80.手紙
《あらすじ》
スカイ達はジャングリラ大陸のジャングルでフォールビーの蜂蜜を無事入手。ヤバネスズメバチの女王蜂、ガブリエラをヌマグチに閉じこめることに成功。次の蜂蜜を求めて極寒の地、アイスノウ大陸へと出発する。
ガブリエラの軍の中将であり、蜂人のゲイルはデルクク村を引きあげ、空を飛んでいた。生きのびたのは自分と、わずかな兵だけだった。
途中まではよかった。自分の大切な姉妹であり、大将のキャロルの仇を討てたと思っていた。なのに、人間達が妙な道具で水をかけてきた。水がかかったら致命傷だ。蜂人はまだいいが、蜂はそうなったらもう飛べない。地上に落下した蜂の兵士達は、すべて人間に殺された。
だが、戻った先の、宮殿の状況がさらに追い討ちをかけた。大量死した仲間達は、なぜか体が縮んでいるものが多かった。女王蜂のガブリエラもいない。どこか。まだ生きているのか。まさか自分が留守の間に、敵襲に遭うとは。
ゲイルが茫然自失となり、執務室に立ちつくしていると、誰かが自分の肩に触れた。振りかえると、見たことのない蜂人が立っていた。
「お前は──」
「言葉をつつしめ」
バイオレットが冷たい目を向けた。
九月になり、ベカラグアは雨季に入った。デルクク村に滞在を続けていたスカイは、ガルシアからの手紙を開いていた。ミケールが運んできたものだ。
『スカイへ ガルシアだ。三人とも無事でいるか。今どこにいる。連絡をくれ。ルビテナのみんなは無事だ。隣のホットンで蜂が出たって話が先月あったが、ネムレタスでどうにかなったらしい。お前達が発つ前にポアロン族の弓術を全部教えることができなかった。だから本を送る。本というよりは、俺の一族の記録だがな。よく読んで実践しなさい。ただ、肩を壊さないか心配だ。正しい姿勢を保つこと。
もう一通、手紙を同封する。アイリーン宛で、中身は見ていない。遺族のお前が読んで、返信するか否か決めてくれ。
ヌマグチに入っている食料や道具類は、領主や村のみんなからの差し入れだ。受け取ってくれ。無事を祈る。ガルシア』
手紙を閉じ、もう一通、別の手紙を見る。差出人はエリザベス・バレットとあり、封を切った。
『親愛なるアイリーン様
お元気でいらっしゃいますでしょうか。お風邪を召していらっしゃいませんか。しばらく頼りがなく、心配しております。ルーク様、スカイ様、ならびにバイオレット様は健やかでいらっしゃいますか。
あのようなことがなければ、あなた様は今頃、ハートフォード伯爵夫人としてつつがなくお過ごしのことでしたのに。農民の真似事をしているとは、いまだに信じられません。ハートフォード領は今なお、ラルフ様が治めております。兄上のフェリックス様のような手腕はなく、領民の逃亡が相次いでいます。ここもいつ国に召し上げられてしまうのか。
あなた様にお仕えしていたあの頃が、わたくしの人生最良のときでした。凛々しく美しく、聡明なアイリーン様、あのハープが恋しゅうございます。楽器演奏など奏者にまかせればよいと、かの旦那様が仰せのところ、あなた様が”私のなかにほとばしるこの情熱も、郷愁も、苦悩も、伝えられるのは私をおいてほかにない”と明言なさった。夜会も舞踏会も楽しゅうございましたね。あなた様のファンがいつもついて回って。
それでもあなた様はフェリックス様をお選びになった。なんと言っても、あなた様は生家・ゴードン家の誉れ、いつもわたくし達の心を照らしてくださった奇跡でいらっしゃる。こうやってわたくしにこっそり、読み書きを教えてくださったのもあなた様だった。婚礼のとき、わたくしを専属侍女として帯同してくださったご恩は、生涯忘れません。
だから、あなた様の勇気ある行動に敬服します。それに、わたくしもほんのひとくち、あなた様が勧める瑠璃蜜なるものを食したいのです。いつかわたくしがルビテナへ訪ねることをお許しいただけたなら。それが叶うなら、これ以上の幸福はございません。お便りお待ちしております。
愛を込めて エリザベス・バレット』
スカイは二度読みかえし、物思いにふけった。
エリザベスはずいぶん仲のいい侍女のようだ。アイリーンの死を告げたら寝込んでしまうのではないか。だが、ちゃんと伝えなくてはと思い、事実を書くことにした。それに、自分の生い立ちや家族について、もっと知りたい思いもあった。
家族──。家族というものが、過去には当たり前にあった。何より大切なものだった。だが、今はない。ないのに、なぜ自分は戦っているのか。蜂蜜を集め、ヤバネスズメバチを全滅させたら、何が得られるのか。急に分からなくなった。スカイはエリザベスの手紙を、ぐっと握りしめた。
一方、体のしびれがとれ、日常生活が送れるようになったオリバーは、ゾエと一緒にナイフ投げの練習にはげんでいた。ロイはそれを遠巻きに見ながらニヤつき、ドミニクの手伝いをした。ハーブの一種、ジャングラスの種を畑にまく作業だ。
「ルビテナ村から届いた食料を、スカイに分けてもらった。村がこんな状態だから本当に助かる。瑠璃蜜は奇天烈な見た目だが、とても美味かった」
ドミニクはそう言って前かがみになり、種を同じ間隔でまいていく。
「うん」
ロイは隣から土をかけていく。
「お前達のおかげで我々の部族は全滅せずにすんだ。ほかは壊滅的な状況なのに。ありがとう」
「でも、ヌマグチに閉じこめたあの女王蜂、どうなったのかな。スカイが、完全に殺せるって言ってたけど」
「それは大丈夫だ。窒息死していて、死体は村の者が川に運んでいった。今頃ワニの餌になっているだろう」
「そうか、よかったよ。ヌマグチから出てからは早かったね。残りの蜂人も少なかったし」
「ああ……」
そこで、ドミニクは作業する手をとめ、悲しい目をする。
「村の人達は……お気の毒だよ。それでも……助かった人はいるし……。ゾエが無事で、本当によかったね」
ロイも手をとめ、ためらいながら、気遣いながら言う。
一週間前、討伐隊はサンドネシアからベカラグアへ帰還した。そこで目にしたのは、蜂に襲われた犠牲者の姿と、残された生存者の姿だった。討伐隊も犠牲者が大半を占め、生き残ったのはロイとスカイとドミニクだけだ。
ドミニクはオリバーとゾエの様子を見て、わずかに笑う。それから、自分の腕に触れるロイを見おろす。
「ロイ、お前は不思議な能力を持っている。そうやって俺に触わるから、言葉が通じるんだろう?」
「うん。僕はサウン族だし、ちょっと変わってるんだ」
異端視されるのが苦手なロイは、少し身構えて言う。
「でも、スカイやオリバーは違う」
「うん」
「特にスカイは素晴らしい。あんな化け物にためらわずに矢を射る。少年なのに、ものすごく度胸がある」
「うん……」
自分にはないものだと、ロイも認める。
「お前のように特別な力を持たなくとも、とっさのときの判断も早い。心根がまっすぐで、リーダーの資質がある」
「うん……」
ロイはだんだん、気後れしていく。スカイが褒められるほどに、自分は何も出来ない奴だと、比較されている気になってしまう。
「我が村の戦士に迎えたい」
「ははは。あいつは意外といいよって言うかも」
ロイはあえて、軽く笑ってみせる。
「それと、オリバーだ。奴は自力で俺達の言葉を覚えたようだ。俺達のナイフ投げの文化も受け入れようとしている」
それはゾエのためだからだろ、とロイは頭のなかで突っこみを入れる。
「オリバーは、ゾエの婿として迎えたい」
「え!」
「さあ、未来のために備えないと。神経毒をもっと量産するんだ」
ドミニクは歯を見せて笑い、種まきを再開した。




