっていた。




