表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全滅まであと何日  作者: taki
第一章〜ルビテナ村編〜
21/78

21.しろがね蜜

その頃、スペンサーは学校の研究室を訪れていた。

「コクジョウムカデの神経毒。最後の分だ。持っておけ」

モーガンが陶製の小瓶をスペンサーの手に握らせた。

「はい。(いち)に原料が出回りだしたら、またお願いします」

「調合法を記した書物を残してあるんだ。自分で作らんかい」

モーガンがビシッと本棚を指さすと、スペンサーが曖昧に笑った。

「私の本業は神官ですから」

「ところでスペンサー。『あれ』はまだ、羽化していないのか」

「ええ。今のところは。大丈夫です、近づけませんから」

「ならいい。そのときが来たら、これに書いてある通りにしろ。ここに置いておくから」

モーガンは灰色の表紙のついた本をスペンサーに見せ、本棚にしまった。スペンサーは笑うのをやめ、真顔になった。

「承知しました」

「さっきな、改めてスカイの目を見たんだ。あいつのことは信じていいと、私も思う」

「ですね」

「皮肉なもんだ…」

モーガンは蝋燭の燃える火を見つめた。


「そうそう、さっきガルシアさんに、ルーシーの懐中時計を見てもらいまして。ロクレンの時計技師の刻印だとか」

「ロクレン? あの職人街か」

「はい」

モーガンは差し出された懐中時計をじっと見た。針はほぼほぼ動かない。だが、昨日より針の位置が進んでいるのをスペンサーは知っている。目視できないほどごくごくゆっくり、確実に動き続けているのだ。

「おい、スペンサー」

「はい」

モーガンは険しい目を向けた。

「このゼンマイを最後に巻いたのは、いつだ」


神殿近くの茂みに隠れていたエミリーは、思わず顔をほころばせた。

やった。巣籠を壊したから、もうオオルリには帰る家はない。しろがね蜜も貯められまい。エミリーは静かにその場を去った。


そのまま帰るつもりだったが、近くから声がした。エミリーは建物の影に隠れようとしたが、妙な眠気に誘われた。そうだ。この神殿の隣の建物はおかしい。何か香気のようなもので、近づくといつも眠くなる。壁から少し距離を取りつつ、声のする方を見た。そして気づいた。燭台(しょくだい)の明かりに照らされているのは、スペンサーだ。過去にルーシーに何度となく聞かされた厄介者である。山吹色のロングドレスを着ているから、神官で間違いない。もう一人は誰か。小さくて禿頭の年寄りで、いかにも知恵者といった風貌だ。


エミリーは自分が蜂人に生まれ、理解したことがある。この世は腕力があっても、知力がなければ勝てない。所詮、蜂は人間に勝てない。生きる知恵に長けているのは人間の方だ。その両方の力を併せもつ蜂人だからこそ見えるものがある。頭のいい奴から先に殺すべきだ。あの老人はおかしな植物で周辺を固め、寝ぐらにしているようだし、危険だ。


二人まとめて始末しよう。が、エミリーは踏みとどまった。スペンサーが手にしている瓶だ。得体の知れない毒で、浴びた部下が即死したらしい。奴は後回しにした方がいい。となると、ターゲットはあの老人だ。


スペンサーが手を振り、神殿へ歩いていくのを見届けた後、エミリーは俊足でモーガンの前に立ちはだかった。モーガンが何か叫ぶ前に、その首をすぐに食いちぎった。スペンサーは気づかず、神殿の玄関をくぐっていった。


一方、神殿の裏口前では、破壊された巣籠を前に、スカイ達は呆然としていた。

「どうしてこうなった」

困惑する二人をスルーして、ルークがしゃがみ込み、巣を観察しだした。スカイもそれにならった。粉々になった巣板のほか、潰れた幼虫や働き蜂、まだ生きているものも見える。そして見つけた。体長約五センチ、他より大きく、立派な腹をしたその蜂は、途方に暮れて巣板の上を歩き回っている。


「女王蜂だ!」

スカイは大急ぎで上着を脱ぎ、それで女王蜂を覆った。女王蜂はブンブン唸り、服の中を飛び回る。

「嘘。生きてたのか」

サムはその服を凝視する。

「逃げずに残ってたんだ。よかった…」

スカイは半泣きだ。すると、ルークが屋内から毛布を持ってきた。

「蜂人の仕業だ」

ルークは短く言い、スカイの背中に毛布をかけた。

「奴ら、まだいるのか」

サムの顔が青ざめる。

「スペンサーさんが言ってただろ。油断すんなって」

ルークはイラつきながら言い、辺りを見回す。静まり返り、虫の鳴き声すらない。スカイは女王蜂を覆う服をルークに任せ、一旦屋内へ引っ込み、弓矢を持ってきた。ヤバネスズメバチが出てくる気配はない。

「スズメバチならミツバチの巣を襲って当然か」

サムがつぶやくと、スカイは首を横に振る。

「違う。しろがね蜜をつくられたくないんだ」

「何?」

サムが理解できずに眉を寄せる。が、スカイはお構いなしに、手をポンと叩いた。

「そうだ。今すぐ引越しだ」


スカイは再び屋内へ引っ込んだ。サムとルークが待っていると、スカイは大きな巣籠を持ってきた。スカイ達が自宅から逃げてきたときに使った巣籠だ。

「ほら、巣板の残骸、集めて。蜜蝋みつろうを巣籠に塗って。女王も、中に入れる」

スカイが指示すると、サムとルークは戸惑いつつも手伝った。


星明かり草は夜の深まりとともに、その花を一層輝かせ、咲き乱れていた。その神々しさに導かれ、オオルリミツバチは飛んだ。蜂達はおしべと花びらの隙間にもぐり込み、花蜜を吸い上げた。


神殿の裏口で辺りを警戒しつつ、新しい巣籠の前にしゃがんでいたスカイは、いち早く物音に気づいた。山の方から羽音が聞こえてくる。見ていると、オオルリミツバチの大群がワンワン唸りながら帰ってきた。だが、元の巣籠はもうない。スカイ達は少し離れ、様子を見守る。

「入るかな」

サムは声をひそめる。

「分からない。一か八かだ」

スカイは拳を握りしめる。

「それにしてもさあ」サムが怪訝な顔をした。「何か、すっげえ増えてねえか」

サムが不思議がった。それを言われて、スカイもじっと観察した。


「そうか…」

「そうかって、何」

「サム、よく見ろ。内勤蜂もかなりの数、いる。きっと別の群れもいるんだ。多分、養蜂場から逃げてきたやつも、ここにきてる」

スカイは巣籠を遠巻きに見た。サムの言う通り、当初は千匹ほどの群れだった。だが今、ゆうに三千は超えている。

「お前、どんな視力してんだ。どれが内勤蜂で外勤蜂かなんて分かんねえだろ」

「全然違うじゃん。ほら、ちょっと透き通ってて白っぽいやつ、羽化して間もないやつだ。これから内勤蜂になるんだ」

スカイが飛び回る蜂をあちこち指さすが、サムは首を傾げる。

「分からん。とにかく、今じゃ全員、家なしだ。群れ同士ケンカもないし、合同できそうだな」

サムの言葉に、スカイは静かに頷いた。

「おい、お前ら。外にいたらあぶねえぞ」

ガルシアが出てきて咎めたが、三人が揃って人差し指を顔に立て、シーと言った。


結局、夜の間はガルシアとスカイが交代で巣籠を警護した。その間、オオルリミツバチの働き蜂は当初、戸惑っていたが、この巣籠を新しい家と認めた。何度も花と巣籠を往復しだした。


夜がふけ、スカイは巣籠を神殿に引き入れた。星明かり草と巣を往復した働き蜂達は籠に戻り、静かにしている。

「すぐに採蜜しよう」

「熟成させなくていいのか」

サムが尋ねたが、スカイは頷いた。

蜂蜜というものは通常、熟成が必要だ。外勤蜂が花蜜を採ってきたらそれを内勤蜂が受け取り、巣房へ運び込む。蜜はまだ水分が多く、サラサラしている。それを内勤蜂が羽を羽ばたかせ、水分を蒸発させる。水分が減り、とろりとしてきたところで内勤蜂が蜜蓋(みつぶた)をつくって封をしたところで完成する。

「もちろん、熟成させた方が、有効な成分濃度が高くていいんだと思う。でも、先生がすぐ飲めって」

「先生って? モーガン先生?」

サムは目を丸くした。

「うん」

「先生、生きてたのかい?」

アイリーンが食らいついたので、スカイは頷いた。

「うん。採蜜したら会いに行こう」

スカイの言葉にアイリーンは頷き、サムと採蜜作業を始めた。その間に、スカイはしろがね蜜について、モーガンから聞いた話を村人達に説明した。


採れたしろがね蜜はコップ二杯分あった。それをスカイが小さな匙で救い、一人一人の手のひらに乗せた。

大半の村人が半信半疑だったが、モーガンの言うことならばと、それぞれ蜜を舐めた。スカイも舐めながら、皆を見回した。ルークが突っ立って傍観している。スカイは自分の手のひらにしろがね蜜を垂らし、ルークに差し出した。

「俺はいいから。みんなを優先して」

ルークは咳き込み、首を横に振った。

「なんで」

「それって外出できるよう、舐めてるんだろ。俺は外出しない。貴重な蜜だ。大事に使え」

ルークはほほえんだ。


夜が明けた。ガルシアが立ち上がり、窓の方を見た。ヤバネスズメバチが低い羽音を立て、周辺を飛び回っている。ジャッキーが窓に近づき威嚇した。

「よし、外に出よう」

「危ないよ」

村人の一人が引きとめた。

「何のためのしろがね蜜か。確かめる必要がある」

ガルシアが豪快に笑うと、スペンサーが頷いた。

「ですが、モーガン先生すら検証の段階です。危なくなったらすぐ戻って」

「分かってる」

そう言って外に出ようとするガルシアの前に、スカイが追従する。

「ガルシアさん。俺は一番弟子だ。一緒に行く」

「およし、スカイ」

アイリーンがスカイの腕を掴んだ。スカイはその顔を見て、真剣になる。

「おばあちゃん。大丈夫だよ」

アイリーンはスカイの黒い瞳に見つめられ、言葉を飲み込んだ。それから喉を震わせ、顔を伏せた。スカイはアイリーンの手をどけ、今度はガルシアにその目を向けた。ガルシアは笑って頷いた。

「その通りだ」

ガルシアとスカイは弓を手に取り、勇ましく外へ出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ