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全滅まであと何日  作者: taki
第一章〜ルビテナ村編〜
22/78

22.村の見回り

神殿の周りをうろついていた五匹のヤバネスズメバチは、スカイ達の前で停止した。

「どうした。襲わないのか」

ガルシアが両手を広げてからかうと、二匹は逃げ出した。他も、後を追うように退散した。残る一匹は戸惑いながら残っている。スカイは目を見張った。まるで、目に見えないバリアでもできたかのようだ。

「おい、蜂公(はちこう)。こっち来い」

スカイは蜂を挑発し、その複眼を見た。何千個と集まるその個眼一つ一つに、おそれの色が映っている。スカイは弓を構え、静かに引いた。蜂の額に命中し、蜂はどしんと地面に落ちた。物音を聞きつけたアイリーンが、玄関を開けた。

「ああ、よかった」

「おばあちゃんやったよ。しろがね蜜が効いたんだ」

スカイは駆け出し、アイリーンを強く抱きしめた。


明るい陽光の下、春風が優しく、家々をなでた。前日に降った雨で村中の草木が生き生きとし、菜の花畑の隣ではレンゲがちらほら咲き始めていた。その美しい春色とは無縁の、石造りの地下室では、赤毛女がベッドに寝転がり、眉を吊り上げていた。

「へえ。それで、オオルリの巣は壊したのに、人間達を始末できなかったですって?」

赤毛女は表情を変えず、頬杖をつく。

「ハイ」

エミリーは怯えながらひざまづく。他のヤバネスズメバチ達も、小刻みに震える。

「デスガ、ガクシャフウノニンゲンハ、ヒトリシマツシマシタ」

「でも、人間はしろがね蜜にありつけた、と」

赤毛女の膨らんだ腹は天井に密着し、もう寝返りも打てない。それでも赤毛女は肉団子を食べ続ける。

「あなたも侍従長と同じ、ブスだったのね?」

エミリーは赤毛女の前に進み出た。顔を上げ、赤毛女が無言で笑うのを見た。赤毛女がその手でエミリーの両頬を包み込むと、エミリーは悲鳴をあげた。焼けただれた頬のエミリーは、部下達に隣室へ連行された。折檻されるエミリーの悲鳴にうんざりして、赤毛女は大公を見た。

「大公。あなたの(ぐん)はもう出発しなさい」


その頃、神殿の礼拝室は活気づいていた。喜び、抱き合っているところ、ナッシュビルが咳払いした。

「おい。誰か隣町へ行って、救助を呼んできなさい」

皆は急に押しだまった。隣町へ行くにはアカラ山脈を抜ける必要がある。馬車なら往復二時間だが、徒歩だと二日はかかる。さらに、先日の悲劇を思い出し、皆は足がすくんだ。

「効能が不安なら、しろがね蜜をひと瓶、持っていけ」

ナッシュビルはそう言って、しろがね蜜のはいった瓶を一つ、差し出した。すると一人の若者が進み出た。

「俺がやります」


ナッシュビル夫妻を筆頭に、それぞれが帰り支度を始め、ぞろぞろと正面玄関を出た。スカイが、蜜の効能がいつまで続くか分からず、あまり遠くへいくなと忠告したのに、皆は無視した。

「みんな、どんだけ危険か、分かってんのか」

スカイは正面玄関前に仁王立ちして、皆の後ろ姿を睨みつけた。そこへルークがやってきて、軽く肩を抱いた。

「みんな、信じたいんだよ」

「何を?」

スカイには意味不明だ。

「もう大丈夫、もう災難はないって、安心したいんだ」

妙に説得力のあるルークの言葉が、スカイには不快だった。


「いい天気だ。見回りにいくかな」

ガルシアが言うので、スカイは空を見上げた。素晴らしい天気だ。目前に積まれた死体の山に胸は痛んだが、同時に久々の開放感を味わっていた。それから、バイオレットのことを思った。

「俺も行きたい」

スカイがガルシアについていこうとすると、隣から視線を感じた。サムが陰鬱な表情でこちらを見ている。

「サムはどうする」

「俺も行く。でも、後で家族を埋葬したい」

精一杯の笑顔を見せるサムを、スカイは黙って抱きしめた。

「俺も手伝うよ」


スカイとガルシア、サムは出発の準備を整え、玄関前に立った。

「じゃあ、戸締り、よろしく頼む。村の見回りをしてから、俺の家に寄ってくる」

ガルシアがルークとアイリーンに向かっていうと、アイリーンが頷いた。

「私は留守番する。くれぐれも気をつけて。無事に帰ってくるんだよ」

アイリーンは扉を閉め、(かんぬき)を二重におろすと、ルークをじっと見た。

「私は少し、寝るよ」

「うん。俺は図書館にいる」


スカイとガルシア、サムは養蜂場を訪れた。他の生存者も来ていて、残った蜜を少しでも収穫しようと、悪戦苦闘していた。

現場は悲惨だった。棚も巣籠も、何もかもが破壊されていた。ガルシアが壊れた棚を抱き起こし、スカイとサムはそれぞれ巣籠の内部を確認した。わずかに飛び回るオオルリミツバチがいたが、女王蜂と十分な数の働き蜂がいなければ巣は維持できない。いずれこの地を離れていくだろうとスカイは思った。サムが力なく肩を落とした。

「スカイ。俺んちのは全滅だ」

「うちの分も」

スカイは、アイリーンと大切に育てていた巣籠の残骸をみた。巣板に残った幼虫が、凍死していた。スカイはガルシアとサムを交互に見た。

「きっと、サムんちのも、俺んちのも、生き残りはみんな、あの新しい巣籠に逃げたんだ。ここはもういい。行こう」


三人は村を見て回った。ほとんどの家がもぬけの殻だったが時折、無惨な死体もあった。三人はそれを見るたび、両手の指を組んで黙祷した。

「埋葬しに、またきてやろう」

ガルシアが言ってその家を出ると、二人はそれに続いた。


三人はその後も村中を探したが、生存者はいなかった。バイオレットも見つからなかった。せめて星明かりの夜が、襲撃当日だったら、すぐに探しにいけたのに。スカイは涙がこぼれないよう、空を見上げた。


午後の日差しが赤みを帯びた頃、一行はガルシアの家にたどり着いた。家は神殿よりも北寄りの、雑木林に囲まれたところにあった。フォークナー家と同じように石の塀があるが、ちょっと変わった点があった。レンガ造りではなく、木造家屋だった。

「何でガルシアさんちは木の掘ったて小屋なの」

スカイが無遠慮に聞くと、ガルシアは顔をしかめた。

「掘ったて小屋じゃない。家は木の方が落ち着く。いいだろ、ルビテナメープルのこのドアが」

ガルシアが自信満々に言うものの、スカイもサムもポカンと口を開ける。ルビテナメープルはルビテナ山だけに自生するカエデだ。硬く丈夫で艶があり、ガルシアは気に入っていた。


「ガルシアさん、あれは何」

今度はサムが庭の奥を指さした。そこにはスギの木を輪切りにした円盤状のものが、地面と垂直に並んでいる。

「ここは弓場(ゆば)だ」

スカイとサムが突っ立っていると、ガルシアは木造の納屋に入った。そこから大量の矢が収まった矢筒を引っ張り出した。今度は母屋へ入っていき、さまざまな大きさの弓を持ってきた。

「射ってていいぞ」

そう言ってガルシアは再び母屋に入った。スカイはサムと一緒に弓場へ近づく。

「サム、やろうよ」

スカイは少し的から距離をとると、照準を絞り、弓をつがえた。矢を放つと、ダンッと音を立て、矢は的のほぼ中心を()た。

「すげえ」

サムは目を丸くした。

「動かない的なんざ屁でもねえだろうが」

母屋の窓から顔を出したガルシアが、グハハハと笑った。


西の空が雲をオレンジ色に染める頃、スカイとサムは競って弓を引いた。

二人は久しぶりに、充実したときを過ごした。お互い、ずっと張りつめていた気持ちが解放された。弓を引くときの緊張感、的を射たときの爽快感は、何物にも変えがたかった。ガルシアにもそれが分かり、しばらく二人を放置し、自分は母屋の中で荷造りを続けた。

「スカイ。どうやったら真ん中、いけんだ」

「集中するんだよ」

「そんなん、やってんよ」

言い合いながらカイは塀の奥、林の中にいるキジに気づいた。それを指さすと、神妙な顔して頷いた。


「いいよ、やれよ」

サムは遠慮する。

「俺が仕留めていいのか」

「もちろん。なあ、スカイ」

「ん?」

「俺。お前のこと、みくびってた」

サムが急に真面目な顔をするので、スカイも同じ顔をする。

「…うん」

「ごめん。今まで」

「もう、いいよ」

スカイは首を振った。襲撃以前の学校でのやりとりが、遠い昔のことのようだ。

「俺。弓は全然ダメだけど。養蜂は頑張る。…死んだ父さんと母さんと、姉ちゃん達のためにも」

サムは肩を震わせ、激しく泣き出した。スカイはそれを見て、自分の弓をグッと握りしめた。

「うん。今夜もしろがね蜜、とろう」


スカイはキジの方を見た。キジはまだ林をうろつき、地面の虫をつついている。

「よし。今日の晩飯だ」

スカイは弓を引き、狙いを定めた。サムは涙を拭き、その姿を横から見た。スカイが矢を放つと、まっすぐキジの胸に命中した。

「すげえ」

サムが感激して頷いた。スカイは塀を飛び越え、キジの首を捕まえてくると、サムの前に掲げた。

「うん。ルークとおばあちゃんも喜ぶ。神殿に帰ろう」


スカイ達が荷物を荷役用一輪車に乗せ、ガルシアの家を出た頃だった。アイリーンが神殿内を箒で掃いていると、正面玄関が開いた。

「モーガン先生、いませんか」

顔を出したのはスペンサーだ。

「いや。来てないよ。そうだ私、先生に挨拶したかったんだ。いやだよ、忘れて」

アイリーンが外に出ようとしたのを、スペンサーが制止する。

「先生は研究室にいません。ルークは?」

「そうかい? 心配だね…。ルークなら図書館だよ」

「そろそろスカイ達が帰ってくると思います。では」

スペンサーはそう言って、図書館につづく階段を降りていった。


その頃、神殿の庭ではルークが一人、たたずんでいた。

今なら誰もいない。誰も見てない。少しだけ。ほんの一口だけだ。ルークは、幼いフレディの亡骸に目を落とした。蜂にもがれた足をすくいあげると、そのふくらはぎに(かじ)りついた。

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