24.マデッサの街
ミラー伯爵が去った後、喜びも束の間に、スペンサーがモーガンの死を伝えた。皆は言葉を失い、それぞれがうめき声をあげたり、むせび泣いた。その泣き声を背中に受け、スペンサーとガルシア、スカイは無言で外へ出た。それからモーガンの頭だけでなく、胴体も見つけ、空き地へ運んだ。やがて村人が一人、二人と集まった。その亡骸を前に、埋葬を手伝った。ひざまづいたアイリーンは、涙ながらに口を開いた。
「私がこの村に来たとき、いつも励ましてくれたのは先生さ。孫を連れて大変だな、困ったことがあったらいつでも相談しなさいって。あの日からずっと、私も先生に生かされてたんだ。先生こそ、長生きしなきゃならなかったのに」
「…おばあちゃん。先生が、チキンと春ブロッコリーのパイ、美味しかったって」
スカイが小声で言うや否や、アイリーンと周りの村人達が一瞬泣きやんだ。直後、激しく泣きだした。
「先生。パイ、もっと沢山食わせてやりたかったよ。ああ。どうしてここにハープが無いんだ。先生、言ってたじゃないか。私が死んだときは君が演奏してくれって。む、村に来たとき、先生が与えて下さったハープだよ」
アイリーンの悲痛な言葉を受けて、スカイが勢いよく立ち上がった。
「俺。ハープ取ってくる」
スカイは村をつっきり、自宅を目指して駆けた。神殿から逃げ出したのは正解だった。あそこにいたら頭が変になる。スカイは目の前を見た。民家と畑が見えた。だけどそれが徐々にぼやけ、違う何かが見えた。最後に会ったときの、モーガンの優しい笑顔だった。
走りながら泣いた。あとからあとから溢れる涙を振り切りたくて、スカイはスピードを上げた。
家に着く数百メートル手前のところだった。スカイは我に帰り、そこでさらに絶望した。自宅は全壊していた。
スカイは走るのをやめ、ゆっくり近づいた。屋根は陥没し、レンガ壁は崩れ、窓は割れ、ドアは外れている。落ちた茅と木枠、レンガのせいで、家のなかには入れそうにない。ついてきたジャッキーも儚く鳴き、スカイの肩に止まった。
「おばあちゃんのハープ、どこだ」
スカイは涙を拭き、ハープの音の口真似をした。すると、ジャッキーが肩から飛び立った。それから家屋の西側あたりに着地し、高く鳴いた。ちょうど寝室の位置だ。
「そこ?」
スカイは瓦礫の上を歩き、ジャッキーのところまでたどり着いた。がれきを無心でどかし続けると、ようやく見つかった。ハープは本体部分が裂け、弦が切れていた。
壊れたハープを手に、スカイがすごすごと神殿に帰ると、ちょうどガルシアが出ていくところだった。
「ガルシアさん、どうしたの」
「ロクレンに行く支度をな」
ガルシアは短く答える。
「ねえ。そこって、ハープ直してくれるとこあるかな」
翌朝、国防軍と作業人夫がルビテナ村へ到着した。ナッシュビルが受口となり、彼らは家屋の修繕や養蜂場の再建、水路の補修、警護を始めた。スカイとガルシアは神殿の玄関前で、アイリーンとルーク、サム、それにスペンサーに挨拶した。
「ハープはもう、いいのに…」
アイリーンがうつむくも、スカイは首を横に振った。
「大丈夫だよ。ちゃんと直してもらってくるから。サム、オオルリのこと、頼むな」
「おう」
サムは威勢よく頷いた。
「じゃあ、俺はロクレンで、この時計のことを聞いてくればいいんだな」
「はい。お願いします」
スペンサーはガルシアに頭を下げた。
「俺が留守の間、軍の連中は完璧に警護をするって言い張ってるけどな。昔よりもレベルが落ちてる印象だ」
少し離れた場所で暇を持てあます軍人をガルシアが細目で見たので、スペンサーは頷いた。
「わかりました。村人達にはしろがね蜜、毎日食べさせます」
「そうしてくれ」
「そうだ。ネムレタス、みんな持ってるといいよ。先生が植え…」
スカイが言いかけたところで、アイリーンの目に涙がたまり始めた。先生、は、今は言わないほうがいい。スカイは口をつぐんだ。
「気をつけて行ってこいよ」
ルークが前に進み出て、スカイの両手を握った。アイリーンは後ろからスカイを抱きしめた。
「うん。おばあちゃんを頼むよ、ルーク。行ってきます」
道中はなかなか険しかった。スカイはアカラ山脈どころか、一番手前のルビテナ山より北に行ったことは数えるほどしかなかった。二人は休まず歩き、ホットンの町へ辿り着いた。ガルシアがとった安宿に入り、二人は泥のように眠った。
翌朝、二人は早くに宿を出発した。ときどきジャッキーに狩りをやらせながら、街道を歩き、丘を越え、川を渡った。
ガルシアの高身長とそのいかつい顔つき、肩にかけているロングボウのせいか、野盗が近寄ってくることはなかった。それどころか、行く先々で守護兵にならないかとか、自警団に入らないかとか、スカウトの声がかかった。それをスカイは笑った。
「すごい人気者だね」
「良いことではない」
治安を気にするガルシアは厳しい表情のまま、スカイの茶化しに乗らなかった。
やがて、立派な城壁に囲まれた街へ到着した。グリフィダ王国有数のマンモス都市、マデッサである。ガルシアが通行許可証を提示し、二人は跳ね橋を越え、城門をくぐった。目の前にあるのはスカイが見たこともない光景だった。
視界の一番奥には、小高い丘に荘厳な城がそびえ、その周りには比較的大きな建物が立っている。レンガ造りの民家が立ち並び、それらを貫くのが目の前の大通りだ。通りの両脇に並ぶ建物群は住居と商店を兼ね、さらにその手前には露天商が軒を連ねている。通りは通行人でごった返し、それぞれが買い物したり、露天商と交渉している。いい匂いがする屋台も出ており、スカイの腹が盛大に鳴った。
「楽器屋はこの街にあるだろうが、先に何か食おう」
ガルシアは近くの飯屋で焼き鳥とライ麦パン、焼きアスパラガスを頼み、隣の野菜売りからリンゴを山ほど買い込んだ。二人は屋外テーブル席を陣取り、威勢よく食べ始めた。
「久々だ。美味い」
そう言ってガルシアがほおばる焼きアスパラガスを、スカイは不思議がる。ルビテナにない野菜だ。自分も一本食べてみると、シャクシャクとした歯ざわりが新鮮だった。次から次へと指が止まらない。
「あーあ、嫌だね。その咀嚼音、下品極まりない」
嫌味ったらしい声がする。スカイが顔を上げると、そこには背の低い、金髪で水色の目をした少年が立っている。
スカイはその少年をまじまじと見た。少年は身なりがいい。艶のあるシルクの白シャツに、刺繍入りの赤いベストを着て、手には金色の包みを持ち、半ズボンと膝まである靴下、先の尖った靴を履いている。おそらく貴族だろうと思うが、従者がいない。スカイは首を傾げた。
「どうしたの。迷子?」
「は! 聞いてる? 人の話」
そのとき、少年に通行人がぶつかった。
「無礼者! 僕を誰だと心得る。マデッサ城主お抱えの栄えある音楽一家、ハーパー家のロイ様だぞ!」
ロイが怒鳴りつけるも、通行人は足早に去った。
「ああ、これだからドヤ街はねえ。臭いしうるさいし、来たくなかった」
「ねえ、君さ」
「君じゃない。ロイ様と呼べ」
「何か荷物、持ってなかった?」
スカイが指さすと、ロイは両手を見た。
「あー! 僕のイーヨ!」
「さっきぶつかった奴にスラれたな」
一部始終を見ていたガルシアが笑う。
「おい、お前。取り返してこい」
「えー?」
「金は出す! 行け!」
ロイは駄々っ子のように手足をばたつかせ、スリの行くほうを指さす。スカイはよいしょとテーブルの上に立つ。
「弓なら一発なんだけど」
スカイはスリの後ろ姿を捉えた。距離にして百メートルたらずだが、人ごみのなかだ。
「スカイ。殺すなよ」
そう言って、ガルシアは近くの野菜売り場から芽キャベツを手に取り、スカイに放った。
「おい、ちゃんと金払え」
野菜売りが怒った。スカイは矢代わりに芽キャベツを弓につがえ、狙いを定めた。
スカイは手を離した。指先から放たれた芽キャベツは空を切り、通行人たちの頭上を越えた。石つぶてのようなそれは、じわじわ高度を下げながら、まっすぐスリの後頭部を直撃した。スリは無言で、その場で気絶した。
「やったー」
スカイはガッツポーズを決めた。
とっ捕まえたスリを町役人に突き出し、スカイ達は楽器屋を訪れた。楽器屋の場所を知っていたのはロイだった。
「やあ、ロイ。いらっしゃい」
男性店主が親しみを込めて挨拶すると、ロイは金色の包みを店主に渡した。中から出てきたのは、スカイが見たこともない弦楽器だった。
全長約六十センチ、木製の細長い四角柱で、一方の端にだけ取っ手のような木枠が付いている。弦は二本しかなく、弓はスカイが持っている武器の弓とほぼ同じ形だ。が、その弓が真っ二つに割れていた。
「イーヨの弓が折れたか」
「そう。このバカのせいで」
ロイがスカイをギロリと睨んだ。
「バカじゃなくて、スカイだよ。んだよ、せっかく取り返してやったのに」スカイは口を尖らす。「俺のも直してほしいんだけど」
スカイが布袋からアイリーンのハープを引っ張り出すと、店主は目を見張った。
「おおお。これはもしかして…。あっ。もしかして、あんたらのしょってるそれもか?」
店主はあたふたして、その続きが言えない。スカイはそれに構わず、自分の弓をロイに差し出した。
「そうだ、ロイ。俺の弓、貸してあげようか。これで弾けよ」
「バカ! 武器の弓と楽器の弓は全然違う!」
「でも、いい弓だろう?」ガルシアがやけに嬉しそうに腕を組み、店主に向かって言った。「俺がルビテナメープルで作ってやった弓だ。多分、そのハープも同じ素材だ」




