26.懐中時計
ルビテナ村は少しずつ復興作業が進み、養蜂場ではアイリーンとスペンサー、それに作業人夫の一団が、ライ麦の麦藁とツル植物を囲んでいた。
「おい、あの化け物蜂は来ないのか」
「さっき兵隊が死体、引きずってんの見たぞ。なんだありゃ、怪物か」
「おい、まさかここのオオルリって蜜蜂も、あの化け物蜂みたいなサイズなのか」
作業人夫達が張り切るアイリーンを見て、不安げに尋ねた。
「そんなわけあるかいほら、神に仕える神官様だって一緒にやってんだよ。編み方を教えてやるから、みんな、巣籠を編んどくれ」
アイリーンが、麦藁にツルを巻いているスペンサーを指さし、人夫達に言い放った。
「なかなか器用さが求められる作業です。難しいですが、みんなで頑張りましょう」
スペンサーが温かく微笑み、人夫達を励ました。
「これができれば、俺もここで養蜂家になれるのか」
今度は、痩せた作業人夫が尋ね、麦藁を手に取った。作業人夫は大半が国に雇われた有期労働者だ。だが、領主のナッシュビルが国王へ請願したことで、彼のようにこのまま移住を決めた者も一部いた。高級品の瑠璃蜜を出荷する、豊かな村で知られていたので、移住希望者達は仕事に意欲的だった。
「ああ。なれるさ。これをやったら野生のオオルリミツバチを捕獲しにいくよ」
忙しく働いている方がいい。考えこむ時間をつくりたくない。アイリーンは力強く頷き、両手をパンと叩いた。
皆で巣籠づくりに取り組んでいるころ、ルークがとぼとぼ歩いてきた。
「おばあちゃんごめん、俺、手伝えない」
ルークが咳き込み、脇腹を掻きながら言うと、アイリーンは優しく微笑んだ。
「いいんだよお前は。神殿の中で休んでな」
「うん」
ルークの去っていく姿を、スペンサーは黙って見送った。
その頃、ロクレンのゴールドスミス時計店では、ガルシアがこれまでの経緯を話していた。その間、オリバーはぴくりとも動かなかった。相槌も打たず、黙って耳を傾けていた。一方で、ロイはショックを受けて始終、あーとかうーとか唸っていた。
「……それで、蜂人の司書が、首に下げていたのがこの懐中時計だ。うちの神官が、どこの誰がつくったもので、これが何に使われるものなのかを知りたがっている」
ガルシアが説明を終えると、オリバーは神妙に懐中時計を手に取った。
「この時計は十二時制ではない。九百六十時制だ」
「なんだ、それは」
ガルシアが眉間にシワを寄せた。
「通常であれば十二時間かけて右に回り、一周する。だがこれは九百六十時間かけて、左回りに一周するものだ」
「そんなものがあるのか」
「ああ。とある顧客にオーダーされて、父が製作したんだ。定められた日にぴったり止まる時計が欲しいとな」
そんなことができるのか。スカイ達は驚愕してそれを見つめる。
「砂時計というものを知っているか。タイマーとも呼ぶんだが、要はあれと同じだ。まあ、これは砂ではないけどな。こういう時計の中にはみんな、ペラペラの薄い、細長い鋼があって、それをゼンマイバネって呼んでる。それを渦状に巻き取ると、鋼が元の状態に戻ろうとする力がはたらく。それが時計の動力源になってる」
「うん」
スカイが頷いた。ロイにはチンプンカンプンで、口を半開きにするしかなかった。
「だが、この時計は通常のゼンマイバネに使われる鋼と違い、特殊な鋼が使われている。はるか南、タリブ大陸の砂漠で取れる超微粒子の砂鉄を主原料にした鋼だ。その鋼からバネ職人が、極薄のゼンマイバネを製作する。薄いから普通のバネの何十倍も多く巻ける。毎日ゼンマイを巻く必要はない。九百六十時間、動き続ける」
「そんなすごい時計を、なんのために?」
スカイが尋ねると、オリバーは首を横に振った。
「分からない。だが、父はこの時計を納品した直後、死んだ」
「死んだって、どうして」
「裏の井戸の中で、首なしの状態で沈んでた」
一同は絶句した。首なし、というところでガルシアもスカイも大方、何があったのかは想像がついた。
「そうだったか」
しばらくして、ガルシアが同情を込めて頷いた。
「きっとあいつは、ハナから父を殺すつもりだったんだ。父は国で一番の時計技師だった。それを利用して……」
「あいつって、どんなやつ。人間だったの?」
スカイは震えながら尋ねた。尋ねながら、憎しみで今にも叫び出しそうだった。
「人間……だと思う」
オリバーは思い出しながら慎重に言う。
「どんな見た目」
「赤毛の女。目は翡翠みたいな色だった」
スカイは思いをめぐらした。ルーシーは赤毛ではなく、黒髪だった。生き残った女達のなかに、赤毛に翡翠色の目がいただろうか。
「なぜそれは九百六十時間なんだ」
今度はガルシアが尋ねると、オリバーは羊皮紙を広げた。
「客がそう望んだらしい」
羊皮紙にはオリバーの父が書いた製図のほか、製作にまつわる細かな数値や文言が記されていた。
「九百六十時間。つまり、動き出してから四十日後だ。だがこの時計はすでに、百六十八時間分、進んでいる。逆算するに、七日前にこの時計は動き出した。四月一日だな。この日、何かあったのか」
オリバーが顔を上げて尋ねた。
「春祭りがあった」
ガルシアが険しい表情で言うと、スカイも表情を固くした。オリバーは背を正し、ガルシアを射るように見た。
「その日から四十日後。今日から数えてあと三十三日後に、何かが起きる」
日が傾き、夜の帳が下りた。ルビテナ村の学校では、研究室に入ったスペンサーが本を読み漁っていた。その本はモーガンが生前、読んでおくよう言い残した本だ。
決行日はじきにくる。それは明日か。明々後日か。これ以上ないほど残酷なことに変わりはない。でも、だからこそ神官の自分が手をくだすべきだ。
自分に強く言い聞かせ、スペンサーは本を閉じ、着ているロングドレスの袖にしまった。
一方、ロクレンの飯屋で夕食を済ませ、宿屋に入ったガルシアとスカイ、ロイは、それぞれベッドに寝転んだ。
「明日は早くに出発だ。おい、小僧。晩飯も食わせてやったし、宿にもとめてやった。明日、マデッサまで送ってやるから、ちゃんと家に帰れよ」
「分かってるよ」
家に帰りたくなくて、ロイはふてくされた。
「ねえ、その楽器、なんていうんだっけ。マデッサでは有名な楽器なの」
スカイがイーヨを指さした。
「イーヨっていう、異国の竪琴だ。あの楽器屋が、全然売れないからって俺にくれたんだ」
ロイの家庭事情から察するに、異母兄のように高価なものは買ってもらえなかったんだろうと、スカイは察した。
「そうなんだ。それって弓がないと弾けないの」
「弾けないこともない」
ロイはそう言って、ポロンポロンと指で弦を弾いた。スカイがそれを聴いていると、端のベッドでガルシアがもういびきをかき始めた。
「スカイの村は、大変な目に遭ったんだな」
ロイはスカイの顔を見ず、弾きながらつぶやいた。スカイはうつ伏せで寝転びながら、座るロイの顔を見上げた。その水色の目には疑いの色はなく、ただただ深い同情の色があった。
「信じられないよね。でも、本当なんだ。妹は行方不明のままだ」
「そうか」
ロイは目を伏せた。
「さっきの奴も。蜂人っていう化け物に殺されたのかな」
「そうだと思う」
ロイは弦を弾き続けた。スカイは暗い気持ちでいたくなくて、頑張って笑顔をつくってみせた。
「ねえ。それ、いい音だね。ハープとも全然違う」
「だろ」
「うん。楽器を演奏できるってかっこいいな。それになんだかすごく、いい気持ちだよ」
スカイが静かな目で微笑んだ。最初はただ褒めるだけのつもりが、本当にいい音だと思い始めた。部屋の棚の上にとまったジャッキーも、スカイに合いの手を入れるように小さく、優しく囀った。ロイはひたすら、イーヨを弾き続けた。
同じ頃、ロクレンの町から数キロ離れた山中で、大公達の一行は休んでいた。
「まだ移動が長くなります故、今宵はこちらでお休みくださいませ。明朝、食料を確保してまいります」
「分かった」
大公は部下に言い、眼下にあるロクレンを見下ろした。




